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月は白く、兎は黒く。 第一話

第一話



初めて見た時、なんの冗談なのかと、私は何度も自分の目を擦った。
それでも、その現象は変わらずそこに在った。

夜が消えた。
正確には、太陽が沈んでいるのに暗くならなくなった。
時刻はもう22時を過ぎる頃だというのに、この街は真昼の様に明るい。
空がそんな状態だから、月は、もう何日も真昼にたまに見えるあの薄ぼんやりと青白い姿のまま浮かんでいる。
それがこの街だけで起きている異常な現象だと言うことは、こちら側とを隔てるモヤのような曖昧な境界線の向こうの隣街に今まで通り訪れている夜が、すぐに証明した。

時を同じくして、またもやこの街だけに、真っ黒な兎が何匹も出現する様になった。ネズミやハクビシンはともかく、街中で兎に遭遇することは人生の中でほとんど無いだろう。都心から少し離れているとはいえ、近くに山があるわけでもない住宅街だ。最初は、どこかの家から逃げ出したのだろうと考えられていた。
しかし、その真っ黒な兎は日を追うごとに出没回数と羽数を増していくようになり、目撃されたどの兎もルビーのような赤い目をしていることが明らかになった。

兎に赤い目。
ありがちなイメージだが、実際には思った程多くない。
というのも、赤い目の兎は、体が白色の「アルビノ」と呼ばれる種類に限られるからだ。

そう。だから、”目の赤い黒兎”は、存在しないはずなのだ。

同時期にあり得ないはずの奇妙な現象が2つも発生したこの街は、当然世間の注目の的になった。
原因を追求しようとするメディア、考察する自称天文学者、溢れかえる野次馬…

全く、この街の住人の身にもなって欲しいものだ。

現在、様々な研究チームによってこの奇妙な現象の原因究明が急がれているが、未だ糸口は見えていないー
と言う、有益さのかけらも無い様なネットニュースを流し読みしながら、私は例の曖昧な境界線沿いを歩いて自宅へと帰っていた。

夜空に浮かぶ金色の月と、それに照らされて滲み上がる街並みが好きだった。
もちろん隣街へ行けば、その光景はいとも容易く見ることができる。

「そうだけどそうじゃないよね」

ほとんどため息のような独り言を溢しながら突き当たりを曲がると、青白いままの月を見ながら騒ぎ立て、境界線の写真を撮って喜ぶ野次馬で溢れかえっていた。

そこは人が3人並んで歩くには窮屈な程の細い路地。月と境界線に夢中な野次馬は、自分達が人の行く道を塞いでいる事に気づく様子は微塵も無かった。

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