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「ニンケン」

「ニンケン」主要登場人物
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員


飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長




第一話「完璧王子 秋月つばさ」


「ニンケン」第一話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員




1. 瑛徳学園高校・とある日の廊下
  廊下を歩く秋月つばさ(17)。
背筋が伸びていて、かっちりした制服の着こなしをしている。
つばさM 「歴史ある都内屈指の名門校。それがここ、私立瑛徳学園高校。そんな瑛徳で生徒会会長を勤めているのは・・・」
歩くつばさ。自然と道が出来る。
女子生徒A 「あっ、秋月会長!今日も整ってるわ・・・」
女子生徒B 「ほんとだ!こっ、こんにちは!会長!」
つばさ 「(顔を見ながら微笑んで)こんにちは。モブ山さんにモブ寺さん。爽やかな挨拶をありがとう」
歩き出すつばさ。
女子生徒A 「(手で顔を隠し)眩しいっ!!」
女子生徒B 「(両手で胸を押さえながら)認知っ!!」
黄色い歓声をあげる女子生徒達。
つばさM 「容姿端麗」
男子生徒が通りかかる。
男子生徒A 「つばさ会長!会長が作ってくれた定期テスト対策問題のおかげで俺、初めて90点取れました!!」
つばさ 「すごいなぁモブ岡くん!おめでとう!でもそれは僕の問題のおかげじゃなく、君の努力の成果だよ。次も頑張ってね(笑顔で肩を叩く)」
歩き出すつばさ。
男子生徒A 「(両手を組み)しゅき・・・」
つばさM 「成績優秀」
教師が通りかかる。
教師A 「おぉ、秋月くんじゃないか!君が先月行った“美しく制服を着用する月間”のおかげでねぇ、昨日の風紀検査は今までにないほど違反者がいなかったのだよ!いやぁ助かった!!」
つばさ 「いえ、私はただ名門校の名に恥じぬようにしようと呼び掛けただけです。それに生徒の皆が答えてくれた結果が出たんですね。僕も嬉しいです(首を傾げて微笑む)では、失礼します」
また、歩き出すつばさ。
教師A 「(両手を頬に添え首を振りながら)恐ろしい子っ・・・!」
つばさM 「品行方正」
あちこちからつばさを呼ぶ声や、黄色い歓声が聞こえる。それら全てに丁寧に対応しながら廊下を進んで行くつばさ。“生徒会室”と書かれた部屋の扉を開ける。
つばさM 「通称、“完璧王子”こと・・・」
室内には生徒会の役員達が揃っている。真っ先に駆け寄って声をかけるのは、飯島茜姫(15)。
茜姫 「つばさ会長!お疲れ様です!」
つばさ、微笑んで頷く。次々に声を掛ける役員達に手をあげて返すつばさ。一番奥の会長の席に座り、にっこり笑う。
つばさM 「僕、秋月つばさだ」
つばさ 「さぁ、会議を始めようか」
つばさ、椅子を回転させ後ろを向く。


2. つばさの自室
 つばさ、椅子を回転させ前に向く。
薄暗く片付いていない部屋。
ボサボサの髪、中学時代のよれよれのジャージ、黒縁のメガネ、ひどく曲がった背筋で座っている。
つばさ 「あ〜、飯食うのめんどくせ」
服を捲りお腹を掻くつばさ。ボーッと天井を見つめる。
つばさM 「と、今までのは表の顔。俺の本当の顔はこっち」
身体をパキパキと鳴らすつばさ。椅子から立とうとしない。
つばさM 「極度の面倒臭がり」
べッドの上に置かれたスマホにメッセージがきて画面が明るく光る。つばさ、椅子から動かないまま手を目一杯伸ばしてスマホを取る。充電のコードがピンと張られる。
つばさ 「誰だよ・・・あ〜この子、確か1年の・・・うっわ、何て返すか・・・ダメだ思い浮かばん」
スマホをベッドに投げるつばさ。
つばさM 「極度の内気、人付き合いは苦手中の苦手」
大きな欠伸をしながら壁掛けのカレンダーを眺める。目を細めて体を少し近づけるが、椅子からは頑なに動かない。
つばさ 「げっ、来週朝会か・・・俺また皆の前で喋んのぉもう無理怖い無理ぃ・・・」
つばさM 「そして極度のチキン。生徒会長なんて一番縁遠いはずだって思うでしょ?」
つばさ 「(頷きながら)俺もそう思う」
つばさM 「でもさ、社会では本当の俺みたいな“普通じゃない”ダメな奴は認められない、それどころか、普通の生活すら、出来ないっ・・・」
つばさ、大きな大きなため息。
つばさM 「・・・だから俺は今日も、」
椅子を回転させ後ろに向くつばさ。


3. 瑛徳学園高校・生徒会室
  椅子を回転させ前を向くつばさ。
清潔感のある髪、かっちりした制服の着こなし、ピンと伸びた背筋、表情は爽やかな笑顔。
つばさM 「本当の僕を、必死に隠している」
役員は皆つばさへ憧憬の眼差しを向ける。
つばさ 「さて、今日の議題は確か(茜姫の方を向く)」
茜姫 「(ニッコリ頷き)はい会長、“部活動選別”です」
つばさ 「うん、そう。学園の部活動成立規則は、皆知っているよね。今回はそのうちの2つ(書記の方を見て)」
生徒会書記の本橋奈央(16)が、ホワイトボードを引っ張って出す。あらかじめ綺麗な字で文章が書かれている。
つばさ 「(奈央に微笑み)“部員が4名以上であること・活動内容が明瞭、かつ勉学の妨げにならず、学友の学園生活をより良くする為のものであること”という項目に基づいて、これらを満たしていないと思われる部活動を挙げていこう」
頷く役員達。役員の1人の高林修也(17)が、手を挙げる。
つばさ 「はい、修也」
修也 「部活動を挙げた後は?廃部勧告か?」
つばさ 「そこは各部活に猶予をあげたいと思ってる。数ヶ月以内に状況の改善が認められれば、今年度はとりあえず部活動としての継続を承認したい。でも認められなかった場合は・・・」
修也 「最後通告って訳だな、了解」
つばさ、頷く。茜姫が手を挙げる。
つばさ 「はい、飯島さん」
茜姫 「早速ですが会長。私から一刻も早く状況を改善すべきだと考える部活動を挙げても良いでしょうか!」
つばさ 「(微笑んで)もちろんだよ」
茜姫 「(嬉しそうに微笑み返した後、真剣な表情に)私が挙げたいのは、“人間研究会”、通称ニンケンです」
修也 「あ〜〜、あれな・・・」
奈央がホワイトボードに書き込んでいく。
つばさ 「うん。理由を教えてくれるかな」
茜姫 「はい会長。まず1つに人数です!ニンケンは部員数3名ですから、この時点でもう規則を破っています。そして何より活動内容!“人間のありとあらゆる言動についての 研究”なんて、何の説明にもなっていませんっ!非常に不明瞭で、不気味さすら覚えます!学校の秩序を乱す、異質な存在です。会長もそうは思いませんか!?」
つばさ 「(熱意に押されながら)あ、ありがとう飯島さん。確かに、ニンケンは僕も気になっていたよ」
修也 「まぁでも、結構手強いって先輩言ってたぞ。飯島、お前担当すんの?」
茜姫 「(冷たく)それを決めるのは会長では?(つばさの方へ)あっ、もちろん会長が私に、ということでしたら、この飯島茜姫、立派に勤めてみせます!」
修也、両手を挙げ首を傾げる。つばさ、苦笑いで続ける。
つばさ 「それは、頼もしいな・・・だが、修也の言う通りニンケンは少し大変と聞くし、今回はとりあえず、僕が交渉に行ってみるよ」
茜姫 「そう、ですか・・・」
つばさ 「うん。それに、ニンケンの部長はどうやら僕のクラスメイトみたいなんだ」
修也 「えっ、土田ひなたってつばさんとこだったのか・・・」
つばさ 「うん、そうだよ」
修也 「アイツもニンケンもマジでヤバいって、色々噂聞くけど?土田なんて、瑛徳問題児リストに入ってるらしいじゃん。俺のクラスメイト、この前アイツらがでっかいナニカ持ちながら廊下走ってんの見たって」
つばさ 「でっかいナニカは置いておくとして・・・問題児リストなら僕も聞いたことがあるけれど、クラスでは静かな方だよ。特別目立ったことをしているのも見たことがないしね。それに、」
修也 「それに?」
つばさ 「憶測や噂だけで人を判断するのは危ないと思う。もちろん、僕の信頼する修也はそんなことしないはずだけどね」
茜姫 「流石は会長・・・!」
修也 「ほんと、流石だよ、俺らの会長は」
奈央をはじめ、役員皆が頷く。
つばさ 「そんなことないよ。僕は、こうして皆が活発に意見を出してくれるおかげで会議をスムーズに進行できているんだから。本当にいつも感謝しているよ」
つばさが微笑み、役員も誇らしそうに笑う。
つばさ 「じゃあ、ニンケンには近いうちに僕が話に行くとして、他の部活について何かあるかな?」
会議が進行していく。
× × ×
本橋がペンを置き、つばさの方を向く。
つばさ 「うん、だいたいまとまったかな。それじゃあ各自担当の部活に関しては一任する形でも大丈夫?」
頷く一同。
つばさ 「OK!進捗はその都度会議で。じゃあ、今日は解散しよう。皆お疲れ様!」
一同 「お疲れ様でした!」
次々と部室を出ていく役員達。
つばさはまだ椅子に座って作業している。
修也も座っている。
茜姫 「あの、会長!」
つばさ 「(顔を上げ)どうしたの、飯島さん?」
茜姫 「何か、お手伝いすることありますか?」
つばさ 「あぁ、大丈夫だよ。親切にありがとう(微笑み)」
茜姫 「(照れて)いっ、いえ!副会長ですから!会長も、ご無理なさらず!では、お疲れ様でした!」
つばさ 「お疲れ様」
修也 「お疲れ〜」
茜姫 「(チラッと修也を見て真顔で)高林先輩もお疲れ様です」
部室を出ていく茜姫。
修也 「つんめてぇ〜〜!対つばさと俺との態度の差で風邪引くっての・・・」
つばさ 「(笑って)修也も、あまり揶揄うなよ」
修也 「わ〜かってるって。お前も、あんまり気づかないフリしてやんなよ」
つばさ 「気づかない、フリ?何を?」
修也 「うわ、お前マジか・・・」
つばさ 「え、何?」
修也 「いやマジかぁ・・・」
つばさ 「(苦笑いで)えぇ、本当、何?」
つばさ、顔を逸らして表情を歪める。
つばさM 「早よ言えや」
修也 「(ため息をつき)あのなぁ、飯島が、お前のこと好きってことだよ」
つばさ 「えっ!?そうなの!?そんな、全然知らなかった・・・僕なんかを・・・そうなんだ・・・」
つばさ、顔を逸らして弱々しい表情になる。
つばさM 「無理無理無理!恋愛とか、無理ぃ!」
つばさ 「(表情を戻して修也の方を向き)僕には勿体無いくらいだね・・・」
修也 「お前・・・とことん好感度が上がり続ける人間だな・・・」
つばさ 「いやいや、そんなことないよ」
修也 「そんなことあるの〜。なんか、弱点とか、ないの?」
つばさ 「え、弱点?そうだな・・・あ〜、魚の目を見れない、とか・・・?(照れ臭そうに)」
つばさM 「裏の顔があるってことです〜〜」
修也 「(口を開けて数秒止まったあと首を振り)負けたわ。お前本物、凄すぎ。俺も惚れちゃう」
つばさ 「(笑いながら作業を終える)何言ってるの・・・よし。これで終わりっと。帰ろうか、修也」
修也 「おう」
部室を出ていく2人。


4. 同日夜・つばさの部屋
  素の姿のつばさが椅子に座って天井を見ている。
つばさ 「ニンケンかぁ〜なんか嫌だなぁ・・・(顔の向きを戻して)ホントにヤバい人たちだったらヤバくね?あぁ無理〜〜・・・」
椅子を回転させ机に向かうつばさ。机にはニンケンについてのメモがあり、部員3名の名前が書かれている。手にとって見つめるつばさ。ため息をつきそのまま机に突っ伏す。ゴンっと言う音が部屋に響く。
つばさ 「・・・っで」


5. 翌日放課後・廊下
  廊下を歩くつばさ。いつも通りたくさんの生徒の対応をしながら、渡り廊下を渡って旧校舎へ向かう。人気のない静かな旧校舎。
階段を登っていくつばさ。
つばさM 「瑛徳には、本校舎と渡り廊下で繋がっている旧校舎が存在し、現在では主に資料置き場などとして使用されている。そんな旧校舎の最上階、一番奥の部屋にあるのが、」
最上階に着く。また廊下を進む。廊下の一番奥の部屋の前にたどり着くつばさ。
つばさM 「人間研究会、通称“ニンケン”だ」
扉には斜めにずれて埃を被った“人間研究会”という札がかかっている。小さく深呼吸をするつばさ。ノックする。
つばさ 「失礼しても良いかな」
ひなた 「どうぞ」
扉を開けるつばさ。
つばさ 「こんにちは・・・」
扉を開けてすぐ目の前には応接室のようなソファーと机、座っているのは翠屋凪沙(17)と蒼馬佑(18)。奥には社長が座っていそうな机と椅子があり、土田ひなた(17)の姿がある。両脇にはこれでもかという程の本とファイルが本棚にぐちゃぐちゃに詰まっている。
所々に謎の民族小物が飾られていたり、段ボールが数箱積み重なっていたりする。
つばさ 「すごい、部室だね・・・えっと、ここが“人間研究会”で間違いない、かな?」
ひなた 「仰る通りですよ、会長様。ようこそ“人間研究会”、通称ニンケンへ。来ると思ってました」
つばさ 「えっと・・・どういうことかなぁ?」
ひなた 「さて、どういうことでしょう?(ニヤリと笑った後手元のファイルを捲る)・・・秋月つばさ。4月27日生まれ、牡牛座の17歳。血液型はAB型で身長176cm。高一の時から6ミリ伸びている。家族構成は父・母・姉・妹の5人家族で姉は6つ年上、妹は・・・」
つばさ 「(遮り)ちょちょちょっ・・・えっと、随分と物知り、だね、土田さん・・・何処でそれを?」
ひなた 「それは言えないなぁ。ウチ独自の情報網なもんで。じゃ、続けるね」
つばさ 「え、ちょ」
ひなた 「(つばさを無視して) 妹は2つ下で姉妹の尻に敷かれている。品行方正・成績優秀で、全く怒ることがなく、人に優しい頼りになる完璧王子な生徒会長・・・(顔を上げ)すごいね、褒め倒されてる」
つばさ 「いや、えっと。あ、それより」
ひなた 「(遮りまたファイルに目を向け)しかし。プライベートな部分は謎に包まれている。もしかしたら何か秘密があるのでは・・・?(ゆっくり顔を上げる)」
唖然としているつばさ、最後の一言で顔を少しこわばらせる。ひなた、その顔をじっと見つめる。
ひなた 「まぁまぁ会長様。そ〜んな怖い顔しないで。ほら、お茶でもどうぞ?」
いつの間にか手にカップを持ったひなたが、顎でつばさの目の前をさす。これまたいつの間にか、つばさの目の前に温かい紅茶が入ったティーカップが用意されている。
つばさ 「なっ・・・?(咳払いをして微笑み)学校生活に不必要なものの持ち込みは禁止されているはずだけど?」
ひなた 「わぁっ!お堅いな〜会長様ってのは(紅茶を啜り)ん〜美味しい、今日の茶葉は何?佑センパイ」
佑が無言で茶葉の缶を見せる。
ひなた 「ふむ。昨日のものよりフルーティな香りがするね。私は今日の方が好みだなぁ。凪沙は?」
凪沙 「(紅茶を啜り)アチっ!ごめん、味の違いわかんねぇわ。あ〜でもうまいです、佑先輩」
佑、満足そうに頷いて紅茶を啜る。
つばさ、3人についていけず苦笑い。頬がヒクついている。
つばさM 「なんっ、なっ、なんなんだ・・・!?この3人は・・・!?」
ひなた 「おや、会長様がびっくりして固まっちゃった。悪いね。というか、何か要件があったのでは?」
つばさ 「(ハッとして)そう、そうなんだよ。君たちニンケンは生徒会による“部活動選別”によって、部活動成立規則を満たしていないと判断されたんだ。だから」
ひなた 「(遮ってカップを掲げ)佑センパーイ。お代わりある?」
佑、頷いてひなたのティーカップを受け取り、ポットで注ぐ。本格的な淹れ方に拍手するひなた。佑、カップをひなたに返す。一連の動作をただ見ることしかできないつばさ。
ひなた 「ありがと佑センパイ。(紅茶を啜り)あ、続けて続けて」
つばさ 「(一息ついて)だから、」
凪沙 「(紅茶の最後の一滴を音を立てて啜り)無くなっちゃった(カップを机に置く)」
佑が黙っておかわりを注ぐ。
凪沙 「(カップを取りながら)あ、続けて続けて」
つばさ 「(長く息をついて)だから、君たちに」
ガサゴソと音が聞こえる。佑が戸棚から来客用のお菓子を出している。話が止まったのに気づき、両手で「どうぞ」のポーズをとる。
ひなた 「『続けて続けて』だそうだ」
つばさ 「(目を瞑って深呼吸し一息で)だから君たちには現状の改善かそれができなければ廃部かのどちらかを選んでもらうことになったんだよ!(笑顔)っふぅ・・・」
ひなた 「ふむ・・・それは困った。ねぇ?(2人を見る)」
凪沙 「困った困ったー」
佑、2度頷く。
ひなた 「現状の改善というのは、具体的にどんな?」
つばさ 「あぁ、君たちはまず部員数が1人足りていないから、新入部員の確保に動くのはどうかな?それから、活動内容の明瞭化を」
ひなた 「(遮り)明瞭化?今ので十分分かり易いじゃないか」
つばさ 「うーんと、独特ですごく個性を感じるけど、もう少し、具体的に・・・?」
ひなた 「ふーむ。なるほど。承知した。では明日までに活動内容を考えてこよう。また明日、ここに来てくれるかな?会長様」
つばさ 「(ホッとして)そうか。それは良かった。もちろん!また明日も伺うとするよ!それでは僕は今日はこれで」
立ち上がるつばさ。
ひなた 「おや、紅茶は良いのかい?」
つばさ 「あぁ・・・って、本来は禁止だからね。今日のところは最初だし、見逃すよ(微笑む)」
ひなた 「それはそれは・・・慈悲深い会長様だ。それじゃ、また明日」
手を添えて仰々しくお辞儀をするひなた。手を振る凪沙と佑。
つばさ 「また、明日・・・(部室を出て扉を閉める)」
扉の前で立ち尽くすつばさ。表情がこわばっている。
つばさM 「っはぁ〜〜〜〜〜〜!?!?!?何!?何ここ!?魔界!?異世界!?!?無理無理!!危うく発狂するかと思った!!!しなかった俺偉い!!なんで!?なんであんな感じなの!?普通じゃない!!!ぜっっっっったい普通じゃない!!」
つばさ、深呼吸していつもの表情へ戻り、歩いて行く。
つばさM 「危険だ。この部活は危険だ。残しといちゃいけない。俺の脳がそう言ってる。・・・普通じゃない、おかしい、あんな異質なもの、あってはいけないはずだ」
拳を強く握って歩いて行くつばさ。


6. 翌日放課後・ニンケン部室前
  部室前で深呼吸をし、ドアをノックするつばさ。
つばさ 「会長の秋月です、入っても良いかな?」
返答がない。咳払いをするつばさ。
つばさ 「・・・土田さん?いるのかな?・・・翠屋さん、蒼馬先輩?」
またしても返答はない。つばさ、ドアを開ける。
つばさ 「・・・入るよ」
部屋には漫画を熱心に読む3人の姿があった。つばさに気づいていない様子。
つばさ 「あの・・・」
まだ気づいていない。
つばさ 「(聞こえるように咳払い)失礼するよ!ニンケンの皆さん!」
凪沙 「(漫画を落とし)ぅわっ!?なんっびっくりすんだろ急に!!失礼するよじゃなくて失礼しているよって言えよ!」
つばさ 「あ〜、ごめんね?・・・って、ここは部室だよ。なんで漫画なんか・・・」
ひなた 「(漫画から視線を上げ)おやこれは、会長様じゃないか!昨日ぶりだね(微笑む)」
つばさ 「(微笑み返し)やぁどうも。早速だけど今日出すと言ってくれていた活動内容の改訂版をいただけるだろうか?」
返事が無い。また漫画を読み始めているる3人。
つばさ 「・・・土田さん?」
ひなた 「(漫画を見ながら)あぁ、そうそう・・・そうだった・・・確かそこにうぉぉ!?そうなる!?そうなっちゃうのか!?!」
つばさ 「土田さん!?」
ひなた 「いや失礼・・・今ちょうど激アツ展開だったものでね・・・」
つばさ 「そっかそっか・・・って、一旦読むのをやめて話を」
凪沙 「(遮り)佑センパ〜イ?これ次あります?(漫画を掲げて)」
佑、積み上げられた漫画から探して渡す。
凪沙 「あざっす!センパイのおすすめ、めっちゃおもろいっすね!」
佑、誇らしげにグッドのポーズ。
呆気にとられるつばさ。ハッとする。
つばさ 「一旦、一旦読むのをやめて活動内容の改訂版を」
ひなた 「(遮り)はっ!会長!今は何時だろうか!?」
つばさ 「えっ?(腕時計を見て)16時45分だけど」
ひなた 「これはいけない!漫画を全て図書室に返しに行かないといけない時間だ!すまない会長この話はまた明日に!」
ひなた、凪沙、佑が急いで漫画を片付け始める。
見ることしかできないつばさ。気づけば3人は部室を出ている。
ひなた 「(ドアを閉めながら)それじゃ!」
ドアが閉まり、部室に一人取り残されるつばさ。
つばさ 「・・・また、明日・・・」


7. 翌日放課後・ニンケン部室
  つばさが勢いよく扉を開ける。
つばさ 「失礼!今日こそっ・・・」
ひなた 「そう言うと、友美恵は息子を置いて家を出て行ってしまいました」
紙芝居を読むひなたと、真剣に聞き入る2人。
つばさ 「どんな物語!?」
凪沙 「ちょ、会長静かにして!今友美恵が何もかもを捨てて自分だけの人生を生きようとしてる感動シーンだから!」
つばさ 「・・・ごめん・・・」
× × ×
紙芝居が最後の一枚になる。
ひなた 「友美恵は今日も歩き出します。新たな未来の一ページを刻むために・・・おしまい」
凪沙 「友美恵っ・・・!」
拍手する2人。つられて拍手するつばさ。
つばさ 「壮絶すぎる過去を背負いながら、前を向く主人公・・・じゃなくて!今日こそは改訂版をもらいに」
ひなた 「(遮り)はっ!会長!今は何時だろうか!?」
つばさ 「えっ?(腕時計を見て)16時23分だけど」
ひなた 「それはまずい!今から区立図書館で小学生へ向けて紙芝居の読み聞かせがあるんだ!すまない会長また明日!」
部室を出ていく3人。取り残されるつばさ。
つばさ 「・・・今の物語を!?」


8. 別の日・同部室
  ドアを開けるつばさ。たこ焼きを焼いているひなたとトッピングをしている佑、食べている凪沙。
つばさ 「普通に禁止!!」
ひなた 「おや会長!いらっしゃい!」
つばさ 「ここは学校だよ!やるなら外で」
凪沙 「(遮り)お堅いお堅い!ほら会長、あ〜〜ん(たこ焼きを口に運ぶ)」
つばさ、思わず口を開けてしまう。
つばさ 「あっ!アツっアっっツ!(ハフハフしながら)お、おいひい・・・」
凪沙 「だろ!?佑センパイ特製ソースがポイントだ」
つばさ 「(飲み込み)いやそうじゃなくて!ここは」
口にまたたこ焼きを突っ込まれるつばさ。
つばさ 「アッッッ!!」


9. また別の日・同部室
  ビーチバレーをしている3人。
つばさ 「絶対ここじゃないと思う!!っじゃなくてそもそもブっ!?」
逸れたボールがつばさの顔に直撃する。
凪沙 「やべっ!ごめんっ会長!」
頬をヒクつかせ笑顔が引き攣っているつばさ。


10. またまた別の日・同部室
  佑の髪を切っている凪沙と、鏡で見せているひなた。
つばさ 「ここで!?」
佑、満足げにグッドのポーズ。


11. 別の日・同部室
  花を生けている3人。
つばさ 「雅!!」
3人から「シーっ」と言われるつばさ。
唖然として何も言えない。


12. 同日・部室外
  部室のドアを背中で閉めるつばさ。表情が歪む。
つばさM 「自由すぎる・・・」
歩き出すつばさ。
つばさM 「皆と違うのが、周りから奇異の目で見られるのが、アイツらは怖くないのか?」
本校舎に戻ってくるつばさ。
つばさM 「明日こそは・・・」
茜姫がつばさの姿を見つける。
茜姫 「(手をあげて)あ、会長!」
つばさ、気づかない。茜姫、首を傾げながらつばさの目の前に行く。
茜姫 「かーいちょう!」
つばさ、驚く。
つばさ 「ぅわっ!・・・あ、飯島さんか!これから生徒会室かな?」
茜姫 「はい、そうです!ごめんなさい驚かせちゃって」
つばさ 「平気だよ。僕も今から行くところだったんだ、一緒に行こうか(微笑む)」
茜姫 「(照れて)はいっ。・・・会長、何か考え事されてたんですか?」
つばさ 「あぁ、まあ少しだけ」
茜姫 「・・・ニンケンの、ことですか?会長、ここ何週間かずっとニンケンに行ってますよね。会長は他にもお仕事されているのに、負担が大きくないか私心配で・・・」
つばさ 「あはは、ありがとう。でも大丈夫だよ。ニンケンの人達も活動内容の改訂には前向きだから、あとは提出してもらうだけだしね」
生徒会室のドアを開けるつばさ。茜姫を中へ促して、自分も入る。中には修也や他の役員がいる。
修也 「お、つばさ。お疲れ」
つばさ 「うん。皆もお疲れ様(席につき)それじゃあ、進捗報告会をしようか」
× × ×
奈央がホワイトボードに書き終わり、キャップを締める。数個の部活が名を連ね、隣には進捗が書かれている。「新入部員待ち」や「廃部決定」など様々。ニンケンの隣には「保留」と書かれている。
修也 「(ホワイトボードを見て)な、る、ほ、ど〜。つばさ、ニンケンの保留ってのは?」
つばさ 「あぁ〜、それは・・・本当ならもう活動内容の改訂版を提出してもらってたつもりだったんだけど、まだ貰えていなくてね・・・一応、その内容によって、という感じでいるよ」
修也 「ほ〜ん・・・やっぱ手強いの?」
つばさ 「う〜ん、そうだね・・・部員全員が、結構自由奔放というか、ね・・・(苦笑い)」
茜姫 「それで会長を困らせているんですよね?許せない・・・規則を破っている上に期限も守らないなんて普通有り得ません!何故他の生徒と同じように行動できないんでしょうかあの人達は」
つばさ 「まぁまぁ落ち着いて・・・とにかく、僕がもう少し頑張ってみるから、ニンケンに関してはちょっと待っていてくれるかな?」
修也 「(頷きながら)つばさならなんとかなるだろ。な、完璧王子」
つばさの肩を叩く修也。頷いている茜姫。
茜姫 「どうかご無理はなさらずに!」
つばさ 「ありがとう。じゃ、今日はおしまいにしよう。お疲れ様」
帰っていく役員達。少し遅れて、つばさも生徒会室を後にする。


13. 翌日放課後・旧校舎の廊下
  廊下を進むつばさ。足取りは力強い。
つばさM 「今日は、今日こそは何をしていても動じないぞ・・・改訂版を催促して、またはぐらかす様なら今日は廃部勧告だ」
ニンケンの部室前に辿り着くつばさ。
ノックをしようとすると、中から話し声が聞こえる。聞きなれない女子生徒の声。
女子生徒C 「本当に、本当にありがとうございましたっ!!」
つばさ、首を傾げる。
部屋の中では女子生徒が椅子に座るひなたに深く頭を下げている。凪沙と佑はひなたを挟むようにその横に立っている。
ひなた 「いえいえ。お役に立てて良かったよ」
女子生徒 「じゃあ、失礼します!」
ひなた 「うん、わざわざどうも(微笑む)」
女子生徒、部室から出ようとドアを開けると、つばさが目の前に立っている。
女子生徒C 「(驚き)えっ、秋月会長!?」
ひなた 「おや」
つばさ 「(驚き)あっ、モブ島さん・・・!(笑顔で)こんにちは」
女子生徒C 「あっ、こ、こんにちは!お仕事、ですか?」
つばさ 「うん、そんなところだよ。モブ島さんは、何か用だったのかな?」
女子生徒C 「あ、えっと・・・(ひなたの方を見る)」
つばさ、つられてひなたの方を向く。
ひなた、女子生徒に目配せをする。女子生徒、うんうんと頷く。
女子生徒C 「えっと、あの、失礼しますっ!(お辞儀をして去る)」
不思議そうに女子生徒の背中を目で追うつばさ。
ひなた 「お待たせして申し訳ない、会長様。貴方を待ってたんだ」
つばさ 「(ひなたの方へ振り返り)待ってた?ということは、やっと改訂版を出してくれるのかな?」
ひなた 「ふむ。その話はとりあえず後にしよう。とりあえず入ってくれ」
つばさ 「あ、あぁ。お邪魔します・・・」
つばさ、部室に入りひなたの机の前へ行く。
ひなた 「佑センパイ、今日のお茶は・・・いや、それも後にしよう」
つばさ 「随分と急ぎの要件なのかな?あ、新入部員が決まったとか!」
ひなた 「(遮り)いや全く。それより・・・(手元のファイルを捲って見せて)君のプロフィールの更新をしようと思って」
身構えるつばさ。ひなた、続ける。
ひなた 「ここ数週間の間君と関わってみたけれど、どうやら君は“完璧王子”と括ってしまうには少々惜しいのではないかと思ったんだよ、そうだろ?凪沙、佑センパイ」
凪沙と佑、頷く。つばさ、凪沙達とひなたを交互に見る。
つばさ 「(笑顔を崩さず)どういう、こと、かな・・・?」
ひなた 「ん?そのままの意味さ!(ペンを取り付箋に書き込む)確かに、人当たりは良かった。私たちの様な変人にも、分け隔てなく接している・・・(顔を上げてペンを振りながら)し、か、し、実はツッコミが鋭い、押しに弱い、割と鈍臭い、すぐ顔に出」
つばさ、だんだん我慢ならずひなたの机を思いっきり叩く。
つばさ 「やめろ!!!」
その振動でひなたの机に積まれていた本やファイルがひなたの方へ倒れてくる。
4人 「あ」


14. 翌日放課後・同部室
  ひなたを真ん中に並んでソファに座るニンケンの3人と、その向かいにバツが悪そうに座るつばさ。
ひなたは包帯が巻かれた右手を出す。つばさ、更に縮こまる。
ひなた 「いや〜〜、随分と大げさに巻かれてしまってね?お陰で今日はいつになく注目を浴びてしまった」
つばさ 「・・・あの・・・そのっ、本当に、申し訳ございませんでした・・・(菓子折りを差し出し)」
ひなた 「おや、学校生活に必要ないものは禁止では?」
つばさ 「いやそのっ、これはまぁ・・・受け取ってください・・・あのっ、い、痛みますか・・・」
ひなた 「う〜〜〜む。痛みこそしないが、何しろ利き手なものだから、少々不便かな」
つばさ 「あぁぁぁ・・・ごめんなさい・・・どうしたら良いだろう・・・何か、僕に手伝えること・・・」
ひなた 「ふむ。今のところ特には・・・」
つばさ 「(身を乗り出し)いやっそんなわけには・・・あっ」
体を縮こめるつばさ。3人は顔を見合わせる。
凪沙 「何が、そんなわけには?」
つばさ 「あっ、その・・・(視線がゆらゆらと動き)昨日、僕が机を、その・・・」
ひなた 「あぁ!君の本当の姿が垣間見えた瞬間かな?」
つばさ、身体をビクッと震わせ、表情を歪めながらひなたを睨む。その目をじっと見つめるひなた。
ひなた 「・・・君が今から言いたいことを当てようか」
つばさ 「えっ・・・」
ひなた 「『僕の本性を学校の皆には内緒にして欲しい』どう?間違ってる?」
つばさ、動揺し押し黙る。
ひなた 「君は完璧王子じゃない。ただ、何かしらの事情があってそれをひた隠しにして生きてきたが、昨日ついにそれが他人にバレてしまった・・・これ以上はやめておこう。(左手をグーパーと動かしてみせ)両手が使えなくなるのは避けたい」
つばさ 「(驚き大きなため息をつく)・・・当たりだよ、大当たり。俺は完璧王子なんかじゃない。面倒くさがりで、人付き合いは苦手で、極度のチキンで・・・それじゃ普通には生きていけないから、完璧王子を演じてるだけの、ただのダメ人間なの。・・・でもこれがバレたら終わりなんだ、皆俺に失望して、俺を敬遠して、非難の目を向けるに決まってる。だから、だから頼むよ。代わりになんでもする、いやさせてください」
つばさ、深く頭を下げる。ひなた、それをじっと見つめる。
ひなた 「・・・いいよ」
つばさ 「(ガバッと顔をあげ)ほんと・・・!?」
ひなた 「もちろん。だってなんでもしてくれるんだろう?」
つばさ 「え、まぁ・・・いややっぱり」
ひなた 「(遮り笑顔で)君は今日からニンケンの部員見習いになってもらう」
つばさ 「・・・え」
凪沙、やれやれといった表情。佑、心配そうに笑う。一方ひなたは満面の笑みを浮かべている。
つばさ 「え゛っ!?」
ひなた 「よろしく?“つばさ”」


    第一話「完璧王子 秋月つばさ」終




第二話「最初の“仕事”」


「ニンケン」第二話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員


立原恵里奈(17) 同校2年生。ニンケンの依頼人。
向坂瑞稀(17) 同校2年生。クイーンのひとり。2年女子階級制度の実質トップ。
三雲華耶(17) 同校2年生。クイーンのひとり。
橋本愛梨朱(17) 同校2年生。クイーンのひとり。

秋月こころ(15) つばさの妹。




15. 放課後・部室
  つばさ、ニンケンの3人の前で立ち尽くす。
つばさM 「俺は、とんでもないミスをしでかしたのかもしれない」
ひなた、満面の笑みを浮かべている。
ひなた 「よろしく?“つばさ”」
つばさ 「いや、いやいやいやいや・・・冗談」
ひなた 「(遮り)冗談?私はいつもいつでも本気だよ?」
凪沙 「“つばさ”、諦めな。コイツ一度決めたら意地でも曲げねーから」
佑、つばさの横に来て肩を叩く。佑と凪沙を交互に見て、大きくため息をつくつばさ。
つばさ 「わかった。わかったわかった。見習いでも何でもする。だから・・・頼んだからな」
ひなたを真剣に見つめるつばさ。
ひなた 「もちろん!ニンケンは約束を守る部活だからね」
つばさ 「どうだか・・・じゃあ、俺は職員室に入部届を出して、生徒会の皆にも伝えて・・・あ。改訂版!!!!」
ひなた  「あぁ、それね。凪沙、そこのやつ取ってくれ」
凪沙 「うぃ。(棚から一枚の紙を取って渡す)ん」
ひなた 「ありがとう。ほいつばさ、持ってって(渡す)」
つばさ 「お、おう・・・(受け取って中身を読む)おいこれ・・・」
ひなた 「うん?何か問題でもあったかな?」
つばさ 「(顔をあげ)大有りだ!!!お前っ、これ一番最後に句点がついただけだろ!!」
紙に指を差して怒るつばさ。凪沙、堪えきれず吹き出してしまう。
ひなた 「心外だな。ちゃんと読点も増えてるよ。ほら、『人間の、ありとあらゆる』になってるだろう?」
つばさ 「あ、本当だ・・・じゃなくて!俺は具体的に内容を変えろって言ったんだ!!」
ひなた 「何故変える必要がある?単純明快で実に的を射ている文章だ。それに」
つばさ 「それに、何」
ひなた 「・・・いや、つばさもいずれ分かるよ。この文章がどれだけ適切な表現かどうかね」
つばさ 「何だそれ・・・」
ひなた 「とにかく早く出してきてくれ。さもなければ今から後ろの窓を開けて大声で君の本当の」
つばさ 「(慌てて遮り)あぁぁぁわかった!俺が上手いこと言っとくから!!絶対やるなよ!!」
手で止めろと訴えながら部室を出て行くつばさ。ひなた、笑い出す。
凪沙 「(ひなたを見て)随分気に入ってんなぁ、アイツのこと」
ひなた 「いやぁ、全くどこまでも面白い人間だよ彼は。魅力的だ。研究対象としても、ウチの仕事の期待の新人としても」
包帯をしている方の手を普通に動かすひなた。
凪沙 「ふ〜〜ん?ま、ひなたが言うんならそうなんだろーな。さ〜て、ひと段落したら腹も減ったし喉も乾いた!」
佑、いつの間にやら茶葉の缶を持って凪沙らに見せている。
凪沙 「さっすが佑センパイ!!手伝いま〜〜す!」
凪沙と佑は、お茶の準備を始め、ひなたはそんな2人を見つめる。ふと、手元のファイルに視線を落とし、貼った付箋をもう一度しっかり撫でて貼り付ける。


16. 同日・廊下
  入部届を持って職員室へ向かうつばさ。自販機の横を通りかかると、紙パックのジュースをいっぺんにたくさん運ぼうとしている女子生徒を見かける。見逃せず、駆け寄るつばさ。
つばさ 「大丈夫?少し手伝おうか?」
女子生徒D 「あ、会長!?だ、大丈夫です!!」
去っていく女子生徒。首を傾げるつばさ。手の紙の存在を思い出す。
つばさM 「人の心配してる余裕なんてあんのか、俺・・・」
職員室へ歩き出すつばさ。


17. 同日・職員室
教師が怪訝そうな表情で入部届とつばさを見比べている。
教師B 「生徒会長の?君が?人間研究会に?・・・?本当に言ってる?」
つばさ 「えぇ、まぁ・・・(顔色を窺って)あ、ほら、生徒会で今部活動選別を行っている関係なんです!その、中から?改革していこう!という取り組みでして・・・」
教師B 「秋月君、君はそんなことまで・・・そういうことなら承認しよう。(書類にハンコを押し)是非!人間研究会がうちの学校にふさわしい部活になるように、改革を頼むよ。まぁ、君なら問題ないだろう」
つばさ 「え、えぇもちろんです。任せてください(微笑む)」
  職員室を出るつばさ。ホッと一息ついて、歩き出す。


18. 同日・生徒会室
  つばさの元に集まる修也や茜姫たち。
茜姫/修也 「会長/つばさがニンケンにぃ!?」
  茜姫、修也を睨む。修也、タジタジ。
修也 「流石に説明が欲しいな・・・?」
つばさ 「(頷きながら)混乱させてごめんね。ここ何日か、部室にお邪魔して話をしてきたんだけど、一向に変わる様子がなくてね。でも、僕はできれば廃部にはしたくないんだ。どんな部活にも、それを全力でやっている人がいるだろうからね。だから、僕が入部して、内部から直接改革したらどうかって考えたんだ。相談無しに、本当にごめん」
茜姫 「なるほど・・・そういうお考えがあってのことなんですね」
修也 「でもさ、そこまでつばさがしてやる必要って無いんじゃねーの?お前の負担が大きすぎる」
つばさ 「本当に、僕が進んでやっていることなんだ。あ、勿論皆はそんな無理をする必要はないからね!だから、僕を信じて任せてよ(微笑む)」
修也 「まぁ、そーいうことなら。この前も言ったけど、つばさなら大丈夫だろ。俺はぜーんぜんOK」
茜姫 「ニンケン如きが会長の手を煩わせているのは腹が立ちますが、私も、会長がそういうなら・・・」
つばさ 「心配かけてごめんね。皆ありがとう(笑顔で)」
修也 「しっかし、本当につばさはよく頑張るよ。なんでそんなに完璧なんだか」
つばさ 「修也は買い被りすぎだよ(時計を見て)こんな時間か。今日はこのぐらいにしておこうか。皆お疲れ様。気をつけて帰ってね」
生徒会が解散する。帰っていく生徒たち。


19. 同日夜・つばさの自室
  自室の扉を開けるつばさ。真っ暗。ベッドにカバンを投げ、ネクタイとブレザーを乱暴に脱ぎ捨てる。椅子にどかりと座り、天井を見ながら椅子をぐるぐると回して止める。
つばさ 「(ため息まじりに叫ぶ)はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??無理なんですけど・・・!?!?」
こころ(OS) 「(下の階から大きな声で)おにいうるさい!!ご飯早く食べて!!」
つばさ 「(声の方向に顔を向け)後で食う!!」
こころ(OS) 「じゃあ洗い物もしといてよー!!」
つばさ 「わかってる!!・・・はぁ〜〜〜めんどくさい全部めんどくさい・・・もう嫌だ全部嫌だ・・・んんんも〜〜〜(頭を掻く)」
ため息をつくつばさ。
つばさ 「さいっあくだ・・・」
  × × ×


20. 約十年前・つばさの小学校
  小学生の頃のつばさ。
先生からテストを返されている。
先生 「つばさくん、百点!頑張ったわね!」
満足げな顔のつばさ。テストを持って席に帰ろうとする。後ろから怒鳴り声が聞こえる。
先生 「こら!!」
驚き、体がビクッと震えるつばさ。
先生 「テストを返すときに遊んだらいけないって、何度言ったらわかるの!?大人しくできないから、ほら!テストの点数も悪いのよ!!」
目を瞑り、急いで自席につくつばさ。テスト用紙を握りしめる。


21. 数年前・つばさの中学校
  中学生のつばさ。友達数人と話している。すぐ近くに、一人で絵を描いている女子生徒Eがいる。女子生徒に話しかける別の女子生徒FとG。
女子生徒G 「ねートイレ行こー?」                                     つばさ、声のした方へ何となく目を向ける。                        つばさM「でた。女子特有、トイレへのお誘い・・・断ることは許されず、もし断れば・・・」         
女子生徒E 「?どうぞ。行ってきなよ。私別に行きたくないし」                            友だちの話に適当に相槌を打ちながらも、意識は女子生徒達にあるつばさ。         つばさM「うわ、ダメだよ、マズイよ・・・!」
FとG、顔を見合わせて苦笑い。去っていく。遠くから二人の笑い声が聞こえる。    つばさM「ほらぁ言わんこっちゃない〜!笑われてるよ、あれ絶対トイレで悪口言われるやつだよ、嫌われるやつだよ?良いの!?女子怖いよ!?」                                                      女子生徒E、また絵を描き出す。つばさ、じっと見つめている。                                                   
つばさの友達 「女子ってこえ〜」                                                           つばさ、友達の方へ顔を向け、愛想笑い。
つばさの友達 「てか、あいつもあいつじゃね?誰に話しかけられてもあんな感じなんだろ」
つばさの友達 「変わってるよなー。普通じゃねぇわ」
つばさ、もう一度女子生徒Eのことをじっと見つめる。                   つばさM「何でそんなに堂々としていられるんだ・・・」                         つばさ、見つめすぎている自分に気がつき、目を逸らす。      
 × × ×


22. 数日後放課後・生徒会室
  生徒会室で仕事をするつばさ。隣には茜姫の姿もある。考え込んでいるつばさ。
茜姫 「・・・長、会長?」
つばさ 「(ハッとして)あっ、ごめんね。何か、話してた?」
茜姫 「いえ、その、手が止まっていらっしゃったので・・・」
つばさ 「あぁ、ちょっと考え事をしてて(手を動かす)」
茜姫 「そうですか。あの、かいちょ」
遮るようにメッセージの着信音が鳴る。
つばさ 「ごめん。僕だ(スマホを取り出し)ぅげっ」
茜姫 「会長?どうしました?(覗き込もうとする)」
  つばさ、慌ててスマホを遠ざける。画面には、ひなたからの「5分で来い」とのメッセージ。
つばさ 「あっいやちょっと、むせただけ・・・(目を泳がせて)ごめん飯島さん。ここの鍵閉めるの、任せてもいいかな?ちょっと急用ができて・・・」
茜姫 「はい、大丈夫ですよ」
つばさ 「(急いで準備して立ち上がり)ごめんね、ありがとう。じゃ、また明日!」
生徒会室を出ていくつばさ。その姿を見送りながら、首をかしげる茜姫。つばさのいたところを見つめる。


23. 同日・ニンケンの部室
  走って部室までやってきたつばさ。息を切らしながら扉を開ける。
つばさ 「(開けながら)もうあれは脅迫だろ!!人を何だとっ」
  部屋の中を見れば、ひなたたちの他に女子生徒がソファに座っている。吃驚している女子生徒。つばさ、無言で扉を丁寧に閉める。
つばさ 「思っているんだ、という今日の現代文で読んだ小説の一節は実に真に迫るものがあって、とても、素晴らしかった・・・よね?(ひなたに)」
  誤魔化しながらゆっくりとひなたの方へ歩いていく。
ひなた 「さて、そんなものを読んだ記憶も、今日現代文の授業があったという記憶も私には無いけどね?会長」
つばさ 「(小声で)生徒がくるなら言えよ!!」
ひなた 「おや、言っていなかったかな?それは失礼。こちらは本日の依頼人の立原恵里奈さんだ」
立原恵里奈(17)、小さくお辞儀をする。佑、お茶を出す。
つばさ 「依頼、人・・・?(小声で)ちょっと待て、どういうことだ」
ひなた 「おっと、私としたことがこれもまた言っていなかったようだ。私たちは生徒から依頼されたあらゆる事件・問題を秘密裡に解決する、まぁ所謂何でも屋をしているんだよ」
つばさ 「はぁ!?なん、何だそれ説明をしてくれ俺はすごく嫌な予感がしてる」
ひなた 「(お構いなしに)ま、とりあえず説明は後だ。お待たせして申し訳ないね、立原さん」
ひなた、恵里奈の前に座る。つばさのことを手招きする。つばさ、渋々座る。
恵里奈 「いや、全然、大丈夫です・・・ってか、秋月会長って、ニンケンだったんだね・・・」
つばさ 「あ、いやっこれは」
ひなた、つばさをじっと見つめる。
つばさ 「ちょっとした、きっかけがあってね。少しだけ、お世話になっているんだ(笑顔を作って)」
恵里奈 「そう、なんだ(同じく笑顔を作って)」
つばさ、そっぽを向くと表情を歪める。
ひなた 「(つばさを一瞥して)それで、依頼内容について伺っても良いだろうか?」
恵里奈 「あ〜、うん。そうだよね。えっと、依頼っていうのは、2年生の女子間の、カースト制度?みたいなのを、無くして欲しいな〜って・・・無理かな?」
ひなた 「ふむ。カースト制度、ね。詳しく聞いても?」
恵里奈 「(頷き)まぁ、良くある一軍女子、二軍女子的な文化?それを、いつからか名前とか付けて、大袈裟にしちゃったのが現状」
つばさ 「そんなことが・・・(ハッとする)」
 × × ×
自販機の前で、紙パックのジュースをいっぺんにたくさん運ぼうとしている女子生徒。
× × ×
つばさ 「(額に手を置き)あれもそうか・・・」
ひなた 「具体的に、その制度はどういうふうに使われている?」
恵里奈 「下の方の子達、ポーンって言われてるんだけど」
ひなた/つばさ 「チェスか・・・」
ひなたとつばさ、顔を見合わせる。
恵里奈 「二人共、よく知ってるね。一番上がクイーン、次がルーク、ビショップ、って感じ」
佑、棚からチェスセットを持って机に置き、コマを並べ始める。
恵里奈 「あ、あるんだ・・・」
ひなた 「うちは何でもあるからね」
恵里奈 「そうみたいだね・・・あぁ、で、ポーンの子たちはほんとパシリ。ルークの子とかが、飲み物買ってきて、とか。酷い子は、平気でデパコスとか何個も買わせてる」
凪沙 「デパコス?自分で自分のご褒美に買うのが一番テンション上がんのに?そいつらアホじゃん」
恵里奈 「それな!?・・・って、翠屋さん、コスメとか知ってるんだ」
凪沙 「おう、まーまーね。つーか、話戻るけどそれって普通にカツアゲじゃね?」
ひなた 「凪沙の言う通りだ。良くないね・・・ちなみに、立原さんはどの位置にいるんだ?」
恵里奈 「私は、ルーク。クイーン3人の下、大体20人いないぐらい」
ひなた 「おや、随分と位の高いところにいるようだ。ちなみに私は?どこにいるんだい?(楽しそうに)」
凪沙 「あ、それあたしも気になる。どこどこ?」
恵里奈 「ん〜っと・・・(目を泳がせる)」
つばさ 「・・・いない、のかな?」
恵里奈 「ううん!そういうことじゃ無いんだけど、えと、グラスホッパーって言われてる・・・」
ひなた 「これは驚いた!フェアリーチェスか!よく考えられてるな。変則的で訳のわからない私らのような連中には、ピッタリな名称だ。まぁ、グラスホッパーはクイーンをひっくり返すことで表される、とまでは知らないようだけど?」
ひなた、クイーンをひっくり返す。
凪沙 「それって、能ある鷹がうんぬんかんぬんってやつじゃん?そうっすよね、佑センパイ」
佑、黙って凪沙にクイーンを渡す。
ひなた 「(凪沙を気にせずに)で。それ、基準は一体何なのかな?“クイーン”の方々の独断と偏見?」
恵里奈 「(罰が悪そうに)ほぼね。でも、一応評価基準はある。ルークの中の一人の子がクイーンの3人に気に入られるために作ったの(スマホで写真を見せる)」
  つばさ、覗き込み思わず表情が歪む。
恵里奈 「顔、スタイル、ノリの良さ、両親の収入とか。あとその月に貢いだ額も。プライバシー丸無視みたいなやつ」
つばさ 「悪質だな」
恵里奈 「(頷いて)今じゃ月に一回“階級審査”っていうのをやってて。ステータスに変化があったかを皆で確認するの。クイーンの誘いを断ったりすると降格、クイーンにたくさん貢ぐと昇格。気に入られ合戦だよ。・・・私はたまたま、クイーンの子と仲が良かったからルークにいるけど、もう耐えられない」
ひなた 「で、ぶち壊して欲しい、と」
恵里奈、頷く。
ひなた 「わかった。依頼を受けよう。ただし、貴女にも協力してもらうことが条件だ。つまり、この制度が崩壊した後、もしかしたら・・・」
恵里奈 「(手を強く握り締め)・・・大丈夫。私の世界は、別にここだけじゃないって、思うことにする」
ひなた 「(ニヤッと笑って)良いね、その通りだ。じゃあ早速始めよう。凪沙、つばさをよろしく」
凪沙 「任せろ。佑センパイ!」
佑、つばさを羽交い締めにする。
つばさ 「えちょっ、えっ、何っ!?」
ひなた 「喜べつばさ。最初の仕事だ」
つばさ 「はっ!?え、や聞いてないって!!いやあの蒼馬先輩!?ちょ痛い!イタタタ!」
つばさ、佑に引き摺られながら凪沙と共に部室を出ていく。一部始終を唖然と見つめる恵里奈。笑っているひなた。
恵里奈 「会長って、本当はあんな感じなんだ」
ひなた 「さて、どうなんだろうねぇ」
恵里奈 「(噴き出し)なんかちょっと可愛いかも」
ひなたもつられて笑う。
× × ×
一時間後。ニンケンの扉が開く。
凪沙と佑が帰ってくる。
凪沙 「(伸びをしながら)んあ〜〜〜〜疲れた・・・」
つばさの姿がない。
凪沙 「あ?おいつばさ!早く入ってこいよ!」
つばさ(OS) 「なんで・・・こんな・・・」
凪沙 「いーから、早くしろってば!」
つばさ、部室に入ってくる。瑛徳の女子制服に身を包み、焦茶色のサラサラロングヘアを揺らしている。綺麗なメイクも施されているが、表情は歪んでいる。
ひなた 「おや」
恵里奈 「え、会長!?」
凪沙 「ううん、雪子ちゃん」
恵里奈 「え?」
凪沙 「雪子ちゃん」
恵里奈 「雪子、ちゃん・・・」
ますます表情を歪めるつばさ。
恵里奈 「(険しい表情で)かっっっっっっっわいい・・・」
つばさ 「え?」
凪沙 「え、だよね!?」
恵里奈 「え、まってめっちゃ可愛い。なになに?ポテンシャルやばくない?」
つばさ 「え?え?」
凪沙 「だよな〜〜まじこいつ素が良くて。肌も綺麗だからメイクの乗りも良いし。最初に顔見た時からメイクしてぇ〜〜ってずっと思ってたんだよ」
つばさ 「何だその見え透いた嘘!」
凪沙 「ほんとだってうるせーな、ほら(鏡を渡す)」
つばさ 「(鏡を見て頬や髪を触り)えっ・・・これが、俺?」
恵里奈 「やばいやばい。ほんとに可愛いどうしよう・・・ってかやっぱり翠屋さんコスメとかメイクとかめっちゃ詳しいよね!?」
凪沙 「あ〜。私さ、メイクアップアーティスト目指してんの。学校外でアシスタントのバイトとかもしてる」
恵里奈/つばさ 「え、すごっ!!」
つばさ 「知らなかった。こんな才能を持っている人が、うちの学校にはいたんだな(また鏡を見て)」
恵里奈、うんうんと頷く。凪沙、嬉しそうに笑うが、ため息をついて。
凪沙 「まぁ、別に大っぴらに言う事でもないし。言ったところで、お前らみたいに純粋に驚いてくれるやつなんて、この学校にはあんま居ないと思ってるし」
恵里奈 「確かに・・・でも、翠屋さんはもう、世界を別にもってるんだね」
凪沙 「(ニヤッと笑い)そ〜〜言うことだね。今度、顔貸してよ。メイク試させて」
恵里奈 「えっ嬉しいめっちゃ嬉しい!」
2人の会話を笑顔で見つめる3人。それに気づく恵里奈。まだ鏡を見ているつばさ。
恵里奈 「あ、ごめん!えっと、これが作戦?」
ひなた 「(ニッコリと)構わないよ。話の合う人が新たに見つかって良かった。・・・つばさ。お前はいつまで鏡を見てるんだ」
つばさ 「(慌てて鏡を置き)あっ、ごめん。あまりにも自分が綺麗で・・・」
ひなた、呆れて首を傾げる。
ひなた 「じゃあ、本題の作戦内容に入ってもいいかな?」
恵里奈 「(頷き)お願いします」
ひなた 「まず、つばさにはその格好で2年女子間に潜入してもらう」
つばさ 「待て待て待て。前提がおかしい!俺は嫌だ!」
凪沙 「可愛いから大丈夫だろ」
つばさ 「世の中には可愛いだけじゃどうにもならないことがあるだろ!」
恵里奈 「真理だね・・・」
ひなた 「(包帯が巻いてある手をさすり)つばさがそういうなら、仕方が無いが・・・」
つばさ 「(即座に)このカッコだーいすき!!全然OK(大きな身振りで丸を作る)」
ギョッとする恵里奈。笑いを堪える佑と凪沙。
ひなた 「(ニヤリと笑い)それに、十分な事前準備はしてある。ね、佑センパイ」
佑、ファイルや資料をたくさん取り出し、机いっぱいに並べる。つばさ、歪んだ表情でため息をつく。
ひなた 「(指をさし)あとはつばさの演技次第」
つばさ 「・・・やるしか無いんだな・・・」
恵里奈 「まぁ、でも皆自分の地位しか見てないから、案外いけるかも・・・所作とか話し方とか、色々教えるので、協力お願いします!かいちょ」
凪沙 「(遮り)雪子ちゃん」
恵里奈 「・・・雪子ちゃん!」
つばさ 「善処します・・・」
× × ×
一時間後。足を閉じ、スマホを片手に絵梨奈と話す“雪子ちゃん”の姿。
雪子 「(少し高い声で)恵里奈最近さ、アイシャドー何使ってんの?めっちゃ色良いよね?」
恵里奈 「これ?これね〜ディオーレのやつ。良いでしょ」
雪子 「え、やっぱり?そうだと思ったんだよね〜。すごい似合ってる、可愛い。でも高いよね」
恵里奈 「まぁね〜。先月バイト頑張ったから、ご褒美で買っちゃった」
うんうんと頷きながら見る3人。
ひなた 「そこまで!」
つばさ、大きく荒く息を吐く。
恵里奈 「うん、めちゃめちゃ自然になったよ!雪子ちゃん!」
つばさ 「そう、かな・・・」
ひなた 「一時間でこれは大したものじゃないか?つばさ」
凪沙 「自信持ってぶっ壊してこい!」
佑、サムズアップ。
つばさ 「(表情を歪め)気が重い・・・」


24. 翌日昼休み・とある教室
  クイーンの一人、向坂瑞稀(17)を中心に、同じくクイーンの橋本愛梨朱(17)、三雲華耶(17)、その他のルークが集まってご飯を食べている。
そこに、恵里奈と雪子(つばさ)がくる。
愛梨朱 「あ、恵里奈〜!(手を振る)」
恵里奈 「やほ〜〜(振り返す)」
雪子、恵里奈の後ろからひょっこり顔を出し、微笑む。それをじっと見るクイーンの3人。
華耶 「見たことない子がいるじゃん?何組?」
雪子(つばさ) 「えと、G組。最近まで入院しててあんまり学校来れてなかったの・・・よ、よろしくね!」
愛梨朱 「へぇ〜〜。・・・(見定めるようにマジマジと見て)可愛い〜〜!!(自分を指差し)私愛梨朱!何ちゃん?」
雪子 「雪子、です!あ、愛梨朱ちゃん、そのリップめっちゃ似合ってるね・・・!ツインテールも、お人形さんみたいで羨ましい!」
愛梨朱 「(パッと顔が明るくなり)ほんとっ!?うれし〜!ねぇ華耶〜愛梨朱お人形さんみたいだって♡」
華耶 「はいはい良かったね」
恵里奈と雪子、顔を見合わせて頷く。
× × ×


25. 昨日放課後・ニンケンの部室
ニンケンの部室。恵里奈がスマホを見せながら話している。
恵里奈 「愛梨朱はとりあえず見た目を褒めとけばOK。それこそメイクとか?お人形みたいな感じ目指してるっぽいから、それ言ってあげたら簡単に懐く」
つばさ 「なるほど・・・」
ひなた 「(顎に手を当てながら)当事者からの情報に勝るものはないな」
恵里奈 「(スマホをスワイプして)で、こっちは華耶。No.2の子。この子は趣味で攻めるのがベスト」
つばさ 「趣味?僕の知っていることだと良いけど・・・」
華耶 「このKPOPアイドルなんだけど、どう?」
つばさ 「・・・(しかめっ面で見たあとハッとして)姉が良く曲を聞いてる人たちだ。攻略日までに予習するよ」
恵里奈 「おっけ〜。スマホの裏にこの人たちのグッズステッカー入れてるから、聞いてあげたら良いかも」
× × ×


26. 同時刻・ニンケンの部室
  佑、クイーンの駒を一つ手に取る。


27. 数日後・とある教室
  いつも通り集まる女子生徒たち。会話しながら昼ごはんを食べている。スマホに目を落とした華耶。恵里奈が雪子を肘で突く。雪子、小さく頷き、華耶のスマホの背面を覗き込む。
雪子 「あれっ。そのステッカーってもしかして、BTFのツアーグッズ!?」
華耶 「(驚いて顔を上げ)え、知ってんの!?割とマイナーだよね?」
雪子 「入院中とか、結構曲聴いてて好きだったの!すごい、ツアー行ったんだね〜!」
華耶 「(嬉しそうに)チケット取るのマジ大変だった〜でもめっちゃめちゃ良かった!あ、てかこの前出たMV見た?やばくなかった?」
雪子 「え、見た見た!相変わらず皆顔が良かった〜〜!」
華耶 「それな〜!やばいね雪子、今度ゆっくり話そ」


28. 同時刻・ニンケンの部室
  佑、クイーンの駒を持った状態で、もう一つのクイーンを手に取る。


29. 同時刻・つばさの教室
 つばさの教室に茜姫がくる。
 教室内を覗き込む茜姫。
クラスメイト 「つばさ、今日もどっか行ってるっぽいよ」
茜姫 「そうですか、じゃあ、失礼します」
茜姫、ため息をついて帰っていく。


30. 一週間後・とある教室
 愛梨朱と華耶の近くに座ってご飯を食べながら会話する恵里奈と雪子。ずっとスマホをいじっている瑞稀が、その様子をチラッと見る。
瑞稀 「ねぇ恵里奈?」
恵里奈 「(ビクッとする)ん、何?瑞稀ちゃん」
瑞稀 「そういえばどこで知り合ったの?(顎で)その子」
恵里奈 「あぁ、えっと」
雪子 「恵里奈ちゃんのバイト先のカフェ!私がたまたまそこで学生証落としちゃって、恵里奈ちゃんが拾ってくれたの」
恵里奈、隣で笑顔で頷く。
瑞稀 「ふ〜〜ん。背、高いね。うらやましい」
雪子 「そうかなぁ?もうちょっと、女の子らしい身長がよかったな〜って、私は思ってるんだぁ」
瑞稀 「あ〜、確かにね」
つばさ、息を呑む。
  × × ×


31. 放課後・ニンケンの部室
  恵里奈がスマホと睨めっこしている。
つばさ 「で、No.1は?何が攻略の鍵?」
恵里奈 「ん〜〜〜・・・瑞稀ちゃんは・・・難しい・・・」
恵里奈、スマホを見せて写真を数枚見せる。
つばさ 「最高難度・・・」
恵里奈 「なんかね。うまく言えないけど、すごい怖い」
× × ×


32. 2週間後・とある教室
  愛梨朱、華耶、瑞稀を中心に女子数人が集まって会話している。その中に恵里奈と雪子もいる。
一人のビショップの女子が瑞稀に近づく。
ビショップ1 「あ、あの、瑞稀ちゃん・・・!」
瑞稀 「(スマホから目線だけ上げて)何?」
ビショップ1 「あのね、これシャネロの新作のシャドーなんだけど、瑞稀ちゃんに似合うと思って・・・良かったら貰って欲しいな・・・」
瑞稀 「(受け取りまじまじと見て)ふ〜〜ん・・・良いね、貰っとく〜(膝の上に置き、またスマホをいじり始める)」
愛梨朱 「瑞稀だけずる〜〜い!ねぇねぇ、愛梨朱には〜?」
ビショップ1 「あ、えっと」
ルークの一人が会話に割り込んでくる。
ルーク1 「あ、愛梨朱ちゃん!私これ愛梨朱ちゃんに似合うと思って!(袋を取り出す)ちなみに瑞稀ちゃんと華耶ちゃんのもイロチで買ったから良かったら貰って〜!」
愛梨朱 「何〜?(貰って開ける)あ〜、ブレスレットじゃん!」
華耶 「(同じく受け取り開けて)へ〜、なんか変わった色。でも瑞稀あんまこういうの付けなそう」
ルーク1 「えっ、あ瑞稀ちゃん、ごめんね・・・!」
瑞稀 「(貰うも開けずスマホを見たまま)うん付けないかな〜。まぁ貰っとくね」
ルーク1 「あ、あの今度は!・・・もっと良いのにするね!ピアスとか!何か、今欲しいのとかある?」
瑞稀 「ん〜・・・(スマホを見せ)これとか?」
華耶、覗き込む。画面にはブランドものの何万もするピアスが表示されている。
ルーク1 「えっ・・・」
華耶 「やば(笑って)リリアンのやつじゃん(笑)無理」
愛梨朱 「え〜リリアン!?私も欲しい〜!」
ルーク1 「えっと・・・あ、わか」
瑞稀 「(遮って)冗談だって〜。やだな、本気にした?」
ルーク1 「(引き攣った顔で)あ、あはは、そうだよね!あは、瑞稀ちゃん、ほんと面白い」
周りの女子、笑い出す。異様な光景に顔が引き攣る恵里奈と雪子。昼休み終了のチャイムが鳴る。
華耶 「さ、解散かいさ〜ん。(立ち上がり)瑞稀またね〜。あ、雪子今度前言ってたライブDVD持ってくるわ」
雪子 「あ、ありがとう!嬉しい!」
華耶、自分の教室に帰る。口々に瑞稀や華耶、愛梨朱へ挨拶して帰る女子たち。
愛梨朱 「恵里奈、雪ちゃんばいば〜い♡」
恵里奈 「(笑顔で手を振り)ばいば〜い」
雪子 「(恵里奈の真似をして)またね〜」
恵里奈と雪子(つばさ)、教室を出る。
無言で廊下を歩く2人。顔を見合わせる。
恐怖で歪みきった表情のつばさと、苦笑いの恵里奈、うんうんと頷く。


33. 同日放課後・ニンケンの部室
  つばさ、制服を綺麗に畳んだり、カツラをブラシでといたりしている。それを横で見ているひなた。
ひなた 「潜入捜査はどうだ?つばさ。新しい発見が山ほどあるだろう」
つばさ 「(睨みつけ)女子の世界があんなに怖いなんて思ってなかった!!」
ひなた 「落ち着け、紅茶でも飲むか?」
佑、紅茶をつばさの前に出す。つばさ、飲んだ後にハッと気づいて机に置く。ひなた、咳払いをする。凪沙、吹き出す。恵里奈も小さく笑っている。
つばさ 「もう無理です僕はもうやりたくないです怖いです・・・」
ひなた 「つばさ、完全にキャラが崩れちゃってるぞ」
つばさ 「お前のせいだからな・・・」
恵里奈 「なんかごめんね、巻き込んじゃって・・・」
つばさ 「(首を振り)いや、まぁ正直めちゃめちゃ怖いけど、生徒会長の立場からするとこんな問題は放っておけないしね・・・怖いけど」
恵里奈 「秋月君って、良い人だね。なんかイメージ変わった」
つばさ 「そんなことない、むしろ、この状況をなんとかしようと踏み切った立原さんの方がものすごく良い人だよ」
恵里奈 「ううん。自分のことを嫌いになりたくなかっただけ。だから、これも私のエゴ。あの子達とおんなじ」
つばさ 「・・・いや、やっぱりすごいよ。本当にすごい」
ひなた、黙って2人を見つめる。


34. 翌日お昼休み・とある教室
  いつも通り教室に集まる女子生徒たち。
華耶 「あ、そういえば今日で良いんだっけ、瑞稀」
瑞稀 「あ〜、うん。良いよ」
愛梨朱 「階級審査!?わ〜〜い楽しみ!」
恵里奈と雪子、顔を見合わせる。
華耶 「ってことだから、今日の放課後ここ集合ね。資料、コピーしたいんだけど、やってくれる人〜〜(見渡して)」
ビショップ2 「私、やってくるよ!」
華耶 「じゃ、よろしく〜」
愛梨朱 「恵里奈も今日は来るよね?」
恵里奈 「もちろん!」
華耶 「雪子は初めてじゃん?ま、あんたなら心配ないか。ね、瑞稀?」
瑞稀 「ま〜ね、今回はルークの下とビショップの上が何人か入れ替わるぐらいだし?(女子たちを見る)」
女子生徒たちに明らかに緊張が走る。多くが互いの顔をチラチラと気にしている。瑞稀、それを見て満足そうに口角をあげる。


35. 放課後・同教室
  恵里奈と雪子、顔を見合わせ頷き、深呼吸をして教室の後ろの扉から入ると、女子生徒がズラッと席についている。溢れた生徒は後ろに溜まって立っている。その中に変装したひなたと凪沙の姿を見つける2人、目を合わせ頷く4人。
愛梨朱 「あ、恵里奈〜、雪ちゃん!こっち!」
愛梨朱が手招きをしている方向には、華耶と瑞稀の姿もある。瑞稀はスマホを見ている。恵里奈と雪子の分の席が空いている。
恵里奈と雪子、ほかの女子生徒の視線を浴びながら、教室の中を歩いていく。席に着く2人。恵里奈は持ってきた学生鞄を机の横にかける。
華耶 「んじゃ、大分揃ったし始めるよ〜」
ビショップ2 「(前に出てきて)あ、華耶ちゃん。これ、資料!」
華耶 「ん、ルークの・・・前から2列目までに回して」
紙を配って回るビショップの女子生徒。恵里奈と雪子にも紙の束が回ってくる。それを見て、思わず険しい表情になる雪子。それぞれの生徒の名前と、ステータスグラフが書かれている。
華耶 「んじゃ、まず昇級〜〜」
愛梨朱 「いぇ〜い♡」
瑞稀 「ビショップの沙優、眞子、奏美は、今月頑張って私たちにプレゼントをくれたので昇級」
名前を呼ばれた生徒が思わず声を上げて喜ぶ。その生徒を羨ましそうな目で見る生徒たち。
愛梨朱 「おめでと〜、晴れてルークだねっ」
華耶 「はい、じゃあ次降格〜」
瑞稀 「ルークの詩織、咲菜、美波。プレゼントも少ないし、自分よりステータスの高いルークからの誘いを断ったので、格下げ〜」
愛梨朱 「また頑張ろうね〜?(クスクスと笑う)」
名前を呼ばれた生徒、弁明をしようとしたり泣き出したりする。雪子、紙の束を強く握りしめる。
瑞稀 「ま、こんなもんかな。来月もよろしく。なんか言うことある人いる?」
雪子、笑顔で手を上げる。恵里奈、雪子を見て深呼吸する。
華耶 「雪子?」
雪子、笑顔で教卓の横に立ち、紙の束をビリビリに破き始める。ざわつく教室内。
瑞稀 「・・・は?」
華耶 「ちょ、雪子!?」
雪子 「(瑞稀たちを見て)アンタたちさ、なんの権利があって人に優劣なんかつけてんの?」
愛梨朱 「ゆ、雪ちゃん!?急にどうし」
雪子 「(遮り)答えなよ。自分がそんなに偉いとでも思ってる?自惚れんのも大概にしたら?」
瑞稀 「・・・お前こそ誰に向かって口聞いてんの?」
雪子 「誰って?ただの同級生に対してだけど?顔、スタイル、家柄、貢いだ金額。何その独断偏見だらけの価値基準。それ全部、何一つだって、お前らが勝手に評価して良いことなんかじゃない!」
瑞稀 「良い加減に」
恵里奈 「(立ち上がり)良い加減にすんのはアンタの方だよ、瑞稀」
恵里奈、持ってきた学生鞄から大量の紙を教室内にばら撒き始める。舞い散る紙。そこには各生徒の名前と、全項目の数値がカンストしたグラフ、そして大きな文字で「結論:生きてるだけで全員すごく偉い(花丸)」と書かれている。呆気に取られる女子たち。
瑞稀 「(1枚拾って)・・・こんな馬鹿げた」
恵里奈 「(遮り)馬鹿げてんのもアンタ。カースト制度なんか作って、優位に立って浮かれて、調子に乗って。でも、友達同士って階級が上とか下とか、そんなのないハズじゃん。色んな子がいて、その色んな子全員におんなじだけ、良い学校生活を送る権利があるハズじゃん」
華耶 「そんなの綺麗事じゃん。現実見なよ」
雪子 「(遮り)綺麗事じゃない。現に恵里奈は、こうして行動に移してる。自分の信念貫いてるんだ、覚悟もってやってんだ!・・・こんなせっっまい世界で優位に立ったつもりになってるアンタ達と違って、この子はもっと広い世界にいるんだ!」
雪子を見る恵里奈。雪子、微笑む。
黙り込む瑞稀と華耶。2人を順に見て、慌てる愛梨朱。何も言えない3人。
雪子 「・・・怖かったんでしょ。周りの目が。学校内で自分が孤立するのが。だから、こんな巨大な組織を作り上げた」
瑞稀 「黙れ!」
雪子 「わかるよ。怖いもん、一人って。あと、普通にこんな人数の女子従えちゃうの、すごいよ。・・・でもさ、自分の怖さを、人を虐げることで和らげてちゃ、一生その怖さは消えてくれない」
瑞稀たち、黙り込んでしまう。他の女子たちが、ポツリポツリと意見を言い出す。
女子生徒H 「・・・もう、やめよう」
女子生徒I 「そうだよ、こんなこと・・・」
女子生徒J 「私、ずっと辛かった!」
女子生徒K 「私も!」
狼狽える瑞稀たち。紙の束を乱暴におくと、教室を去っていく。徐々に、歓喜の声を上げる生徒が増えていく。雪子と恵里奈、顔を見合わせ笑顔。教室の後ろの方を見るが、ひなたと凪沙の姿はもうない。


36. 翌日放課後・ニンケンの部室
 ソファに座り、カツラにスプレーをかけ、ブラッシングするつばさ。足は綺麗にとじられ、爪も綺麗に整っている。
ひなた 「(自分の机に腰掛け、紅茶を飲みながらつばさをじっと見て)つばさ、綺麗になったな」
恵里奈 「(ソファに座り同じく紅茶を飲みながら)本当にそう、可愛いし美人」
つばさ 「まぁ、研究したから・・・」
凪沙 「(ソファに寝転がりながら)あ、やっぱ研究してたんだ?道理で教えてもないのに髪巻いてきたり爪綺麗になってたりしてんなと思ってたんだよ」
つばさ 「(照れながら)俺の中途半端な変装で、立原さんの信念を邪魔するわけにはいかなかったから」
恵里奈、ひなたや凪沙と笑い合う。
凪沙 「つばさお前、良い奴なんだな」
つばさ、笑われて少し膨れている。
ひなた 「んじゃまぁ、初仕事は無事終わったと言うことで」
恵里奈 「秋月君、本当にありがとう」
つばさ 「うん・・・」
ひなた 「つばさ?」
つばさ 「あ、いや。仕事としては終わったけど、多分あの制度はしばらくしたらまた湧いてくると思うよ。ああいうのって、根絶するのは難しいだろ」
ひなた 「・・・確かに、上辺だけの解決に過ぎなかったのかも知れないね」
恵里奈 「実際、あの制度がなくなって、どう人と話せば良いかわかんなくなっちゃったって言ってる子も居た。『今までずっと媚び売ってればそれで良かったから』って・・・」
凪沙 「あーやって、ある程度決まりがあって、それに従って動けば最低保証はされる、的なの?望んでる奴もいるんだよな」
佑、そっと菓子受けをみんなの前におく。端に座り、机に置かれたチェスの駒を片づけ始める。
つばさ 「(佑にお辞儀をして)自分の役柄が決まってるって、楽な人にとっちゃ楽だよな。自分より上の人間に対して、間違った動き方をしなきゃ良い」
恵里奈 「でも、私たちただの同級生だもん。なんか、悲しいよ」
つばさ 「(頷き)まぁ、正直俺はあの人たちの気持ち、痛いほどわかっちゃうんだけど・・・怖いよな、間違えるって、一人って」
ひなた、凪沙、佑、つばさを見て笑う。恵里奈も微笑んでいる。
つばさ 「(みんなの顔を見て)な、何だよ・・・」
ひなた 「いや?つばさは本当に面白いやつだって話だ」
つばさ 「どう言う話だよ!」
恵里奈 「(時計を見て)あ、私そろそろ帰るね。今日、約束あって」
ひなた 「うむ。それではまた」
恵里奈、笑顔で立ち上がり手を振る。ドアに手を掛け、振り返る。
恵里奈 「秋月君さ、やっぱそっちの方がいいよ」
つばさ 「え?」
恵里奈 「ううん!また明日!」
つばさ 「うん、また明日」
恵里奈、部室を出ていく。つばさ、一息ついてソファに座り直す。
ひなた 「さぁ、つばさの初仕事も無事に終わったことだし、ティータイムにしようか(包帯をしている方の手でティーカップを持つひなた)」
つばさ 「さっきからしてるだろ全く・・・ってお前、手は!?」
ひなた 「おっと。(持ち直し)なんのことかな?」
お茶を飲みながら騒がしい4人。
37. 同日・廊下
 歩いていく恵里奈。前に友達を見つけ、駆け寄っていく。楽しそうに会話しながら。去っていく。
ひなたM 「人間研究会、通称ニンケンの裏の顔は、校内のあらゆる問題を解決する何でも屋。さて、次はどんな依頼が来ることやら」

           第二話「最初の仕事」終




第三話「才女の才女による才女のための呪縛解放宣言」

「ニンケン」第三話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員

相澤美智(17) 同校2年生。今回の依頼人。




38. とある日の朝礼・体育館
 壇上にはつばさがマイクを持ち立っている。すぐそばに茜姫と修也の姿もある。
つばさ 「今日から定期テスト2週間前です。前回好評だった生徒会主催の勉強会の実施、各教科ごとに対策問題の配布を行います。生徒の皆さん、全員で協力して良い点数を取り、未来へ羽ばたけるように頑張りましょう!(爽やかに微笑む)」
つばさ、一礼をしてマイクを置く。生徒からの拍手。茜姫も隣で嬉しそうに手を叩いている。


39. 同日昼休み・廊下
 プリントやファイルの束を持って歩いているつばさ。前から、ふらふらと歩いてくる顔色の悪い女子生徒、相澤美智(17)に気づくつばさ。慌てて声を掛ける。
つばさ 「大丈夫・・・?相澤さん、だよね。顔色が悪い。体調がすぐれないのかな?」
美智 「あ、秋月さん・・・あの、大丈夫。寝不足なだけ、だから・・・」
フラついたまま歩いて行こうとする美智。その手には付箋のびっしりついた単語帳が握られている。
つばさ 「(単語帳に目をやりつつ手を貸そうとして)とりあえず、保健室に行こう。心配だから、付き添わせて欲しいな」
美智 「でも・・・」
ひなた 「(つばさの後ろから)どうぞ遠慮なさらず!ほら、寄りかかったっていいんですよ。ねぇ?会長」
つばさ 「(吃驚して)まっ!どっ!なっ!」
ひなた 「落ち着いてください会長。ほら、相澤さんが驚いている」
  唖然とする美智。
つばさ 「(ひなたを睨みつつ)そうだね・・・ところで、土田さんは何か用かな?」
ひなた 「あぁ、忘れるところだった。これを相澤さんに」
ひなた、一枚のチラシを渡す。『ニンケンは、お困りのアナタを救います』と書かれている。
美智 「え、っと・・・」
ひなた 「お困りの際は是非。では、お大事に」
ひなた、去っていく。それを睨みつけるつばさ。
美智 「(ひなたとつばさを見て)あの、私、やっぱり一人で行けるので・・・ほら、ここから近いし・・・(弱々しく笑い)」
つばさ 「(美智を見て頷き)わかった。でも、どうか無理はしないでね。気をつけて」
美智 「ありがとう」
先ほどより少しだけしっかりとした足取りで歩いていく美智を見送るつばさ。見えなくなってから、ひなたの去っていった方向へ駆けていく。


40. 同時刻・廊下
 ひなた、人気の少ない廊下を歩いている。後ろからつばさが追いかけてくる。周りを見渡した後、隣を歩くつばさ。
つばさ 「お前、やるだけやってすぐいなくなるなよ・・・!」
ひなた 「おや、心細かったかな?」
つばさ 「そういうことじゃない!・・・で、なんで相澤さんにチラシなんか渡したんだ?」
ひなた 「なんでって、営業だよ、営業」
つばさ 「営業ぅ?そんなのまでやってるのか?」
ひなた 「さぁ、どうだろうねぇ」
つばさ 「なんなんだ一体・・・」
ひなた 「まぁ、でも。(立ち止まり)彼女はきっと来るよ」
つばさ 「(ひなたの少し前で立ち止まって振り返り)なんでそんなことがわかるんだ」
ひなた 「私たちが人間研究会だから、とでも言っておこうか」
つばさ 「(首を傾げながら)うぅん・・・あ、そういえばこれ」
つばさ、ひなたに問題集を渡す。
ひなた 「(問題集とつばさを交互に見て)・・・これは?」
つばさ 「生徒会主催で作った問題集だけど?」
ひなた 「それは、知っているけど・・・」
つばさ 「あ、いらなかったか・・・?」
ひなた 「(つばさの顔をみて笑い)いや、有り難くもらっておくよ。じゃあつばさ、また後で」
つばさを追い抜き歩いて行ってしまうひなた。
笑われたことに肩を竦めるつばさ。


41. 同日放課後・教室
  帰る準備をしているつばさのところに、茜姫がやってくる。
つばさ 「あれ、飯島さん?」
茜姫 「あ、会長!あの、今日ってもう帰られますか?」
つばさ 「うーん、そうだね。どうかした?」
茜姫 「あ、実はその、数学のとある問題が、解説を見ても分からなくて、もし会長が良ければ、教えていただけたらなって・・・!」
つばさ 「(微笑み)もちろん、僕のわかる範囲なら。さ、座って」
茜姫 「(満面の笑みで)はいっ!」
× × ×
茜姫に問題の説明をするつばさ。茜姫、笑みが溢れるのを抑えながら説明を聞いている。
つばさ 「だから、こう、なる・・・どう、わかった?」
茜姫 「はいっ、すごくよく分かりました!」
つばさ 「なら良かった」
茜姫 「・・・(つばさを真っ直ぐ見つめ)会長は、本当にすごいです。何でもスマートに、完璧にできて。心から憧れます」
つばさ 「(目を逸らし笑って)そうかな?・・・あ、他に何かわからないところ、ある?数学じゃなくても大丈夫だよ」
茜姫 「あ、えっと、じゃあ・・・(鞄を漁り始める)」
つばさのスマホが振動する。タップして画面を見る。茜姫、古文の教科書を取り出して見せる。
茜姫 「じゃあ、こぶ」
つばさ 「(遮りながら両手を合わせて頭を下げる)ごめんっ!ちょっと急用が・・・できてしまって・・・(チラッと茜姫の方を見る)本当にごめんね、飯島さん」
茜姫、一瞬表情を崩すが、すぐ元に戻る。
茜姫 「全然!全っ然大丈夫です!気にしないでください!(片付けて立ち上がり)むしろ、お忙しい中ありがとうございました!失礼します!」
足早に教室を後にする茜姫。つばさ、首をさすってその方向を見ている。


42. 同時刻・廊下
  茜姫、教室から少し離れたところまで走り、速度を緩めると立ち止まる。教室の方を振り返る。教室からつばさが出てくる。茜姫、咄嗟に物陰に身を隠す。つばさ、周りを見渡すと、茜姫とは反対の方向へ歩いていく。茜姫、物陰から出てくる。
茜姫 「あっちって、旧校舎・・・」
茜姫、ついて行こうと歩き出すが、数歩で立ち止まり目を閉じる。
× × ×
生徒会室、みんなの前で話すつばさ。
つばさ 「だから、僕を信じて任せてよ(微笑む)」
 × × ×
茜姫、目を開ける。一人頷き、方向を変えると帰っていく。


43. 同日・ニンケン部室
 つばさ、鞄を持ち直しながらニンケンの部室に入る。部室には、いつもの3人しかいない。佑と凪沙はなにやら長いロープを巻き直している。
つばさ 「なんでそんなものが・・・って、依頼人なんていないじゃないか!ったく、適当に呼びつけやがって」
ひなた 「何。恐らく後・・・20秒程でくるよ」
佑、首にぶら下げていたストップウォッチをスタートさせる。
つばさ 「(ソファに座りながら)はぁ?なんなんだそれは・・・」
ひなた、棚からファイルを探している。凪沙、ロープを纏め終わって棚にしまう。佑、ストップウォッチを確認しながらお茶を入れ始める。
ひなた 「後3秒。2、1(指を鳴らす)」
  ひなたが指を鳴らすのと同時に部室のドアがノックされる。佑、ストップウォッチを止めてつばさに見せる。20秒ぴったり。またお茶の準備を続ける。つばさ、驚いてひなたの方を向く。
ひなた 「どうぞ」
ドアが開く。入ってきたのは、美智。美智の顔を見てさらに驚くつばさ。ひなたと美智を交互に見る。美智、つばさがいることに驚く。
美智 「あ、秋月さん・・・ごめんなさい、お邪魔しました(振り返りドアを閉めようとする)」
つばさ 「あっ!ちょっちょっ、待って!相澤さん!」
美智、動きが止まる。
ひなた 「つばさのことなら、気にしないでくれ。うちの新入りなんだ。さぁ、中へ」
美智がおずおずと中へ入ってくる。
凪沙 「(ソファを指差し)ここ、若干きたねーけど座ってー」
美智、軽く会釈をして座る。凪沙、つばさが座っている方に行くと、つばさに手で「避けろ」と合図する。つばさ、鞄と自分の体を奥へ避ける。凪沙、どっかりと座る。
ひなた 「手狭で申し訳ない。まぁ、とりあえずお茶でもどうぞ」
佑、美智にお茶を出す。驚きながらも会釈する美智。全員にも配ると、凪沙の隣にスッと座り、笑顔でひなたに「どうぞ」と合図する。
ひなた 「(微笑み返し)ありがと、佑センパイ。相澤さんも。佑センパイの淹れる紅茶は本当に美味しいんだ」
美智 「あ、うん。でも・・・(つばさの方を見て)」
つばさ 「この人たち、飲むまで話を進めてくれないんだ。僕はもう諦めた」
呆れながら紅茶を啜るつばさ。笑顔の3人。つばさ、カップを持ちながら頷く。
美智 「はぁ・・・」
つばさ 「それに、結構本当に美味しいんだよね。良かったら、どうぞ(ティーカップを掲げながら微笑む)」
4人、驚く。ひなた、黙って笑い紅茶を飲む。
美智 「(つられて笑い)じゃあ、いただきます・・・(飲んで)本当だ、すごく美味しい」
ひなた 「それは良かった。気分も少しは良くなったかな?」
美智 「あっ、そうだ。さっきは、声をかけてくれてどうもありがとう。あの後、保健室で少し休ませてもらって、だいぶ良くなったの」
つばさ 「(首を振りながら)それなら良かった。でも、今日のところは家に帰ったらゆっくり休んだほうが良いよ」
ひなた 「つばさの言う通りだ。無理は禁物だね。何事も」
美智 「(頷き)ゆっくり・・・そうね。今日は予定もないし、テスト勉強が落ち着いたら、そうする」
つばさ、頷く。ひなた、美智を見つめる。
ひなた 「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。相澤さんは、依頼人でお間違い無いかな?」
美智 「はい。このチラシを貰って、それで・・・」
ひなた 「(頷きファイルを開く)では、依頼内容をお伺いしても?」
美智 「(頷き)あの、私の、成績を上げるお手伝いを、お願いしたいです・・・」
つばさ 「相澤さんの・・・?」
美智 「そう、私の。最近、伸び悩んでいるというか。定期テストが近い中、申し訳ないんだけれど・・・どうしても、成績を上げなくちゃいけないの」
ひなた 「(美智をじっと見つめ)・・・残念だけど、お断りさせて貰うね」
つばさ 「え、なんで!?」
美智 「・・・やっぱり、皆自分の勉強もあるもんね、ごめんなさい(立ち上がる)」
ひなた 「理由はそれではないよ」
美智 「えっ、じゃあ・・・」
ひなた 「(ファイルを閉じて両手を組み)それが、貴女の本当の依頼ではないから。かな」
つばさ 「(立ち上がりながら)それどういう」
ひなた 「(遮り)つばさはちょっと黙ってろ」
凪沙に強引に引っ張られ座らされるつばさ。不服そうな顔のつばさ。
美智 「ごめんなさい。ちょっと、よく意味が分からない・・・」
ひなた 「うん。きっと今はね。だから、この言葉の意味がわかったら、もう一度、この部室の扉を叩いて欲しい。どうかな?」
美智 「・・・お困りの時はって、(チラシを指差し少し声を荒げ)貴女を助けるって!・・・言ったじゃない・・・」
驚くつばさ。自分が大声を出したことに驚き、うつむき黙ってしまう美智。少しして、アラームが鳴り響く。つばさ、キョロキョロする。美智、ハッとするとスマホを取り出し、アラームを止める。明らかに焦り出す美智。顔が強張っている。
美智 「(鞄を持って)ごめんなさい。失礼します(お辞儀する)」
足早に部室を出て行く美智。つばさ、ひなたの方へ身を乗り出す。
つばさ 「どう言うことだ!説明してくれ!なんで依頼を断った!」
ひなた 「騒がしいなつばさは・・・センパイ」
佑、つばさの口に大きなマドレーヌを突っ込む。喋れなくなるつばさ。
ひなた 「うん。静かになった。・・・さっき言った通りだ。『それが、彼女の本当の依頼じゃなかったから』だ」
つばさ 「むぁんめふぉんまほほわふぁふんま!(なんでそんなことわかるんだ!)」
ひなた 「つばさはまだまだだな・・・じゃあ聞くが、そもそも彼女は何故成績を上げたいんだ?」
つばさ 「(紅茶で流し込み咳払いする)え?そりゃあ、将来の進路とか、そう言うのじゃ無いのか」
ひなた 「(頷き)そうだな。では、将来の進路は誰が決めている?」
つばさ 「誰って、自分自身だろ」
ひなた 「普通はね。だが、ここは一応都内屈指の名門校だ。それを踏まえると?」
つばさ 「・・・相澤さんの両親?」
ひなた 「(笑顔で頷き)確証はない。だが、(人差し指を立て)判断材料ならもう二つある。まず一つは、アラームだ」
つばさ 「アラーム?あぁ、さっきのか。それがなんだ?」
ひなた 「何を告げるものだったと思う?」
つばさ 「この後に予定でも入っていたんだろう。塾とか、家庭教師と(ハッとする)」
ひなた 「そう、今日は予定がないと言っていた。あれが嘘ではなければ、相澤さんは何か別の理由があってあのアラームをかけた」
つばさ 「つまり門限って言いたいのか?まだ16時になったばかりだぞ?」
ひなた 「あくまで私の考えだけどね。そしてもう一つは、彼女の態度。アラームが鳴った時の激しい焦り。私が依頼を断り、『本当の依頼がわかってから来て欲しい』と言った時の狼狽え方。ここから、相澤さんはご両親から過度な期待や庇護をされて限界状態なのではないか。という、一つの仮説が生まれる。どうだつばさ、彼女の心の奥底に眠っている『本当の気持ち』かもしれないものが見えてこないか?」
つばさ 「・・・彼女は、無意識の内に両親のそういったものから抜け出したいと思っている」
ひなた 「そう。そして、きっとそう言うことには自分で気づかないと前には進めない」
つばさ 「なるほどな。(何か思い出し)・・・だからあんな」
凪沙 「あんな?」
つばさ 「いや。1年生の、期末テストの時な、いつもみたいに廊下に順位と点数が張られて、俺、相澤さんと同率1位だったんだよ。で、たまたま隣で結果を見てた相澤さんに、お互い頑張ったねって、声かけたんだ。何回か、話したこともあったから。でもさ、彼女言ったんだよ」
× × ×
話しかけてきたつばさを見て、どこか寂しそうに微笑む美智。目の下にはクマができている。
美智 「そうね。でも私、これでもまだダメなんだって」
つばさ 「えっ?」
美智 「ううん。なんでもないの。次もお互い頑張ろうね、秋月さん」
去っていく美智。
× × ×
つばさ 「俺、そん時はさ、『何それ!?じゃあ俺もダメってこと?』ってなんかちょっとモヤモヤしたんだけど。きっと中学、いや、下手したら小学校の頃から『貴女はもっとできるはず』とか、『貴女の将来のためだから』とか言われて、しんどかったんだろうな。ご両親もさ、きっとそんなつもりはないんだよ。むしろ、すごく愛してるんだ。ただ、その愛情が結果的に、相澤さんを縛ってる」
黙ってつばさの話を聞いていた3人。ひなたがつばさをじっと見つめる。
ひなた 「随分、実感がこもっているように聞こえたけれど?」
つばさ 「え、そうか?俺んとこは別に、縛るどころか放任主義で自由な人たちだと思ってる」
ひなた 「その割に、つばさは“優等生”にこだわっているね」
つばさ 「いや、家でまで優等生やってるわけじゃ」
ひなた 「でも、外では頑張っているって見せたいんだろ?」
つばさ 「そういう訳、じゃ・・・」
ひなた 「つばさ。お前もまだ、お前自身が“そう”である本当の意味に気づいていないんじゃないか?」
つばさ 「・・・どういうことだ」
ひなた 「さぁ?自分で考えなよ。人間には折角物事を思考する能力が備わっているんだから」
自分の頭を人差し指で2回叩くひなた。つばさ、腑に落ちない様子で考え込む。


44. 翌日・昼休み
 つばさ、複数の資料を持って廊下を歩いていると美智に出会う。美智、明らかに目を逸らすが、もう一度つばさを見て、近づいてくる。人気のない場所まで歩いていく2人。
美智 「(小さな声で)あの・・・」
つばさ 「昨日はごめんね。驚いたよね」
美智 「ううん、あの、私こそごめんなさい・・・急に大声を出してしまって・・・」
つばさ 「全然。大丈夫!ほんと・・・」
美智、立ち止まる。つばさも合わせて止まる。
美智 「・・・あの、昨日のことで、秋月さんに聞きたいんだけど」
つばさ 「あ〜。『断られた理由』かな?」
美智、頷く。
つばさ 「そうだよね。でも、ごめん(頭を下げ)理由について、僕が言えることは何もないんだ。(顔を上げ)本当、ごめんね」
美智 「そう、だよね。ごめんなさい、そんな、謝らないで・・・例えば、テスト前で忙しいから後にしてくれとか、そう言う事なら納得出来るんだけど、『それが本当の依頼じゃない』って言うのが、どうしても分からなくて・・・私、土田さん達に嫌われていたりするのかなとか、思ってしまって」
つばさ 「(首を振り)それは心配しないで大丈夫だよ。依頼に私情を挟むようなことはしないだろうから、多分だけど(微笑む)」
美智 「(何度も頷いて)私も、そう思う(微笑みながら俯き)」
つばさ 「(美智を見つめて)アイツらは、考えもなしに人を追い返すようなことをする人間じゃないんだ。僕もまだ、良くわかっていないんだけどね・・・僕から、言えるのはこれだけ」
美智 「(少し驚きながら)信頼、しているんだね。彼女達のこと」
つばさ 「全然!そう言うことじゃないよ!(少し早口で)むしろ関わってから理不尽に振り回されてホント大変な思いばっかり、って・・・今のは、忘れて」
つばさ、焦る。思わず笑ってしまう美智。
美智 「実はちょっと面白いよね、秋月“くん”って」
つばさ、呼び方が変わったことに気づく。
つばさ 「(苦笑いで)そんなこと、ないよ」
美智 「(まだ笑いながら)そう?それよりも、秋月くん、それ(つばさの手の資料を指差す)もしかして、何か用があった?」
つばさ 「(手を見て)あ!そういえば、生徒会室にこれを置いておくんだった」
美智 「引き止めてごめんなさい」
つばさ 「気にしないで!じゃあ、また(手を挙げる)」
美智 「うん。ありがとう(同じく手を挙げる)」
つばさ、少し急いでその場を去る。見送る美智。つばさの通り過ぎた廊下の角から、ひなたが顔を出す。
ひなた 「(ニッコリと)こんにちは、相澤さん」
美智 「(驚いて)えっ、土田さん!?」
ひなた 「(美智に近づいて)昨日は依頼をしてくれてどうもありがとう。それから断ってしまって悪かった」
美智 「ううん、私こそ、見苦しいところを・・・」
ひなた 「(首を振り)・・・『本当の依頼』について、何か考えてはみたかな?」
美智 「えぇ、一応。でも本当に、分からないの・・・」
ひなた 「(人差し指を立て)じゃあ一つだけアドバイスをするとしよう。思ったことを飲み込まず、口にしてみる。自分の本心をちゃんと知ることが、解決の秘策だ」
美智 「思ったことを、口に・・・」
ひなた 「そう!たとえそれが、認め難い負の感情であったとしてもね。それじゃ、また」
ひなた、去って行く。美智、後ろ姿を見送る。


45. 同日放課後・美智の教室
 チャイムが鳴り、ホームルームが終わる。美智、鞄に教科書を入れると、誰よりも早く教室を後にする。


46. 同日放課後・電車内
 電車に揺られる美智。空いている電車内で、ドアの横に立っている。窓の外を眺める美智。スマホが震動する。通知を見ると、母「今日こそは早く帰って来なさいね」とメッセージが入っている。美智、小さく息をつく。
美智 「(小さな声で)分かってるよ・・・」
美智、自分で言った言葉に驚き口に手を当てる。
× × ×
ひなた 「思ったことを飲み込まず、口にしてみる。自分の本心をちゃんと知ることが、解決の秘策だ」
× × ×
駅に着き、ドアが開く。一歩下がる美智。スマホをもう一度見てから、返信せずにそのまま電車を降りる。ドアが閉まり、発車する電車。
美智 「(少し笑いながら)どこ?ここ・・・」
美智、辺りを見渡す。人気の少ない屋外の駅。
ベンチまで歩いて、座る美智。
美智 「(ポツリポツリと)・・・高校生にもなって、門限が16時って、早すぎる・・・学校帰りに、どこか寄ることすらままならない・・・本当なら私だって、友達とどこかに出かけたり、部活に入ったり、したい・・・勉強だって、頑張ってるのに、全然認めてくれない。高得点を取っても、間違えたところしか、見てくれない・・・私、どこまで頑張れば良いの?期待してくれているのはわかるけど、もううんざり・・・私、自由になりたい」
ホーム近くの踏切が鳴り始める。反対ホームに電車がくるアナウンスが流れる。美智、立ち上がって全力で階段を下がる。構内を通って、反対ホームへと向かって階段を駆け上がる。発車直前のベルが鳴る。美智、学校へ戻る方面の電車にギリギリで飛び乗る。息を切らしている美智。電車が動き出す。遠ざかっていくホームを見つめる美智。その顔はどこか晴れやか。


47. 同日放課後・ニンケンの部室
 ニンケンの扉がノックされる。中にはひなた、凪沙、佑、つばさが揃っている。
ひなた 「どうぞ」
扉が開く。少し息を切らした美智が立っている。
美智 「新しく、依頼させてください」
ひなた 「内容を教えてもらっても?」
美智 「両親の、束縛から逃れる手伝いをしてほしい」
ひなた 「(ニヤリと笑い)喜んで。では、早速作戦会議といこうじゃないか」
美智、笑顔で頭を下げる。


48. 同日夕方・美智の両親の会社
 美智、つばさ、ひなたが大きなビルの前に立っている。
ひなた 「じゃ、作戦はさっき伝えた通りで」
美智、頷く。つばさ、ビルを見て息を呑む。
つばさ 「本当にやるんだな・・・?」
ひなた 「もちろん!実行に移さなきゃ」
美智 「思ったことを言葉にする、形にするのが、大事だから。そうだよね、土田さん」
ひなた 「(笑顔で頷き)さぁ、行こう」
颯爽と歩き出すひなたと美智。少し遅れて、つばさも後を追う。つばさ、背中に大きめのリュックを背負っている。
会社内に入る3人。受付で止められる。
受付嬢 「あの、どなたかにアポイントはございますか?」
美智 「すみません。相澤の娘です。父と母がいつもお世話になっております。今日は少し、用事があって参りました。2人には伝えてあります」
受付嬢 「そうでしたか。失礼致しました。では、右手のエレベーターで6階までどうぞ」
お辞儀をし、エレベーターへ向かう3人。エレベーターへ乗り込む。
× × ×
部室で作戦会議をする5人。
美智 「きっと、私が言葉で伝えるだけじゃ駄目だと思うの」
ひなた 「であれば、何かインパクトのある形で伝えたいね・・・そうだ、凪沙、センパイ。この前片付けていたロープはどこにあるかな?」
つばさ 「ロープゥ?お前、何をする気だ?」
凪沙 「ちょい待ち〜」
凪沙と佑、棚を漁る。
ひなた 「お前が言っただろう?相澤さんは“愛情に縛られている”って。それを視覚化するんだ」
つばさ/美智 「視覚化・・・?」
凪沙 「あったー!」
凪沙と佑、ロープを掲げる。ひなた、ニヤリと笑う。
× × ×
 つばさ、リュックの肩紐を握る。エレベーターが6階に到着する。息を呑む美智。ドアが開く。
忙しそうな大人が行き来しているフロアの真ん中を突っ切っていく3人。異質な存在に目を向けたり、止めようとする大人を無視して歩いていく。正面のデスクに座っていた美智の父親がこちらに気づき、慌てた様子で半分立ち上がりながら電話をかけ始める。電話を切り、しっかり立ち上がってこちらに正対する。
美智の父 「何をしてるんだ、美智」
美智 「お父さんとお母さんに、会いに来たの」
電話をもらった美智の母親が、慌てた様子でこちらに向かってくる。
美智の母 「美智!」
美智 「私の話を聞いてくれる?」
美智の父 「(つばさ達を一瞥して)・・・こっちに来なさい」
場所を移動する5人。


49. 同時刻・小会議室
 会議室に連れてこられた美智たち。美智の父親が机に腰掛ける。
美智 「(一息置いて)あのね」
美智の父 「(遮り)どうしてこんなことをしたんだ。しかも急に。父さん達に迷惑がかかるとは思えなかったのか。全く」
美智、下を向く。つばさとひなた、すぐさまつばさのリュックからロープを取り出し、美智に巻きつけ始める。驚く美智の両親。
美智の父 「お、おい。君たちは何をしているんだ?やめなさい」
止まる気配のない2人。
美智の母 「ちょっと美智?何黙ってるの?」
美智の父 「だから友達付き合いも考えろとあれほど言ったのに・・・!(つばさの肩を押す)おい、やめろって言ってるんだ。美智!お前がこんな変な奴らと連むだなんて思わなかった!あんなにお金をかけて瑛徳に入れたのに、こんなことじゃ・・・お前のためを思って言ってるんだぞ美智!」
一向に止まらないつばさとひなた。頭を抱える美智の父親。
美智の母 「大体、今日は早く帰りなさいって言ったわよね?家庭教師の先生がわざわざいらっしゃるのに、何をしてるの!ただでさえ成績が落ちているんだから、もっとちゃんと勉強を・・・って、あなた達!良い加減に!」
ロープがなくなる。巻き付けるのをやめる2人。ロープでグルグルに巻き付けられた美智。
美智の父 「美智に何をするんだ!苦しいだろう!」
美智 「うん・・・(顔を上げ)私苦しいよ、お父さん」
ひなた 「でも、これが貴方達が彼女を縛っている言葉の縄だ。気づきましたか?私たち、貴方が美智さんを咎める言葉を発する度に、ロープを巻き付けていたんです」
美智の父 「一体何を言っているんだ!言葉の縄だと?」
美智 「お父さん、お母さん。私もう、うんざりなの。毎日誰よりも早く教室を出て帰るせいで誰一人友達なんていないことも、良く出来たと思ったテストで間違えているところだけを指摘されるのも、それが全部『私のため』と言われるのも、全部全部、もう嫌なの!」
美智の両親、ショックで何も言えなくなる。
美智 「これが当たり前なんだと思って、むしろありがたいことなんだと自分に言い聞かせて、今まで自分の本心にずっと蓋をしてきた。でも、このままじゃ2人を嫌いになってしまう。私、そうはなりたくないの」
項垂れる美智の父親と、立ち尽くす母親。
つばさ 「愛情って、自分の心も相手の心も満たすことができるすごい感情じゃないですか。でも、歪みやすくて。歪んだ愛情は、時に相手を傷つけて、縛ってしまうことがあるんです。当人が無意識のうちに」
つばさ、リュックからハサミを2つ取り出し、美智の両親に渡す。
つばさ 「一旦、リセットしましょう。大丈夫、歪みやすいけど、愛情って結構、丈夫なんです」
つばさからハサミを受け取ると、美智に巻き付いたロープを切っていく両親。
美智の父 「・・・ごめんな、美智、ごめん」
美智の母 「ごめんね、美智」
美智、ロープが外れていき、自由になっていく。晴れやかな笑顔。
美智 「今までありがとう、お父さん、お母さん」
つばさとひなた、黙って見つめる。安堵した表情のつばさを横目で眺めるひなた。微笑む。


50. 翌日放課後・ニンケンの部室
 お茶の用意をする佑と、手伝う凪沙とつばさ。ひなた、ファイルの整理をしている。部室のドアがノックされる。
ひなた 「どうぞ」
美智 「お邪魔します」
つばさ 「(微笑み)いらっしゃい、相澤さん」
× × ×
紅茶を飲みながら雑談する5人。
美智 「この度は本当にお世話になりました。皆、どうもありがとう。これ、良かったら・・・」
美智、菓子折りを出す。ひなた、笑ってしまう。
美智 「あ、皆クッキー嫌い?それとももしかして、依頼料とか・・・?」
ひなた 「いやいや、お題は頂戴していないよ。少し前、同じようなことをしてきた人がいてね、それを思い出しただけだ。有り難くいただくとしよう。つばさ、貰ってくれ」
つばさ、ひなたを睨みながら美智から受け取る。
美智 「良かった、受け取ってもらえて」
つばさ 「わざわざありがとう、相澤さん。・・・昨日、帰ってからは大丈夫だった?」
美智 「(頷き)母がね、ついいつもの癖で『明日こそは早く帰ってこれるのよね』って、私に聞いてきて。でもすぐ気づいたみたいで、『あまり遅くならないように、帰る時は連絡してね』って、言い直してくれたの。ぎこちないけど、精一杯の笑顔で」
つばさ 「そっか。そうやって少しずつ、良い方向に変わっていけばいいね」
美智 「うん。・・・秋月くん、改めて本当に、ありがとうね。とってもかっこよかった、昨日の秋月くん」
ひなた 「(ニヤニヤして)だそうだぞ?秋月くん?」
つばさ 「言い直すな聞こえてる!・・・(美智に見られていると気づき)あ、いやあの、相澤さん・・・えっと、僕、彼らに対してだとつい、ボロが出ちゃうというか。まぁ、なんとなく気づいたかもしれないけど・・・うん、そうなんだ」
美智 「(笑って)そうだね。いつもの秋月くんとは違ったけど、親しみやすくて、なんだか面白かった」
ひなた 「今日は褒められっぱなしじゃないか、つばさ」
つばさ 「(ひなたを睨みつつ美智に)そう言ってもらえると、助かるけれど・・・できれば、他の皆には黙っていて欲しいんだ。良いかな・・・?」
美智 「(頷き)秋月くんがそういうなら。でも私、そっちの秋月くんの方が良いと思うな」
つばさ 「(面食らって固まる)・・・まさかぁ(笑いながら頭を掻く)」
美智 「私、こういうことで冗談は言わないからね。じゃあ、そろそろ失礼します。紅茶、ありがとう。今日のも、この前のも、とっても美味しかった!」
立ち上がり、ドアノブに手をかけて振り返る美智。凪沙と佑、手を振る。
ひなた 「またいつでもどうぞ。依頼があっても、なくても。紅茶を飲みにくればいい」
美智、笑顔でお辞儀をして去る。凪沙はソファに寝転がり、佑はお菓子を開けて食べる。
ひなた 「つばさ、結構モテるな」
凪沙 「確かに!この前恵里奈にメイクした時も、つばさのこと褒めてたな。ヒュ〜!やるねぇ」
つばさ 「揶揄うな!あ、そういえば(鞄を漁って)翠屋さんにもこれ、問題集」
凪沙 「あ?くれんの?(受け取ってペラペラ捲り)やば、すげ〜。サンキューつばさ」
ひなた 「そう言えば来週から定期テストだったな。つばさ、自分の勉強は大丈夫なのか?」
つばさ 「お前らに振り回されて、ここ数日は勉強どころじゃなかったよ。こっから追い込みだ。だから俺も今日は帰る」
立ち上がり、ドアを開けるつばさ。
つばさ 「じゃ、またな」
手を振る寝転がりながらの凪沙と、お菓子をもぐもぐしている佑。ドアが閉まる。ひなた、つばさからもらった問題集のページを捲る。


51. 同時刻・下駄箱
 体を曲げて靴を履き替えるつばさ。外靴を履き終わり、体を起こすと、すぐ前に茜姫が立っている。
つばさ 「あれ、飯島さん!?」
茜姫 「お疲れ様です、会長!(お辞儀をする)」
つばさ 「お疲れ様。こんなところで、どうしたの?」
茜姫 「あ、いえ、その・・・会長を探していまして」
つばさ 「え、僕?ごめん、何か用事だった?」
茜姫 「あ、そんな大きなことではないんですが、この前数学を教えていただいたお礼を、ちゃんと言えていなかったなと思いまして!」
つばさ 「そんな、良いのに。・・・もしかして、随分探させちゃったかな?ごめんね。最近忙しくて」
茜姫 「いえそんな!・・・ニンケン、しぶといですか?」
つばさ 「あ〜、まぁ。でも、本当に心配しないで!話が若干拗れただけだから!」
茜姫 「でも・・・ただでさえ定期テストも近くてお忙しいのに・・・あの、もし良ければ、私がニンケンの処理を引き継いでも」
つばさ 「(食い気味に)いや!それは本当、大丈夫!飯島さんの負担にもなるだろうし!」
茜姫 「(驚き)会長・・・何か、ありましたか?」
つばさ 「えっ、どうして?」
茜姫 「いえ、上手く言えないんですが、普段よりもこう、鬼気迫っていると言うか・・・」
つばさ 「そうかな?(微笑み)いつも通りだけど」
茜姫 「高林先輩も、言ってました。ニンケンに関しては、いつになく熱が入ってる、固執してるな、って」
つばさ 「・・・そっか。でも本当、僕はいつも通りだし、ニンケンのことも、心配しないで!あ〜っと、ごめん。今日は早く帰らなきゃいけないんだ。また明日!」
つばさ、足早に立ち去る。茜姫、後ろ姿を怪訝そうな目で見つめる。


52. 同時刻・帰り道
 一人帰り道を歩くつばさ。
つばさM 「熱なんて・・・固執なんて・・・」
大きく首を振るつばさ。止まらず歩いていく。

  第三話「才女の才女による才女のための呪縛解放宣言」終




第四話「カワイイは皆のもの改革」


「ニンケン」第四話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員

武本丈一郎(17) 同校2年生。柔道部。今回の依頼人
御子柴千花(16) 同校2年生。丈一郎のクラスメイト





53. とある日・廊下
つばさM 「最、悪だ・・・」
定期テストの結果が張り出されている。1位、土田ひなた・489点。2位、秋月つばさ・488点。唖然と立ち尽くしているつばさ。隣でその姿を見る茜姫。
茜姫 「1点なんて、誤差の範囲ですよ!ね!会長!」
つばさ 「いや、1点の差は大きいよ。僕の努力不足だねって、なんで2年の階にいるの?飯島さん」
茜姫 「あ〜いえ!たまたま、本当にたまたま通りかかったんです!」
つばさ 「(苦笑い)そう、なんだ」
茜姫 「それより!(少し小声で)何故土田ひなたがこんなにも高い点数を取れたのかが気になります!まさか不正でもしたんじゃ・・・」
つばさ 「それはな」
ひなた 「してないさ。不正なんて」
ひなた、いつの間にか茜姫の隣にいる。驚き、一歩引く茜姫。ひなた、茜姫とつばさの間に割り込む。
ひなた 「全く心外だなぁ。私の努力が実っただけじゃないか。ねぇ?秋月会長」
つばさ 「(笑顔を作って)そうだね。おめでとう、土田さん」
ひなた 「(茜姫には聞こえない声で)『俺の問題集のおかげだろ』とは、言わないのか?つばさ」
つばさ 「(小声)・・・言わないね。俺だって同じ問題集をやって、お前に負けたんだから」
ひなた 「・・・ふぅん。(茜姫を見て)おっと、失礼!飯島副会長殿、会長を横取りしてしまったようだ」
茜姫 「別に、気にしていないです。人間研究会部長の土田ひなたさん」
茜姫、ひなたを睨みつける。ひなた、笑顔で見つめ返す。
茜姫 「次の授業がありますので、失礼します。(笑顔で)会長、それではまた」
つばさ 「うん・・・」
茜姫、つばさにお辞儀をすると去っていく。
ひなた 「(見送りながら)おや、行ってしまった。では、私たちもそろそろ教室に戻ろうか、つばさ?」
つばさ 「・・・あぁ」
歩き出す2人。無言のつばさを見るひなた。
ひなた 「あの問題集、つばさが一人で作ったのか?」
つばさ 「あぁ」
ひなた 「へぇ。流石は完璧王子だな」
つばさ 「・・・もう違う」
教室前に着く2人。中に入らず、立ち止まるつばさ。ひなたを見ようとしない。
つばさ 「俺は勉強すらまともにできない人間だったんだ。それが今回のテストで証明されてしまった。クラスメイトが、同学年の生徒が、教師が、この学校にいる全ての人が、きっと影で俺を嘲笑ってる。(ひなたを見て)もう俺は、無価値だ」
ひなた、冷たい目でつばさを睨みつける。
ひなた 「そう思いたいのなら、一生そう思っていろ。私はお前のことを、もっと面白い人間だと思っていた」
何も言えないつばさ。ひなた、つばさの横を通り過ぎて教室へ入り、すぐに立ち止まる。振り向くひなた。
ひなた 「今日は依頼人が来る。遅刻はするなよ」
つばさ、数秒固まった後、一呼吸置いて切り替えると、教室内に入っていく。クラスメイトに話しかけられ、笑顔で接するつばさ。席に座り、それを横目で見つめるひなた。


54. 同日放課後・ニンケン部室
 部室前に着くつばさ。入るのを躊躇っている。首を掻くと、深呼吸をしてドアを開ける。
凪沙 「(トングでケーキを掴みながら)先輩、これはなんてケーキすか?」
佑、すぐ横に置いてあるネームプレートを凪沙に見せる。それを覗き込む凪沙。
凪沙 「洋梨の、クラフティ・・・?なんかわかんないけど、美味いです?」
佑、頷く。
凪沙 「じゃあ食います(ケーキを皿に乗せ)えっと次は〜」
つばさ、ドアの前で立ち尽くしている。ドアのすぐ前にはテーブルが置かれ、白いテーブルクロスが引いてある。その上には、銀色のプレートに置かれた、たくさんの種類のケーキが。凪沙、佑、ひなたは思い思いのケーキを取っている。
つばさ 「(大声で)ここはヒルトン東京じゃない!!」
つばさ、口を抑える。
凪沙 「お、つばさじゃん。ほら、ケーキバイキングだぞ。たくさん食えよ!」 佑、つばさに取り皿を渡す。
つばさ 「いや、僕は・・・」
じっとつばさを見つめる佑。つばさ、思わず目を瞑る。
つばさ 「わ、わかりました・・・(受け取る)」
皿を持って、ケーキを眺めるつばさ。
つばさ 「(佑に)にしても、すごいですね、この量・・・どこで買ってきたんですか?」
ひなた 「(トングを持ちケーキを見たまま)馬鹿言え、全部センパイの手作りだ」
つばさ 「え手作り!?え!?(指を差しながら)これを!?」
佑、嬉しそうに頷く。
凪沙 「先輩、いつもマジですごいっすよね〜」
つばさ 「いつもって、定期的に開催されてるのか・・・」
凪沙 「今回で3回目。回を重ねるごとに品数も完成度も進化を遂げている、瑛徳随一のパティシエだ!」
つばさ 「随分熱が入ってるな・・・(もう一度ケーキを見渡し)本当、すごいです。・・・翠屋さんも、蒼馬先輩も、特出した何かがある・・・(俯き)それに比べて俺は」
つばさの話を遮るように部室をノックする音。全員がドアの方へ振り向く。
ひなた 「(皿を置き3人へ)依頼人だ。(ドアの向こうへ)どうぞ」
数秒経って、ドアがゆっくり開く。立っていたのは、がっしりとした体型の武本丈一郎(17)。
ひなた 「ようこそ、人間研究会へ。依頼人の方で、お間違い無いかな?」
丈一郎 「(目を瞑ったまま何度か頷き)あの、なんでも解決してくれるって、(目を開けて)聞いた、の、で・・・」
目の前に広がるケーキバイキングに目を奪われる丈一郎。
つばさ 「(慌てて)あぁ、いや!これはちょっと色々と」
丈一郎 「(遮り)ホテルのスイーツビュッフェ・・・!?なんで、すごぉい!」
目を輝かせる丈一郎。ケーキへ駆け寄る。
丈一郎 「フロランタン、パリ・ブレスト・・・バスクチーズケーキだ!僕これ大好きなんだよね・・・こっちは?ティラミスに、ブラマンジェ、可愛いカップケーキ!・・・えっ、これもしかしてクラフティ!?」
ひなた 「おっと、すごいな」
呆気に取られるつばさ達。佑、ゆっくり丈一郎の方へ歩いて行き、握手を求める。
丈一郎 「えっ・・・あ、もしかして、貴方が!?」
佑、心底嬉しそうに頷く。丈一郎、更に興奮して佑の手を両手で掴む。
丈一郎 「(ぶんぶんと手を振って握手し)すごいすごぉい!僕もお菓子作りと食べるのが趣味で!でもこんなに綺麗に、美味しそうに・・・!え、食べてもいいんですか?本当!」
佑、笑顔で皿を渡す。
丈一郎 「(笑顔で受け取り)うわぁ夢みたいだ、嬉しいなぁ!これと、これとこれもっ・・・あぁ選べない!」
ひなたと凪沙とつばさ、顔を見合わせる。キラキラした丈一郎の顔を見て、笑顔になるつばさ。
× × ×
ソファに座る5人。丈一郎、スマホで皿に盛ったケーキの写真を撮っている。小声で「いただきます」と言い、笑顔で食べようと口にケーキを運ぶ。寸前で4人からの視線を感じ、手を止めハッとする。
丈一郎 「あっ、僕!!一人で興奮して!!ごめんなさい!!依頼をしにきたのに・・・(皿を机に置く)」
体を縮こめる丈一郎。
ひなた 「構わないさ。むしろ、センパイのケーキをちゃんと評価できる人がきてくれて良かった」
凪沙/つばさ 「ちゃんとってなんだよ!」
ひなた、紅茶を啜る。凪沙とつばさのことは知らないフリ。
丈一郎 「ありがとう・・・でも、驚かせちゃったよね。僕みたいなのが、ケーキを見てあんな喜び方して・・・僕、実は甘いものとか、ふわふわなものとか、ピンク色とか、とにかく、可愛いものが大好きなんだ・・・こんな見た目で・・・変だよね・・・」
ひなた 「いいや?全く」
凪沙 「全然」
佑、頷く。つばさ、皆の顔をキョロキョロ見つめる。
つばさ 「僕は、正直ちょっとだけ驚いちゃった、かな。ごめんね・・・でも、ケーキの名前を言う時も、どれにするか選んでる時も、写真を撮ってる時も、ずーっと目がキラキラ輝いていて、なんだかこっちまで自然と笑顔になったよ(微笑む)好きなものがあるって、良いことだよね」
丈一郎、ひどく嬉しそうな様子でつばさの手を握る。
丈一郎 「秋月くんっ!!そんなふうに言ってくれるなんてっ!皆も・・・なんて、なんて良い人達なんだろう!」
つばさ 「(若干引きながら)あはは・・・それで、武本くん、依頼の内容っていうのは・・・?」
丈一郎 「あ!僕また脱線して・・・ごめんね・・・(咳払いをして座り直し)えっと、僕の依頼は、とある女の子との仲直りの手伝いと、可愛いものが好きだってことを、胸を張って言えるようにする手伝いを、してほしいってことですっ!」
ひなた 「(頷き)なるほど・・・詳しく聞かせてもらっても良いかな?まずは・・・仲直りしたい女の子について」
丈一郎 「もちろんです!その女の子、んと、同じクラスの御子柴さんっていうんだけど、その子が僕の大好きなゆるキャラのさるモンのストラップを筆箱につけてたのを、この前たまたま見つけて・・・」
× × ×
朝。自分の席に向かって教室内を歩く丈一郎。御子柴千花(16)の席の横を通り過ぎる際に、視界の端に「さるモン」のストラップがついた筆箱がうつる。思わず立ち止まってしまう丈一郎。
丈一郎M 「僕、こんな見た目だから、可愛いものが好きとか、高校に入ってから誰にも言ってこなかったんだけど」
丈一郎、振り返り、千花の目の前に立つ。千花、少し驚いて丈一郎を見る。周りをキョロキョロし、モジモジする丈一郎。
丈一郎M 「その日は思い切って、話しかけてみたんだ」
丈一郎 「・・・御子柴さん、さるモン好きなんだ」
千花の顔がパッと明るくなる。
千花 「武本くんも!?」
丈一郎、笑顔になる。
丈一郎M 「そこからLINEを交換して、毎日のように好きなゆるキャラの話ができて、本当に嬉しくて!」
丈一郎、自分の部屋でスマホを見ながらにやけている。
丈一郎M 「教室でも、たまたま席が前と後ろだったから、こっそり話したりしてたんだ。でも・・・」
休み時間中。ゆるキャラの話で盛り上がる2人。
千花 「そう言えば、武本くん知ってる?さるモンね、今度イベントに出るんだって!ほら!(スマホを見せて)」
丈一郎 「本当だぁ!『可愛いゆるキャラフェスティバル』って・・・良いなぁ行きたい!」
たまたまその近くを通った男子生徒が、スマホを覗き込み、丈一郎の顔を見る。
男子生徒B 「何、武本お前こんな可愛いの好きなの・・・?」
丈一郎 「(焦って)あいや、あの、えっと・・・妹が!好きで!僕は、別に・・・!」
男子生徒B 「なぁんだ、そういうことか〜!そうだよな〜」
去っていく男子生徒。後ろ姿を見送る丈一郎。
丈一郎M 「その時、変に誤魔化したりなんかしないで、はっきり『そうだよ』って言ってれば良かったんだけど、出来なくて・・・」
項垂れる丈一郎。気まずい空気の2人。
× × ×
丈一郎 「それからは、なんだか申し訳なくて御子柴さんのことを避けるようになっちゃって・・・でも、折角できたゆるキャラ友達を、こんな形で失いたく無いんだ」
ひなた 「だから、可愛いものが好きだと胸を張って言えるようになって、もう一度その彼女と楽しく話がしたいと、そういうことだね?」
丈一郎 「(激しく頷く)僕、本当の自分を隠し続けるのはもうやめたいんだ!だから、お願いします!」
深々とお辞儀をする丈一郎。つばさ、いつになく真剣な表情で丈一郎を見つめる。そんなつばさを横目に見ながら、丈一郎に笑顔を向けるひなた。
ひなた 「その依頼、喜んでお受けしよう」
丈一郎 「(ガバッと顔を上げて)本当!?ありがとう、土田さん!!」
ひなた 「そうと決まれば早速作戦会議を・・・と、いきたいところだが、今回の依頼は、センパイ。全面的にお任せしたいんだけど、良いだろうか?」
佑 「・・・・・・わかった」
小さく、高い声。つばさ、驚く。
佑 「僕も・・・今回の依頼は、僕がやるべきだと、思ったから」
ひなた、頷く。丈一郎、両手で口を抑える。
丈一郎 「すっっごく、可愛いです・・・!」
つばさ、何度も頷く。
佑 「(微笑み)ありがとう・・・でも僕、この声がコンプレックスだったんだ。だったって言うか、今も少し。この声のせいで、僕はずっと揶揄われてきたんだ」
凪沙、ティーポットを取り、佑のカップに紅茶を注いでやる。佑、笑顔で凪沙に頷き紅茶を飲む。呼吸を整えると、少しずつ話し出す。
佑 「始まりは小学校6年の時。『お前の声、高くて女子みたいだな』とか、『なよなよ声』だとか。言われた言葉、挙げ始めたらキリがないくらい・・・中学に入ってからもそれが続いてね、高校に入る頃には、最低限の返事ぐらいでしか、声を出さなくなってた」
つばさと丈一郎、険しい表情になる。俯きがちに話を聞くひなたと凪沙。
佑 「そのまま高校の1年は過ごして、2年生になって。そして・・・2人と出会った。先生に頼まれて、元は資料室だったこの部屋の片付けをしてた時に」
佑、ひなたと凪沙を見る。見つめ返す2人。
佑 「2人はさ、なかなか喋らない僕に色々仕掛けてきて。面白くって我慢できなくなって、自然に言葉が出てきた」
× × ×
今よりももっと汚い資料室。机に本やファイル、何かもわからない置物を積み重ねてできたオブジェを佑に見せるひなたと凪沙。佑、吹き出す。
佑 「あははっ・・・何それ!」
佑、ハッとして口を手で押さえる。
佑M 「2人、なんて言ったと思う?」
ひなたと凪沙、顔を見合わせた後佑を見つめる。
ひなた/凪沙 「可愛い」
× × ×
佑 「丁度、さっきと同じ『可愛い』って言葉で、僕の声を褒めてくれたんだ。そこから僕は、自分の声を少しだけ、それから『可愛い』って言葉を心から、好きになったんだよ」
つばさ、笑顔になる。丈一郎、下がり切った眉と口角で、何度も何度も頷く。
佑 「武本くんには『可愛い』を嫌いになって欲しくない。もちろん、武本くん自身のことも」
丈一郎 「僕も、『可愛い』をずっと好きでいたい・・・自分自身を、好きになりたいです!」
佑 「(両手の拳を握って頷き)発表します、今回の作戦テーマは・・・」


55. 一週間後昼休み・廊下
 チャイムが鳴って、昼休みが始まる。
佑M 「『カワイイは皆のもの改革』です!」
自分の教室を出て、廊下を進んで行く丈一郎、つばさ、佑。
× × ×
大量のチラシを配りながら廊下を練り歩く凪沙とひなた。
凪沙 「カワイイモノマーケット、ただ今中庭で開催中〜!」
ひなた 「生粋のカワイイモノ好きが選び、また生み出した至極のカワイイモノが超特価で買える、本日昼休み限定のマーケット!どれも一点モノ、早く行かないと品物が無くなりますよ〜!」
凪沙とひなたを好奇の目で見る者や、笑顔でチラシを受け取りかけて行く者など様々。
凪沙 「(チラシを持った両手を広げ)中庭に集合〜〜〜!!」


56. 同時刻・中庭
 中庭の一角。テーブルに薄いピンク色のテーブルクロスを引く佑。その上に、ぬいぐるみやブレスレット、キーホルダー、ミサンガなど、たくさんのカワイイ雑貨が並べられていく丈一郎。生徒が遠目からその様子を見ている。丈一郎は並べ終わると、椅子に座って髪を整えているつばさを凝視する。つばさ、女装している。
丈一郎 「(小声で)秋月くん・・・有り得ないくらい可愛いね・・・」
つばさ 「(渋々頷き)あ〜・・・嬉しく感じてしまう自分がいる・・・ありがとう、武本くん・・・でも、ここでの僕(言い直し)・・・私は雪子ちゃんなので、よろしく」
丈一郎 「(激しく頷き)わかった!よろしくね、雪子ちゃん!」
× × ×
つばさ(雪子)、率先して人を呼び込んでいる。その成果もあり、段々と人が集まってくる。
雪子 「(立ち上がり)カワイイモノ、たっくさん売ってるよ〜!ほら、見て見てこのミサンガ!色合いがめっちゃ可愛くない?」
女子2人組がミサンガを見て、笑顔になる。
女子生徒L 「本当だ、可愛い〜〜!」
雪子 「でしょ?何とこのミサンガの作者、こちらの武本くんなんです!」
雪子の椅子の影に隠れていた丈一郎、出てきてぎこちなく微笑む。
女子生徒M 「うわっ・・・(小声で)ビックリしたぁ・・・!」
他の生徒が近寄ってくる。
女子生徒N 「なになに?わ、可愛い〜」
女子生徒L 「(小声で)これ、こっちの男の子が作ったんだって」
女子生徒N 「(驚き小声で)マジッ!?・・・ちょっと、イカつくない・・・?」
丈一郎、少し縮こまってしまう。さらに人が増えてきて、丈一郎のクラスメイトがやってくる。
男子生徒B 「あれ?何してんの?何コレ・・・(訝しげに)お前、やっぱこう言うの好きなの?男なのに・・・?」
丈一郎、さらに縮こまってしまう。雪子、それを見て丈一郎の背中を思いっきり叩く。
丈一郎 「い゛っ!?」
雪子 「(集まった生徒へ)え、『可愛い』に、性別とか、外見とか、そんなの関係なくない!?そもそも、誰かが何かを好きっていうのに、他人の意見とか関係なくないっ!?」
唖然とする生徒達。顔を見合わせる女子達。
女子生徒M 「(ゆっくり頷き)確かに・・・可愛いって、みんなで共有するもので別に良いよね?え、そうじゃん!」
女子生徒N 「そっかぁ。てかそうだね!?(ミサンガを持って丈一郎に)コレ、めっちゃ可愛いね!いくらですかー?」
丈一郎、戸惑いながら雪子を見る。雪子、笑顔で頷く。
丈一郎 「あっ、えと、100円、ですっ!」
女子生徒L 「やっす!?え、これお揃いにしようよ!」
女子生徒M 「良いじゃん良いじゃん!私コレ〜〜!」
女子生徒N 「え〜!待ってよ、私もそれ好きだった〜!」
女子達の勢いに火がつく。丈一郎のクラスメイトは、周りを見てあたふたしている。
丈一郎 「あ、あの、こっちとか、どうかな・・・!」
女子生徒N 「わ!コレも好き!私コレにする〜!!くださーい!」
丈一郎 「はいっ!あ、ありがとうございます!!」
丈一郎、ようやく笑顔になる。雪子、笑顔。
雪子 「さぁさぁ〜!可愛いモノ、なくなっちゃう前に急げ〜〜!」
× × ×
丈一郎、売れた品物を可愛い袋に入れてシールを止め、女子生徒に手渡す。
丈一郎 「お買い上げ、ありがとうございますっ!合言葉、良かったら一緒に言ってみてくださいっ!せーのっ」
女子生徒/丈一郎/雪子 「『カワイイは皆のモノ』ー!」
嬉しそうにする女子生徒。去っていく。
丈一郎 「ありがとうございましたー!」
丈一郎、隣を見る。男子生徒に接客をする雪子を見て、笑顔になる。他のお客の様子も見ようと見渡すと、奥の方に千花とひなた達の姿がある。ひなたと凪沙、丈一郎へ手を振る。先ほどまで一緒にいた佑の姿も。丈一郎、大きく頷き、席を立つ。
丈一郎 「秋っ、雪子ちゃん!ここ、お願いしても良いかな!」
雪子 「任せなさいっ!・・・(小声で)しっかり仲直りしておいでよ」
丈一郎、頷き席を離れる。雪子、それを見送りながら接客を続ける。居心地が悪そうにもかかわらず、立ち去ろうとしない丈一郎のクラスメイトに声を掛ける。
雪子 「ねね、そこの君!」
男子生徒B 「え、俺っすか・・・」
雪子 「そーそー!あのね、このマスコットキーホルダーとか、どうかな?可愛いくない?」
男子生徒B 「あー、いやっ。あの俺は・・・その・・・(苦笑いで首を捻る)」
雪子 「うん。それで良いんだよ。『可愛い』って思わないことも、『可愛い』って思うことと同じように、他人なんて関係ないんだから!」
男子生徒、ハッとして、俯く。
雪子 「気づけたんだから、もうダイジョーブ!武本くんも、君とちゃんと話したいと思ってるよ」
男子生徒B 「あの、(ガバッとお辞儀をし)ありがとうございます!(顔を上げてマスコットキーホルダーを指差し)俺、それ買います!」
雪子 「(吹き出して)毎度あり〜〜!」


57. 同時刻・中庭の端
 ひなたと凪沙と佑、千花と丈一郎を連れて中庭の人気のないところまで行く。
ひなた 「じゃ、あとはおふたりで」
凪沙 「ごゆっくり!」
佑、丈一郎の背中を優しく触る。
ひなた達、マーケットの方へ行く。お互いに目を合わせられず、少し気まずい空気が流れる丈一郎と千花。丈一郎、呼吸を整えて、千花の方をまっすぐ見つめる。
丈一郎 「御子柴さん!あの、ごめんね!最近、避けちゃって・・・」
千花 「ううん。私こそ、あの時何も言えなくて、ごめんね・・・」
お互いに頭を下げる2人。チラリと互いが互いの顔を見て笑い合い、頭を上げる。
丈一郎 「あの、これ・・・(ポケットから可愛いラッピングの袋を取り出して渡し)お詫びに、受け取って欲しいんだ」
千花 「そんなぁ!(受け取って)悪いよ・・・」
丈一郎 「ううん!良いんだよ。開けてみて」
千花 「(嬉しそうに)うん・・・(開けて)これ、クッキー?可愛い!もしかして、手作り?」
丈一郎 「(照れ臭そうに)うん・・・さっきの、男の先輩、蒼馬先輩って言うんだけど、教えてもらって、一緒に・・・あ、あともう一つ、入ってるんだけど・・・」
千花 「え・・・(中を見て目を輝かせ丈一郎を見る)コレって、さるモンの!」
丈一郎 「そう!新しく出た生クリーム大福バージョンのさるモンのキーホルダー!」
千花 「これ、本当に欲しかったの!・・・武本くん、ありがとう」
丈一郎 「お礼を言うのは、僕の方だよ。あの日、僕が初めて御子柴さんに話しかけた時、僕を怖がらないで、『可愛い』が好きな僕を否定しないでくれて、本当にありがとう。これからまた、仲良くしてくれますか・・・?」
千花 「もちろんっ!」
満面の笑みのふたり。佑、少し遠くからその姿を見守っており、安堵の表情を浮かべる。


58. 同時刻・中庭
 品物を笑顔で売り捌く雪子。人がどんどん増えてくる。中庭の大半がマーケットの見物客で埋まっている。
雪子M 「流石に俺一人じゃ無理〜〜っ!」
佑、後ろからスッとやってくる。
佑 「(小声で)手伝うよ」
雪子 「(小声で)蒼馬先輩!でも・・・」
佑 「(頑張って声を出して)どうぞ見ていってくださ〜い!」
品物を見ていた女子生徒達、驚いてバッと顔をあげる。
女子生徒O 「えっ・・・カワイイ!!すごい!!」
女子生徒P 「天使の声じゃん!!」
人々は一層盛り上がる。雪子、佑を心配そうに見つめるも、佑は雪子に微笑む。
佑 「これは僕が進んで企画したことだし・・・僕も、今よりもっと自分を好きになりたいんだ。だから、大丈夫」
雪子 「・・・蒼馬先輩って、可愛いけど、同じくらいカッコ良いです」
佑、驚くも満面の笑み。
佑 「ありがとう・・・(小声で)つばさ」
驚きながらもつられて微笑む雪子。
× × ×
可愛いモノを手にして去っていく数々の生徒達。その表情は皆明るい。その中には、男子生徒の姿もある。校舎の窓からも見物人が顔を出している。売り子に戻ってきた丈一郎と、それを手伝っている千花。丈一郎のクラスメイトの男子生徒が、丈一郎に話しかけている。嬉しそうな丈一郎。横には佑と雪子の姿もある。列整備などをしているひなたと凪沙。昼休み終了のチャイムが鳴る。
雪子 「大変申し訳ございません!こちらのマーケットは、只今を持って終わりとさせていただきます!」
落胆する声がちらほら聞こえる。
雪子 「ごめんね〜!でも、買えなかった皆も、最後にこれだけは一緒に言って帰ってね!」
丈一郎 「合言葉は、せーの?」
一同 「『カワイイは皆のモノ』〜〜!」
丈一郎 「ありがとうございましたっ!」
楽しそうな声と共に拍手が聞こえてくる。丈一郎嬉しそうに千花やつばさ、佑とハイタッチをする。


59. 同日・廊下
 授業開始5分前。片付けを終え、集まる丈一郎とニンケンの4人。
丈一郎 「皆、本当に本当にありがとう!仲直りもできたし、可愛いものが好きってことも胸を張って言えた。・・・何より、とっても楽しかった!!」
つばさ 「(頷き)良かった、武本くんがそう言ってくれて」
丈一郎 「僕、秋月くんのことも、ニンケンの皆のことも少し誤解してた。秋月くんは勉強もできて優しいけど、どこか話しかけづらいって思ってたし、ニンケンの皆に関してはよくわからなくて怖いとか・・・ほんとごめんなさい!」
ひなた 「構わないよ。それが私たちの一般的なイメージだから」
凪沙と佑、笑顔で頷く。つばさ、苦笑い。
丈一郎 「(首を振って)でも、今回で皆がとっても面白くて良い人だって気づけた。あと、外見とかで判断しちゃいけないってことも、改めて。自分に向けられるそう言うのって気づきやすいけど、自分が他人に向けているのって、無意識なことが多いから、気付きにくいんだなって」
佑 「その通りだね」
丈一郎 「(笑顔で)ほんとに、ありがとうございました。何回お礼を言っても足りないくらい。あ、でも、さっきのやつ、先生とかに怒られたり・・・」
つばさ 「あ〜〜・・・それは・・・」
ひなた 「心配ないよ、既に手は打ってある。さぁ、授業が始まってしまう。皆戻ろう」
丈一郎 「あっ、僕次移動教室だった!先に戻るね、また!」
丈一郎、手を振って去っていく。手を振り返す4人。歩き出す。
つばさ 「勉強もできて優しいけど、何処か話しかけづらい、か・・・(笑いながら)俺は完璧王子として、勉強だけじゃなく皆に好かれるってことすら、まともに出来てなかったんだな」
ひなた、無言でつばさの前に歩いてくると立ち止まる。つられて立ち止まるつばさ。凪沙と佑はそのまま歩いて行ってしまう。振り向かず手を振る凪沙。
つばさ 「(前に進もうと体を左右に揺らしながら)ちょ、おい・・・」
ひなた 「武本くんが言った意味をわかっていないようだから特別に教えてやる。いいか、お前が今までニンケンとして関わってきた人達は、お前の勉強の出来とか成績とか、上辺だけの優しさとか、そう言う完璧王子のお前に助けられたんじゃない。文句言ったり、コロコロ表情変えたりしながら、でも真っ直ぐ全力で体当たりして、なんとかしようとしてきた、なんの肩書きもない、ただの“お前”に、助けられたんだ」
つばさの胸を拳で軽く打つひなた。つばさ、少しよろけ、拳を当てられたところの服を掴む。
つばさ 「ただの、俺・・・」
呆然とするつばさ。ため息をつくひなた。
ひなた 「・・・秋月つばさ。お前がお前のままでも、お前を好いてくれる人がいるってことぐらい、良い加減分かれ」
ひなた、振り返って歩き去ってしまう。
つばさ、掴んでいた服から手を離し、だらんと腕を下ろす。瞬きが増え、首をやや傾けているつばさ。
つばさ 「俺が、俺のままで、いても良い・・・?」
チャイムが鳴る。


60. 同日放課後・生徒会室
 チャイムが鳴り終わる。生徒会室のドアを開けるつばさ。茜姫がすごい剣幕で迫ってくる。
つばさ 「い、飯島さん・・・お疲れ、様・・・」
茜姫 「お疲れ様です秋月会長早速で申し訳ないのですがこれを見てください!!」
茜姫、一枚のチラシをつばさの目の前に突きつける。ひなた達が配っていた「カワイイモノマーケット」のチラシだ。
茜姫 「こんなものを、生徒会の許可なしに!!無断で!!行うなんて!!!有り得ません!!」
つばさ 「(両手で宥めながら)まぁまぁ、落ち着いて・・・でも、土田さんによれば、先生の一部には話を通していたみたいだよ」
つばさ、席に座る。むくれながらも、自分の席に座る茜姫。
茜姫 「先生達だって、あんなことをするとわかっていれば許可なんて出さなかったはずです!!おのれニンケンっ・・・風紀を乱すような事を・・・」
つばさ 「本当、一旦落ち着こうよ、飯島さん。確かに、少し中庭を占領していて、一部の人に迷惑をかける結果にはなったみたいだけど、それに関しては土田さん達、後でちゃんと謝ってたよ」
茜姫 「ですが」
つばさ 「(遮り)それに、彼女達が主張した『カワイイは皆のモノ』ってやつ、メッセージとしては、すごく良いことだと思ったんだ、僕は」
茜姫 「会長・・・?」
つばさ 「可愛いと言う言葉は、確かに彼女達の言う通り、誰しもに思う権利、使う権利、受け取る権利があるなって」
茜姫 「そうかも、しれませんが・・・(会長へ向き直り)私は、あのように騒ぎを起こして伝える必要があるとは思いません。会長が改善に向けて今もご尽力なさっているとは言え、今後のことも考えてやはりニンケンは強制廃部にすべきだと思います」
修也 「ん〜。つばさの言ってることも正しいとは思うけど・・・まぁ確かに、今回ばかりは俺も飯島に賛成かなーって。今のつばさみたいにさ、俺たち生徒会に負担が増えちゃうのって良くないよな」
他の役員も、頷いている。
つばさ 「そう、だよね・・・じゃあ、ここからはあくまで僕の私見として聞いてほしい。・・・ここ数ヶ月の間、僕はニンケンに入部すると言う形で、彼女達の行動を見てきたんだけど、まぁ・・・基本自由だし、何を考えているかいまいちよく分からないところもあったよ。けど、人を貶めようだとか、苦しめてやろうとか、そう言う事を考えている人達では無いんだ。だから・・・もう何度も言うようだけど、もう少し、待ってみてくれない、かな・・・」
つばさが話し終わり、沈黙が流れる。俯いて話を聞いていた茜姫が、首を横に振り出す。
茜姫 「私は、人と同じように行動できない人の気持ちがわかりませんっ。(顔を上げ)普通に生きられない人は、集団に迷惑をかけます。輪を乱すことは、悪いこと、その乱れを整えるのが、生徒会の役目です!(立ち上がり)生徒会として、異質な人を、普通じゃない人を、なぜ排除しないんですか!!」
茜姫、鞄を手に取り生徒会室を出て行く、乱暴に開けられたドアを閉めにいくつばさ。
つばさ 「(ドアを背にして)・・・ごめん。僕も、もう少し冷静に話すべきだった。今日はもう終わりにしよう、この話はまた今度」
帰宅していく役員達。
× × ×
修也とつばさだけが残る。ファイルを整理するつばさと、それを見つめる修也。
修也 「(椅子をくるくると回しながら)飯島はさ、つばさのこと心配してんだよ。ほら、この前のテストでつばさ、2位だったろ、珍しく」
つばさ、ファイルをさばく手を止める。ファイルを棚に置き、振り向く。
修也 「それに、ここ最近なんか様子がおかしいって。アイツ、俺に『何か知らないか』って、もうしょっちゅう聞いてきてたの」
つばさ 「そっか・・・申し訳ないことをしたな」
修也 「・・・まぁ俺も?ニンケン関連のこと話すつばさ見てて、なんっかいつもと違うな〜とは思って、心配だった。・・・大丈夫か。完璧王子のつばさらしくないぞ」
つばさ、固まって何も言えなくなる。
修也 「(鞄を持って立ち上がり)あんま、こん詰めすぎるなよ」
つばさの肩を叩いて生徒会室を出ていく修也。つばさ、そのまま目の前の机に腰掛け天井を仰ぐ。
つばさ 「・・・どっちだっつーの」

     第四話「カワイイは皆のもの改革」終




第五話「とある殺人依頼」


「ニンケン」第五話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員

秋月浩司(48) つばさの父。
秋月恵美(44) つばさの母。
秋月こころ(15) つばさの妹。
秋月のぞみ(23) つばさの姉。





61. (4話より)同日放課後・生徒会室
 頭をボリボリと掻くつばさ。
つばさ 「(低い声で)あ゛〜〜〜〜〜〜〜、くそ・・・」
頭を激しく左右にふるつばさ。ボサボサになる頭のまま固まる。そのまま立ち上がり、鞄を持ってドアに手をかける。数秒そのまま止まった後、髪を整え生徒会室を出ていく。


62. 同日・つばさの家
 帰宅するつばさ。リビングからこころと父の秋月浩司(48)、母の恵美(44)の声がする。長いため息をつく。リビングの3人に気づかれないように、自分の部屋に向かおうとするが、恵美に気づかれる。
恵美 「(つばさに気づき)あ、つばさ!おかえり」
つばさ、「しまった」と言う表情になった後、渋々リビングへ向かう。ダイニングテーブルてお茶を飲んでいる3人。
浩司 「おう、おかえり」
つばさ 「・・・珍しいね。2人ともこの時間に揃ってるなんて」
恵美 「たまたまお互い早く上がれたのよ」
つばさ 「ふ〜ん・・・(手を上げ立ち去ろうとしながら)じゃ、俺は部屋で」
恵美 「(遮り)え〜〜一緒にお茶しないの〜?あ、てかちょうど定期テスト終わった頃じゃない?どうだった?また1位?」
つばさ。、固まる。笑顔の恵美、首をかしげる。
恵美 「何、どうしたの?」
浩司 「つばさ?」
つばさ 「いや・・・結果、部屋から取ってくるよ」
つばさ、階段を上がっていく。


63. つばさの部屋
 ドアを開けるつばさ。暗い部屋の電気をつける。鞄をベットに置くと、机の上に置かれた点数一覧と学年順位の紙を手に取る。
× × ×
廊下。つばさの前に立ちはだかるひなた。
ひなた 「・・・お前がお前のままでも、お前を好いてくれる人がいるってことぐらい、良い加減分かれ」
× × ×
つばさ、紙をじっと見つめ、部屋を出ていく。


64. リビング
 リビングに来て、成績の紙をテーブルの上に置くつばさ。
恵美 「どれどれ〜〜(紙を取って)・・・あら」
つばさ、目をつぶる。恵美、浩司に紙を渡す。
浩司 「ん〜?・・・お」
こころ 「(覗き込み)あれ、おにいが1位じゃない!めずらし〜〜い!」
恵美 「(少し驚いて)うん、珍しいね。ちょっとびっくりした」
つばさ、目を開ける。拳を強く握る。
恵美 「まぁでも〜・・・(顔を覗き込み)つばさ?」
つばさ、俯いている。
つばさ 「・・・俺、部屋戻るわ。飯もいらない」
つばさ、リビングから出ていく。目で追う3人。
こころ 「(立ち上がり)えっちょ、おにい!?」
恵美 「つばさ・・・」
顔を見合わせる3人。


65. 廊下
 階段を上がっていくつばさ。
× × ×
(全てOS)恵里奈、美智、丈一郎、ひなたの声を修也や茜姫の言葉がどんどん掻き消していく。
恵里奈 「秋月君さ、やっぱそっちの方がいいよ・・・」
美智 「親しみやすくて、なんだか面白かった・・・」
教師A 「おぉ、秋月くんじゃないか!君が先月行った“美しく制服を着用する月間”の・・・」
修也 「流石だよ、俺らの会長は・・・」
丈一郎 「とっても面白くて良い人だって・・」
ひなた 「品行方正・成績優秀で、全く怒ることがなく、人に優しい頼りになる完璧王子な生徒会長・・・」
茜姫 「普通有り得ません!何故他の生徒と同じように行動できないんでしょうか・・・」
修也 「つばさならなんとかなるだろ。な、完璧王子・・・」
ひなた 「なんの肩書きもない、ただの“お前”に、助けられたんだ・・・」
修也 「なんでそんなに完璧なんだか・・・」
修也 「完璧王子のつばさらしくないぞ・・・」
茜姫 「人と同じように行動できない人の気持ちがわかりませんっ・・・」
恵美 「珍しいね。ちょっとびっくりした・・・」
茜姫 「異質な人を、普通じゃない人を、なぜ排除しないんですか!!」
× × ×
頭の中に響く声。部屋のドアをバタンと閉める。声が止む。ドアに背中を預けるつばさ。
つばさ 「普通じゃなきゃ駄目なんだ。そして俺は、完璧じゃないと価値がないんだ・・・」
つばさ、ゆっくりと部屋を歩き、椅子に座る。椅子をクルクルと回す。
つばさ 「今まで通りに戻るだけ、たったそれだけだ」
天井を仰ぐつばさ。


66. 翌日放課後・廊下
 教室を出て廊下を歩くつばさ。職員室へ向かう。手には退部届が。職員室へ着く。ノックをするつばさ。
つばさ 「(ドアに手をかけて)失礼」
つばさの言葉を遮るように、つばさの手から紙が奪われる。つばさ、驚いて顔を上げるとひなたが退部届をまじまじと見ている。
ひなた 「おいおい、縁起でもないものを持ってるじゃないか。これは私が一旦預かろう」
ひなた、身を翻し歩き去っていく。つばさ、すぐに追いかけながら怒鳴ろうとするが、ハッとして立ち止まり周りを見る。身を縮めて早足で追いかけていくつばさ。
つばさ 「(小声で)おいっ、ちょっと待て・・・!」
職員室から教師が顔を出す。
教師B 「おやぁ・・・?」
頭を掻き、首を傾げながらドアを閉める教師。


67. ニンケン部室
 部室前の廊下を歩くひなたと、それを追いかけるつばさ。
つばさ 「ちょっ、待て!それをどうするつもりだ!」
ひなた 「さて、どうしようかなぁ」
ひなた、部室に入る。つばさ、少し遅れて自分も入る。部室には凪沙と佑が紅茶を飲みながらソファでくつろいでいる。入ってすぐ立ち止まるつばさ。ひなたは自分の席へ座る。
凪沙 「お、つばさヤッホ〜」
凪沙と佑、つばさへ手をあげる。つばさ、無言で一礼する。凪沙と佑、顔を見合わせて首をかしげる。
ひなた 「(退部届を眺めながら)退部届、ねぇ〜。どういう心境の変化だ、つばさ」
凪沙/佑 「退部届!?」
つばさ 「(ひなたの席まで歩いていきながら)どうもこうも無い。最初から、この部活に入る気なんてなかったんだから」
ひなた 「それにしても急だが?」
つばさ 「・・・何故止めたんだ」
ひなた 「質問に質問で返すのは親切じゃないなぁ。じゃあ、こちらももう一度聞く、どう言う心境の変化だ?何故辞めようとしている?」
つばさ 「・・・生徒会の仕事が忙しい。それに、3年生へ向けていろいろ準備しなければならないこともある」
ひなた 「・・・完璧王子で居続けるための準備、か?」
つばさ、頬をひくつかせる。
つばさ 「・・・そうだ」
ひなた、退部届をぐしゃぐしゃに丸めて横の棚へ放り投げる。投げた先には、レールがあり、そこを転がっていく退部届。唖然として見つめるつばさ。凪沙と佑も見守っている。レールからまた別のレールへ移り、ピタゴラスイッチのように幾つもの装置を経て、下に落ちる。落ちた先には数本のハサミが仕掛けられており、それによって刻まれる退部届。凪沙と佑、思わず拍手する。
つばさ 「見事なピタゴラスイッチ!!!・・・じゃなくて、お前なんてことを・・・人を揶揄うのもいい加減に!」
ひなた 「(遮り)本当の理由は?」
つばさ 「は?」
ひなた 「退部しようとした、いや私達との関係を切ろうとした、本当の理由は何だ。秋月つばさ」
つばさ 「そんなの!・・・そんなの・・・・・・俺は、俺は成績優秀・品行方正・誰にでも優しい完璧王子じゃないといけないんだ!この仮面が外れたら、皆俺に失望して、軽蔑して、きっと誰一人として俺の周りには残らない!・・・それなのに、そのはずなのに!!(頭をガリガリと掻きながら)お前と、このニンケンの皆と一緒にいると、“普通”を、周囲の目を意識しなくても、ありのままの自分の姿でも生きていいと勘違いしそうになる・・・!!!」
頭を掻いていた手をダランとおろすと、俯き黙ってしまうつばさ。ひなた、姿勢を前に傾け、つばさの顔を覗き込む。
ひなた 「・・・いいか、つばさ。お前がニンケンの見習いとして過ごしたこの数ヶ月。本当の自分に近い自分として、人から受け取った言葉を思い出してみろ」
つばさ 「ここで受け取った、言葉・・・」
つばさ、俯いたまま、言葉と、顔を思い出す。
× × ×
ひなた 「実はツッコミが鋭い、押しに弱い、割と鈍臭い、すぐ顔に出る」
恵里奈 「秋月君、本当にありがとう」
凪沙 「つばさお前、良い奴なんだな」
ひなた 「どうやら君は“完璧王子”と括ってしまうには少々惜しいのではないか」
美智 「本当に、ありがとうね。とってもかっこよかった、昨日の秋月くん」
ひなた 「つばさは本当に面白いやつだって話だ」
丈一郎 「本当に本当にありがとう!」
佑 「ありがとう・・・つばさ」
ひなた 「お前がお前のままでも、お前を好いてくれる人がいるってことぐらい、良い加減分かれ」
× × ×
胸を抑えるつばさ。
ひなた 「熱がこもっているのを、痛い程感じないか。・・・完璧王子として受け取った、どんな言葉よりも」
つばさ 「・・・じゃあ、俺は、俺は一体どうすれば良いんだ・・・?」
ひなた 「そんなの、お前の中でとっくに答えは出ているはずだ。心の奥底で響く声を聞け。つばさ、お前はどうしたい」
つばさ、胸を押さえていた手を下ろし、真っ直ぐとひなたの顔を見る。
つばさ 「・・・殺してくれ。完璧王子としての僕も、勝手に一人で悩んで沈んで、向けられた愛情に気づけない弱い俺も。そして俺は、新しい自分として、生きたい」
ひなた 「それがお前の依頼、だな?」
つばさ 「あぁ。(目を逸らし)・・・でも」
ひなた 「でも、何だ」
つばさ 「母さんたちは・・・両親は、そんな自分を受け入れないかもしれない。一番近くで俺を見てきた人達が、本当の俺を愛してくれるのか。・・・恥ずかしいけど、確証が持てないんだ」
ひなた、椅子に身体を預けると、スマホを取り出す。操作をして、電話をかけ始める。発信音が鳴ると、つばさに画面を見せる。「秋月恵美」と書かれている。
つばさ 「何して・・・何で母さんの電話番号をお前が持ってるんだ!?!?」
ひなた 「前にも言っただろう、情報源は教えられないと(電話を取る音が聞こえ)もしもし、恵美さんですか?お久しぶりです、土田です!今、お時間大丈夫ですか?・・・えぇ、はい、その節はお世話になりました!」
つばさ、口パクでひなたに指を差しながら「何で母さんを知ってるんだ」と言う。ニヤリと笑うひなた。会話を続ける。
ひなた 「はい、それで今つばさくんと一緒にいまして、電話、変わっていただけますか?」
スマホをひなたから渡されるつばさ、躊躇うもおずおずと受け取って電話に出る。
つばさ 「・・・つばさだけど・・・」
恵美 『はいはい、どうしたの?』
つばさ 「どうしたのって、何で母さんがコイツと知り合いなんだ・・・」
恵美 『ん〜、それは言えないかなぁ。女同士の秘密なのよ(楽しそうに)で、なんか用があったんでしょ?』
つばさ 「あぁ・・・うん・・・(呼吸を整えて)母さん、俺がこの前のテストで2位を取った時、どう思った?・・・完璧じゃ無いからと、失望した?父さんはなんて言ってた?」


68. 同時刻・恵美のオフィスの休憩室
  恵美、驚く。コーヒーの入った紙コップをテーブルの上に置く。
恵美 「あのね、つばさ・・・確かに、2位を取った時は、私も父さんも驚いたわ。つばさらしくないねって」


69. 同時刻・ニンケンの部室
  つばさ、表情が強張る。
恵美 『でもねぇ』


70. 同時刻・恵美のオフィスの休憩室
恵美 「アンタが頑張った結果に対して、とやかく言うほど父さんも私も賢くない。むしろ今まで1位を取り続けてたのが」


71. 同時刻・ニンケンの部室
恵美 『ちょっと気持ち悪いぐらいなんだから』
つばさ、驚いた後安堵の表情を浮かべる。ひなた達、目を合わせ微笑む。
恵美 『何なら、勉強以外に打ち込める何かができたんじゃ無いかって、私嬉しかったのよ〜?』
つばさ 「嬉しかったって・・・でも、ありがとう、母さん。あと、この前はごめ」


72. 同時刻・恵美のオフィスの休憩室
恵美 「ストップ。ごめんは無し。アンタ、何か悪い事でもしたの?」


73. 同時刻・ニンケンの部室
つばさ 「え・・・や、急になんも言わずに、部屋に篭っちゃったし・・・?」
恵美 『次の日、朝早かったんでしょ?』
つばさ 「は?」


74. 同時刻・恵美のオフィスの休憩室
  テーブルに肘をつき、優しく微笑む恵美。
恵美 「母さんも父さんも、こころも、あの時みーんなそう思ったの。ってことで、誰も気にしてないから」


75. 同時刻・ニンケンの部室
恵美 『だから、アンタも気にせず好きにやんなさい。いい?』
つばさ 「(顔を綻ばせ)うん・・・うん、ありがとう母さん」
恵美 『父さん達にも言ってやんなさいよ、喜ぶから』
つばさ 「うん、わかった」
恵美 『じゃ、母さん仕事に戻るから切るわよ・・・つばさ』
つばさ 「うん?」
恵美 『何を勘違いしてたのか知らないけど、私たちはどんなつばさだって、心の底から、愛してるからね』
つばさ 「・・・うん」
恵美 『じゃあ、ひなたちゃんによろしく〜』


76. 同時刻・恵美のオフィスの休憩室
 恵美、電話を切る。長くため息をつく。
恵美 「・・・(呟いて)よしっ」
恵美、空のコップを捨て、休憩室を出る。


77. 同時刻・ニンケンの部室
 電話が切れる。画面を見つめるつばさ。
ひなた 「決心は着いたか?」
つばさ 「(スマホを返しながら)あぁ」
スマホを受け取り、椅子から立ち上がるひなた。
ひなた 「では、依頼を遂行する」
ひなた、つばさの方へ身を乗り出し手で拳銃を作り、つばさの心臓へ突きつける。つばさ、その手を見てほんの少し笑う。
ひなた 「さよなら、今までのつばさ」
引き金を引くひなた。


78. 翌日朝・通学路
 学校へ歩いていくつばさ。後ろから女子生徒が歩いてくる。つばさに気づき、隣まで歩いてくる。
女子生徒Q 「(覗き込み)おはようございます、秋月会長!・・・あれ、今日は眼鏡なんですね・・・!」
つばさ 「モブ坂さんおはよう。うん・・・そうなんだ(照れ臭そうに笑って)朝、コンタクト入れるのが本当にめんどくさくなっちゃって」
女子生徒Q 「(驚いて)・・・会長も、面倒臭いと思うことあるんですね・・・」
つばさ 「うん、たくさん。びっくりした?」
女子生徒Q 「ちょっとだけ・・・(少し笑って)でも、私も今日、めんどくさくて髪を巻いてなくて・・・同じだなって、少し嬉しくなっちゃいました」
つばさ 「(はにかみ)じゃあ、めんどくさい仲間か」
女子生徒、嬉しそうに笑う。笑い合う2人。


79. また次の日・つばさのクラス
 授業が終わり、休み時間。教科書とノートをまとめてしまっていると、前からクラスメイトの男子生徒がやってくる。
男子生徒C 「会長〜」
つばさ 「(顔をあげ)ん?」
男子生徒C 「俺さっきの授業爆睡しちゃってさ、ノートみしてくんね・・・?」
つばさ 「あ〜、いいよ(ノートを取り出し渡す)はい」
男子生徒C 「助かるわ〜、(ノートを捲り)さすが会長、何でも完璧だな。なんか奢るわ」
つばさ 「・・・ほんと?じゃあ〜、俺いちごミルクがいいな〜」
男子生徒C 「お?リクエスト珍しい!」
つばさ 「(頬杖をついて笑い)え、ダメだった?」
男子生徒、驚きつつ笑いながらつばさの前の空席に座る。
男子生徒C 「いや全然。でも、前までは『そんな、わざわざいいよ』って言ってただろ?だからなんかちょっと親近感湧いた」
つばさ 「そー?じゃあ今までの分も請求しよっかな〜?」
男子生徒C 「それは勘弁して!俺今月金ねーんだ・・・!」
つばさ 「(笑って)冗談だよ冗談」
男子生徒C 「(笑い返し)なんか、急に変わったな。会長!って言うより、秋月〜!って感じ」
つばさ 「何だそれ。でも、そっちの方が嬉しい」
周りのクラスメイトもつばさの元へ集まってきて楽しそうに話している。それを遠くから横目で見て、笑みを浮かべているひなた。


80. 数日後昼休み・廊下
 教室を出て、歩いていくつばさ。手には資料やファイルと一緒にとパックの飲み物を持っている。資料とファイルを脇に挟んでスマホを取り出し時間を見る。少し早歩きになるつばさ。数枚資料を落としてしまう。気づかず歩いていくつばさ。教室の扉横に立ち、教室内の友達と話していた女子生徒がそれに気づく。
女子生徒R 「(拾って渡し)あ、秋月くんこれ!」
振り返るつばさ、ぱっと笑顔になる。
つばさ 「あ!(駆け寄り)ありがとう!助かった!」
受け取りまた早歩きで去っていくつばさ。女子生徒、微笑む。女子生徒と話していた友達が座りながら廊下を覗き込む。
女子生徒S 「(Rを見て)秋月会長って、最近ほんのちょっと変わったよね?」
女子生徒R 「うん、確かに!なんか、親しみやすくなったっていうかね」
女子生徒S 「そうそう!前は完璧で格好いい!って感じだったけど、今は頑張ってて可愛い!って感じ?」
女子生徒R 「わかる〜〜!!」
盛り上がる2人。教室内にいた修也、それを横目で見ながら教室を出る。


81. 生徒会室
 ドアを開けるつばさ。茜姫や他の役員が既に座っている。口々に「お疲れ様です」と声を掛ける。茜姫、いつもよりも声が小さい。
つばさ 「皆お疲れ様、ちょっと遅れちゃった。ごめんね」
つばさ、自分の席につく。修也もやってくる。
修也 「お疲れ〜」
つばさ 「お疲れ様修也」
修也 「(席に座りながら)わり、ちょい遅れたわ」
つばさ 「大丈夫、俺もちょっと遅れちゃったし。(軽く伸びをして)最近皆忙しく動いてるから、今日はゆったりやろっか」
修也 「・・・珍しいな。そろそろ後期生徒総会だし、やることたくさんあるだろ?」
つばさ 「そうだけど、みんなも昼休みはゆっくりしたいかなって思って」
茜姫 「・・・会長らしく無い気がします」
つばさ 「あ〜、うん。でもね、自分で言うのもあれだけど、完璧王子するの、やめたんだ。俺、元々はそんなんじゃ無いからさ」
茜姫 「(驚きながら)・・・どう言うことですか?」
つばさ 「本当の俺は、面倒くさがりで人付き合いが苦手で、極度のビビり野郎だってこと。それを必死に隠すために、俺は何でもできる完璧王子を演じてた。騙す形になっちゃって、ごめんね」
修也 「マジの話、だよな?」
つばさ 「うん、マジの話。でも、そんな本当の自分も嫌だから、今は頑張って“新しい自分”としてやってる。あ、さっき修也が生徒総会って言ってたけど、俺、後期はもう立候補しないからさ」
修也/茜姫 「え!?」
役員達に衝撃が走る。
茜姫 「そんな・・・より良い学校を作るために尽力し続けるって、一緒に頑張っていこうって・・・」
つばさ 「無責任でごめん。でも、俺にとっての優先順位の一番上が、それじゃ無いってわかったんだ。もちろんしっかりと引き継ぎはする。だからこれからは、飯島さんが、生徒会を引っ張っていってよ。きっと、瑛徳を良い学校にできるから」
茜姫 「・・・私は、たくさんの生徒を前に堂々と、自信を持って話し、何でも完璧にこなし、統率力のある貴方に憧れて生徒会に入ったのに、貴方は変わってしまった・・・失望、しました」
つばさ 「ごめんね」
茜姫 「これも全て、ニンケンのせいです。会長の人生を狂わせたニンケンが悪いんです。もっと早く、ニンケンを潰していれば・・・」
つばさ 「それは違うよ、飯島さん。俺が、自分で選択した結果だから。確かに助けてはくれたけど、俺の意志だ」
茜姫 「助ける?あんな人達が、会長を?・・・意味がわかりません!あの人達は普通じゃない、おかしい人達なんです」
修也 「(遮り)ストップ。言い過ぎだ、飯島。お前は時々暴走しがち」
茜姫 「(縮こまり)・・・すみませんでした」
つばさ 「(手を叩き)うん、この話はおしまい。ごめんね、皆」
縮こまったままの茜姫と、会議を始めるつばさ、つばさを見つめる修也。


82. 廊下
 つばさと修也、並んで歩いている。
つばさ 「・・・(修也を見ずに)修也もさ、やっぱ驚いた?・・・失望、した?」
修也 「失望はしてない、でも驚いた。そんで、同時に申し訳ない気持ちにもなった」
つばさ 「(修也を見て)え、どうして」
修也 「そりゃお前・・・本当の自分を隠さなきゃって必死になってきたのはさ、完璧王子としてのお前を絶賛して、心酔して、縛ってきた俺とか飯島とか、この学校の奴らのせいでもあるわけじゃん」
つばさ 「そんなこと・・・」
修也 「い〜や、そんなことあるよ。だから、ごめんな」
つばさ 「ううん・・・俺も、ごめん。本当の自分じゃ、みんなに認められないんだって、思い込んでた。それこそ、自分で自分を縛ってたよ」
修也の教室に着く。
修也 「失望なんてしないし、離れもしないから。・・・生徒会長やめたって、1人の友達としていてくれよ」
つばさ 「もちろん!・・・ありがと、修也」
修也 「いーえ、こちらこそ。じゃ、またなつばさ」
教室へ入っていく修也を見つめるつばさ。自分も教室へ帰っていく。


83. 数日後放課後・ニンケンの部室
 凪沙が部室に入ると、佑・丈一郎・つばさがエプロンと三角巾をつけて作業している。ひなた、自分の席で頬杖をついてそれを見ている。
凪沙 「・・・(3人を指差しながらひなたに)何してんの?」
ひなた 「佑センパイによる、第一回お菓子作り講座だってさ」
つばさ 「(ボウルの中身をかき混ぜながら)定期開催希望です、佑先輩!」
丈一郎 「(クッキングシートを広げながら)ぼ、僕もできれば・・・!」
佑 「(頷き笑顔で)そうしようか」
凪沙とひなた、顔を見合わせる。
× × ×
周りはガラクタだらけのオーブンの前で、焼き上がりを待つ3人。
つばさ 「ていうか、マジで何でもあるな、この部室・・・」
佑 「・・・奥に、冷蔵庫もあるよ」
丈一郎 「じゃあ、プリンも作れる・・・?」
佑、サムズアップする。丈一郎とつばさ、顔を見合わせ微笑む。
× × ×
綺麗に焼けたパウンドケーキと生クリームを皿に乗せ、ひなたと凪沙へ出す丈一郎。つばさ、後ろからもう一つ皿を持ってくる。皿を置いた目の前には、美智が座っている。美智とつばさ、微笑み合う。
つばさ 「佑先輩監修、丈と俺特製、マーブルパウンドケーキ。〜爽やかなクリームを添えて〜だ!」
丈一郎 「クリームを乗せて、食べてみてください!」
凪沙・ひなた・美智、顔を見合わせた後パウンドケーキを食べる。顔が綻ぶ3人。
凪沙 「うま!!え、うま!!」
つばさ・佑、丈一郎、ハイタッチした後、嬉しそうに自分達も口に運ぶ。
丈一郎 「(言葉にならない喜び)!!ふわふわで、優しい甘さで、香ばしくて・・・!!!(佑とつばさを交互に見て)」
つばさ 「俺、お菓子作りなんてできるんだな・・・!」
ニコニコとしている佑。
美智 「本当に美味しい。クリームもさっぱりしてるし」
ひなた 「うん、確かに美味い。(紅茶を美智に掲げ)それから、これも」
つばさ 「(それを見て)え、この紅茶!?(美智と紅茶を交互に見て)」
ひなた 「相澤さんからだよ」
美智 「ケーキをご馳走してくれるって事だったから、爽やかな香りのものを選んでみたの。・・・それに、ひなたちゃん、いつでもお茶しにおいでって言ってくれたから」
ひなた 「もちろん。(紅茶を飲み)大歓迎だ」
凪沙 「この前持ってきてくれたクッキーもスッゲーうまかったし、相澤さんってモノ選び上手いよな」
丈一郎 「じゃあ、目利きのプロだ!」
美智 「(ふざけて頬を膨らまし)そんなに褒めても、もう何も出ません!」
つばさ 「(ふざけ返して)それは残念」
笑い合う6人。
× × ×
美智 「あ〜、楽しかったし美味しかった」
ひなた 「それは良かった」
丈一郎 「今度は、相澤さんも一緒にお菓子作らない?」
美智 「本当?是非!」
つばさ 「あ〜、そしたら立原さんも誘っていい?」
美智 「あ、もしかして雪子ちゃんの共同開発者さん!?」
つばさ 「(苦笑いで)共同開発者って・・・」
ひなた 「間違ってはないだろう?」
つばさ 「まぁ・・・あ、で、立原さん、翠屋さんに新作のコスメ使って自分と・・・俺にメイクして欲しいらしくて」
凪沙 「そーだそーだ!んなこと言ってたわ!」
つばさ 「(頷き)なら、そのメイク会とお菓子作り講座、同時開催でもいーかなーって思ったんだけど、どう?」
佑 「賑やかで良いね」
ひなた 「部室が手狭になるな、掃除でもするか」
丈一郎 「じゃあ、大掃除大会もやる?」
美智 「ふふ、イベントが尽きないね」
つばさ 「この部活、忙しいな」
美智 「(笑って)じゃあ、私はそろそろ」
美智、荷物をまとめ始める。
丈一郎 「あ、僕も!この後、御子柴さんとさるモンの新作グッズを買いに行くんだ!」
つばさ 「(笑顔で)2人とも気をつけて」
ひなた 「またいつでも」
ふと、手を止めてつばさを見る美智。つばさ、首を傾げる。
つばさ 「ん?」
美智 「秋月くん、すごい良い笑顔になったよね」
丈一郎、うんうんと何回も頷く。
つばさ 「・・・本当?ありがとう」
美智 「うん・・・(立ち上がり)じゃあ、また!」
笑顔で頷くつばさ。少し遅れて立ち上がる丈一郎と、ドアの前それを待つ美智。
丈一郎 「また!」
つばさ 「うん、また!」
全員で手を振る。部室を出ていく美智と丈一郎。


84. 数日後放課後・廊下
 部室へ向かうつばさ、一件の通知がくる。カレンダー機能が「明日の予定・大掃除」と知らせる。
つばさ、笑顔でスマホを見ながら、部室のドアを開ける。ひなたの席の目の前に茜姫がいるが、気づかないつばさ。
つばさ 「なぁ〜大掃除って明日で(顔を上げ気づいて)・・・って・・・飯島さん」
茜姫、黙ってお辞儀をする。
ひなた 「(手を上げ)やぁ、つばさ」
つばさ 「(ひなたに無言で頷き)どうしたの?こんなところまで・・・」
茜姫 「秋月会長が生徒会長の任期を終えられた後に、人間研究会が廃部になる旨をお伝えしにきました」
つばさ 「廃部に・・・!?ニンケンの存続に関して、引き継いでくれる人は誰もいなかったか・・・」
茜姫 「・・・では、私はこれで」
茜姫、去っていく。目で追うつばさ。
ひなた 「再び廃部の危機というわけか」
凪沙 「むしろ良く残ってたよな〜今まで」
佑、頷く。
つばさ 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!俺、飯島さんに話聞いてくる!」
つばさ、部室を飛び出していく。つばさの出ていったドアを見つめるひなた。


85. 廊下
 茜姫、歩いている。後ろから、つばさが追いかけてくる。
つばさ 「飯島さん!待って!」
茜姫、止まる。つばさ、茜姫の横まで行って止まる。息切れするつばさ。
茜姫 「何ですか」
つばさ 「さっきの話、ニンケンが廃部になるって話、詳しく聞かせてくれないかな」
茜姫 「秋月会長が会長を辞めれば、次期生徒会長の有力候補は副会長である私です。それに加え、先生方も得体の知れない人間研究会を早々に無くしたいと考えていらっしゃったこともあって、強制的に廃部にすることが可能になりました」
つばさ 「そんな・・・本来なら部活動選別は生徒会の仕事で、先生方はタッチしないと!」
茜姫 「例外的措置ということです。では」
茜姫、つばさを置いて歩き出すが、すぐ止まる。
つばさ 「・・・飯島さん?」
茜姫 「私は・・・(震える声で)私は、会長の隣で、生徒会の仕事をする時間が、本当に大好きでした・・・会長が、大好きでした」
茜姫、振り向き、深くお辞儀をする。
茜姫 「・・・失礼します」
歩いていく茜姫の後ろ姿を見つめるつばさ。


86. 翌日・職員室
 教師に1枚の紙を渡すつばさ。
教師B 「おや、気が変わったの?」
紙を机に置く教師。「生徒会長立候補用紙」と書かれている。
つばさ 「はい、まぁ」
教師B 「(頷き)良かった良かった・・・(小声で)秋月くんも、もちろんニンケンは廃部にしたいと考えているよね?」
つばさ 「あ、いえ・・・僕は、ニンケンの皆も意志があって活動をしていると思っているので、廃部ではなく、改善していく、という方針を引き続きとっていきたいと考えています。ニンケンが何か重大な問題を起こした、と言うことも無いですし」
驚き、怪訝そうな表情を浮かべる教師。
教師B 「・・・秋月くん。教師陣としてはね、名門校である瑛徳に、あのように異質な部活はいらないと思うんだ・・・それに君も、来年は3年生になるだろう?・・・受験もあるし、あまり変な行動はねぇ・・・」
つばさ 「・・・それは、大人しく従わないと今後の進路に影響するぞ、ということですか?」
教師B 「(驚き)そんな言い方はしていないだろう・・・!」
つばさ 「僕は、ニンケンをいらない部活だとは思いません。ニンケンじゃなくたって、いらない部活なんてないと思うんです。部活って、それがやりたいと、意志を持った仲間同士が集まって結成した尊いモノじゃないですか。たとえ側からみたらよくわからない集団でも、その人たちは大真面目にやりたいことをやっている。それを外野があれこれ言う必要は無いんじゃないでしょうか」
教師B 「君、それ以上言うと!」
つばさ 「(遮り)進路なんて、自分の力でどうとでもなります。僕は、今守りたいと思うものを、大事にしたいです。生意気言ってすみません・・・失礼します」
つばさ、深く頭を下げると、教室を出ていく。
教師、唖然とその姿を見つめ長いため息をつく。


87. 翌日・廊下
 職員室のすぐ近くの廊下に、生徒会立候補者が掲示される。飯島茜姫と秋月つばさの名が連なっている。掲示をクラスメイトと見にきたつばさ、同じく見にきて帰るところの茜姫と出会う。お互いの顔を数秒見つめた後、何も言わずにつばさの横を通って去っていく茜姫と、振り返らないつばさ。

         第五話「とある殺人依頼」終




最終話「ニンケン」

「ニンケン」最終話主要キャスト
秋月つばさ(17) 私立瑛徳学園高校2年生。生徒会会長
土田ひなた(17) 同校2年生。人間研究会部長

飯島茜姫(15) 同校1年生。生徒会副会長
翠屋凪沙(17) 同校2年生。人間研究会部員
蒼馬佑(18) 同校3年生。人間研究会部員




88. 数日後朝・校門前
 自身の選挙ポスターが貼られた柱の横で、チラシ配りをしているつばさ。少し離れたところで、茜姫もチラシを配っている。続々と生徒がやってきては、笑顔でチラシを渡すつばさ。
つばさ 「おはようございます!この度生徒会長に立候補しました、現会長の秋月つばさです!よろしくお願いしま〜す!」
校門へ美智が入ってくる。つばさを見つけ、駆け寄ってくる。
美智 「おはよう、秋月くん!」
つばさ 「おはよう、相澤さん。これ、良かったら貰って」
美智 「貰うも何も、手伝わせてよ」
つばさ 「え、ほんと?ありがとう・・・(小声で)正直1人って心細かったんだよね・・・」
美智 「(笑って)任せて」
つばさの手からがさっとチラシを受け取ると、配りさす美智。
美智 「おはようございまーす!次期生徒会長に、秋月つばさくんをよろしくお願いします!」
美智を見て微笑み、自分も配り続けるつばさ。翼に声をかけていく人の姿。
それを遠目で見ている茜姫。つばさの元には丈一郎がやってきて、同じく手伝い始める。その茜姫の隣で、茜姫のチラシを一緒に配る奈央。
奈央 「(あまり大きくない声で)おはようございます、会長候補の飯島茜姫をお願いします!」
茜姫 「(つばさから目を逸らして)飯島茜姫です、お願いします」
チラシを受け取っていく生徒。
つばさ、茜姫の姿を見つめるが、すぐに目を逸らしてまたチラシを配る。
つばさ 「(深くお辞儀をしながら)おはようございます!秋月つばさです!お願いします!」
チラシを受け取った生徒。ひなた。
ひなた 「知ってるが」
つばさ 「(顔を上げ)うわ!!お前か・・・」
ひなた 「(チラシをまじまじと見て)・・・生徒会長はもうやめるんじゃなかったのか」
つばさ 「予定が変わった。ニンケンを守るためだ」
ひなた 「・・・余計なお世話だな、必要ない」
つばさ 「(驚き)何でだ」
ひなた 「何でもだ。とにかく、お前の世話にはならん」
つばさ 「お前は俺を助けてくれたのに、俺にはお前らを助けさせてはくれないのか」
ひなた、無言で歩き去っていく。つばさ、その背中を目で追う。後ろから丈一郎と美智が声を掛ける。
美智 「ひなたちゃんって、結構過保護ね」
つばさ 「過保護?誰に?」
美智 「そりゃ、秋月くんに」
つばさ 「どこが??」
丈一郎 「確かに。見てて思ったけど、土田さんはつばさくんを時々優しい目で見守ってたよ」
恵里奈 「(後ろから急に)あ〜、わかる気がする」
3人、驚く。
つばさ 「ビッっっくりした・・・立原さんか」
恵里奈 「多分さ、土田さんは秋月くんにもう窮屈な思いして欲しくないんだよ」
美智 「(頷いて)ひなたちゃん、つばさくんのことを心から心配してるんだね」
つばさ 「アイツが、俺を?」
ひなたが歩いて行った方を見つめるつばさ。
つばさ 「・・・でも、俺はやっぱり選挙活動を続けるよ。アイツが見返りなんて求めてなかったとしても。俺自身の意志、エゴだよ」
丈一郎 「時々かっこいいよね、つばさくんって」
美智 「うん、時々ね」
恵里奈 「普段はビビリだけどね」
つばさ 「最後!知ってるけど余計だな!!」
楽しそうな4人。


89. 数日後放課後・教室
 黒板には「生徒会主催 立候補者質問会」と書かれており、その下にはつばさが座っている。教室内には新聞部の生徒が数名と、美智、丈一郎、それから他の生徒が集まっている。茜姫、つばさの隣に置かれた椅子の前に立ち、生徒からの質問に答えている。教室の端で、修也が司会をしている。
茜姫 「ご存知の通り、瑛徳は歴史を持つ名門校ですから、規律を重んじたいと考えています」
茜姫、静かに席に着く。
修也 「えー飯島さん、ありがとうございます。次、秋月さん、同じ質問についてお願いします」
つばさ 「(立ち上がり)はい、僕は歴史と規律を大事にしながらも、今よりも開けた学校づくりをしたいと思っています。1人1人の意見を尊重して、風通しの良い場所にしたいです」
女子生徒T 「(ノートに書き取り一礼し)わかりました、ありがとうございました」
女子生徒、座る。つばさも会釈し、座る。美智、笑顔でつばさを見つめる。
修也 「他に、何か質問のある方はいますか?」
少しの沈黙の後、とある男子生徒のスッと手が上がる。修也、どうぞと手で促す。立ち上がる男子生徒。
男子生徒D 「部活動選別について、聞かせてください。特に、ニンケンについて!」
修也 「えーっと、その質問は・・・(茜姫とつばさを見て)」
茜姫 「構いません」
茜姫、立ち上がる。
茜姫 「現時点で、ニンケンの廃部はほぼ決定です。人数不足や不明瞭な活動内容など、異質で不審点の多い部活はニンケンに限らず今後もどんどん廃部を進め、学校の秩序を保つべきだと思っています」
少しざわつく生徒達。小さくため息をつく修也。座る茜姫。真っ直ぐ前を見ている。
修也 「はい、ありがとうございます・・・では次、秋月さん」
つばさ 「(立ち上がり)はい。僕は、廃部にする気はありません。というのも、今まで行ってきた部活動選別の基準を大幅に変え、より様々な部活が、なるべく自由に活動できるようにしていきたいと考えているからです」
よりざわつく生徒達。男子生徒が再び手を挙げながら話す。
男子生徒D 「つまり、今までの規則で見れば多少不適切な部活でも、残すということですよね?そうすれば、生徒の気が緩むような気もしますが、何故ですかー!?」
つばさ 「それは」
遮るように別の生徒が立ち上がって話す。
男子生徒E 「それに、ニンケンの部長である土田ひなたには衝撃的な噂が流れていますよね!それに関してはどうなんですか!?」
茜姫 「衝撃的な、噂・・・?」
女子生徒U 「土田ひなたの父親は、過去に会社の不正に加担していたということですが、土田ひなた本人が同じようなことをしたりはしないのでしょうか!」
男子生徒F 「(ふざけて)それとも〜、秋月会長が既に何か持ちかけられているんですか〜!?」
男子生徒G 「詳しく話が聞きたいでーす!」
つばさ 「何・・・?」
騒がしくなる教室内。美智や丈一郎、周りをキョロキョロする。茜姫、動揺するも立ち上がる。
茜姫 「ちょっと、それは」
つばさ 「(勢いよく立ち上がって)憶測で人を追い込むな!!」
ピタッと静かになる教室内。互いが顔を見合わせながらも、つばさの方を見る生徒達。茜姫も思わずつばさを見つめる。
つばさ 「・・・(ボソリと)確証もないまま、ここにいない人のことをあーだこーだと議論するために、集まってくれたんじゃないでしょ・・・」
罰が悪そうに座る生徒達。美智と丈一郎、顔を見合わせながら胸を撫で下ろす。
つばさ 「・・・先ほども少し言いましたが、部活動選別は制度を根本から見直し、現状のものは撤廃します。その代わり、部室などの極端な格差を是正し、部活に入っているすべての学生が、なるべく同じような環境で部活動ができるよう努めるつもりです」
修也 「秋月さん、ありがとうございます。他に、質問がある方はいますか。・・・尚、関係のない質問は一切お断りします」
修也、つばさに目配せする。頷き笑顔を返すつばさ、静まり返った生徒達を見た後、茜姫を横目で見る。
× × ×
生徒達がいなくなり、静かになった教室内にはつばさと茜姫の2人が残り、片付けをしている。無言の2人。
茜姫 「・・・あの、先ほどはすみませんでした。ニンケンの、こと。あんなになると、思わずに」
つばさ 「(驚くも微笑み)大丈夫だよ。それに、あれ飯島さんの責任じゃないし。どっちかっていうと、俺」
茜姫 「いえ、でも・・・」
つばさ 「本当、気にしないで・・・(机に腰掛け)ああやって一度燃え上がっちゃうと、簡単には止めらんないよねぇ・・・寄って集って異質なものを排除しようとするのって、多分人間の防衛本能なんだろうな。『わからないから、怖い!!』みたいなさ。でも、何も知ろうとしないままに批判するとか、排除するって、やっぱり違うと思うんだ」
茜姫、資料を持ったまま黙り込むも、つばさへ一歩近づく。
茜姫 「・・・確かに、そうだと思います。けれど、私は・・・全体の風紀を保つ方を優先します」
まとめた資料を机で整え、荷物などを持つ茜姫。
茜姫 「お疲れ様でした、お先に失礼します」
お辞儀をすると、教室を出ていく茜姫。1人残るつばさ。
つばさ 「う〜〜〜〜〜〜〜ん・・・(頭を掻く)」


90. 翌日始業前・購買前廊下
 至る所に貼られた新聞部による記事。見出しは「波乱の生徒会選挙、ニンケン断固反対派vsニンケン擁護派!」生徒達が固まって記事を見ながら、コソコソと何か話している。
女子生徒V 「土田さんって人、ヤバいらしいね」
女子生徒W 「いやでも、それを守ろうとしてる秋月会長がヤバいって話でしょ〜?ちょっとショック・・・」
女子生徒V 「あそっか、『大声で怒鳴った』って、そんなイメージ無かったな〜」
女子生徒W 「まぁ、こっちの子も結構きついこと言ってるけど・・・ニンケンのこと、“異質”だって」
女子生徒V 「間違ってはないけどね〜・・・」


91. 1年生教室の廊下
 同じく記事を見ている男子生徒達。
男子生徒H 「ニンケン廃部にしたらなんかされそうで怖くね?」
男子生徒I 「何それ、祟り?呪い?」
男子生徒J 「ニンゲン、ユルサナイ〜〜!!」
ふざけて笑っている。


92. 丈一郎の教室
 生徒数人が固まってコソコソと噂をしている。
男子生徒K 「だーかーら、この前あった盗難騒ぎもニンケンの仕業で、秋月会長も絡んでんじゃねーかって言われてんの」
女子生徒X 「えっ、それホント?私、結構会長のこと好きだったのになぁ〜・・・」
男子生徒L 「俺、今度の選挙は会長じゃない方にすっかな〜。そもそも完璧すぎて何かムカついてたしな」
男子生徒K 「つーか、どうせたかが1人の1票で変わったりしねぇしな。ま、俺ももう1人の方にするけど」
丈一郎と千花、顔を見合わせて黙り込む。
そこへ美智と恵里奈がやってくる。顔を上げる丈一郎と千花。


93. 昼休み・廊下
  生徒会室へ歩いていくつばさ。教室の中や廊下の端で、つばさのことをチラチラと見ながら小声で噂話をしている生徒達。つばさ、小さくため息をつく。記事が貼られている場所で溜まっていた生徒達が、つばさの姿を見つけて足速にその場を去っていく。つばさ、その生徒達の後ろ姿を目で追いながら記事の前で立ち止まる。「秋月現会長、ニンケンのことで怒鳴り声をあげ、強い口調で質問者に詰め寄り圧迫した」と書かれている。
つばさ 「誇張が過ぎるだろ・・・」
つばさ、もう一度ため息をついて俯くと、画鋲がカラカラとなる音が聞こえる。顔を上げると、美智が記事を外している。後ろからは丈一郎と千花が歩いてきている。3人とも、手には数枚の記事がある。
つばさ 「えっと、相澤さん?丈も、御子柴さんも・・・」
美智 「全っ然事実と違うから、頭にきて剥がしちゃった!」
激しく頷く丈一郎と千花。驚くつばさ、固まっていると反対の方から恵里奈と華耶、数人の女子生徒が同じく手に記事を持ってやってくる。
恵里奈 「美智〜、3階の方はほぼ剥がしてきた」
つばさ 「(恵里奈と華耶を交互に見て驚き)え、え!?」
華耶 「・・・会長って、雪子なんでしょ。恵里奈から聞いた」
恵里奈 「あの後、唯一謝ってきたのが華耶だったの。この子、自分が貢がせてた子全員に謝って、お金返して回ったんだって。逆にすごくない?何か怒ってんの馬鹿馬鹿しくなっちゃって、許した。安心して、秋月くんが雪子だってことは、華耶にしか言ってない」
つばさ 「そ、そっか・・・(華耶へ微笑み)三雲さん、格好良いんだね・・・あの時は強く言っちゃって、ごめん」
華耶 「いーよ。会長のあん時の言葉で、自分がめっちゃダサいことしてるって気づけたから。(照れ臭そうに)あ〜、その、ありがとね」
つばさ、嬉しそうに笑う。恵里奈、その姿を見つめる。
恵里奈 「他にもさ、秋月くんが入る前のニンケンに助けられた子とか、とにかくニンケンと秋月くんの誤解を解きたい子達に結構手伝ってもらってるよ。そんな人達じゃないって、説得して回ってる子も何人かいる」
つばさ、何も言えなくなって美智や恵里奈の顔を順に見る。微笑んだり、サムズアップしたりする美智達。
つばさ 「皆、迷惑かけてごめん。本当にありがとう・・・(深くお辞儀をする)」
丈一郎 「顔上げてよ、つばさくん。そもそも、最初に助けられたのは僕たちなんだから」
美智 「(頷き)皆お礼がしたいっていう自分の意志で集まってるの、気にしないでね・・・それにしても、彼女達、随分おとなしい気がするけど」
つばさ 「アイツらだよね?俺もそう思う。全く自分達の部活がなくなるかもしれないって時なのに、何やってんだか・・・」
つばさ、周りをキョロキョロ見渡す。


94. つばさの教室
 教室へ帰ってくるつばさ。チラッとひなたの席を見ると、何事もないかのように分厚い本を読んでいる。そのすぐ近くで、ひなたの方を横目で見ながらコソコソと話す生徒数人がいる。つばさ、少し考えた後、その生徒らに歩み寄る。
つばさ 「(笑顔で)ねぇねぇ、次の授業って何だっけ?」
狼狽える生徒達。
女子生徒Y 「あ、えっと・・・倫理、だよ・・・」
つばさ 「そうだった!どうもありがと!」
生徒達、顔を見合わせながら自分の席へ戻っていく。ホッと一息付き、自分の席へ戻りながら再びひなたの方を見ると、先程から全く変わらずに本を読み続けている。首を傾げながら頭を掻くつばさ。


95. 放課後・ニンケンの部室
 部室のドアの前で立ち止まるつばさ。
つばさ 「(小声で)大丈夫だ!・・・?あんなの、気にするな!・・・違うか・・・俺なら平気だ!・・・これか?」
つばさ、小さく頷きドアを開ける。
つばさ 「(胸を張り)記事のことなら心配はな・・・」
ドア横で立ち尽くし言葉を失うつばさ。3人、人生ゲームをしている。
つばさ 「リアルの人生はどうした!?!」
凪沙、つばさの方へ振り向く。ひなた、真剣な表情でルーレットを回す。
凪沙 「よ!悪い、このプレイが終わるまで待ってて。あとひなたのゴール待ちだから!つばさもやるだろ?」
ひなた 「また1じゃないか・・・これ、壊れてるだろ」
佑 「(首を振り)・・・5」
ルーレットを回す。出たのは5。佑、満足そうにお金の紙を受け取っている。佑の前にはたくさんのお金の紙。
凪沙 「うわ!先輩また当たり!?何回目だよすげー・・・」
つばさ、大きなため息をつき、ソファに座り項垂れる。手を止め、つばさを見る3人。
ひなた 「どうしたつばさ、腹でも減ったのか」
佑 「フィナンシェ、食べる?」
つばさ 「(顔を上げ)そうじゃない!・・・食べますけど・・・」
フィナンシェを受け取り、食べるつばさ。紅茶を淹れてつばさの前におく佑。紅茶を飲み、ティーカップをおくつばさ。再び項垂れる。
つばさ 「なんで・・・何でそう平然としていられるんだ」
顔を見合わせるひなた達。黙っている。
つばさ 「(顔を上げ)この居場所がなくなってしまうかもしれない時に、何故そんなに呑気でいられるんだ!?真偽も不確かな自分達の噂を流されたり、横目で見られながらコソコソ話をされて不快には思わないのか!?」
ひなた 「・・・お前の言う噂ってのは、土田ひなたの父親が会社の不正に関わったと言うやつか?」
つばさ、黙り込む。
ひなた 「・・・真実だ。小学校の頃だったよ。もっとも、半分濡れ衣を着せられたようなものだったらしいけどな。その後両親は離婚した。それまで住んでいた場所はその噂で持ちきりになって、それに耐えられなくなった母親と共に引っ越した。まぁ、引っ越した先でもどこからともなくその噂が広まって、結局その地を離れた。高校に入るまでは、その繰り返しだったよ」
つばさ、唇を噛み締める。
ひなた 「母親は噂に悩まされてきたけど、私は顔も知らない奴らに何を言われても全く何とも感じなかった。だから今回も同じだ。それにニンケンなら」
つばさ 「(遮り)人のことを助けてばっかりで、自分には無関心か?」
ひなた、驚く。
つばさ 「お前は俺に、俺が俺のままでも好いてくれる人がいることを良い加減分かれって言ったよな?じゃあ俺からはお前にこう言うよ。お前はもっと、お前という人間を愛して機嫌を取ることを考えろ!」
つばさ、乱暴に鞄を持つと部室から出ていく。バタンと閉まるドア。ポカンとするひなた。
ひなた、肩が震え出す。凪沙と佑が心配そうに見ると、笑っている。やがて声を出して笑い始める。凪沙と佑、顔を見合わせてホッとする。
佑 「つばさに1本取られたね」
ひなた 「(まだ笑っている)私の負けだ。なぁ凪沙、佑センパイ。だからアイツは面白いって、言ったでしょ」
頷く2人。笑っている。笑顔でため息をつくひなた。


96. 一週間後・体育館前廊下
 ぞろぞろと体育館へ生徒達が入ってくる。


97. 体育館・ステージ裏
 つばさ、原稿を読み直している。少し離れたところで茜姫も同じく原稿を読んでいる。修也がマイクを準備し、奈央が茜姫の隣で同じく原稿を読み直している。しばらくして、美智がやってくる。
つばさ 「相澤さん!」
美智 「ごめんね、遅れちゃった」
つばさ 「全然。それより、応援演説引き受けてくれて、本当にありがとう」
美智 「当たり前じゃない・・・(小声で)どう、緊張してる?」
つばさ 「(小声で)それはもう・・・(ふざけて)逃げ出したくなるぐらいにね」
美智 「(ふざけ返して)じゃあ、いっそ逃げちゃう?」
笑い合う2人。その姿を見る茜姫。奈央、そんな茜姫を心配そうに見る。
奈央 「茜姫ちゃんなら、大丈夫だよ」
茜姫、奈央を見て頷く。チャイムが鳴る。
修也 「さ、始まるぞ」
修也、マイクを壇上へ持っていく。つばさと美智頷く。
× × ×
壇上のバトンには「生徒総会」という看板が吊るされている。つばさ、美智、茜姫は壇上のパイプ椅子に座っている。修也は舞台の端に立ち、奈央は、茜姫の応援演説をしている。
奈央 「飯島さんは現在も生徒会の副会長として会長を支えています。飯島さんの発言力が、生徒会の円滑な進行の理由の1つでもあると私は思っています・・・」
つばさ、奈央の演説を聞きながら、ひなた達の姿を探すも、どこにも座っていない。美智、同じく3人を探しながら、顔の向きを変えずにつばさに小声で話しかける。
美智 「ひなたちゃん達、いないよね」
つばさ 「(小声で)うん・・・」
奈央の演説が終わる。奈央、椅子へ座る。
修也 「本橋さん、ありがとうございました。それでは次に、立候補者の飯島さんの演説です。飯島さん、お願いします」
茜姫、立ち上がる。つばさの方を見ず、マイクの前へ歩いていく。
茜姫 「皆さん、こんにちは。この度、生徒会長に立候補しました1年の飯島茜姫です。私は、歴史ある名門校であるこの瑛徳を、より優秀な生徒で溢れる学校にしたいと思い、立候補を決めました。規律を守り、勉学に励むことこそ、学生の本分ですから、私は皆さんが自分を律し、将来へ向けての努力をしやすいような環境づくりを進めていきます。具体的に、勉強面では従来通り生徒会主催の勉強会の開催や、定期テスト対策問題集の配布に加え、生徒会OB・OGの皆様、外部講師の方々をお呼びした小論・面接などの受験対策も強化します」
真面目に聞く生徒、隣の生徒と話す生徒。満足そうに聞く教師陣。つばさ、黙って茜姫の話を聞きながら過去を思い出す。
× × ×
教師A 「おぉ、秋月くんじゃないか!君が先月行った“美しく制服を着用する月間”のおかげでねぇ、昨日の風紀検査は今までにないほど違反者がいなかったのだよ!いやぁ助かった!!」
つばさ 「いえ、私はただ名門校の名に恥じぬようにしようと呼び掛けただけです・・・」
× × ×
つばさ、少し悲しそうに笑う。
茜姫 「また学校生活においては、部活動選別の強化、制服チェックの習慣化を行い、規律を正します。部活動選別では、規則を破ったものにペナルティや強制廃部措置を、優秀な部活には予算の増加などを導入します」
少しざわつく生徒達。
茜姫 「皆さん、私と一緒に更なる高みを目指し、名門校にふさわしい生徒になりましょう」
お辞儀をする茜姫。生徒達からの拍手。
修也 「飯島さん、ありがとうございました。続いて、立候補者秋月さんの応援演説者、相澤さんによるスピーチです。お願いします」
美智、つばさに目配せして立ち上がりマイクの前に行く。つばさ、笑顔で頷く。
美智 「(堂々と)秋月くんの応援演説を務めます、2年の相澤です」
丈一郎や千花、恵里奈が真剣な眼差しで見つめている。
美智 「私が最初に秋月くんのことを知ったのは、1年生の定期テストで、同じ順位を取った時でした。彼は順位表が掲示された廊下で、私に『お互い頑張ったよね』と声をかけてくれました。成績のことで悩んでいた私は、少し嬉しくなったけれど、つい『私はこんなんじゃダメなの』と答えてしまったことを、今でも後悔しています。実を言うと、私はこの時、この言葉で救われたんです」
つばさ、驚いて美智のことを見る。美智、つばさを見て照れ臭そうに微笑む。
美智 「月日が経って、ついこの間、私はまた秋月くんに救われました。両親との関係で悩む私と一緒に、まるで自分のことのように悩んでくれ、一歩踏み出そうとする私の背中を全力で押してくれました。皆さんは、秋月くんに対して『完璧王子』と言うようなイメージを抱いていたのではないでしょうか?私もその1人です。ですが実際は少し違うんです。ユーモアがあって、他人の気持ちを全力で考えることが出来て、ちょっと抜けていて」
丈一郎達や一部の生徒、クスッと笑う。つばさ、照れ臭そうにする。
美智 「今までの彼ももちろん、素晴らしい生徒会長でしたが、今の彼ならきっと、より親しみやすく素敵な会長として、この学校を導いてくれると、私は信じています!」
お辞儀をする美智。拍手。丈一郎達、めいいっぱいの拍手を送る。椅子に戻る美智。つばさ、照れ臭そうに笑いかける。
修也 「相澤さんありがとうございました。それでは、立候補者秋月さんによる演説です。お願いします」
つばさ、一息ついて立ち上がる。修也、つばさに目配せして頷く。つばさ、微笑みマイクの前に立つ。
つばさ 「(全生徒を見渡して)皆さん、こんにちは!この度、生徒会長に立候補しました、秋月つばさです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は現在生徒会長をさせていただいており、後期も引き続き生徒会長としてより良い学校づくりをするために、立候補しました」
美智、膝の上で両手をぎゅっと組み、つばさを見つめる。茜姫、静かにつばさの演説を聞く。
つばさ 「と言っても、今まで行ってきた活動をそのまま継続することはしません。例えば、生徒会主催の勉強会やテスト対策問題集など、生徒会からの一方的な行為を改め、予算を用いた自習スペースの拡張や、生徒会が場所を設け、生徒同士で各単元について教え合うことで、互いの理解を深める相互学習会などに形を変えます」
騒がしくなる生徒達。落胆の声がどこかから小さく聞こえる。
つばさ 「・・・このような改革をする理由は、先ほど応援演説をしてくれた相澤さんもおっしゃっていた通り、僕が“完璧王子”ではないから・・・正確に言えば、そのように振る舞うのをやめたからです」
静かにならない生徒達。生徒の近くにいた教師数人が、静かにと促す。
つばさ 「僕は、周囲に認められるように、身近な人に失望され、自分の周りから人が離れて行くことがないように“完璧王子”という仮面をかぶって生活していただけの、ただの一般人です。1人ぼっちが怖い、ただの臆病者。夜ご飯を食べるのも億劫な面倒臭がりで、口も結構悪くて、こうして人前で話すことも苦手な人間です。そしてそれがバレたら、普通に生活することなんてできないと思っていました」
至る所でコソコソと話す生徒達。丈一郎、周りをキョロキョロしながら心配そうな表情を浮かべる。当のつばさは、堂々としている。
つばさ 「でも、とある人たちのおかけで、僕を僕のままで好いてくれる人がいることを知り、僕が僕のままで生きてもいいんだと思うことができるようになりました。その人たちが、ニンケンの皆や、その依頼者の皆です」
恵里奈、頷き笑顔で見つめる。華耶、俯きがちに笑顔。真面目に聴き始める生徒。
つばさ 「(一息置いて)この学校の皆には、僕のように、自分の望む“自分”でいて欲しい。僕は、そんな学校づくりがしたいと、そう思っています。・・・具体的には、質問会でも話題に上がった部活動選別の改革などを行います。選別基準を見直し、基本的に廃部措置は無しにします」
一層ざわつく生徒達。どこからか、声が飛ぶ。
生徒 「ニンケンは潰さないんですかー!!」
つばさ、マイクをスタンドから取って持ち、前に出る。
つばさ 「しません。ニンケンも、それ以外も」
生徒 「やばい部活なんじゃないんですか!」
修也 「今は質疑応答の時間ではありません!」
教師が注意しに行こうと生徒をかき分ける。
つばさ 「(笑って)・・・確かに、やばい部活です。人の話は聞かないし、テンションは高いし、かと思えば人を置いてけぼりにして急に冷静になるし。でも彼らは誰よりも人間が大好きで、人間の幸せを願っている」


98. 体育館外廊下
 体育館の扉を開けようとする1人の手。
つばさ 『お節介焼きの良い奴らなんです』
その手が止まる。後ろには、もう2人の姿。


99. 体育館
 生徒の1人が立ち上がる。
生徒 「自分勝手だとは思わないんですか!!」
つばさ、言葉に詰まる。体育館の扉が大きな音を立てて開く。生徒の視線が一気に後ろに集まる。つばさも後方に目をやる。茜姫、驚き固まる。
ひなた 「思うねぇ。確かに自分勝手だ」
体育館内が一気に騒がしくなる。教師が止めようとするも、収まらない。ひなた、ずんずんと舞台まで歩いてくる。ドアから、佑と凪沙も入ってきてひなたの後ろを歩いていく。3人を目で追う生徒達。
つばさ 「お前っ・・・!」
美智や丈一郎、不安そうにひなたを見つめる。ひなた、舞台端の階段を登ってくる。
ひなた 「馬鹿だね、ニンケン見習いのつばさくんは」
ひなた、つばさからマイクをぶんどり、掲げる。
ひなた 「誰が自分を犠牲にして戦えと言った?」
つばさ 「馬鹿はどっちだ!今出てくるなんて!」
ひなた 「良いかつばさ。お前なんかに守ってもらわんでも、ニンケンはそう簡単に潰れたりしない。いや、させないさ。そうだろ凪沙、佑センパイ!」
凪沙、階段を使わずひょいと舞台に上がり、ひなたに1枚の紙を渡す。佑、何やら大きくて細長い筒のようなものを抱えて階段を登る。ひなた、紙を受け取り掲げる。
ひなた 「(マイクを使って)人間研究会は確かに、部員数の少なさと活動内容・実績の不明瞭さがあり、強制廃部に相当する部活であることは確かだ。よって!我々は、特に規則が設けられていない同好会制度を用いて新たに、“人間研究同好会”通称ニンケンとして、活動を始めることをここに宣言する!」
マイクを下ろすひなた。佑、筒から丸まった旗を取り出すと、舞台上で掲げる。“ニンケン”と大きく描かれた旗が靡いている。美智、吹き出す。恵里奈と華耶はピースをし合って笑う。丈一郎と千花、ホッとする。
つばさ 「とんでもない屁理屈!!」
思わず笑ってしまう一部の生徒達。茜姫、勢いよく立ち上がり、ひなたをキッと睨みつける。
茜姫 「やはりおかしい、貴女達は普通じゃない!!!」
ひなた、長く息を吐く。マイクを再び口元へ持ってくる。
ひなた 「・・・(茜姫へ)普通じゃないのが怖いか?(全生徒へ)皆と違うのが怖いか?そんなのは当たり前だ、群れたがるのは人間の本能だ。・・・だけどな、群れないことを選んだ奴を、群れた奴らが否定するな!」
茜姫、その覇気に驚く。1人、また1人と真面目に話を聞く生徒が増えていく。教師も思わず動きを止める。
ひなた 「普通じゃないを、“悪だ”と一括りに見做すな!・・・私達は皆、似たような機能や部位や神経を持ち、哀れで脆い“人間”という生物の一種だが、1人1人違う考えを、感情を持ってる、全く違う唯一無二の生き物だ。“普通”なんて存在しない。自分の善は、誰かの悪になり得るんだ」
美智、丈一郎、恵里奈、凪沙、佑が、真剣な眼差してひなたを見つめる。つばさ、横にいるひなたを見ている。涙をグッと堪えているようにも見える。
ひなた 「だから。括ろうとするな。括られようとするな。自分を、他人を押さえつけようとするな。己を貫け、足掻け!」
ひなた、真っ直ぐ前に人差し指を突きつける。
ひなた 「私達は、己を貫きたいと願う“お前”を、(突きつけた手を固く握りしめて見せ)必ずすくい上げるから」
体育館内に静寂が訪れる。しばらくして、美智と丈一郎がほぼ同時に立ち上がって拍手をし始める。千花や、恵里奈、華耶、その他たくさんの生徒が拍手をし出す。修也、呆れながらも拍手をしている。生徒達を見ることしかできない教師達。茜姫、立ち尽くしている。つばさ、舞台上から下の光景をじっと見つめている。凪沙と佑、嬉しそうに笑っている。ひなた、つばさの腕にマイクを突きつける。つばさ、ハッとしてひなたの方を見る。ひなた、いつになく優しく微笑んでいる。つばさ、つられて呆れ笑いする。
つばさ 「(マイクを受け取り)全く、誰の演説なんだか・・・」
ひなた 「さて、誰のだろうなぁ?・・・それにしても、舞台の上ってのは、なかなか気持ちが良いもんだ。そう思わないか、つばさ」
つばさ 「・・・(生徒の方へ目を向け)あぁ。今日初めて、そう思ったよ」
満足げに生徒達を見つめるつばさを見るひなた。


100. 数日後・ニンケン部室
 廊下を歩くつばさ。すれ違ったり、教室の中の生徒から声をかけられるつばさ。
男子生徒K 「またな、秋月ー!」
つばさ 「うん、また明日!」
女子生徒Z 「あ、秋月くん明日数学教えてー!」
つばさ 「おっけ〜。じゃあ俺は古文教えて!」
手で大きく丸を作る女子生徒。笑いながら手を振るつばさ。どんどん歩いて行く。
人気が少なくなっていく。旧校舎へ入る。進んでいくつばさ。最上階の、一番奥の部屋の前にくる。部屋のドアには、“人間研究会同好会”と、乱暴に修正された札がかかっている。それを見て笑うつばさ。ドアを開ける。部室には、紅茶を飲みながらソファでファイルや資料の整理をする凪沙、佑と、自席でファイルをめくるひなたの3人がいる。
凪沙 「お、つばさ(手を上げる)」
つばさ 「(同じく手を上げながらドアを閉め)遊んでないの、珍しいな」
ひなた 「喜べ、お前のプロフィールを変更していたんだ」
ひなた、今までめくっていたファイルをつばさに見せる。つばさ、歩み寄って中身を見る。
つばさ 「何か変なことでも書いてないだろうな・・・」
肩書き:なし、性格: ツッコミが鋭い、押しに弱い割と鈍臭い、すぐ顔に出る、何事も全力、意外に涙脆い と書かれている。
ひなた 「“完璧王子”と“生徒会長”って肩書きは、もう要らないだろう?」
つばさ 「当たり前だ、どっちも事実じゃない。あ〜・・・それ、肩書きのところに“ニンケン見習い”って追加しといてくれ」
ひなた、驚いて凪沙と佑と笑い合う。佑、ソファの方につばさの分の紅茶を置く。
佑 「つばさも、座ってお茶にしようよ」
つばさ 「いただきます(座って飲み)うん、今日のも美味しいです!」
佑、微笑んで凪沙の横に座る。つばさ、普段より散らかった部室を見回す。
つばさ 「整理、俺も手伝うよ」
ひなた 「気が利くな、じゃあ、あっち側は任せた」
つばさ、紅茶をもう一口飲むと、立ち上がりシャツの袖をまくる。
つばさ 「しかし、大掃除もしたはずなのに何でこんなに汚いんだ・・・?」
ひなた 「大掃除後はイベント三昧だったからな。あっという間に元通りだ」
つばさ、肩をすくめながら笑っている。


101. 部室前廊下
 一人の女子生徒が、辺りを見回しながら旧校舎の廊下を歩いている。
つばさM 「己を貫く決心が着いたら、旧校舎の最奥へ」
女子生徒、ニンケンの部室前に辿り着き、深呼吸してノックする。


102. ニンケンの部室
 ノックに手が止まり、振り向く4人。
ひなた 「依頼人だ。どうぞ!」
扉がゆっくりと開く。


103. 部室前廊下
 扉をゆっくりと開ける女子生徒。散らかった室内と、4人の生徒が笑顔で待ち構えている。
つばさM 「ニンケンはいつでも、新たな依頼者を待っている」
立ち上がるひなた。
ひなた 「ようこそ。依頼人の方で、お間違い無いかな?」


            最終話「ニンケン」終



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