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【PODCAST書き起こし】上方の木積秀公さんと和田尚久さんが「上方落語」と「東西落語」について語ってみた。(全5回)その1

上方の木積秀公さんと和田尚久さんが「上方落語」と「東西落語」について語ってみた。(全5回)その1

【山下】みなさんこんにちは。TFC LAB PRESENTS「BRAIN DRAIN」で、「落語講談、おあとがよろしいようで」ということで、今日は上方落語について、お二人で話していただくんですけど、上方からゲストがいらっしゃいました。ゲストの木積(こずみ)さんです。

【木積】木積(こずみ)です。どうぞよろしくお願いいたします。

【山下】よろしくお願いします。で、いつもレギュラーで来ていただいてる、放送作家の和田尚久さんです。

【和田】はい。よろしくお願いいたします。

【山下】じゃあ、和田さん木積さん、よろしくお願いします。

【和田】はい。

【木積】お願いします。

【和田】改めてご紹介しますと、木積秀公さん。

【木積】はい、そうです。

【和田】秀公。秀、秀でるに公。

【木積】そうですね。

【和田】ですよね。で、落語の研究家でもあり、落語作家ですよね?

【木積】はい。台本も書かせていただいてます。

【和田】台本。そうですよね。だから落語……私から見ると実作をしている人で当然落語も好きで、いろんなことを研究されて僕も教えていただいたりというような認識なんですけれども。それでよろしいですか?

【木積】いや、恐れ多いですが、よろしくお願いします。それで結構です。よろしくお願いします。

【和田】いや、もともとは知り合ったのは結構たぶん10年ぐらい前で。

【木積】そんなになりますかね。

【和田】なりますよね。で、あそこの何だっけ、あの神主さんの学校、何て言いました?

【木積】國學院大學。

【和田】國學院大學。國學院大學の学生さんだったんですよね?

【木積】そうです、そうです。

【和田】そのときね。

【木積】はい。たしか僕そのときTwitter、まあ今もやってるんですけど、そのときに和田さんが書かれた『芸と噺と』という。

【和田】そうですね。僕が松本尚久時代。(※後に和田尚久に改名)

【木積】ああ、そうですね。

【和田】に書いて。

【山下】その本あります?

【和田】今日は、ないんですよ。

【木積】これはないですね。

【和田】これはないですね。で、扶桑社から出た。持ってくりゃよかったですね。安西水丸さんがイラストレーション描いてくださってね、デザインが平野甲賀さんで、すばらしい。装丁は。見てくれすばらしい本で。

【木積】あげられてる噺家さんが、またマニアックで。

【和田】はいはいはいはいはい。

【木積】もちろん、林家木久扇師匠とか月亭八方師匠みたいなメジャーな方もおられるんですけど、僕あの本で初めて知ったのが柳家小満ん師匠と古今亭寿輔師匠。特にこの古今亭寿輔師匠は和田さんのあの本がなければハマるきっかけにならなかったっていう、ほんとすばらしい本です。

【和田】あ、そうですか。まあ大阪にいらっしゃるとね、そうかもしれませんよね。あれはね、『en-taxi』っていう雑誌が当時あって。で、『en-taxi』って年に4回ぐらい出てたと思うんですよ。月間じゃないのね。春夏秋冬みたいな季刊誌みたいな感じだったんですけども。で、毎回1人の噺家さんを僕が選んで、その方を論じるっていう連載だったんですけど。で、それが『芸と噺と』ってタイトルだったんだけど。でね、福田和也さんをはじめ編集同人が何人かいて坪内祐三さんとか何人かいらっしゃって。僕は福田さんが直接僕のことを起用してくださって。で、「あなたが好きな人選んでいいです」って言われたんですよ。で、まあもちろん、談志師匠とか選んだんですけれども。さっきね、八方師匠とか、何だ?

【木積】木久扇師匠。

【和田】木久扇師匠とかってメジャーはメジャーなんだけど、落語論で論じるのは珍しかったみたい。

【木積】たしかに。どちらかというと2人ともタレントとして語られることのほうが多いですもんね。

【和田】ですよね。だから、ああいう方たちを僕は落語家として論じたかったし、あとはだから何だ。そういう、まあ寿輔師匠メジャーじゃないって言っちゃったら失礼なんだけど、寿輔師匠とか文字助師匠とかね、そういう方も入れて。歌之助さんが今、圓歌になられた歌之助さんですとかね、10人やったんですけども。それでそれを読んで僕のこと訪ねて来てくださったんですよね。

【木積】そうですね。たしか大学で講師されてるってTwitterで書いてたんで。ね、思い切りましたね、僕もあのとき。ほんと。アポなしで。

【和田】うんうん。あのときに大学でね、僕が日野市にある学校に週1回非常勤講師で行ってたんですけども、そこに、木積くんが来てくれたんですけども、非常に遠慮がちなのは、もぐりみたいな、教室に入ればいいのになんか廊下で待機してたんですよね。

【木積】ああ。あのときたしかもう映像かなんかで上映かなんかしてたんですよ。それを見ながら。だからなんかそこにこうガチャって入るのって、なんか悪いなあとは思ったんで。入りにくかったんですよね。

【和田】だとすると、2010年ぐらいかなあ。

【木積】僕が國學院大学に通ってたときですしね。

【和田】はい。

【木積】そんぐらい。まあ21か20歳ぐらいだから12年ぐらい前かな。

【和田】ですよね。12年も、そんなになりますかね。

【木積】うん。

【和田】じゃあ、あなたは18歳ぐらいまで大阪にいて、まあ今も大阪にいらっしゃるけど、大学の4年間はこっちにいたということなんですか。

【木積】そうですね。

【和田】それで東京で落語聞いたりとかってことですか?

【木積】あの……まあ本来だったらそうなるはずなんですけど、まだ僕そのとき上方落語にハマったばっかりだったんで、亡くなった5代目の桂文枝師匠がちょうどたしか僕が大学入るころに亡くなられて追悼放送とかが流れて、それがきっかけで5代目文枝師匠の音源をいっぱい聞いてたんですよ。で、東京行ったらそういうCDがほとんどないんですよね。5代目文枝師匠のが。で、代わりにあったのが桂米朝師匠で。まあ代わりにこれでも聞くかなって。

【和田】それは何? レコード屋で?

【木積】いや、図書館で。

【和田】図書館だよね。で、あんまりない。

【木積】図書館でもないですね。だいたい5代目文枝師匠のCD自体が。

【和田】まあ、あんまりね。

【木積】そんなにないんですよ。

【和田】ソニーからちょろっと出てますけどね。

【木積】だから、まだそこでは上方落語を聞いてる、勉強してる最中だったんで、江戸落語はあんま聞いてないんですよ。

【和田】ああ、そうなんですね。

【木積】東京の寄席、末廣亭とかにも行ってましたけど、どっちかっていうと色物目当てで。東京ボーイズとか、ボンボンブラザーズとか、そんなんばっか見てました。

【和田】木積さんは何年生まれなんですか?

【木積】平成元年、1989年です。

【和田】89年か。

【木積】はい。

【和田】なるほど。あの、吉坊さんがね、桂吉坊さんが81年なんですよ。で、僕と10違うんですけどね。だからいつも計算がしやすいんだけど、常に10違うんで。僕71年なんです。そっか、89年、平成元年ね。そうすると……でも米朝、あの4人。だから文枝さんが亡くなって、だから文枝さんは生では見てないと。

【木積】そうですね。僕、四天王で、生で見てるのは、3代目桂春團治師匠だけですね。

【和田】あ、そうですか。

【木積】高座ではね。

【和田】はいはい。あ、そう。そういうふうになりますか。

【木積】米朝師匠……。

【和田】で、まあ木積さんは学生であり落語に興味持って僕のこと訪ねて来てくれたり、それでリアルに知り合ったわけなんですけれども、そっからまあいろんな話をするようになってね。で、まあ大阪に。だから、そもそもは家があれだよね、神社さんなんでしょ?

【木積】神社、神主の家で。はい。

【和田】それでまあ國學院で神道学んだりっていうことですか。

【木積】嫌々ね。

【和田】嫌々ね(笑)。

【木積】嫌々。

【和田】それで大阪に帰って、某すごい名門の神社に就職されたりした。

【木積】そうですね。まあ正確には京都ですけど。

【和田】京都の。あ、そうかそうか。

【木積】コンコンのね。コンコーンの。

【和田】あるね。まあだいたい神社はコンコンですよ。タヌキ神社ってあんまりないから。

【木積】タヌキ神社、たしかに聞かない。

【和田】ないでしょ? だいたいキツネさんです。

【木積】つくろっかな、タヌキの神社。

【和田】いいですね。
まあでもとにかく、僕はすごくやっぱりいろんなこと話す中で教えられることが多くて。

【木積】恐れ多いです。

【和田】例えば関西で小佐田定雄先生とか面識ありますけどね。だけど何て言うんだろうな、しょっちゅう気軽に電話して話を聞くとか、そういうあれでもないし。

【木積】そうですよね。

【和田】うん。その意見交換みたいなのできる人。あと誰だろうな、前田憲司さんっていう方。

【木積】研究家の。

【和田】研究家のね。前田さんにはいろいろ教えていただいたりしますけれども。面白い。何て言うのかな、やっぱり同じ落語ファンなんだけれども、やっぱり私はずっと東で生まれ育ったんで、木積さんは西だよね。だから、その結構ね違いっていうかね、見方がこういうふうに違うんだなという部分があって、面白いんですけどね、私はね。

【木積】東西の違い、やっぱありますかね、見方が違うという。

【和田】例えば、まあ僕はその『芸と噺と』にも書いた、あ、別のとこか。書いた桂米朝を論じたときに、『たちきり』をね。

【木積】あー、『たちぎれ』ね。『たちぎれ線香』とも言うと思いますけど。

【和田】『たちぎれ線香』を。まああれは上方落語の中で非常に重要なって言われて私もそう思うんだけれども。米朝型は文枝型とかと違う部分があるっていうふうに教えてもらって。それ覚えてる?

【木積】覚えてますよ。あれ本にも載せてくれたから。名前も載せてくれて、あのときはほんとにありがとうございました。

【和田】いえいえいえ。ちょっとその説明をしてください。どう違うか。

【木積】まあ米朝型と文枝型の『たちぎれ』の違いっていうのは、米朝型の『たちぎれ』は番頭が若旦那を蔵に閉じ込めてからの経緯っていうか、そういうのを全部地の語りでネタばらししちゃうんですよね。こうこうこういう理由で、そしたら若旦那が怒ってやってくるだろう。で、そこで若旦那を追い詰めて、蔵に閉じ込めるという、番頭の計略通りの噺。計略通りうまくいってみたいなのが米朝師匠の『たちぎれ』には入ってるんですけど、5代目文枝師匠のにはその文がないんですよ。そういう説明がなく、蔵に閉じ込められてそれからしばらく経ってみたいな。そういう、何て言ったらいいんでしょうか、ネタばらしはないですね。

【和田】あれは芸者が小糸ですか? 関西でやるときは。

【木積】そうですね、小糸ですね。

【和田】小糸か。小糸がその若旦那に会いたいということで、手紙を太鼓持ちに託して届けに来るわけだ。で、その大店のとこに太鼓持ちが来て、お店からですってなことで渡すんだけど、番頭はそれを若旦那に「はい、来ましたよ、読んでください」っていうふうにすればいいんだけど、そういうふうにはしないで自分の引き戸の中に入れちゃうわけだよね。

【木積】ああ、そうですね。見せないと。

【和田】入れちゃう、見せないと。そうすると、米朝師匠のやってるのは「一番悪いやつに渡してしまいました」って言うでしょ?

【木積】ああ、そうですね、それ入ってますね。

【和田】入ってますよね?

【木積】はい。

【和田】あれがだから僕はすごく特徴的であるし、不思議な気もするの。ドラマとしては。だって、「一番悪いやつに渡してしまいました」っていうのは、これなんか誰視点なんだって感じがするんですよ。

【木積】なんかすごい上から見下ろしてるような感じがしちゃうな。

【和田】まあそういうことですよね。だから、すごく先回りしてるんだよね。そこに限って。だから、一番悪いやつに渡してしまいましたっていうことは、この手紙は若旦那のとこに届かないんですよ、若旦那はメッセージを理解しないんですよっていうことをもう予言してるわけじゃないですか。その時点で。で、まあ実際そうなってしまうわけですよね。だから、そこが不思議であるし、その地の語りが人によってあったりなかったりするっていうの、ほんとに教えられて「あ、そうなんだ」と思って。非常に重要な点だなと僕は思うんですけどね。

【木積】だからなんかそういうのが細かいところで米朝師匠のは結構入れ込んでますよね。

【和田】そうですね。

【木積】そういう地の解説みたいな。でも5代目文枝師匠のほうが、そういう意味では結構ウェット。

【和田】はいはいはいはい。

【木積】なんかだからそういう米朝師匠のほうには語りっていうか解説があるからカラッとしてるのかなって、僕は。

【和田】カラッと……うーん。

【木積】ドライという。

【和田】まあそうですね。だから、カメラアイが文枝さんなんかのは若旦那とか小糸に近いとこなんでしょうね。語るポジションがね。

【木積】僕はそっちが好みですね。文枝師匠の近いほう。

【和田】まあ文枝師匠と米朝師匠が両方ね、やってらしてですよね。あれ? 枝雀さんはやってないでしょ? 『たちぎれ』って。

【木積】ああ、聞いたことないですね。

【和田】聞いたことないですよね。だから僕はすごく不思議だなと思うのは、枝雀さんは僕の知る限りはやってないんですけれども、『たちぎれ』。聞いたことないでしょ?

【木積】はい。

【和田】ないよね。だけど、「ものすごく好きな噺だった」って言うのね。

【木積】ものの本には書いてますよね。

【和田】書いてるでしょ? だから枝雀さんが米朝師匠に「私がもし落語が嫌いになった、落語に愛想がつかしたっていうようなことになったら、お前ちょっと待てと。落語の中には『たちぎれ』っていう噺があるんやぞって言ってください。それを聞いたら私は落語に戻れますから」って言ってたっていうのよ。そこまで好きなんだったら自分でやりゃあいいじゃんって思うんだけど、そうでもないんですよね。

【木積】うん。やっぱり自分の理想があったんでしょうね、なんか。

【和田】理想が高くてということですかね。

【木積】うん。もしかしたら。分かんないですけど。

【和田】それとか、何だろうなあ。逆になんかさ、東京落語で何でこうなってるんだろうと思うところってあります? 東京落語のつくりで。

【木積】東京落語のつくりで何でこうなってるんだろう……うーん、まあちょっとすぐには出てこないですけど、まあしいて言えば『文七元結』かなあ。『文七元結』っていうお噺自体には問題はないんですけど、いい噺ですし。ただ、何だろう。最後、廓から要するに預け……廓? あれ廓なんですか?

【和田】廓です。そうです。吉原の。

【木積】預けた娘を呼び戻すっていうか、命を助ける。そこまでするかなってなんか思っちゃうとこはあります。

【和田】50両出てきましたでいいんじゃないの? みたいな。

【木積】うん。

【和田】てことですかね。まあ、あそこはだからなんか芝居の幕切れみたいにものすごくいろんなこと凝縮しちゃった感じはするよね。それできれいな格好させて、「このお肴お気に入りくださいましたでしょうか」とか言ってさ。感じはしますよね。

【木積】なんか、そこがまあいい噺ではあるんだけど、そこまでやる必要あんのかなみたいな。

【和田】大詰めに関してってことですね。

【木積】大詰めに関しては。

【和田】ああいうのってね、まあ文七は普通にね、何だろうなあ。まあ今でも喜ばれる商品だよね。

【木積】そうですね。

【和田】喜ばれる演目ですよね。落語としてもそうですし、それこそ芝居でやって歌舞伎でやったり、三木のり平さんとか志ん朝さんがやったりっていうふうに。だから、あれをよしとする人はすごく多いと思うんですよ。で、たぶんね、ちょっと東西っていうのと話それるんだけど、あれって元結ね、『文七元結』というのがほんとにあったんですって。

【木積】あ、実話なんですか?

【和田】実話じゃないんだけどね、あれって結局ね、『細川茶碗屋敷』ってあるでしょ?

【木積】あ、『井戸の茶碗』の元ネタ。

【和田】『井戸の茶碗』。あれは細川の茶碗屋敷という屋敷があります。この屋敷はなぜ建ったのかって話なわけですよ。この屋敷が建つにあたって、こんな奇妙なエピソードがあったんですよって話になるんですよ。それから例えば『幾代餅』って噺があるでしょ? 『紺屋高尾』と同じ噺。『幾代餅』。

【木積】はいはい、古今亭のほうのね。

【和田】そう、古今亭の。あれも幾代餅ってほんとにあったわけ。お餅が。両国で売ってたんだけど。で、みんなが知ってる幾代餅ってお菓子がありますと。で、その幾代餅ができるにあたって、こんな話があったんですよっていう、その前段の話なわけですよ。で、『文七元結』も本来は、そのみなさんが知ってる、知ってるというか名前が残ってる文七の元結というものがありますと。で、それができるにあたって実は若いころにこんな話があったんですよって由来譚なわけですよ。

【木積】ああ、なるほど。

【和田】だから、由来噺っていうのは僕の解釈だと、変な話でもいいの。ちょっとうなずけないところがあってもいいし、うなずけないところがあってもこういうことがありました、結果屋敷が建ちましたっていう話はいいじゃないですか、別に。隠れエピソードなわけだから。

【木積】ああ、まあなるほどね。

【和田】でも、たぶんそのニュアンスが減退して、つまりみんなが元結っていうの分かんなくなったし、元結屋さんっていうのも今ないですよね。カツラ屋さんとか別にすればないですよね? だから由来譚のニュアンスがたぶん消えちゃったんですよ。で、こっちの筋だけ残ったのが『文七元結』なんじゃないかなっていう。でも一応言うよね、最後に「麹町の貝坂に店を出しました。文七元結の由来でございます」って。

【木積】あのネタ聞くたびに思うのが、あれ講談のほうがいいんじゃないのかなって。

【和田】いやいや、だからつくりがそうなんですよ。つくりが由来噺だから講談っぽいわけです。茶碗屋敷ができるにあたって、これこれこうでした。吉田御殿の屋敷にこんな話がありましたというのと同じ話だから。ていうことですよね。

【木積】そういう意味で、あれも作圓朝でしたっけ?

【和田】圓朝作とされてるんですけど、圓朝以前に同じような噺があって、圓朝がまとめたという説が今は濃いみたいですよね。

【木積】あ、今思い出した。さっき言ったあれ、なんで、こうなるんだろうみたいな。もう1つあるのが、『宮戸川』。

【和田】『宮戸川』。

【木積】の、下!

【和田】下ね。

【木積】あれたしか論文か何か書いてましたっけ? あれね、僕、下は正直怖いんで聞いてないですけど、ストーリーだけね?

【和田】聞いてないの? 聞いたことないの?

【木積】だって、なんかあのストーリー聞いてたら、なんか嫌な気持ちなるもん。

【和田】そうですね。

【木積】あれがなんかね、嫌で。でもほんとすごいロマンチックなね、前半っていうか。従来やるとこはいい噺なのに、何でそうなんの? って、下になると。

【和田】あれはだから僕が明星大学っていうとこの紀要っていう論文みたいな載っけるところがあってそこに書いたんですけど、それはダウンロード今もできますんで見ていただけたら幸いですけど、あれはだからお能とかでやる『隅田川』っていう演目があるんですよ。で、あれの僕はパロディだと思ってるの、下は。下の巻は。
『隅田川』というのは、あれは歌舞伎でもやるしお能でもやるし伝説、今も梅若塚っていうのが向島にあるんだけど、伝説もあるから。ちょっとバリエーションはいろいろあるんですけど簡単に言うと、梅若丸っていう子どもがいて、それが京都の家の子どもなんだけど人さらいに買われてさらわれちゃうわけ。で、東の国に連れて行かれてしまいました。で、お母さんがわが子を探すんで尋ね尋ねて隅田川に来るわけ。で、隅田川の渡し船に乗ろうとする。「この辺にどうもうちの子どもがいたらしい」って言って乗るわけですよ。そうすると、そこの船頭さんが「今日は実は1年前にかわいそうな子どもが、さらわれた子どもが向島で殺されてしまったんだ。命を落とした。で、とても哀れな話なんで、その1周忌のちょうど日で供養が行われるんですよ」っていうことを言うんですよ、船頭さん。お母さんと知らずにね。で、お母さんはそれを聞いてハッとして、それはうちの子なんじゃないかっていうこと察するわけだ。で、向こう岸に着く。そうすると、お墓というか塚があって、そこにわが子がもう葬られていたと。で、悲しむっていう『隅田川』っていうのがあるんですけども、それとほとんど僕は同じつくりだなと思っていて。

【木積】構造としては。

【和田】構造として。だからあれは結局、若旦那が半七のほうが、お花が行方知れずになったと。で、戻ってこないと。で、どうしたもんかなと思って、だけど一応亡骸はないんだけどお葬式をするわけですよね。で、その帰りに隅田川のこっちの今戸側。だから西側なんだけど、今戸側から船に乗って移動しようとすると、その船頭が「実はちょうど1年前に悪さをして」あれは何人かで複数の人間で行ってるから、若旦那に聞かせているわけじゃないんだけど、「こういう女が、きれいな娘がいて、それを手込めにした。そのあと命を奪ってしまって葬った。あれからちょうど1年だ」ってなこと言うわけですよ。そうすると、これが真相だったと。で、こいつが犯人だっていうことを若旦那が知れるわけじゃないですか。だからそれは昔の人が聞いたら「あ、『隅田川』の噺を持ってきたんだな」というのは、たぶんみんな分かったと思うんですよね、恐らく。

【木積】パロディと。

【和田】パロディとしてです。だからあの噺は能でいうと『隅田川』、落語でいうと『宮戸川』なんだと思うんですよ。隅田川ってまんま言わないで宮戸川って言っていると思う。

【木積】それで川の字で合わせて。

【和田】合わせて。宮戸川とも言います、言ってたからね。ていうことだと思う。で、あれはでもそういう趣向のものなんで、その意味が分かんなくなっちゃうのしょうがないよね。

【木積】でもなんかあれ救われない噺だから、嫌なんですよ。

【和田】まあ夢だからね。救われるんだけどね。無理やりね。

【木積】あ、夢。

【和田】夢なんで、最後の1分間ぐらいで救われるんですけど。

【木積】でもね、なんか夢でもあれ。

【和田】そう、みんなそう言うよね。いや、そうなんですよ。そうなの。だからみんな僕はね面白いなと思うのは、落語の演者さんとかお客さんも「いや、夢だから別に救われてるじゃん」と僕は思うんだけど、「いや、夢でもあれは無理やりなんか最後にくっつけた結末だから、その陰惨なほうがやっぱメインに来ちゃっていますよね」っていうふうに言いますね。

【木積】枝雀風に言うと、緊張が緩和しきってないってなことかな。残ってるということ。

【和田】そうでしょうね。だから全部緩和しちゃうと、ほんとの落とし噺になっちゃうから。ああ、それはすごい、いい話ですね。そういうふうに緊張したまま終わるようにしてるのかもしれない、わざと。

【木積】わざと。

【和田】わざと。だってそのほうが元の『隅田川』の原拠に近いから。本説に近いから。それはすごい鋭い話ですね。だから木積さんと話すといろんなやっぱ僕も発見がありますね。
でね、俺、柳家さん喬師匠に実は『宮戸川』の上下をやってくださいっていうの、結構3・4回お願いしたことがあって。

【木積】ああ、通しでやってくれと。

【和田】通しで。下の巻も含めてっていって。でも木積さんと全く同じ答え。あれはやったことあるけど、過去に何回かやってますけど、やっぱりやっていても気持ちのいいものじゃないし、陰惨だし、自分としてあんまり再演したいと思わない。

【木積】自分が気持ちよくない。

【和田】気持ちよくない。で、やれるやれないで言えばやれますと。やったこともありますと。だけど、あれを再演してなんとかっていう気には僕はならないとおっしゃって、また気が変わるかもしれませんけど、そういうふうにおっしゃっている。

【木積】喬太郎さんは……。

【和田】喬太郎さんはまたしょっちゅうやるのよ。

【木積】通しでやってますよね?

【和田】しょっちゅう。喬太郎さんは割とね、普通にやるんですよ。あと雲助師匠も年1ぐらいでやるんですよ。

【木積】亡くなった圓歌師匠もやってましたよね?

【和田】圓歌師匠がやってて、3代目のね、圓歌師匠がやってて。あれを聞いて喬太郎さんがやり始めたの。圓歌師匠のはたしかCDにもなってて。あれどっから持ってこられたのかなあ。まあ分かんない、2代目圓歌さんかもしれない。それで、そうなんですよ。3代目がやっていて、喬太郎師匠が興味持った。だから、すごく面白いのは、喬太郎師匠とさん喬師匠、師弟なんだけどそこまで感覚違うんですよ。

【木積】たしかに。『死神』、喬太郎さんとさん喬師匠の両方聞いたことありますけど、喬太郎さんのほうが結構グロいっていうか。何でしょう、喬太郎さんの『死神』って聞いてると「世にも奇妙な物語」の感覚に近いんですよね。

【和田】はいはい。うんうんうんうん。

(起こし終わり)
 テキスト起こし@ブラインドライターズ
 (http://blindwriters.co.jp/)

担当:田中 あや
いつもご依頼いただきありがとうございます。
落語がテーマの文字起こしは何回か担当させていただきましたが、回を追うごとに落語関連の用語を知る機会となっており、いつも楽しく勉強させていただいております。今回は今までに覚えた用語がところどころ出てきました。やはり知ってる言葉が出てくると嬉しいですし、文字起こしをしている指も弾むようでした!
東西で感覚が違うのは落語も同じことなのだと、今回も新たな学びとなりました。噺の名称に違いがあることも興味深いです。
この起こしがみなさんのお役に立てますと幸いです。また起こしを担当できる日を楽しみにしております。



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