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読書録

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読んだ本の感想などです。
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#エッセイ

読書録 「生きがいについて」

神谷美恵子「生きがいについて」(みすゞ書房) 書店や図書館で手に取った本の中で心に刺さる一文を見つけた時、生きていてよかったなと感じる。 本書はそんな一冊だ。 結局、人間の心のほんとうの幸福を知っているひとは、世にときめいているひとや、いわゆる幸福な人種ではない。かえって不幸なひと、悩んでいるひと、貧しいひとのほうが、人間らしい、そぼくな心を持ち、人間の持ちうる、朽ちぬよろこびを知っていることが多いのだ。 人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。 野

貴方に、ありがとう。

こんなことを書くのは少々気後れするけれど、書かなければ届かない。 いつも個人的な感想を書いてばかりいるが、それはモノローグだから過去のあるいは未来の自分自身に向けて書いている。 だけど今日は、ある人に向けて伝えたい。 東京に出発する前、宅急便で一冊の本が届きました。 村井静「花」 ふわふわと浮遊するようなクラゲの写真の表紙を眺めていたら、ひと月ほど前に見たオバケのイラストを思い出しました。 転職活動や北海道への引っ越し準備など慌ただしい日常の中、以前に注文したこと

物語の効用

僕たちが分かることはほんの一部で、わからないことの方が圧倒的に多い。 現実世界は複雑怪奇。 数学で答えが出るのは、ほんの一部の簡単な問題だけ。 三体問題の事例を持ち出さなくとも完璧なシュミレーションを作れないことは容易に理解できるだろう。 だからと言って、安易にスピリチュアル的なものに走ってはいけない。 極端な例かもしれないが、僕がカラオケで歌っている楽曲が流行した90年代は、某新興宗教団体がカルト的な事件を起こして世間を震撼とさせた。 驚くべきことに首謀者たちは高学歴

秘密の部屋

タイトルから某ファンタジー超大作をイメージしてしまいますが、素敵なノンフィクションです。 これは北海道大学の卒業生でも知らない物語である。 農学部の農業経済学図書室で勉強していた僕は、司書のYさんから不思議な話を聞いた。 この図書室には戦時中に大本営として活用するために作られた秘密の部屋につながる扉があります。 竹内さんは新潟のお土産を下さったり、いつもよくしてくれるので特別にその扉を教えますね~。 とYさんは書庫の中を案内してくれた。 書庫の奥、第三層を進むと。

読書録「冷静と情熱のあいだ」

昨日の記事で努力してもどうにもならないことがあると書きました。 その一つが恋愛。 はじめに誤解がないように申し上げます。 僕は現在、独身で恋人はおりません。 僕のnoteやインスタをご覧になっている方々のうちゴシップが好きな人が「あの人と付き合っているのでは?」とか勝手に推測され、正直迷惑しております。 この際、はっきり申し上げますがnoteやInstagram等のSNSをそのような出会い系目的で運用しておりません。 noteは日本語で日頃の僕が考えていることや感じ

裏日本から、こんにちは。

明けましておめでとうございます。 昨年は僕の拙い文章をご覧いただきありがとうございました。 おかげさまで昨日までに4,000以上の「スキ」を頂きました。 今年も継続してユニークな記事を投稿できるよう精進してまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。 さて、かつて新潟は「裏日本」と呼ばれていました。 その意味を分からず初めて裏日本という言葉を聞いた時の僕は、 日本を裏側から支える。 新潟は最高じゃないか。 と勝手に興奮しました。 コシヒカリをはじめとした米などの

WISH

疲労とストレスで耳が聞こえにくくなった時期がある。 周りが楽しそうに話をしているのに自分だけが膜のかかった世界に漂っているような疎外感を味わい、やるせない思いで日々を過ごしていた。 当時は何を見てもどんな音楽を聞いてもモヤモヤは解消されず、幸せそうなものを目にするたびに卑屈に感じた。 それほど辛い毎日を耐えるために心を閉ざしていたのだろう。 ドラマ「silent」で目黒蓮演じる主人公が恋人を遠ざけてしまったのも共感できる。 大切な人と上手く会話をすることができない、自分

読書録 「フェルマーの料理」

小林有吾「フェルマーの料理」(講談社) 岡潔「数学を志す人に」(平凡社) 先日、友人から勧められて購入した漫画「フェルマーの料理」が非常に面白くハマってしまった。現在、TBS系列でTVドラマも放映されているので今度視聴してみよう。 タイトルからお分かりの通り「数学」と「料理」がコラボする一風変わった組み合わせの作品である。 数学的才能に恵まれた主人公・北田岳は、数学オリンピックで挫折を経験し数学者になる夢を諦め学食のアルバイトで無為な日々を過ごしていた。ある日、謎の若き

瞬き

幸せとは星が降る夜と眩しい朝が 繰り返すようなものじゃなく 大切な人に降りかかった 雨に傘を差せることだ そしていつの間にか僕の方が 守られてしまう事だ いつもそばに いつも君がいてほしいんだ back number「瞬き」 映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」の主題歌。 すみません、映画はまだ見ていません・・・。 ただ原作の「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」は読んだ。 涙なしには読めない素晴らしい本だった。 大切な人を信じ続けること、人を愛するとはどういうこと

棄てられた神

ヒルコはイザナギ、イザナミの最初の子(『古事記』)でありながら、海に遺棄された。 『古事記』には、こう記されている。 「くみどに興して、子水蛭子(ヒルコ)を生みたもう。この子は葦船に入れて流し去りき」(*くみどは寝所のこと) 水蛭子という字面から蛭のように骨のない異様な肉体で、歩くことも立つことさえもできない不具者をイメージさせて、海に遺棄することで締めくくられる。 それをオマージュした作品が手塚治虫の「どろろ」であると教えてくれたのは大学時代、農業経済図書室の司書のY

残心の哲学

失敗や失望に打ちのめされたプロスポーツ選手が、感情を吐き出すために自分の用具を壊すというシーンをテレビでよく見る。その情熱は賛美されることさえある。テニスの選手がラケットを壊したり、野球選手がバットを折ったり、ゴルファーがクラブを曲げたりする。一時的な感情の発散になるかもしれないが、武道家としてその行為は無礼としか思えない。用具を粗末に扱うことは、そのスポーツ、そしてアスリート自身への敬意が欠如している。さらに、若いアスリートに対して悪い見本となり、失敗や敗北に直面した時に感

読書録「驟り雨」

藤沢周平「驟り雨」(新潮文庫) 橋のたもとに降りると、重吉はあっさり言ったが、不意におもんの手をとって握った。 「だいぶ辛そうだが、世の中をあきらめちゃいけませんぜ。そのうちには、いいこともありますぜ」 そう言うと、自分の言葉にてれたようにもう一度笑顔をみせると、不意に背をむけて、すたすたと橋を遠ざかって行った。 「遅いしあわせ」(p230) どうすることもできない、しがらみや逆境の中にあってもひたむきに生きる市井の人々が丁寧に描かれている珠玉の短編集。 表題作をはじめ

読書録「すむ」ということ

図書館で普段は気に留めない「月刊武道」という雑誌を見つけた。 表紙画が朝ドラ「らんまん」の主人公の牧野富太郎と壽衛夫人だったので、思わず手に取ったところ、巻頭リレーエッセイが素晴らしかったので一部転記する。 「空すむ」「水すむ」は、秋の季語である。 秋になると、空高く大気が澄みわたり、水の流れにも清涼感を覚える。 「すむ」というやまと言葉には、①澄む(清む)、②済む、③住む、という三つの意味がある。 まず「澄む(清む)」とは、「浮遊物が全体として沈んで静止し、気体や液体

読書録「ライフワークの思想」2011/2023

外山滋比古「ライフワークの思想」(筑摩書房) 読み終わってから約1週間後に感想を書いている。 次の本を読みたい、という欲求に負け読書ノートを書くことをなおざりにしてしまった。読了後の感動をライブに書き残すため、やはり日を置くことなく記録をつけるべきだろう。 そんなわけで今回の感想文はいつもより落ち着いた文体になることが予想される。(多分) 本書は、見過ぎ世過ぎの仕事とは別にライフワークという仕事にスポットを当て「知的生活とは何ぞや」を論じたものである。レトリックの専門家