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【お話し】月光~妖精と龍~(10)

 暁飛の気持ち

 ケンカをした日から、ミリーはぱったり清涼の谷へ来なくなった。
以前は4、5日おきに来ていたのだが もう10日は姿を見せていない。
暁飛(こうひ)は毎日 谷でミリーを探したが、今日も来ていないようだった。

日当たりの良い石の上に、ゆみんが来ていた。

「ゆみん。」

暁飛は声を掛けた。

「あら、暁飛。あなたから声をかけてくるなんて珍しいわね。」

初対面の時あんなに怖がっていたゆみんだったが、今ではすっかり谷の常連だ。

「ああ、最近 谷にミリーが来ていない様なのだが、何かあったのか?」

何があったのかは、暁飛がよく知っているのだが、説明する事もない。

「え?ミリー来てないの?」

「ああ、10日は来てないと思うが。」

「ふーん。でも時々森で合うけど 元気にお花の見回りしてたわよ。」

「そうなのか?」

「ええ。なんだかいつもにも増して、精力的に仕事してたわ。私は取り敢えず現状維持できればいいと思ってるから、ミリーのあの仕事好きは信じられないわ~。」

ゆみんは肩を竦めた。

「何?用事でもあった?もし森で会ったら声掛けておこうか?」

「・・・いや、健在なら良い。暫く見ないから怪我でもしたかと少々心配になってな。」

「それなら大丈夫よ。私より元気なくらいだったわ。」

「そうか、いや、すまなかったな。」

暁飛がねぐらに帰ろうとすると、小さな子供の妖精達がやってきた。

「ねえ、暁飛!乗っけて乗っけてー!」

いつもは頭を低くして乗せてやるのだが、今日はどうもそんな気になれなかった。

「すまぬな。この後少し遠くの場所まで見回りに行くのでな、少し休ませてくれ。」

小さな妖精達は残念そうにしていたが、

「はーい。」

と、お利口な返事をして また、思い思いの場所で遊び出した。
暁飛はねぐらに入り、寝床に敷いてあるミリーがくれた空布の上に座った。
雲を織り込んである空布は、ふんわりと柔らかく、お日様の匂いがした。

(・・・元気に仕事をしているなら、顔ぐらい見せに来ぬか。我はもう怒ってはおらぬのに。何故来んのだ。・・我がせっかく・・・)

暁飛はチラリと視線をやった。
ねぐらの1番奥にの泉の手前に 暁飛の寝床がある。
滝と寝床の間の、水しぶきが掛からない場所に少し広く開けた空間がある。
その空間に大きな切り株が置いてある。
以前には無かったものだ。

切り株の上に、木の枝を輪切りにした、少し大きいものと小さいものが置いてある。
数日前にたまたま見回っていた山で、人間が何かに使ったのだろう、木の幹と枝を輪切りにしたものが幾つか転がっていた。
ミリーが暁飛のねぐらに『私の居場所がない!』と言っていたのを思い出した。
花瓶などを置けるように切り株のテーブルを置き、そのテーブルの上にミリー用の小さなテーブルと椅子を置いたのだ。
ケンカをする前の日のことだ。

(我がせっかくあやつが喜ぶと思って運んだのに。)

そう思った時、何かがひっかかった。
ミリーから同じ様な言葉を聞いた気がした。
暁飛はじっとしていられなくなり 外へ出た。
そのままビュンと、空高く上っていった。
高く高く 雲を突き抜けて、更に上へ。
それでも心はざわめいたまま 凪ることはなかった。
今度は物凄いスピードで飛ぶ。
自分の管轄の端から端まで。
高く低く、もっと早くもっともっと・・・。

気が付けば夜も更け 東の地平線がうっすらとオレンジ色に染まってきた。
夜明けだ。
自分でも気付かぬうちに 暁飛は一晩中飛び回っていた様だ。
心は波打ったままだったが、谷へ戻ることにした。

途中、見晴らしの良い崖の辺りまで来た時 視界の端に小さな妖精を見た気がした。

「ミリー?」

暁飛は飛ぶのを止め 崖の辺りを探した。

「あら、暁飛さん?」

崖の上の1本の木の枝にいたのは ミリーではなくルーナだった。

「ああ、ルーナだったか。」

暁飛は2回ほど旋回し、崖の上に降り立った。

「暁飛さん、この時間に飛んでいるなんて珍しいですね。」

「ああ。」

木の枝の上のルーナは暁飛と同じ目線の高さだ。
ルーナはフッと笑って首を傾げた。

「ソラに告白されたのでは 落ち着かないですよね。」

「!知っておるのか。」

「フフッ。谷で大騒ぎしたらしいじゃないですか。噂にもなりますよね。」

「まあ、その事もある・・・」

暁飛は口ごもる。
 
「その事も?他にも何かあるのですか?」

暁飛は少し躊躇したが、他に相談する相手もなく、ルーナにソラとの騒ぎの後の事を 回摘まんで話した。
ルーナは聞いているうちに だんだんとクスクス笑い出した。

「何が可笑しいのだ。」

暁飛はムッとした。

「ごめんなさい。うん、何て言うか・・・。何故暁飛さんは空布をすぐ貰わなかったのかしら?」

「理由がない・・貰う理由が・・。ミリーはいつも花だの果実だの我のねぐらに持ってくる。小さいものならば、気にはしていたが貰っていた。・・が、空布はミリーが金を払って買ったものだ。高価な物だ・・・。」

「ふーん。暁飛さんはミリーになにもしてないの?」

「ミリーを乗せて空を飛んだり、我のねぐらにミリー用の椅子と台を置いた・・。」

「暁飛さんもしてあげてるじゃない。」

「空を飛ぶのは、他の者にもしている。椅子と台は山から拾って来た物だ。金は掛かっとらん。」

「ふんふん。」

「そもそも我は金を持っとらん。必要ないからな。」

「別にイスやテーブルが無くても ミリーは今までだって暁飛さんの洞穴で、石の上とかに座っていたんじゃないのかしら?」

「それはそうなのだが・・・。」

「そうなのだが?」

「ミリーが・・」

「うん。」

「・・喜ぶと思って・・・。」

「そうよね。ミリーもそう思ったんじゃないかしら。」

「ミリーも?」

「そう。暁飛さんの喜ぶ顔が見たくて 空布を買ったんじゃないんですか?」

「・・・・・。」

「話を聞けば、ミリーが注文した物じゃ無いらしいし、丁度良かったから思い付いたんだと思いますよ。」

「・・・・・。」

「暁飛さんはミリーに椅子やテーブルを用意したのに見て貰えなくて、ガッカリしているのですよね。」

「ガッカリなど・・・。」

「ミリーは暁飛さんに喜んで貰おうと思って空布を買ったのよ?それを貰う理由が無いなんて言われたら 怒るのも無理無いですよ。怒るっていうか、悲しかったんじゃないかしら。」

暁飛は黙って考えている。

「暁飛さんはミリーの笑っている顔と、悲しんでいる顔、どちらを見たいですか?」

「無論 笑っている顔だ。」

暁飛は即答した。

「ミリーもそうなんじゃないかしら?」

「・・・」

「何故ミリーの笑っている顔が見たいのですか?」

「何故?」

「ええ。何故?」

「・・理由など・・・」

「あるはずですよ。」

ルーナはキッパリと言った。

「暁飛さん、ソラに顔を覚えていないって言ったんですって?」

「ああ、本当にミリーとゆみんとそなたしか見分けがつかんのだ。」

「それは他の人に興味がないからですね。私とゆみんはミリーが連れてきたから覚えてる。他の人はそうじゃないから覚えていない。」

「・・・・・」

「暁飛さん、もし『番になって』って言ったのがミリーだったらどうしますか?」

「ミリーだったら?」

「はい。ミリーだったら。」

「分からん。」

ルーナは優しく微笑んだ。

「考えてみて下さい。夜明けまでは まだ少し時間があるわ。」

(・・・ミリーが我と番になりたいといったら?・・何を馬鹿げた・・・馬鹿げた・・事?・・本当に?・・・)
(ミリーが我を暗い日陰から 日向へ連れ出した。他の者と話したり空の散歩の楽しさを教えてくれた。花を愛でる気持ちを教えてくれた。・・・愛でる気持ち?)

暁飛の胸がドキドキと高鳴った。
顔がカッと熱くなるのを感じた。
もっとも暁飛は真っ黒なので見た目には変わらなかったが。

「違いが分かったかしら。私やゆみんが暁飛さんを好きだと言うのと、ミリーが言うのでは気持ちが違うでしょう。」

「・・・何故・・こんなにも違うのだ・・・」

「フフッそれは自分で考えなくてはね。」

暁飛は空を見た。
地平線に眩しい一筋の光が差した。
夜明けだ。

「それでは暁飛さん、よく考えて下さいね。あなたのミリーへの気持ち。」

そう言うとルーナは小さなアクビをひとつして

「おやすみなさい。」

と森へ帰っていった。
暁飛も、ぐっと顔を上げると、大きく羽ばたいて清涼の谷へ飛んでいった。

                 ー続くー

ヘッダーと作中のイラストはKeigoMさんからお借りしたものです。

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