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少し前まで「砂の惑星」という曲があまり好きではなかった

米津玄師さんは好きだ。ハチさんも大好きだ。
でも。それでも10周年のマジカルミライのテーマソングとして「砂の惑星」が発表された時は憤りまであった。

好きだったのに。
ハチさんも、じんさんも、みんな。
みんなボカロで有名になった後ボカロを使わなくなってしまう。
知名度が増えて自分の声で歌った歌が多くの人に届くようになるのは決して悪いことではない。
むしろそこで離れてしまうファンはその人の曲のファンじゃないと言い切ってもいい。

でもボーカロイドの曲を作っていた時代から追っていた自分の様な人間は、図々しくも、「置いていかれた」ような「捨てられた」ような気持ちになってしまうのだ。


「砂の惑星」が発表された時


この曲は誤解を恐れずに言えば、「ボカロはオワコン」と歌っている様な曲である。
アンサーソングが沢山出回っている今なら、あれは米津さんなりの「ボカロ界の盛り上げ方」であり「人口減少への警告」なんだったのだとわかるけれど、当時はそれどころじゃなかった。

ハチから米津玄師に変わり、彼はボカロをほぼ使わなくなってしまった。
そんな中久しぶりに「ハチ」として出した曲が「ボカロはオワコン」と言うかのような曲だったから、「ハチ」ファンからしたら裏切られたかのような気持ちになったのだ。

実際ライブでの盛り上がりどころも少ない曲で。
現地で半分義務のようにサビ前の「イェーイ」を合唱したのを覚えている。
ハチさんらしいメロディで好きなのだけれど、なんせ10周年の曲としては盛り上がりに欠ける。

正直これをテーマソングにする必要があったのかどうかは、未だにわからない。もしかしたら依頼された米津玄師さんも困ったんじゃないか。「なんで自分に?」とも思ったのかも。
でもやっぱり10周年だし、もっと明るく祝える曲で良かったんじゃないか、と今でも思う。



アンサーソングが出される中で思うこと


散々書いてきたけれど、少なくとも当時よりかはずっと好きな曲になったと思う。
色々なアンサーソングが出された時、もう一度「砂の惑星」と向き合う機会ができた。

特にsyudouさんが出した「ジャックポットサッドガール」。プロセカ提供曲でやる!?という攻めた歌詞ではあったものの、この曲のおかげで、あえて「プロセカ」というボカロ界の熱いプラットフォームにこの曲を出した事で、砂の惑星への認識が変わった自分のような人間は結構多いんじゃないかと思う。
この曲の考察については他の人達が沢山書いてくれているのでそちらを読んで頂きたい。


今ならわかる、この曲はハチさんなりの、米津玄師なりのボカロ界への愛の曲なんだろうな、と。

オワコンじゃないと証明してみろ、と煽っている気がする。世界が滅亡する前に林檎の木を植えて。これはルターの有名な一言で。
もっと盛り上げてみろ、と。こんな曲作られて恥ずかしくないのか、と。こんなもんじゃないだろ、と。そう言ってくれている気がする。


きっとこれは彼なりの愛の歌なんだと、
自分は思うことにする。





(でも自分はやっぱりマジミラテーマソングにするには暗すぎで攻めすぎたと思う!周年なんだしもうちょい明るくて良かったんじゃないの!!!)

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