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鉄道論議‐ローカル線と沿線自治体

先日の東洋経済オンラインに、ここ1年ほど私が常々思っていたことが見事に書かれていたので、まずはシェアさせてください。

東洋経済の「鉄道最前線」は私も大好きで、よく読んでいるのですが、今までで一番、いわば「刺さった」記事でした。少し長めですが、冒頭部分を引用させてください。

国鉄分割民営化から33年が経過した2020年、JR各社が抱える赤字ローカル線の存廃がクローズアップされている。
JR東日本は災害で不通となった区間について地元と会議を重ね、経営難に陥ったJR北海道は「単独では維持するのが困難な線区」を公表。JR四国は鉄道網の維持に向けた懇談会を行い、JR九州も地元と議論を始めたい意向を示した。
論点となっているのは、沿線市町村や道府県の財政支援の体制だ。JRや国は、極端に利用の少ないローカル線の存続を求める自治体に対し、赤字補填や設備投資のための税金投入を求めている。鉄道を持続させたいなら、地元からの恒久的な支援が不可欠だ。
しかし、自治体の多くは冷淡だ。
今年1月10日、北海道庁は、北海道運輸交通審議会でJR北海道線への赤字補填や設備投資への補助を拒絶した。他地区でもJRローカル線の将来像について地元との話し合いは進んでいない。

そうなんです。ローカル線の問題で必ず出てくるのが自治体の姿勢。今回はこの問題について考えてみたいと思います。

日高本線の廃止問題

昨年11月、2015年の高波災害の後、翌年の台風被害の影響もあって不通が続いていたJR日高本線の鵡川-様似間について、沿線7町のうち浦河町を除く6町がバス転換を容認しました。不通から4年、沿線自治体の意見はまとまらず、ただ費用負担だけは頑なに拒み、結果として廃止という流れになったことは記憶に新しいところです。仔馬が駆けるのどかな牧場地帯や、日高昆布が線路際に干してある海岸風景をもう鉄道が走ることはないのかと思うと、極めてやりきれない思いをした私ですが、この時の浦河町長の会見には耳を疑いました。

「我々は、JR北海道から疎んじられている」

本気でそう思っているのか? 何かの冗談なのではないかと思いました。疎んじてきたのはどちらの方か? 沿線として利用促進策を考えるわけでもなく、駅に降りても観光客を出迎える何かを整備するでもなく、鉄道には見向きもしなかった自治体が、いざ廃止されると聞いてJRを責め立て、そして求められる費用負担には耳も貸さない。そのような姿勢でいながら、「疎まれている」とは、どこの口がそれを言うのかと心底あきれ返りました。

もともと2015年1月の高波被害で不通となった区間について、4月にJR北海道は復旧費用には26億円がかかり、災害復旧の場合はJRが4分の1を負担するが、自社で負担できるのは1億円程度しかなく、費用負担の在り方について国交省と協議するとして、なかなか工事に入ることができませんでした。その後、9月には台風によって被害範囲が拡大、さらに復旧長期化が懸念された矢先、11月になって、国が3分の1の10億円を、JR側も同じく3分の1を、後は北海道と地元自治体で3分の1を負担するというスキームが提示されました。当初の話よりかなり前進した状況となりましたが、これを北海道および地元自治体は拒否、協議は再び逆戻りとなりました。その後、2016年9月には再び台風によって損壊箇所が増え、11月にはJR北海道が「単独では維持することが困難な線区について」を公表し、経営問題へと発展、日高本線の復旧は完全に暗礁に乗り上げました。

それから何年もが経過し、結局何ひとつとして、ものごとを進めることができないまま、ついに昨年11月、バス転換容認が意思決定されましたが、最後まで全線復旧(ただし地元負担なし)というあまり現実的でない案を推し進めていた浦河町長が上記のような発言を行ったというわけです。

費用負担を拒む自治体

地元自治体が費用負担を拒むのには理由があります。上記の記事を再び引用します。

自治体がJRローカル線に冷淡なのは、鉄道維持に税金投じる財政的な余裕がないからだ。90年代半ばから地方税収が落ち込む一方、社会保障費の増加が顕著である。
地方では鉄道を利用する住民が極端に減っている。有権者と議員の関心は低く、税金投入に理解を得られない。

そうです。そもそも地方自治体はお金に余裕がない。北海道庁も同じく、なかなかおいそれと税金を投じる余裕がない。それは事実です。事実ですが、第三セクターをはじめとする地方鉄道には、自治体が資金を出しているケースがほとんどです。決して資金に余裕があるわけではない自治体ですらかなりの資金を拠出しているケースもあります。

これは、彼らが、資金を拠出してでも鉄道を維持しようと覚悟を決めたからです。国鉄から転換された第三セクター鉄道は、いわば国から不要と認定された鉄道。それを資金を出してでも維持し続けようと覚悟したからこそ支援をし続けている。ところが、JRのまま移管された路線の沿線自治体は、JR発足から30年間、自分たちが資金を出さなくても、利用しなくても、鉄道があることが当たり前という感覚が染みついてしまった。それがJR北海道の経営問題や災害が発生したタイミングで、やはり鉄道を維持するのには自分たちの覚悟とそれなりの支援が必要なのだと気づかされた時、彼らは資金を拠出するという決断を下せなかったというわけです。

今のスキームでは、仮に国が何分の一かを負担したとしても、地元自治体が費用負担をしないのであれば鉄道を維持することはできません。維持ができないのであればそれは廃線と言うことになりますが、やはりそこでも沿線自治体は反対します。

上記の記事では、さらにこう続けます。

ならば、運営コストの安いバス輸送でいいのではないか。
ただ、自治体や議員、首長はそう思わない。自分たちの世代で鉄道を失うことには、いろんな意味で抵抗感があるのだろう。「鉄道はわが町のシンボルだ」「観光客誘致のために必要だ」と訴え、「JRの経営努力が足りない」と批判する。今まで放置してきた地元にも大きな問題はあるが、なぜか知らないふりをする。

言い換えれば、「自分たちは使わないけど、きっと観光客が使うでしょ」というわけです。でもですよ、駅から降りて、では何がありますか? 地元の人が出迎えてくれているわけでもない。観光案内所があるわけでもない。バスで乗り継ごうにもバスはない。駅前に放り出されて、旅人は途方に暮れるだけ。そんな駅は北海道にたくさんあります。観光客すら出迎える覚悟もないくせに、やれ「観光客誘致」だ、「インバウンド」だと、本当ですかい?

金は出さない。知恵も出さない……と、ふと思いました。知恵を出さないのではない。出せないのではないかと。そう、私は、地元自治体は費用負担以外にも問題を抱えているのではないかと思うのです。

費用負担だけではない、自治体の悩み

JR北海道から単独では維持できない路線に指定された沿線の自治体は、大体は小さな自治体です。職員数も限られている。これまで30年間、何もしなくてもJRが鉄道を運行してくれ、路線バスも補助金さえ出せば誰も乗っていなくても地元バス事業者が運行してくれた。そんな中で、公共交通について何かを企画できる職員が育とうはずがありません。

そう、公共交通について考えることができる職員がいない。だからこそ沿線自治体は壊れたラジオのように「金は出せない」「JRの経営努力が足りない」「国鉄分割民営化の失敗のツケだから国が支援すべき」と繰り返すことしかできない。覚悟を決めてこれからのことを何か考えようとすることすらできない。沿線自治体に足りないのはお金もさることながら、そういった人材だと私は思います。

そういう意味では、現北海道知事の鈴木直道夕張市長が下した決断はある意味すごかったといえるでしょう。鈴木氏は、夕張市の財政が厳しく資金が拠出できないこと、そして職員の数が圧倒的に足りないことをよく知っていました。数も不足していれば、公共交通を専門とする人材がいないこともよく知っていました。だからこそ、夕張支線の廃止を自ら切り出すとともに、その条件として、廃線敷地の無償提供に加え、JR北海道から、廃止後の公共交通体系再構築を専門に扱う人材の提供を求め、それを認めさせたのです。JRでずっと働いてきた幹部職員ですから、地元自治体の職員とは、公共交通に対する専門的知見には雲泥の差があります。その職員の知見も活かし、また、幸運なことに夕張には夕鉄バスという地元バス事業者もあって、廃止後10年間は維持できる公共交通体系を築くことができました。

そう思うと、この鈴木氏というのはなかなかの策士だと思います。北海道では先日、JR北海道に対して「利用促進以外の支援は行わない」と発言しました。そのことはまた別の機会でも書こうと思いますが、鈴木氏がもし夕張で行わせたことをJR北海道に今後行わせようと考えているなら……。どうせ維持できない路線は出てくる、その際は夕張の時と同じように、公共交通を維持できるスキーム作りをいっしょにやって、よき撤退戦をしようと考えているのだとしたら……考えすぎのような気もしますが、彼のことですから、そんなことを考えているのかも知れません。

いずれにせよ、特にJR北海道の沿線自治体には、意識の変革が求められます。国の制度を変えるのは大変です。今のスキームでは国が直接赤字補填をしたりするスキームは組めません。それを大前提として、それでは「おらが町」は公共交通というものをどうしようと思っているのかを、この経営問題を契機として、自ら考え、またはJRといっしょになって考えていくことこそが、彼らに求められていることであると、私は考えます。

(トップ写真は筆者撮影。2014年9月、日高本線・節婦-新冠間にて)

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