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【お話し】月光~妖精と龍~(16)

 朝早く 暁飛(こうひ)とミリーは清涼の谷を飛び立った。
ミリーも暁飛に乗って飛べば、朝露があっても大丈夫だ。
ミリーが生まれた花壇はミリー1人で飛ぶと、10日間ぐらいかかる場所にある。
暁飛なら、半日程で行けそうだ。

「我でもこの辺りはほとんど来た事がない。」

暁飛が飛びながら言った。

「そうなのね。もう少し先だと思うんだけど・・・あの丘の、向こうぐらいかしら。」

暁飛とミリーが小高い丘を通りすぎた。
すると、今まで緑だった丘が、突然、赤や白、ピンク、紫・・・とにかく色とりどりの花畑に変わった。

「これは見事な・・・」

その花畑のすみに、小さな小屋が建っていた。
小屋の前の庭に、イーゼルに向かう1人の初老の男性がいた。

「あ、あれ、もしかしてケイゴさんかも。」

「降りてみるか?」

「うん。でもゆっくりと。驚かしちゃうかもしれないし、人違いだったら・・」

「では 波長をずらして、姿が見えぬようにして行くか。」

「そうね・・・」

2人は人間には見えない波長にして、少しづつ降りていく。
その時男性が ふと、顔を上げた。

「うわぁ!黒龍!?」

男性は驚いて立ち上がった。

「ん?お主、我が見えるのか?」

「わわ!しゃ、しゃべった!!」

「ケイゴさん!」

ずいぶん年を重ねていたが、ケイゴは若い頃の面影を残していた。

「え?・・・ミリー?」

ミリーは暁飛の頭から下りると男性の顔の前に飛んだ。

「ケイゴさん・・ただいま、ただいま帰りました。」

男性は瞳に涙を貯めてミリーを見つめた。

「ああ・・・ミリー、お帰り。お帰りミリー」

暁飛も花を潰さないように家の前に降りてきた。

「おぬし、波長をずらしているのに姿を見るとは・・妖精に魂が近いのかもしれんな。こんなご仁がまだいるとは。」

ケイゴと呼ばれた男性は、ミリーと暁飛を交互に見た。

「ミリー?」

「お久しぶりですケイゴさん。帰ってきたわ。こっちは私と番になった黒龍の暁飛。」

「突然帰ったかと思ったら・・驚くことばかりだ。そう。・・番になったのだね。コウヒ君、僕はケイゴと言います。」

「ああ、ミリーから聞いている。おぬしが種から育てた花からミリーは生まれたそうだな。ミリーの名付け親だとも聞いている。」

「そうです。いやぁ、嬉しいな。あ、今何か持ってきますから。」

ケイゴはそう言うとガタゴトとテーブルを出してきた。
そこには、普通サイズのマグカップと、小さな小さなカップ、そして大きな桶を持ってきた。
ミリーのカップは昔のまま、大切にしまってあった。

「ミリー、リンゴジュース飲むかい?」

「!! うん!飲むわ!」

ミリーは大喜びだ、

「コウヒ君はこれで飲めますかね。」

「ああ、気づかい感謝する。」

ケイゴはあの頃の様に ミリーのカップに数滴のジュースを入れ、暁飛の桶にはドボドボとひと瓶 全部入れた。

ケイゴとミリーは、ミリーがここを離れてからの事、最近の事を尽きること無く話した。

「お花畑がすごく広くなったのね。」

ミリーが周りを見渡す。

「ああ、あれから少しずつ広げてね。孫が本格的に手伝ってくれているよ。フフッ。夢だった花畑に住んでいるよ。昔は街から通っていたが、今はここから必要な時だけ街に行くんだ。」

「そう。夢が叶ったのね。」

「ああ。歩く花壇だ。孫がね花が好きで、ここを引き継いでくれそうなんだ。今じゃこの花畑の仕事はほとんど孫に任せて、僕が手伝うぐらいになってきてる。」

「絵を描いているの?」

ミリーがイーゼルを見て言った。

「うん。そろそろ無理も出来なくなってきてるからね。力仕事は孫に任せて 時間がある時は、こうやって絵を描いているんだ。」

暁飛は庭の角の、少し開けた場所にある井戸の脇に、横たわる様にして静かに2人の話を聞いていた。
ケイゴが暁飛を見た。

「ミリーが黒龍と番になるとはね・・・コウヒ君、よろしく頼みますよ。」

「無論だ。」

即答の暁飛にケイゴは満足そうに笑った。

「そう言えばコウヒ君、『コウヒ』ってどんな字を使うのか 分かるかい?」

「暁(あかつき)を飛ぶ。」

「・・・暁を飛ぶ・・。」

ケイゴは何かを考えているようだ。

「暁飛君は親はいるのかい?」

「・・分からぬ。幼い頃は他の龍といた記憶があるが、定かではない。・・・誰かに激しく攻められ、龍の谷を出たような気がする・・・」

「場所は分からないの?」

「・・・覚えておらぬな。ずいぶん長い事飛んで、清涼の谷を見つけたのだ。どこをどう飛んで来たのか、よく覚えておらんのだ。」

また、ケイゴはだまって何かを考えている。

「ケイゴさん、どうしたの?」

「うん・・・もしかしたら僕、暁飛君の親御さんに会っているかも知れない。」

「「え?」」

これには暁飛もミリーも驚いた。

「ミリーがここを出て少しした頃だから、もう30年ぐらい前なんだけど。」

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 ミリーがケイゴのもとを去って、ケイゴは寂しさを募らせていたが、いつまでもメソメソしている訳にもいかない。
ある日 近くの森に散策に出掛けた。
森には美しい花や 珍しい植物があるので時々来ていた。

いつもより森の奥へ分け入った時、足元の何かに蹴躓いた。
危うく転びそうになって、なんとか踏みとどまった。
自分が躓いた物を見ると、深緑色をした龍が横たわっていた。

「うわ!」

ケイゴは驚いて逃げようとしたが、よく見ると様子がおかしい。
頭までぐったりと地面に横たわり、大きく息をしている。

「あ、あの・・大丈夫・・・ですか。」

声を掛けたが、フーフーと苦しそうに息をしているだけだ。
ケイゴは思わず龍の背を撫でた。

「だ・・誰だ・・・」

弱々しい声だった。

「人間です。ケイゴと言います。あの、大丈夫ですか?水、持ってきます?」

龍は息を吐きながら、途切れ途切れに話し始めた。

「我、は 蒼向(そうが)・・・黒龍、暁飛を探 して いる。 暁を飛ぶ、我の、子・・・先に、逝った梨花(りふぁん)に、か、ならず、見つけると・・約束、した、のに・・。」

蒼向と名乗った龍は本当に苦しそうだ。

「あ、あの本当に大丈夫ですか?僕に何かできます?」

蒼向はチラリとケイゴを見てから 目を閉じた。

「人間か・・寿命は短いが・・・仕方、あるまい・・・我と梨花の、強い祈り、で、授かった、暁飛。・・力の、強い、黒龍だっ、た。神、にも、なれる力を、持つ子。・・・嬉しかった。」

蒼向は一筋の涙を流した。
ケイゴは黙って聞いていた。

「だか、仲間の、龍は、暁飛の力、を恐れ、暁飛を遠ざけた。
・・・梨花の具合が悪、く、2人で・・月の花へ、行ってい る間に、暁飛は 他の龍 に、谷を追い出され てしまった・・。
幼い・・・暁飛・・訳も 分から ずに、追い出 されたの だろう。
その後、直ぐに季花 も、天に昇って しまった・・。
必ず暁飛を 見つ けてと・・・最期に言った のに・・・。
我の、寿命も・・尽きようと してい る。」

そこで、蒼向は大きく息を吐いた。

「人間よ。我の、命が尽きると 逆鱗が残るだろう。そ、れを おぬしに、やる、から・・おぬしが命、ある 間に、もし暁飛と、言う名の、黒龍に、あっ・・たら、伝え てくれ。
『暁飛は 我、蒼向と、季花が、愛し 合い、強く 望 んで、生まれ、た 子』だと・・。命 尽きるま で、暁飛を 探 し 続けた・・と・・・」

ケイゴは龍を抱き締めた。

「分かりました。約束します。僕らの命はあなた達よりも短いですが、もし生きているうちに会う事ができたら、必ずお伝えします。もし、僕が伝えられなくても、子や孫に言って伝えさせます。」

力強くケイゴが言うと

「・・・あり、がとう・・梨花・・我も今行・・・く・・・暁・・飛・・・」

最後に大きく息を吸い、吐くこと無く蒼向は動かなくなった。
蒼向の体がキラキラと光を帯び、少しずつ消え始めた。
少しずつ、少しずつ消え、全て消えた後、一枚の銀の鱗がそこに残った。
蒼向の逆鱗だ。
ケイゴは少し迷ったが、その逆鱗を拾って蒼向がいた場所に頭を下げ

「必ず約束します。」

と言うと、森を後にした。

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

「蒼向と言う龍は、暁飛君の親御さんなんじゃないかな。」

暁飛は黙ってケイゴを見ていた。

「暁飛!きっとそうよ。暁飛は捨てられたんじゃなかったのよ。ご両親はずっと探していてくれたのよ!」

「我・・・の・・・親・・?」

ケイゴは家の中から小さな木の箱を持ってきた。

「これ、見てごらん。」

蓋を開けた。
中には1枚の鱗が輝いている。
ミリーが中を覗いた。

「これ、暁飛と同じ霊力を感じるわ。弱いけれど・・・でも同じ。やっぱり暁飛のお父さんのものよ!」

「僕には分からないけど、妖精には分かるのだね。」

暁飛は、しばらく鱗を眺めていた。
何か分からないが胸の奥から熱いものが競り上がってくる。
気が付くと、暁飛はボロボロと涙を流していた。

「我は愛されて生まれてきたのか。・・・そうか・・・探して・・・」

「この鱗は暁飛君に返すよ。蒼向さんも本当はそうしたかったんじゃないかな。」

暁飛は、鱗を静かに見つめていたが、やがて首を振った。

「これは 我の親がそなたにやったものだ。これを持っていれば幸運に恵まれる。そなたがいらなくなったら子や孫に渡せば良い。我はそなたから親の話を聞けただけで・・・それだけで・・・良い。」

ケイゴは箱を胸に抱いた。

「うん。ありがとう。大切にするよ。」

ケイゴが鱗が入った箱をしまってから暁飛に聞いた。

「暁飛君は神様にならないの?龍神様。」

「ならぬ。神になどなったら、ミリーといられぬ様になるではないか。」

神はとても神聖な存在だ。
神になると、妖精とは異なる世界で生きることになる。
ごく稀に、声を聞くことができたりするが 姿は見る事ができなくなる。

2度目の即答の暁飛にケイゴは笑った。

「本当にミリー中心なんだね暁飛君。」

「当たり前だ。ミリーは我の最愛なのだからな。」

鼻息荒く 暁飛が言った。

「また、暁飛ったら・・・」

ミリーが呆れている。

その日、暁飛は庭で、ミリーはケイゴの枕元で、ひと晩泊まり、次の朝帰る事にした。

次の朝は朝焼けの空だった。
天気が崩れる前なのかも知れないが、美しい暁色に染まった空だった。

「正に暁飛君の色だね。きっとまた来ておくれよ。楽しみにしているから。」

「ええ、必ず!ケイゴさんも元気でね!」

ミリーが暁飛の頭に乗る。

「世話になった。達者で暮らせ。」

暁飛は翼を広げるとブワッと舞い上がった。
花畑を2階程旋回し、暁の空へ飛んでいった。

                 ー続くー

ヘッダーの絵と挿し絵はKeigoMさんから
お借りしたものです。



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