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【お話し】月光~妖精と龍~(15)

※15話と16話は少し長めのお話しになります。
宜しくお付き合い下さい。

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 その小さな生き物は ビクッとして花びらを1枚引き寄せ隠れてしまった。
その姿も愛らしい。

「驚かせて悪かったね。言葉は分かるかい?」

 小さな生き物は隠れたまま、顔半分、片目だけ花びらから少し出し こちらを見ている。

「この花壇からは出ない方がいいよ。もう少し大きくなるまでここにいるんだよ。」

ケイゴはこの可愛らしい生き物をずっと見ていたかった。
こんな小さな生き物が単身で外へ行ったら、あっと言う間に鳥や獣に食べられてしまいそうで怖かった。
 
 次の日ケイゴは急いで仕事を終らせると、花壇へやって来た。
昨日のカンパニュラを覗くと、同じ花の中に可愛らしい生き物は座っていた。

「やあ、いたね。お腹がすいていないかい?」

小さな生き物は小さく首を振った。
よく見ると口の回りに黄色い密が付いている。
どうやら花の蜜を舐めていたらしい。

「これ、飲んでみるかい?」

そう言ってリンゴジュースを花びらの中に少し垂らした。
小さな生き物はしばらくそれを眺めたり、匂いを嗅いだりしていたが、指で掬ってひと舐めした。
ビックリした様に 目をパッチリ見開いて、器用に花びらに溜まったジュースをコクリコクリと飲んでいく。
ふーっと満足そうな顔をして、ハッとする。
そしてまた、花びらに隠れてしまった。
リンゴジュースはお気に召したらしい。
ケイゴは クスクスと笑いながら花の世話を始めた。
水をやったり、枯れた花や葉を取り除いたり、肥料を足したり。
小さな生き物はじっとそれを見ていた。

しばら経つと、小さな生き物は前ほど警戒しなくなった。
花びらに隠れなくなったし、時々持ってくるリンゴジュースはお気に入りでニコニコ顔も見せるようになった。
ケイゴは小さな生き物のために、人形用の小さな小さなカップを持ってきた。
それにリンゴジュースを注いで・・(と言っても ほんの2、3滴だが)あげていた。
外にテーブルを出して、小さな生き物と一緒にブレイクタイムを楽しむ事も度々あった。
小さな生き物は花の中で、ケイゴはテーブルで。
小さな生き物は大量に飲み干されていくジュースをいつも驚いたように見ていた。

ある日、ケイゴは小さな生き物に言った。

「ねえ、君に名前はあるのかい?」

小さな生き物は、「きょん」とケイゴを見て首を傾げた。

「無いようなら僕がつけてもいいかい?」

小さな生き物はケイゴをじっと見つめていた。
難色は示していないようだった。

「んーとね、『ミリー』はどうだい?可愛いだろう?君は恥ずかしがりやさんで、慎重で、僕がいるときはほとんど動かない。ほんの数ミリしか動くのを見たことがないよ。だから『みりー』おかしいかな。」

小さな生き物は軽く握った手を口許に当てて、何かを考えていた。
そして小さな声がした。

「ミリー?私、ミリー?」

ケイゴは 初めてその小さな生き物の声をきいた。
鈴を転がすような声だった。

「気に入ってくれたかい?」

「うん。ミリー、私ミリー、花の妖精ミリー。」

そう言ってミリーは 背中の羽をぐっと伸ばしパタパタと羽ばたくと ふわりと浮いた。
ケイゴは予想はしていた。
仕事柄、いろいろな文献を調べることができる。
妖精や妖怪の事も、数多く記されていたが、どれも空想の域を出なかった。
だが、こうして目の前にいる小さな生き物の背中の羽を見て、妙に納得した。
カンパニュラの花から生まれた花の妖精。
そう思ったらストンと何か府に落ちた。

「そうだよ。君は花の妖精ミリーだ。」

それからミリーはケイゴが畑に行く度、色々な花のところにいた。

「ミリー、いるかい?」

ケイゴが花壇の側から声をかけると、ある日はペチュニアから、ある日はグラジオラスから、ある日はヒマワリから顔を出した。

「ケイゴさーん!こっちよー!」

ミリーは夏の日差しの中で、手を振って出迎えてくれた。
ある日、ミリーはいつもの様にケイゴとリンゴジュースを飲んでいた。

「ねえ、ケイゴさん。」

「なんだい?」

「あのね・・・あのね・・」

「ん?どうしたんだい?」

ケイゴはミリーを手のひらに乗せて顔を近付けた。

「あのね・・私ね・・ケイゴさんが好きよ。」

ケイゴは驚いて目を丸くした。
そしてとびきり優しい笑顔をミリーに向けた。

「そうかい?ありがとう。僕もミリーが大好きだよ。」

ケイゴには、ミリーの好きが恋愛から来るものではないと分かっていた。
花から生まれて、ここで過ごしているミリーは、植物以外の生き物は自分だけだ。
親であり、家族であり、友であり、仲間である。
そんな「好き」なのだと。
それからのミリーは、随分と変わった。
よく喋るし、花の力を引き出す能力も備わってきた様だ。
ケイゴの花壇は、ミリーがいるお陰か どの花も美しく咲き誇っている。

「僕の夢はね、ここの花壇をもっともっと広くして、花畑にしたいんだ。歩ける花壇にしたいんだよ。そしてね、その一角に小さな家を建てて住むんだ。今は街に住んでここに通っているけど、年をとったらここに住んで、時々街に帰るようにしたいんだよ。」

「そうなのね!じゃあ私、ずっとここにいる!ここでケイゴさんを待つわ!そしていつか一緒に暮らしましょうよ!」

ミリーは無邪気にケイゴの頬に飛び付いた。
しかしケイゴには何となく分かっていた。
いつかミリーはここを旅立つ事を。
人間の子供もそうだ。
いつか一人立ちして巣立って行く。
たぶんミリーもそうじゃないかと。

そしてその日はやって来た。
ある秋の日、ケイゴが育てたダリアの上で、
ミリーがボンヤリと空を眺めていた。
理由は分かっている気がするが、ケイゴから声をかけるのを躊躇った。

「ねえ、ケイゴさん。」

ケイゴはドキリとしたが、いつもの様に努めて明るい声をだした。

「なんだい?面白い雲の形でも見つけたかい?」

「・・・私、呼ばれている気がするの。」

「・・・誰にだい?」

ミリーは空を見上げたままだ。

「・・・分からない・・・」

ケイゴは持っていたシャベルを角に置くと、手袋を外して手を洗った。
そしてミリーを手のひらに乗せた。
初めて乗せた時よりも、少しばかり重くなったようだ。

「どうしてそう思うんだい?」

「ここの花達はケイゴさんがお世話しているわ。でも、そうじゃない花達が・・・。
私。そこへ行かなきゃいけない気がするの。」

ミリーは遠くを見つめた。

「ミリー、大人になったんだね。きっと花達がミリーを呼んでいるんだね。」

ケイゴは一拍の間を置いて、ニッコリと笑って言った。

「お行き。ミリー。頑張るんだよ。」

「ケイゴさん。」

ミリーは悲しいような、申し訳ないような顔をしている。

「大丈夫。僕はここにいるよ。ミリーのカップもここに置いておこうね。いつ帰ってきてもリンゴジュースが飲める様にね。」

ケイゴは笑ってウインクした。
ミリーはここにいたい気持ちと、行かなければいけない気持ちで、大きな瞳に涙をたくさん溜めている。

「前に僕、言った事あったよね。ここを花畑にしたい夢。その時ミリーは待っていると言ってくれたよね。逆になるだけだよ。」

「逆?」

「反対って事さ。僕がここで待つよ。ミリー、君が戻るのを。頑張って花壇を少しづつ広くして、家を建てて待っているよ。だから君は君を必要としている所へお行き。」

ミリーはケイゴの頬にしっかりと抱きついた。

「大好きよ。大好きケイゴさん。」

ミリーはケイゴから離れた。
そして、ケイゴの目を真っ直ぐに見つめた。

「行って来ます。」

「行っておいで。」

ミリーはいつもの様に 羽をパタパタ動かしなから すっと離れた。
最後に強い眼差しをケイゴに向けた。
心を決めた瞳だった。
初めて見る強い瞳だった。
ケイゴも強く頷いた。
ミリーはクルリと背を向けた。
そして、1度も振り返らずに飛び立って行った。

小さな体のミリーは、ケイゴの目には、あっと言う間に見えなくなってしまった。
ケイゴは見えなくなっても、しばらく見送っていたがふっと息をついた。
持ってきた鞄からリンゴジュースを出した。

「最後のリンゴジュース、飲まないで行っちゃったな・・・・・。」

瓶に直接口を付けると、ごくりと1口飲んだ。

「最後じゃないか・・・また来るって言ってたもんな・・・僕が元気なうちに戻っておいでよ。」

                 ー続くー

ヘッダーのイラストはKeigoMさんからお借りしたものです。

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