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【お話し】月光~妖精と龍~(11)

ミリーの気持ち

 あれから何日経っただろう。
ミリーは毎日毎日 花々を見て回っている。
そんなに頻繁に見回らなくても良いのだが、ミリーはじっとしていられなかった。

『施しなどいらん!』
暁飛(こうひ)の声が繰り返し心の中に響いた。
施しなんてそんなつもりは全くなかった。
枯れ草を敷いてある暁飛の寝床。
寒くないのかな、痛くないのかな、と思っていた。
土の上に寝るより、空布を敷いて寝た方が気持ちが良いだろうと思い付いたのに。
施しなんて・・・理由なんて・・・

「あらミリー、また来たの?最近よく来るわねぇ。」

オレンジ色のカンナが話し掛ける。

「うん。変わったことはない?」

「大丈夫よ。たまにはお休みしなさいよ。」

「・・・そうね・・」

お花の見回りをしているうちに、辺りが薄暗くなってきた。

「よう、ミリー」

今日はどこで寝ようかと考えていると 頭上で声がした。
見上げるとフクロウのアウルが木の枝にとまっている。

「アウル、こんばんは。」

ミリーはアウルのいる枝まで飛んで、一緒に腰かけた。

「空布は気に入ってもらえたかい?」

ミリーは黙ってうつむいてしまった。

「え?気に入らなかったのか?空布を?」

「分からないの。」

「分からない?なんで?」

ミリーはアウルが帰った後の事を話した。
笑われるかな?と思ったが、意外にもアウルは真面目に答えてくれた。

「そりゃ、プライドが傷つけられたんだな。」

「プライド?」

「そうさ。暁飛は黒龍だぜ。そりゃプライドは高いだろうさ。」

「そうなの?」

「知らないのか?」

「うん。」

「もともと龍は 人間や地上の動物なんかを守る妖精だからな。優しいがプライドも高いのさ。龍はよく仕事をして心掛けを良くしていると、宝玉を持てるようになる。」

「ああ、あの乳白色のキラキラしたやつ?」

「そうそう。あれは神様から授かる大切な玉だ。大きな力を持っていて 地上のあらゆるものに影響を与えられる。生命を与えたり、雨を降らせたり、富を授けたりな。」

「そんなんだ。」

「あれを持ってるって事は、より神に近い存在だって事だ。」

「暁飛もそのうち持つようになるのかしら。」

「暁飛は持たない。」

「何故?」

「黒龍だから。」

「黒龍だとなんで持たないの?仲間ハズレ?」

「ハハッある意味仲間ハズレかもな。黒龍はね、もともと体の中に宝玉と同じ霊力を持っているのさ。」

「そうなの?」

「あまりに強い霊力と、あの見た目で他の龍からも敬遠されたりするんだよ。」

「だから1人なのね。でも暁飛はそんなこと言わなかったわよ。守る力しかないって。」

「たぶん誰にも教えて貰えないうちに放り出されたんだろうな。黒龍はその力の強さから、行いと自分の意志があれば、宝玉を持たなくても龍神にもなれる存在だ。」

「え?神様?」

「そうさ。だから他の龍が恐れるのさ。」

「ここの森は災害が少ないだろ?あれ、暁飛がいるからだぜ。」

「そうなの?」

「そうさ。少し前にあった嵐。あれだって酷くならなかっただろ?」

「山は崩れたわ。」

暁飛が傷をおったあの嵐だ。

「でも人間には被害は出なかった。」

「暁飛が土砂の流れを変えたって・・」

「それもあるけど暁飛が『被害を出さないでくれ』って強く思ったからじゃないか?」

「そうなの?」

「オイラはそう思ってるけど。少し離れた土地は そりゃあ酷いもんだったぜ。洪水で民も動物も流されて、森も崩れて、花や木も消えた。この森ぐらいだぜ無事だったのは。」

ミリーは初めて黒龍の事を聞いて驚き、暁飛の事を思った。
神にもなれる力を持つ暁飛。
神ほど優しい心を持つ暁飛。
仲間から外れて1人でいても恨む事なく、荒れる事なく人々を守っていた。
その暁飛を怒らせてしまった。
暁飛の気持ちも考えずに、自分の気持ちを押し付けて。

「ミリーは暁飛の事か好きなんじゃないのか?オイラは暁飛の事を話すミリーを見て そう思ったんだけど?」

「好きって・・・もちろん好きだけど。」

ミリーは初めて真剣に自分の気持ちを考えた。
今までは暁飛にお友達が出来たらいいと、1人で寂しくない様になればいいと思っていた。
でも暁飛の周りにたくさんの妖精が集まる様になって、面白くなかったのは何故?
他の妖精を頭に乗せて飛ぶ暁飛を見てイライラしたのは何故?

「妖精はさ、寿命が長いじゃん?」

ふいにアウルが言った。

「暁飛だって、もう150年ぐらい」生きてんだろ?」

「そうね。私と話すのも100年振りぐらいって言ってたから。」

「ミリーは?」

「私は30年ぐらいかしら。」

「龍は1000年ぐらい生きるって聞いた事がある。妖精も600年ぐらい生きるんだろ?」

「うん。個体にもよるけど、300年から600年ぐらいかなぁ。」

アウルはふっと笑った。
それは優しそうな淋しそうな笑みだった。

「だから余裕があるんだよな。」

怒っている訳ではなく、呆れている訳でもない。
ただ、大人が子供を見つめる様な、優しく深い眼差しだった。

「オイラ達、フクロウは森の賢者って言われているだろう。たぶんオイラ達だけでなく、他の鳥や動物もオイラ達が知っている事は 多少なり知ってると思うぜ。」

「そうなの?」

「種の違いもあるけど、オイラ達は長くても30年ぐらいで死んじまう。」

「え?」

「ふふっ、考えた事 ない?」

ミリーは?こっくりと頷いた。

「オイラ達の寿命は10年から30年。鳥の仲間じゃ長い方だぜ。体の小さい者達なら、全うしても3、4年ってヤツらもいる。
妖精達は、霊力のある水や、花のみつ、果物なんかを食べて命を繋ぐだろ?オイラ達の仲間は他の生き物の命を頂く。オイラだって他の動物達に食べられる事もある。当たり前の事だ。オイラだって寿命を全部生きられれば、あと20年ぐらいは生きられるが、たぶん30年後は生きていない。
もしかしたら、明日キツネとか山犬、鷹なんかに狙われて喰われるかもしれない。だから親から子へ いろんな知識を伝えるんだ。親から聞いた事、自分が体験した事。だからいろんな事を知ってる。
30年の間に知識を得て、大人になって、恋をして、番になって、子孫を残して知識を伝えて、そして死ぬ。
今のミリーの年には オイラはたぶん死んでる。」

ミリーは衝撃を受けた。
動物や鳥や人間や、もちろん妖精にも寿命があるのは知っていた。
知っていたけどそれだけ。
考えた事はなかった。アウルに言われて気付いた。
前、よく遊びに来ていた タヌキの『ぽん助』はいつ頃から姿を見せなくなったのか。
「また明日!」と手を振って挨拶をした、スズメのリンは、そう言えば あれから来ていない。

「たぶん、長い時間を生きる妖精は、そこを深く考える様に出来ていないんだと思うぜ。じゃないと悲しみに押し潰されちまう。」

ミリーは何も言えなかった。
何を言っても空々しく、言葉が上滑りしそうで、何も言えなかった。

「だからオイラ達はピンと来た相手に ちゃんと気持ちを伝える。受け入れて貰ったら番になって子を残すんだ。ミリーは?
まだまだ長い時間があるから、ゆっくりでもいいと思うよ。
でも、きっとまた、暁飛に『番になってくれ』って言う妖精がいると思うぜ。少ししか喋ってないけど、暁飛、良いヤツっぽかったし。」

「アウル、あたし・・・」

暁飛とケンカした時には我慢できた涙が、ポロポロと流れ落ちる。

「なんだ、泣くな泣くな。ミリー達は良いんだよそれで。オイラ達もこれで良いんだ。
何でどうして、なんて考えたって どうにもならないだろ?だったら今を一生懸命生きなきゃだろ?」

「アウル・・・」

「オイラ嬉しいんだ!だって今までオイラが聞いてきた事の他に、オイラが子供に暁飛の事やミリー達の事を伝えられるんだぜ!新しい知識だ!」

ホウホウと笑うアウルにミリーは涙が止まらない。

「ありがとうアウル。私、ちゃんと考えてみる。暁飛の事。」

「そうか。そうしろ。すぐ谷へ行くか?暗くなったから、送っていくぜ。」

「ううん。一晩考える。明日の朝行く。」

「じゃあ、オイラの家で寝ていいぜ。例の空布、出来上がって敷いてあるからさ。オイラの番になってくれたシュエットも喜んでたし。」

「え?番?」

「そう!オイラの奥さん♡かっわいいぜー!今度紹介するよ。」

「え、ええ。」

「オイラ達はこれから出掛けるからさ、朝までゆっくりしてていいぜ。」

アウルは翼でパタパタとミリーを優しく叩く。

「んじゃな!おやすみ~!」

「行ってらっしゃい。」

ミリーはアウルを見送り、アウルの家へ入った。
空布の端に潜り込み、静かに目を閉じた。
お日様の匂いがミリーを優しく包み込んだ。

                 ー続くー


ヘッダーのイラストはKeigoMさんからお借りしたものです。

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