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【PODCAST書き起こし】劇団チョコレートケーキの劇作家:古川健さんに聞いてみた(全2回)その1

【PODCAST書き起こし】劇団チョコレートケーキの劇作家:古川健さんに聞いてみた(全2回)その1

【山下】皆さんこんにちは。TFC LAB Podcast staition、『BRAIN DRAIN』のお時間です。『みんなで語る小劇場演劇』ということで、劇団チョコレートケーキの劇作家である古川健
(ふるかわ・たけし)さんに来ていただきました。

【古川】こんにちは。劇団チョコレートケーキの座付き作家の古川健です。よろしくお願いします。

【山下】古川さんよろしくお願いします。さっき演出家の日澤さんと話をしていまして、今度劇作家の古川さんと。まず生い立ちからお話をいただいていきますが、古川さんは1978年生まれということで、出身は東京。

【古川】東京です。

【山下】東京はどの辺ですか?

【古川】目黒ですね。目黒区。

【山下】じゃあ目黒駅とかあの辺ですか?

【古川】もっと南のほうで、駅でいうと目黒線の大岡山とか洗足とかあのあたりです。

【山下】洗足池とかがあるところですか?

【古川】そうですね。

【山下】あの辺なんですね。今はその近くにお住まいなんですか?

【古川】近くは近くですね。今は、大田区なんですけど、割と実家の近くで住まいを探してっていう感じなので。

【山下】この前劇作家の長田育恵さんに来ていただきました。

【古川】長田さんはご近所さんですね。しょっちゅう会います。駅が馬込駅なんですけど、馬込駅でばったり会ったりとか、あとはスーパーの前で犬の散歩させている長田さんにばったりとかっていうのは割と年に4、5回はありますね。

【山下】なるほど。劇作家同士が近くに住んでいるということで。すごく面白いですね。生まれてから小中高とはどういう感じで進めていかれたんですか?

【古川】普通に公立の小中で高校は都立高校ですね。

【山下】じゃあ割と地元の。

【古川】はい。ずっと地元です。

【山下】なるほど。小学校のときに興味があったことを毎回聞いているんですけど、小学校5、6年とかもうちょっと前でもいいんですけど、どんなものがお好きだったりしますか?

【古川】僕は小さいころ低学年くらいまでは割と外で遊んだりもしてたんですけど、割と家で本を読むのが好き、インドアな感じでしたね。ファミコンとかも家でやったり友達と遊ぶのも家でファミコンとかそんな感じで。

【山下】どんな本を読まれていたんですか?

【古川】本は小学校の高学年くらいだと、僕の父親が中学校の社会科の先生なんですけど。

【山下】中学校の社会科の先生なんですか?

【古川】そうなんですよ。だから本棚に司馬遼太郎とか池波正太郎とかがずらっと並んでいたので、高学年ていうとそのあたりを読みだした頃ですね。

【山下】何か印象に残っているやつあります?

【古川】その時期で一番印象に残ったのは、地味なんですけど山内一豊の妻を主人公にした『功名が辻』っていう。あれが一番好きでしたね。

【山下】結構難しくなかったですか? 司馬さんの本とか小学生で。

【古川】僕は好きでした。『翔ぶが如く』とかあっちの情報量が多いやつだとさすがに中学校くらいになるまで読めなかったんですけど、小説は普通に登場人物が出てきていろいろっていうくらいだったら大丈夫でしたね。

【山下】すごいですね。

【古川】本がとにかく好きだったので、何でも読んでいたので、小学校高学年だと兄貴が中学生で。

【山下】上だったんですね。じゃあ結構いい本がいろいろお家にあって。

【古川】太宰にはまっていて、僕も太宰を読んでいましたね。

【山下】どんなの覚えてます? 僕らだと『走れメロス』くらいしか小学校の時だと。

【古川】僕は『人間失格』を小学生のときに読んだんですけど、うーんと思いました。でも小学生なりにこいつはダメなやつなんだなっていうことを考えながら読みましたね。

【山下】お兄さんの蔵書に太宰治があったのでそれを借りて読んだ。へー。本を読むときは家で一人で集中して読むっていう感じですか?

【古川】そうですね。全然苦にならないですね。

【山下】家に結構大きい本棚があったんですか? お父さんとか。

【古川】本棚は本当にすごかった。トイレの中にまで侵出しているくらい本に溢れていたので。

【山下】うらやましいなー本当に。

【古川】読むものに困ったっていうことはないですね。

【山下】それは中学高校に行ってもずっと続く感じですか?

【古川】そうですね。家で歴史小説とか全部読んじゃったら、中学生くらいになったら割と週に2、3回は図書館に行ったりとか。

【山下】中学校の。

【古川】いや、公立のほうに行ってました。学校の図書館はあまり充実していなかったので。学校からうちに帰って、読むものがないからっていって図書館に行って、適当に山本周五郎とかをあさって、家に持って帰って読むっていう感じでした。

【山下】ということはあれじゃないですか。古川さんは中学高校とかの国語のテストとかは全然困らなかったんじゃないですか?

【古川】そうですね。特に現代文に関しては成績に困ったということは全くないですね。

【山下】なるほどね。やっぱり本を読むということはすごいことですよね。

【古川】そうですね。読書習慣のあるなしってたぶんすごく重要だと思いますね。

【山下】すごく分かります。僕も試験は現代国語だけに助けられていたっていう。ぜんぜん勉強してなかったんですけどね。あれですか? コンピュータゲームもされていたって言いますけど、その頃ってスーパーファミコンですか?

【古川】僕が中学生になってスーパーファミコンがうちに来たみたいな感じで小学校のときはまだです。

【山下】80年代前半にファミコンが出たんですよね。

【古川】そうですね。

【山下】僕その時東急ハンズでバイトしていて、ファミコンが出たらすぐ売り切れるので電気屋にファミコンを買いに行ってたんです。タマがないから。定価でいいからそのまま売っちゃえと。儲けなくていいから、お客さん来るからって。

【古川】そんな時代があったんですね。

【山下】83年くらい。

【古川】83年。僕5歳ですね。

【山下】大学のときバイトそこでしていて。スーパーファミコンになってからは何か覚えているソフトとかありますか?

【古川】『三国志』と『信長の野望』シリーズをやっていましたね。

【山下】やっぱり歴史ものなんですね。

【古川】歴史が好きだったんですね。

【山下】お父さんとかとも一緒にやったりとかもしているんですか?

【古川】いや、お父さんは全然ゲームしないですね。

【山下】社会の先生だけどあんまりそういうのは興味がない。

【古川】ゲームは興味ないですね。

【山下】じゃあ友達とかでやってたんですか?

【古川】そうですね。友達と遊ぶときも『三国志』やったりとかはありましたけど、一人でやっても全然苦じゃないし楽しいじゃないですか。一人でやってましたね。

【山下】あれですか? 中学高校とかはクラブ活動とかはされていたんですか?

【古川】僕、運動は苦手というか嫌いだったので運動部以外で探して、中学校のときはブラスバンドやってたんですけど。

【山下】楽器は何を?

【古川】チューバです。

【山下】チューバ?

【古川】バカでかいやつ。

【山下】マイチューバを持っていたんですか? 学校のチューバを借りていたんですか?

【古川】学校のチューバです。でも女性社会というか女子生徒がほとんどで。

【山下】やっぱりスイングガールズですね。

【古川】そういう人間関係にちょっとなじめなかったので途中でやめちゃったんですけど。

【古川】高校のときに演劇部に入って、それがきっかけです。

【山下】なんで演劇部に入ろうと思ったんですか?

【古川】その当時、中3の受験生くらいのときに僕はラジオを聞きながら夜中まで勉強するタイプの受験生だったので。

【山下】音声コンテンツですね。今日も録ってますけど。

【古川】そのときに聞いていたラジオのパーソナリティが岸谷五朗さんだったんですよ。岸谷五朗さんて当時はまだ全然無名の頃で、全然知らないお兄ちゃんがラジオやってるけど、どうやらこの人は三宅裕司さんの劇団にいる人らしいっていうのが。

【山下】Super Eccentric Theater!

【古川】そうです。SETで。そのラジオをよくよく聞いていくと、僕、寺脇さんも好きだったんですね。寺脇康文さん。そうしたら岸谷さんと寺脇さんは仲がいい。同じ劇団で。劇団て面白そうだなって思ったのが始まりですね。

【山下】それ中学何年?

【古川】3年ですね。

【山下】それで演劇面白そうだなと思って。

【古川】高校入ったら高校に演劇部があって、しかも女生徒オンリーではなくて先輩にちゃんと男子生徒が何人もいるような演劇部だったので。

【山下】大所帯だったんですね。

【古川】そうですね。先生が割と高校演劇の中でそれなりに名のある人だったので、人数も多かったんですね。

【山下】何人くらいいたんですか?

【古川】二学年合わせて30人くらいでやってます。

【山下】じゃあ何でもできますね、そんなにいたら。

【古川】そうなんですよ。だいたいスタッフ周りも生徒で賄うっていう感じでしたね。

【山下】演劇体験が割と早期から始まったわけですね。

【古川】そうですね。

【山下】高校1年から始められて、最初は高校演劇コンクールってあるじゃないですか。あれには学校で出てたんですか?

【古川】出てました。

【山下】60分でやらないといけないっていうルールがあるんですよね。

【古川】そうなんです。60分でやらないといけないから大変なんですよね。

【山下】幕が下りきるまでが60分て聞いたんですけど。そのときは、戯曲は先生が書いたんですか?

【古川】戯曲は先生ではなかったですね。先輩とかが書いていた。僕の顧問の先生はやっぱり都大会までは進みたいっていう、勝ちたいっていうタイプの人だったので、先生創作よりも生徒創作のほうが下駄を履けるっていうのが分かってたんですよね。

【山下】戦略的にそういうのがあるんですね。

【古川】戦略的に生徒創作で毎年やりたいっていう先生でしたので。

【山下】そういうのって3年生はもう受験だからやらないんですか?

【古川】そうですね。2年で引退ですね。

【山下】1年2年だから、そのどっちかが書くっていう。

【古川】だいたい2年生だったんですけど、僕が3年生のとき引退したんだけれども、なぜかそのとき脚本を書きたいと思っちゃったので、先生に頼んで書かせてもらったっていう。それが初めて書いた戯曲ですね。

【山下】ということは2年のときは書いてなかった。

【古川】書いてなかったです。

【山下】3年のときに書いた戯曲はどんなやつだったんですか?

【古川】移動演劇団が農村を回る、戦時中の戦意高揚のどさ回りをしている劇団と、農村の人たちとの触れ合いみたいなそういうのを書きました。

【山下】今の劇団チョコレートケーキと作風が全然変わってないんじゃないですか。

【古川】やっぱりそうだったんでしょうね。

【山下】古川さんそういうのに興味があったんですね。

【古川】そうですね。別に作品を比べるとかそういうつもりはないんですけど、『紙屋町さくらホテル』よりも前に書きました。(笑)

【山下】井上先生よりも早く書いちゃったんですよと。天国で井上先生が笑ってらっしゃるかもしれませんけど。そうだったんですね。そのテーマを高校3年のときになんでこれにしようと思ったんですか?

【古川】それは先生と話していたときに移動演劇っていう戦時中の演劇活動ってこういう活動があったんだよっていうのを教わって、それでなるほどと思って。僕は高校時代に演劇部で初めて演劇と出会って、演劇って楽しいなって思った気持っていうんですかね。芝居とは何ぞやって言うのを歴史的なものと絡めて書きたいなと思ったので、そういう題材を選びました。

【山下】芝居をテーマにしているからね。芝居自体が。なるほど。それは書くのは結構時間かかったんですか?

【古川】さすがにずいぶん前の話なのであれですけど、結構苦労した覚えはありますね。

【山下】そのころって手書きですか?

【古川】僕は手書きでやりました。後輩たちが手分けしてそれをワープロで打つということをやっていましたね。

【山下】でも60分だと結構書かないといけないじゃないですか。

【古川】結構書きました。

【山下】手で書くの大変ですね。今はもう手で書いてらっしゃらないですか?

【古川】もちろん。今はもちろんパソコン使ってますが。

【山下】なるほど。その芝居はどうだったんですか? 評判は良かったんですか?

【古川】評判はまあまあ良かったですけど、残念ながら都大会には進めなかったのでちょっとがっかりした思い出が。

【山下】でも家族とか親戚とか友達とかに見てもらったんですよね。

【古川】そうですね。家族は見てくれて。

【山下】お父さんとか何かおっしゃってました? 社会の先生。

【古川】どうだったかな。まあ良かったんじゃないのくらいの感じだったと。むしろ受験生なのに何やってんだっていうほうが大きかったかもしれないです。親としては。

【山下】そのあと卒業されて駒澤大学ですよね。

【古川】そうですね。1年浪人して駒澤大学に入って。

【山下】僕も浪人したんですけど、浪人していると受験勉強したくない症候群が……。本とか漫画読むことばっかりしてたんですけど、いかがでした?

【古川】僕も一切勉強しなかったですね。きっと親は聞かないだろうから言っちゃいますけど、予備校には行かずに、図書館に行ってましたね。

【山下】でも勉強してるみたいな感じですからね。図書館だとね。本ばっかり読んでた?

【古川】本ばっかり読んでました。

【山下】いいですね。とはいえ、ちゃんと大学に合格された。それで、高校の演劇部の活動を継続していくんですか?

【古川】そうですね。これでやめるっていうのは全然考えてなかったですね。大学行ったらなんかやろうと思って。

【山下】そのときにARGOはもう既にあったんですか?

【古川】もちろん。

【山下】先輩に日澤さんとかがいて、新入生で入っていく。それでそこからARGOの活動をやられる。どんな感じですか? 大学時代の活動は。

【古川】学生演劇って学生演劇の楽しさがあって、今思い返すと青春だなって。作演出とかって、作演出ができない人間がそろってたとしても誰かがやらないといけなくて。だから3年が最上級生なんですけど部活でいうと。僕が最上級生のあたりは作演ができる人間ていうのはあまりいる雰囲気ではなかったので、僕が1本自分で書いて演出して、既成の戯曲を演出したりとかもしていて。すごい苦手なことを一生懸命やってて、あれはあれで独特の世界観なので、今やっていることとは全然違うんですけど、それはそれでいい思い出だなっていう感じです、今にしてみると。

【山下】演出を途中でやるのはあれかなっていうふうに思われたときがあったんですか? 俺、演出じゃないほうがいいんじゃないかって。

【古川】ずっと思っているんですけれども、やってるときもずっと最初からしっくりこないなっていうのがあったんですけど、僕スタッフワークが全然分からないんですよね。特に照明・音響が全然分からなくて今でも全然分からないんですけど、たぶんセンスが皆無なんだと思うんですよね。これは違うだろうな、これは僕がやらないほうがいいだろうなとは思っていたのと、あとはちょっと人とのコミュニケーションも苦手っていう。でも若いころはちょっと頑張ろうと思ってた。人と人と触れ合うことを頑張らなきゃって思ってたのでやれてたんですけど、ちょっと年取ってくるとそういうのもしんどいなっていうのはあるので。

【山下】でも何かを捨てるとある意味何かが研ぎ澄まされて逆に楽になったりとか、強くなったりするとかっていうのはよく言われますけど、「もう演出やるのやーめた」ってなったときにそういうのはありました?

【古川】明らかに自分がやらないほうがいいっていうことだったので、そこを捨てたところとてっていう感じですね。僕がやればできることをあえて捨てたわけではなくて、全然できないことをできないっていうふうにオープンにしただけのことなので。

【山下】それは今月の頭に来てもらった長田さんも同じことおっしゃってましたね。演出、私できないから演出は任せますっていう感じで。だから劇作家の立場で、脚本家の立場で感想だけを言うみたいなことをおっしゃっていました。
古川さんがやっている時は演出も少しされていましたけど、そのあと大学を卒業する前ですかね? チョコレートケーキの公演があったのは。

【古川】旗揚げはそうですね。僕が3年生の時ですね。先輩たちがチョコレートケーキっていう変な名前の劇団を立ち上げたらしいっていう、らしいって全然知ってたんですけど。

【山下】見には行かれたんですか?

【古川】見には行きました。すごく面白かったですよ。

【山下】その次の公演から古川さんも参加されると。それはきっかけがあったんですか?

【古川】第2回公演に出ないかっていうのがまず最初で。

【山下】オファーがあったんですね。

【古川】オファーがあって、ARGOのOB連中から出演者を募るみたいな感じで。

【山下】それで出てもいいよっていう感じで参加していたと。

【古川】ちょうど卒業のタイミングだったのが僕と岡本君だったので、出演者の中で。入りたいなら入ればくらいの感じだったんです。軽い感じで「じゃあ入ります」って僕と岡本君が返事をしたような記憶があります。

【山下】なるほど。俳優として出たという。僕は俳優をしたことがないのですごく感心するんですけど、セリフってどうやって覚えるんですか?

【古川】あれは慣れなんですよね。

【山下】そうなんですか? よく覚えるなと思っていつも感心するんだけど。

【古川】最初はやっぱり、始めて何年かは覚えるのどうやって覚えたらいいんだろうみたいなこと考えますけど、何年かやっていくうちに、だんだんセリフってこう覚えるんだっていうのが俳優さんそれぞれであるんだと思うんですけど。

【山下】それは自分が書いた本じゃなくても大丈夫なんですか?

【古川】もちろんそれは全然大丈夫ですね。

【山下】いつもそれが本当に感心します。

【古川】皆さんそれおっしゃるんですけど、これは本当に慣れの問題なんですよね。

【山下】僕らは30秒のCMのセリフとかあるんですけど、「なんだっけ?」とかやってるわけですよ。それくらいのレベルなので本当にすごいなと思うんですけど。俳優をされているときはどんな感じだったんですか?

【古川】僕は声だけはいい俳優みたいな感じでしたね。大きな声を出すのが好きなので。

【山下】そうなんですね。それは大好きなんだ。

【古川】元々、声も大きいほうなので、体も大きいので、言ってしまうと結構パワー系みたいな感じの俳優だったと思いますね。

【山下】それはそれでやっぱり楽しい。

【古川】俳優は一番楽しいですよ。今でもそう思います。

【山下】よく演劇をやっている人に聞くと、俳優が板の上に1回立つとやめられない、拍手もらうとすごく楽しいっていうのはそうですか?

【古川】そうですね。拍手とかなくても楽しいです。それは本当に俳優が一番楽しいっていうのは間違いないことだと思うし、たぶん今後もその考えは変わらないと思いますね。

【山下】でも、その俳優をしていた古川さんが2009年でしたっけ?

【古川】そうですね。『a day』ですね。

【山下】『a day』を中野のポケットで劇作をすることになったと。これはどういう経緯でなったんですか?

【古川】先ほど日澤さんもいたんですよね。元々うちの劇団には作演出家がおりましたので、その人に書いてもらった本をその人が演出してくれてるっていう感じだったんですね。ポケットで講演を打つってもう決まってるタイミングでその人がいなくなってしまったので、どうしようって。でももう半年切っていたので、キャンセルするとすごくお金がかかっちゃうっていう時期だったので、キャンセル料払うくらいだったら何かやろうということで、じゃあ何をするかっていうときにみんなで書こうっていうはずだったんですけど、日澤も先ほど話しましたが、オムニパスっぽい四つの話が絡み合うようなものだったら、ややみんなで分担しやすいのかなって思ってプロットを考えて持ってきたんだけど、結局誰も書かず。一人書いてくれた人はいましたけど、そこまでやったら書かないわけにいかないので書こうと思って、みんなで書こうなんていう逃げを準備した俺がバカなんだと思って、最初から俺が書くって言えばよかったんだって。

【山下】プロットを言って、こんなのでどうって言ったところからそれが決められたらと。

【古川】そう。だから「いいよ。次から書くよ」という気持ちになったんですよね。

【山下】古川さんの劇作は、高校演劇の高校3年のときにも書かれてますけど、その間にも何本か書かれてますか?

【古川】そうですね。その間に大学のARGOで1本書いて、ARGOを引退して4年のときにも1本書いてますね。

【山下】それはどこかで発表したんですか?

【古川】発表は一応してます。

【山下】ARGOではないと。

【古川】ARGOではないですね。

【山下】それで、『a day』で四つのオムニパス形式のものを書かれた。これはどんな話だったんですか?

【古川】アカデミー賞を取った『クラッシュ』という映画がありましたけど。

【山下】デビッド・クローネンバーグ監督。事故のやつですよね。

【古川】そうです。いろんな登場人物が出てきて、登場人物が全然違うところでつながっている。実はこの人とこの人が夫婦だったとか、そういう不思議なオムニパスっぽい映画の構造をパクってやろうと思って。裁判員裁判の話とか、その当時自殺サークルみたいな連続して事件があったので自殺サークルの話とか、命をテーマにした四つの物語っていう感じですかね。

【山下】それは完全な現代劇と。それは逆に完全なオリジナルで、特に資料に当たっていたというわけではない。

【古川】はい。普通にオリジナルです。

【山下】このあとからはずっと2009年以降は古川さんがずっと劇団チョコレートケーキの戯曲を書いていくと。

【古川】そうなっていますね。

【山下】なるほど。『サウイフモノニ…』っていうのは宮沢賢治の?

【古川】はい。宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』をモチーフにした作品で。

【山下】じゃあ最後死んでしまったりとか。そこをベースにされていたんですね。ということは、その次の『起て、飢えたる者よ』っていう連合赤軍を舞台にした話があって、さっき日澤さんとも話したんですけど、僕がサンモールスタジオの再演を拝見させていただいて、赤軍派の人たちと山荘の夫婦の奥さんとの交流を描いたじゃないですか。あれはなぜそういうふうに。

【古川】あれは、本当はあさま山荘に至る前の山岳ベースで起こったこと総括を書きたかったんですけど、あれをやりだすときりがないので、あさま山荘で総括が起こるような仕掛けを作りたいなと思って、そうすると山荘の奥さんが永田洋子に変わるっていうギミックを思いついて、これ面白いんじゃないかと思って。

【山下】力関係が少しずれていきますよね。

【古川】人質だったものが急に女王に君臨しだすみたいなギミックが完成したら面白いんじゃないかっていうことですね。

【山下】そういうことか。だから交流があれだけ描かれたんですね。逆にそれを描くことによって、赤軍派の若い男の子たちがいい意味で純粋なおバカさんに見えるので、そこは割と逆説的にそれを描きたかったんですか?

【古川】そうですね。ギミックはギミックで作品として完成させるためのギミックで、何が書きたかったかというと、戦いに敗けていく若者たちの群像を書きたかったっていう気持ちが強かったので。

【山下】そこは同じなんですね。僕が初めて見たチョコレートケーキの演劇だったので。

 テキスト起こし@ブラインドライターズ
 (http://blindwriters.co.jp/)

担当:越智 美月
ご依頼ありがとうございました。
作家さんに限らず、小さいころから読書に親しむことはとても良いことなのだなと思いました。いつも未知の分野について楽しく学ばせていただいております。今後ともよろしくお願いいたします。

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