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【PODCAST書き起こし】名人:三遊亭圓朝について語ってみた(全6回)その4

【PODCAST書き起こし】名人:三遊亭圓朝について語ってみた(全6回)その4

(「いらすとや」さんの画像使用:https://www.irasutoya.com/)

【三浦】あんまり欠点がなさそうな人じゃないですか、円朝って。     

【和田】そうねえ。だから戸板康二さんがね、劇評家の。『泣きどころ人物誌』っていう本を書いていて、それすごく僕、好きな本なんだけど。ようするにいろんな人たちの、よくできた人の泣きどころがあっただろうと、どんな人にもあったでしょうという本なんですよ。円朝がその中に1章あるんだけど、円朝の泣きどころは、子どもの朝太郎……。

【三浦】あー、そうか。

【和田】って書いてて。それは円朝さんが最初に連れ添った奥さんがいて、若い時に。その間にできたのが朝太郎なんですよ。子どもね、せがれ。のちにだんだん大きくなるんだけど、その奥さんのことを円朝が離縁した訳ですよ。で、お母さんどっか行ってしまった。だから朝太郎にしてみたら、お母さんが消えてしまった。その後、円朝が後妻をもらうんですよ。後妻をもらうんだけど、その後妻さんと朝太郎がうまくいかなくて、朝太郎はとても孤独に、自分の求めるお母さんがいないっていう育ち方をしたんですよね。最後に落語家になるんだけど、評判がすごく悪かったり、素行が悪くて問題を起こしたり、一時やめたり。で、戻ってくるんだけど、またうまくいかなかったりとかして。結局円朝さんが亡くなった後に、それまでは何とか芸人やってたんだけど。あ、その前に廃嫡っていう昔の、籍から抜くみたいなことをしたんですよ、円朝が。

【三浦】その戸籍上みたいな。

【和田】戸籍上の、親子の、当時あったやりかただと思うんだけど、縁を切るみたいなふうにして。で、円朝さんが亡くなって、例えば三回忌とか七回忌とかあるじゃないですか。その時に、さっきも言ったように弟子が40人いて、その弟子もいるわけだから、ものすごい人数の人がお寺行くでしょ。そのときに朝太郎はやっぱり来ない。姿見せない。で、あいつはどうしてるんだろうねっていうふうに見たら、なんかお墓にちっちゃく鉛筆で「朝太郎来たる」と書いてあって。だからみんなと顔を合わせたくないから。

【三浦】行きづらかったんですよね、かわいそうですね。

【和田】行きづらい。すっごいかわいそうだと思う。だからそれは戸板さんが、彼のことを書いていて。

【三浦】それはかわいそうだわ。

【和田】それで、消息でどっかにいたらしいよとか、どっかに暮らしてるんだってみたいな話はあるんだけど、結局最後に、関東大震災のときに消息が知れずになって、そのあとはなんの情報もない。

【三浦】なるほど、とても辛い話ですね。
円朝も亡くなるときはその息子のことをきっとおそらく考えていたんでしょうね。

【和田】いやあ、そうなんだと思いますよ。だから僕はいつも思うのは、『双蝶々』っていう話があって、あれの演目解説で、これ僕しか書かないんだけど、あれの長吉っていうのがいて、彼は子どものときに継母のとこで育つわけです。お父さんがいて、継母がいて、自分がいると。で、継母に折り合いが悪くって、無茶なこと言ったりして。「俺は今寿司が食いてぇから寿司買ってこい」とか言ったりして、お父さんに怒られたりとか。

【三浦】お母さんは、継母は愛情注ぐんですよね。

【和田】そう、注ごうとするの。で、あそこがね、僕は今の演者さんも分かってないし、なんか僕の解釈なんだけど、結局そこのねじれって、後妻さんっていうのは、後妻に分かって来ているわけだから子どものことをかわいがろうとするんですよ。だけど、子どもから見たらそう見えないんですよ。子ども視点ではそう見えないんですよ。そのズレなんですよ。だから、結局彼は丁稚に出されて、丁稚先で悪いことして。

【三浦】最初は真面目にやるんだけど、だんだん悪いことするんですよね、

【和田】そうです。

【三浦】あれも悲しい話ですもんね。

【和田】そうです。だからあれは、僕は円朝の家というのが、僕は二重写しにすごく感じるんですよ。

【三浦】悪事には手は染めないが、という。

【和田】でも悪事のほうにいってしまうわけだよね。

【三浦】いってしまうその。でも、朝太郎は悪事まではいかなかったんですよね。

【和田】ああ、朝太郎はね。

【三浦】そうですね、だから重なる。長吉はね、もう悪事三昧でしたもんね。奥州のほうに逐電して、本当の悪党になるんですよね。

【和田】そうです。それで最後に帰ってきて、お父つぁんもいるし、義理のお母さんとも再会して。

【三浦】お父つぁんがもう病気で、おっかさんが物乞いみたいなのをしてるんですよね、確か。

【和田】そうです、そうです。

【三浦】そこで偶然再会して、お金渡して、召し取られるっていう、ほんと悲しい。

【和田】悲しい話ですよね。だからあれは、円朝家と僕はすごく二重写しになる話だし、円朝のさっき言ったなんていうのかな、欠点がないっていうか、欠点と言ってはいけないんだけど、すごく悔いが残った部分は家庭じゃない、特に子どもね、息子との関係じゃないかな。

【三浦】一番辛いところに悔い残してしまいましたね。

【和田】うーん、っていう気がしてしょうがないんですよね。

【三浦】やっぱり人の、人間関係って難しいですね。
だから円朝はさっきも出ましたけど、自分の師匠の二代目円生にそんだけ意地悪されても、やっぱり師匠だからと。一度は袂を分かつんですが、後にまた和解して。で、円生は謝ったりしますもんね、円朝に。あんときは悪かったって。で、高座に上がれなくなったって師匠を面倒をみて、なおかつ忘れ形見の娘も面倒見るんですもんね。ほんと立派な、そんな功徳を施すようなことして、それでもやっぱり何の因果か、そういう継母と息子という一番確かに脛の傷の部分になってしまう。
なんか不思議ですね。

【和田】だから僕は『双蝶々』って、上・中・下って分けて三話でやることもありますけど、上の巻っていうのが長吉の子どものときの話なんですけど。

【三浦】結構、利発な子どもなんですよね。

【和田】そうです。そのときに、お母さんはうまく家庭を回したい。当然、後妻に入ってきてるからそう思う。でも子どもはそうは見えなくて。

【三浦】まあ、お父さんに嘘つくんですよね。おっかさん、何にも食わしてくんないんだ、俺にって。

【和田】そうそうそうそう。

【三浦】そんなこと全然ないのに。

【和田】それで嘘じゃねえかって言ったりとか。でもそういう悲しい言動をとらなくてはならない寂しさを抱えている子、だと僕は思うんですよ。だから、そういうふうによく出ると、丁稚に行って、流転してっていうのがすごく分かるんだけどなあと。僕は0歳児からの悪人っていないと思う。

【三浦】全くいないですね。

【和田】悪人になるんだとしたら、そういうふうに育った環境が僕はあったと思う。

【三浦】よく性善説、性悪説って言いますけど、全くの性悪はいるはずはないですよね。後天的なものですよね。

【和田】だから、あれはすごく、なんていうかなあ。僕にとっては『双蝶々』ていうのは、いつも考えさせられる話ですね。

【三浦】いつ聞いても悲しくなる。もちろん、聞くのは大好きですけど、ほんと考えさせられますね。
まあ、ちょっと『双蝶々』の話になったんで、少し円朝さんの話から外れますけど、今『双蝶々』だと、だれで聞くのがいいですか?

【和田】そうですねえ。

【三浦】わたし1回、雲助さんで随分前ですけど、聞いたことがあって、通しで。これはとても良かったなあっていう印象がありました。

【和田】今はね、雲助さんのお弟子さんの、隅田川馬石さんていう人がいて、その人が師匠のを継いでやってるんですけれども、それすごくいいと思います。

【三浦】ああ、ほんとですか。それはぜひ聞きたいです。

【和田】あとまあ、さん喬さんとかもされますね。

【三浦】ああ、でもその辺の噺、聞くこと、さん喬さんで聞くこと考えるともうドキドキしますね。

【和田】そうですねえ、うん。

【三浦】その和田さんのおっしゃる円朝と朝太郎親子と『双蝶々』の話って、たぶん今度『双蝶々』聞くとき思い出しますね。

【和田】それでね、この今日持ってきたのが、これって画面に映りますかね? これ、前進座でやった『金木犀の花』っていう……。

【三浦】前進座って吉祥寺でしたっけ?

【和田】吉祥寺にありましたけど、前進座劇場は今はなくなっちゃったんだけど、でも劇団は吉祥寺にあります。これ僕、残念ながら上演は観てないんです。上演は観てないんだけど、台本だけ読んだんですけど、これね、霜川遠志さんっていうのかな、人が台本書かれてるんですけど、ちょっと僕すみません不勉強で存じ上げない方なんだけど、明治時代を背景とした三遊亭円朝が主人公の話なんですよ。それで鉄舟が出てきて、さっき言った鉄舟がいろんなこと教えたりとか、そのいくつかの場面で構成されてるんですけども。ちなみに中村梅之助さんが円朝やってらっしゃるんですけど……。

【三浦】あっ、梅之助。

【和田】で、すごく僕見たかったなと思うんだけど、ちょっと見はぐっちゃったんだけど。これの最後は、円朝が鉄舟にも教えを乞うて、自分の芸を一段階皮がむけたと、というようなのが大詰めとなって、ちょっと晴れやかな気持ちになってるんです。そうするとそこに立派になった朝太郎が訪ねてくるの。それで久しぶりな対面をして、二人でふっとなんか雪を眺めるみたいなシーンがエンディングなの。僕はこれは、いわゆる現実にいた人をモチーフにして話を作ってるわけ。それはなかったわけですよ。現実にはなかったわけ。だけどこの作者の方が、霜川さんて方が、朝太郎が立派になって、すごい久しぶりに円朝の前に姿を見せて、円朝も当然うれしいっていうラストシーンを作ったわけ。これは僕はすごいうるわしい話だし……。

【三浦】そうなってほしかったってことですよね。

【和田】まあ、そういうことですよね。だから史実と違うんだけど、違うんだろうと思いますけど、一つの解釈としてすごいいいなあと。あと、単純に演劇としても梅之助さんが円朝の役やって、中で落語とかもやったりするんですよ。『心眼』っていうね。

【三浦】あっ、『心眼』?

【和田】『心眼』をほぼ一席やるみたいな台本になってて、これはなんか観たかったなあ。

【三浦】それはおもしろいですね。

【和田】あと前にも話しましたけど、やっぱり円朝ってすごく、たとえば『死神』はね、円朝が。

【三浦】そうですね、ちょっと今まで『牡丹灯籠』とか、さっきちょっと『鰍沢』出ましたけど『牡丹灯籠』、『真景塁ヶ淵』、『札所の霊験』、そういう話してましたけど、まあいわゆるよく高座でかかる『鰍沢』を筆頭とした、そういう落語の噺をしてみたいと。『死神』もそうなんですね。

【和田】そうですね。だから『死神』は、もともと西洋にヨーロッパにですね、グリム童話に『死神の名付け親』っていうドイツの民話がありまして。これは死神に子どもの名前を付けてもらう、困った一文無しの父親が、死神に子どもの名前を付けてもらって、その子どもが大きくなって結構成功するんだけれども、ある死神とのルール破りをしてしまったがために、お前の命が短くなってしまうぞという、落語の『死神』と同じ展開になるんです。

【三浦】そのときもやっぱりロウソクですか?

【和田】えーと、ロウソクが出てきたと思います。そのときにもやっぱり医者になってね、人の病を治すという話があるんだけど。それともう一つ、イタリアオペラの『クリスピーノとコマーレ』って話があって……。

【三浦】知らないですね。

【和田】これはやんないと思います。向こうに、ヨーロッパにね、CDが1枚くらいあるらしいんだけど。でも、イタリアでもほぼやんないものだから。

【三浦】だれの作ったやつです?

【和田】だれだっけな? なんかそれの童謡みたいなのもありますよ。

【三浦】へえ、『クリスピーノとコマーレ』。

【和田】その作品も一文無しになった男が死神、これは女の死神なんですけれども、女の死神に救済される、医者になる、医者になるけれども円朝さんのいつものパターンで、円朝さんっていうか、男はやっぱり浮気とかするわけですよ。堕落しちゃうわけ。

【三浦】お金が入るとね。

【和田】それで死神に、お前のこと裁くからと言われて、奈落の底みたいに連れていかれるって話なんですよ。この二つの話があって、どっちかがオリジンっていわれているんですけど、どっちかというよりも、要するに西洋に死神話があるわけですよ。ドイツにもあり、イタリアにもあり。たぶんそこにあるってことはスイスとかにもあると思うんだけど。
これを福地桜痴っていう政治家であり、劇作家であり、当時明治時代にいたいろんなことをクロスオーバーしてやってる人ですよね。その人が円朝に、こんな話があるんだよと。

【三浦】へえー、教えた人がいる。

【和田】教えたんです。桜痴自身はヨーロッパとか行ってる人だから、この間行ってきたけれども、こうだよとか、たぶん教えてあげたんです。円朝はそれを聞いて作ったと言われてます。

【三浦】教えるほうも教えるほうですけど、それ聞いてすぐ作れるほうも作れるんですね。

【和田】そうなんです。だから円朝って、さっきの『牡丹灯籠』の噺もそうだけど、『牡丹灯籠』の場合は一応活字になってたと思いますけど、元こうなんだよって言われて、西洋の死神の話、中国に伝わってるお札の話とか聞いて、自分の世界にしちゃうってのはすごいですよね。

【三浦】あの、ちょっとだけ脱線してものすごいつまんない話しますけど、そういうのって今だと何か言われちゃうんですか? 今の時代だと、何か元データがあってそれって。ほんとつまんない話になっちゃいますけど。

【和田】だから民謡とかそういうものは今は何の問題もないですよね。だってグリム童話とかそのレベルの話を持ってきてるんだったら何の問題もないですね。

【山下】なんの問題もない。物語の構造だけ借りてるから全然大丈夫。っていうかディズニーって、それすごく多いですよね、実は。

【三浦】大変失礼しました。そんなことが気になって。今の時代だとね、もう、当時だと何の問題もないんですけど。むしろいいことだと思うんで、物語の構造を借りるのは大丈夫だと思います。

【和田】あのー、ちょっと僕も話ずれますけど、イギリスの小説で、作者の名前忘れちゃったんだけど、『Money』っていう小説があって。

【三浦】ローマ字ですね。

【和田】それは、ある大金持ちが死んで遺産相続をして、遺産が受け取れた人と受け取れなかった人の明暗が分かれちゃうみたいな話なんですね。それも福地桜痴が、その『Money』っていう話があるんだよって言って、黙阿弥に教えたんです。そうしたら木阿弥が『人間万事金世中』っていう歌舞伎を書いた。これ、面白い作品です。

【三浦】その方はほんとにすごい人ですね。

【和田】すごい人です。桜痴って無茶苦茶面白い人です。

【三浦】たぶんそれ、『死神』の話は、じゃこっちに、円朝にして、『Money』は黙阿弥にしたほうがいいんじゃないかって考えたんですよね。

【和田】そういうことなのかなあ。

【三浦】もしかしたらですけど。

【和田】ああ、振ってね。これ歌舞伎向きだなみたいな感じでね。

【三浦】こいつだったらよく考案してくれるだろうって。すごいプロデューサーですよね。

【和田】そうです。今ある歌舞伎座っていうのを建てた4人くらい発起人がいるんだけど、そのうちの1人。福地源一郎。

【三浦】ああ、そうですか。プロデューサーともいえるし、編集者ともいえますよね。

【和田】そうですね。桜の、痴は病だれの柳亭痴楽の痴ですね。まあ、円朝の話の中では、これがすっごく『死神』がやっぱり一席ものとしては頭抜けて面白いですよね。

【三浦】頭抜けてますよね。

【和田】『文七元結』っていうのはさっき言ったみたいに、元になったものがあったらしくて。『鰍沢』は、実は昔は円朝作って言われていたんですけど、実はね、近年の研究だと、あれは黙阿弥作らしいんですよ。

【三浦】あっ、そうですか。変わった系、黙阿弥さん。

【和田】それはなぜかっていうと、黙阿弥と円朝、あるいはほかの短歌の作者とかが入ってた「三題噺の会」っていうグループがあったんです。

【三浦】そんなのあったんですか。

【和田】はい。サークルがあって、それはいわゆる皆がイメージする高座でお題出されてすぐ作っちゃうんじゃなくて、料亭とかに集まって、1カ月くらい前に……。
 
【三浦】みんな考えるんですね。

【和田】そう、題を出して句会みたいな感じで噺を考えるんです。

【三浦】持ち寄るんですね。

【和田】そう、持ち寄って発表するって会があったんです。
 
【三浦】そのほうが、どっちかっていうと信じられますよね。そんなすぐにっていう(笑)。

【和田】それで、それの錦絵とか記録が残ってて、その学者の方がそれを調査したら……。

【三浦】その会の錦絵が残ってるってこと?

【和田】残ってます。それはね今、これありますよ、ここにね。ちょっと待ってね……。
「毒消しの護符」、「鉄砲」、「卵酒」とかって題が出てて……。

【三浦】「毒消しの護符」、「鉄砲」、「卵酒」。それもう『鰍沢』ですか?

【和田】それはだから三つの題ですね、が出ていて、その……、ここに書いてあった。
「文久3年10月と思われる、酔狂連の会」だから……。

【三浦】「酔狂連の会」。

【和田】酔狂連というのは、三題噺を作ったりする文人のグループですね。が、残っていて、その中に、「卵酒、いかだ、くまの膏薬ですね、この3つ。河竹という項目が見える。これが『鰍沢』の三題で、作者は円朝ではなく、河竹だったのではないかとする説が近年出ている」。でも、こう書いてあるんだから、ほぼそうですよね。

【三浦】そうですよね。

【和田】だから、「河竹さんが、これ担当してください」って意味なんで。

【三浦】あっ、そうか。それぞれ三つの題があって、担当者がいるんですね。

【和田】このチラシだとそうなんですよね。

【三浦】そういう話ですね。

【和田】それで作ってきて、ここまではっきり書いてあるんだから、まあ、磨き上げたのは円朝だにしても、おそらく黙阿弥作と考えていいんじゃないかなと、『鰍沢』を。

【三浦】でもそれは別に、黙阿弥作でも円朝作でも……。

【和田】いいんです、いいんです、勿論いいんです。

【三浦】あれはあれで、ああいう傑作が残されていることが、大変。

【和田】そうです、そうです。

【三浦】でも、お材木で助かったって、あれはどうなんですかね?(笑)

【和田】ですから、さっき言ったみたいに、あれ初期バージョンは、最後は歌舞伎っぽくなるの。それ正雀さんもやりますよ、今、芝居噺で。
えーとね、お熊が鉄砲撃つでしょ、その時に、「岩陰にかち入り、なんとかかんとか、おもいがけねぇ浮の世に、なんとかかんとか、なんとか……。」、七五調になって、「あぶねぇことで……。」チョーン、「あったよなぁ」って歌舞伎っぽく終わるんですよ。

【三浦】あっ、なるほど。  

【和田】だから、オチはない。
   
【三浦】オチはないんだ。

【和田】お材木っていうのは、たぶんその後のバージョンで、素話にするんでつけたオチかなあという気がします。

【三浦】じゃ、その前バージョンだと、助かったか助かってないかが、分かんないってことですか?

【和田】一応、分かります。
「危ねぇことであったよな」って言ってる。

【三浦】危ねぇことであったんだ。一応、逃げおおせたんですね。

【和田】そうそうそうそうそう。

【三浦】逃げおおせたけど、そのシーンを自分で撤回したんですね。

【和田】そうそうそうそう。だから、そこが近代っぽくないわけ。最後に突然、唄い上げて、三味線とかが入って。

【三浦】なんだよ、それみたいに。

【和田】歌舞伎っぽいんですよ、だから、そこは自分で自分の情景描写までしちゃうってところが。

【三浦】それを素話にしたときに、なんかさげつけとかなきゃいけねぇって言って。

【和田】だと思います。  

【三浦】それいうと、ある意味よくできてんのかもしれないですよね。

【和田】そうですね。たぶん、お題目とお材木っていうダジャレが元々あったんだと……。

【三浦】あったのかも、あっ、そうですね。

【和田】それを持ってきたような気がしますけれども、たぶんね。

【三浦】あれでいいやっていう、面白い。

【和田】でも、あれは黙阿弥が作ったにしても、さっき言った『鰍沢』の身延山のめちゃくちゃPRみたいな感じに、結果的になってるんですよね。だから、円朝のさっき言った、鉄舟の死後ですね、そっちに法華のほうだよね、そっちに接近したっていうことも合致するし。

【三浦】合致しますね。実際に自分でやってもいたんでしょうしね。

【和田】もちろんです。

【三浦】なるほど。やっているから、いわゆる前バージョンと後バージョンで素話にしたときもそういう、磨くというか、そっちに移すこともやったと。あ、身延山のPRねぇ。

【和田】だってあれ、ものすごい固有名詞ですからね。
で、その毒消しの護符で命拾いしたって話なんで。だから落語っぽくはないけどね、言ってしまえば、世界観が。
あれはだから、ちなみに言うと、志ん生さんが残ってる映像って4本だけあるの。

【三浦】古今亭志ん生の?

【和田】動いてる、映像。『風呂敷』とか『巌流島』って結構いい。

【三浦】『風呂敷』、結構有名ですね、映像が。

【和田】映像もすごくいい出来なんですけど、一番最後には『鰍沢』をやってる映像があるの。NHKで客なしで、スタジオで。
 
【三浦】あっ、そう、ありますか?

【和田】あります。それNHKから、その4席だけ入ったDVDが出てるので、もし興味があったら検索してみてほしいんですけど。
それは志ん生さんの晩年で、半身動かないんです。だから、鉄砲撃つしぐさも片手でやるの。

【三浦】片手で。
 
【和田】こっちをやんないで、普通両手でやるじゃない、鉄砲だから。それを片手だけで撃ってるってことにしてやるんですよ。とにかくすごいきついんだけど、やってるわけ、志ん生さんが。
なぜかというと、志ん生さんは、若いときに円喬……。

【三浦】橘家円喬。

【和田】橘家円喬の『鰍沢』を聞いて、これはものすごく、しょっちゅう引用される話だけど、前座のときに寄席で働いていたら、楽屋でね。表を雨が降ってきたと。急な雨、さっきまで晴れてたのになあと思ってたら、ふっと見たら雨降ってない、表。なんだろうと思ったら、高座で円喬師匠が『鰍沢』をやってた。だから、それがあまりにも急流とか川のイメージで、ザーッというのを自分の頭の中で想像して、雨が降ってきたように感じたと。

【三浦】えええっー! それもすごいな。

【和田】そう、で、雨が降ったと思ったら降ってない。高座では円喬師匠が『鰍沢』をやってた。これ、ものすごい伝説になってる話です。
というくらい、自分の生涯の一席みたいな感じなんですよ。志ん生さんにとって。

【三浦】あっ、そうなんですか。

【和田】だから晩年になっても無理やりやってるし、そこまでこだわった噺なんですよ。はっきり言って、談志さんなんか言ってるけど、志ん生なんか『鰍沢』なんて全然むいていない。持ちネタからしたら、なんか高校生か素人。

【三浦】ちょっと変わってるようにみえますね。

【和田】逆でしょ、だから。

【三浦】そこを『鰍沢』って、だれかに聞こうかなと思ったけど、けっこう志ん生さんの音源あるんで。あれっ、なんで志ん生ってこんなに『鰍沢』やってるんだろうって。

【和田】って思いますでしょ。だからそれはね、円喬がやってたからなんですよ。

【三浦】無理やりやっぱり自分でも、やりたい。

【和田】やりたかった。自分もそれをコピーしたかった。円喬のオリジンは円朝なんです。ってことです。だから円朝のやっぱり、いいネタだったんでしょう。

【三浦】そうなんでしょうね。

【和田】志ん生さんとかあの人たちって、孫弟子世代なんでね、そう考えると。

【三浦】あっ、そうか、そうですよね。

【和田】円朝さんがいて、円喬がいて、で、志ん生がいる。

【三浦】そういう意味でいうと、ちゃんとぎりぎりつながってはいる感じですね。

【和田】つなっがっています。だから、3世代くらいなんで。その、なんていうのかな、初代の坂田藤十郎がどうしたとか、そこまで遠くないんで。全然、明治までいた人だから。

【三浦】それはなんかすごく幸せなことですよ。我々にとっても今の、ちゃんと継いでる人たちのDNAが残ってるわけですものね。

 テキスト起こし@ブラインドライターズ
 (http://blindwriters.co.jp/)

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担当者:伊藤ゆみ子

この度は、ご依頼いただきまして誠にありがとうございます。
実は、ほとんど落語に関心を持ったことがなく、聞いた噺も少ないのですが、お二人のお話に引き込まれ、『死神』や『双蝶々』を検索して聞きました。
今まででしたら、単にストーリーを聞くだけだったのが、噺が作られた背景や円朝さんの人生など、お二人が語られた内容が念頭にあり、月並みな言い方ですが、落語の深さを味わえました。噺が作られた背景などを知ると、聞こえ方が全く違うと知りました。落語が長年親しまれ、楽しまれてきた理由に、少し触れたような気がします。
それもこうしたお話をしてくださる場面があって、興味を持ち知ることができました。どうもありがとうございました。
またのご依頼を心よりお待ちしております。
 


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