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記事随想-JR四国の経営問題

3月31日、国土交通省はJR四国に対し、経営改善へ向けた取組みを求める指導文書を手交しました。

どうしても本州3社か、既に経営問題が表面化しているJR北海道と比べると取り上げられることが少ないJR四国ですが、それでもJR四国は、国鉄分割民営化の検討段階から、JR北海道と同じく、経営には厳しい予想がなされていた会社です。

JR北海道は、札幌という大都市がありますが、多くの部分は人口希薄な地域を走ります。また冬季の除雪費用もかなり経営を圧迫する要因になっています。とはいえ、札幌圏を中心に一定の通勤需要が存在し、新千歳空港との鉄道アクセスもあります。

それに対し、JR四国は、最も人口の多い都市は松山市の40万人程度で、通勤需要は限られます。空港アクセスはどの県も専らバスがそれを担っています。県庁所在地どうしや岡山経由で各県への新幹線乗り換え需要はありますが、それも、分割民営化当時と比べると高速道路の延伸が目立っており、高速バスネットワークが充実して、肝心の都市間輸送も減少しています。ともすると、JR北海道以上に経営環境は厳しいとも言えます。

指導文書の内容

今回、国土交通省は、JR四国が平成23年に定めた経営自立計画に定めた、今年度末経常利益3億円という目標について、計画未達となる見込みとなったことに伴い、指導文書を手交しました。

その内容は、①未達原因の分析と報告②今年度事業計画の実施状況の四半期毎の検証と開示③今年度中に、来年度から10年間の長期経営ビジョン、5年間の中期経営計画を策定し、令和13年度(2021年)の経営自立を目指すことと四半期毎の検証と開示④外部意見の経営への反映⑤地域関係者と一体となって、持続的な鉄道網確立へ向け、二次交通も含めたあるべき交通体系について検討を行うこと、となっています。

内容だけを見ると、2018年に国土交通省がJR北海道に示した「監督命令」と似通った内容となっていますが、JR四国は「監督命令」ではなく「指導」という扱いになっています。ただし、日本経済新聞によれば、内容は同じということで、実質的には同じ取扱いであるともいえます。

本件を受けて、JR四国の半井社長は「重く受け止める」とコメントしましたが、日本経済新聞によれば、昨今の外出自粛等の影響が続けば「赤字路線の廃止検討も避けられない」との考えを示した、とのことですので、今回の文書でも求められている「あるべき交通体系の検討」は確実に必要になってくると思います。

JR四国各線の状況

これまた報道があまり多くないのですが、JR四国はこれまで沿線4県との間で「四国における鉄道ネットワークのあり方に関する懇談会II」というものを設置しており、その中のJR四国側の資料で、各線・各区間の営業係数等が示されています。

それによれば、黒字路線は瀬戸大橋を渡る本四備讃線のみであり、それ以外のすべての路線が赤字となっています。最大の赤字を出しているのが土讃線の琴平-高知間で17億6,000万円、次が予讃線の松山-宇和島間(内子線を含む)で12億4,000万円となっています。それでは、この赤字額の大きな2区間が、半井社長の言う「廃止検討」の対象となり得るのかというと、そんなことはないでしょう。最大の赤字を出している土讃線の琴平-高知間は四国山地越えの険しい区間ではありますが、途中に阿波池田、土佐山田、ごめん等の主要駅を抱え、岡山・高松から高知を結ぶ都市間連絡上の重要な路線です。予讃線の松山-宇和島間も新居浜・今治を抱える松山までの区間と比べれば小さいものの、大洲・八幡浜・宇和島と愛媛県の主要な都市を結んでおり、その存在意義は大きく、廃止議論は早いでしょう。もし廃止の可能性があるなら、別の路線となりそうです。

そこで注目するのが、具体的な赤字額よりも営業係数です。100円を稼ぐのにいくら費用が必要なのかを表した営業係数こそ、その路線の現状を把握する上で重要になってくるでしょう。営業係数で見ると、土讃線・琴平-高知間は175、予讃線・松山-宇和島間は157と、赤字なので100は超えているものの、決して危機的な数値の悪さではありません。この程度の営業係数ならJR東日本の路線にだってあります。

営業係数で最も悪い数値となっているのは予土線です。赤字額は9億3,000万円ですが、営業係数は1,159と、100円を稼ぐのに1,000円以上を要するという数字になっています。これは単独では維持困難な区間とされているJR北海道の宗谷本線・名寄-稚内間の数字よりもひどい数字です。かねてより閑散路線として認知されていましたが、国鉄時代は周辺道路が未整備ということで廃止は免れていました。引き続き営業係数は悪いし、輸送人員は300人台、その換算ぶりは相当のものです。沿線には大きな街もなく、県境を挟んでいることから通学需要も少なくなっています。

しかし、現在に至っても予土線廃止の噂は聞こえてきません。2018年の夏に豪雨災害で甚大な被害を受けましたが、その時も、JR九州の日田彦山線のように復旧を渋ったりはしませんでした。被害の規模も違うのでそのまま比べるわけにはいきませんが、それよりも、予土線はJR四国では名うての観光路線だからというのが正解でしょう。予土線には、しまんトロッコ、海洋堂ホビートレイン、そして「日本一遅い新幹線」こと新幹線0系を模した鉄道ホビートレインの通称「予土線三兄弟」が走り、遊び心にあふれた車両が走っています。また、清流として名高い四万十川沿いを走り、美しい景色も魅力です。近年の輸送人員も復調傾向にあり、今後も観光路線として利用価値はありそうです。

次に営業係数が悪かったのは牟岐線の阿南以南で635、つづいて予讃線の通称海線と呼ばれる向井原-伊予大洲間の547です。このうち、予讃線の通称海線区間は観光列車「伊予灘ものがたり」が走り、青春18きっぷのポスターでおなじみの下灘駅のほか、春の菜の花など、予土線と負けず劣らずの絶景路線として知られています。松山近郊で観光客も多く、輸送人員はかねての半分以下に落ち込んでいるものの、今後も貴重な観光路線として活用されるでしょう。

その一方で、少し心配なのは牟岐線です。次に、その牟岐線についてみてみたいと思います。

牟岐線の将来

牟岐線は、徳島から阿南・日和佐・牟岐を経由して海部までを結ぶ路線で、終点の海部からは第三セクターの阿佐海岸鉄道が一瞬だけ高知県に入って甲浦までを結んでいます。もともとは阿波と土佐を結ぶ阿佐線として、室戸岬を回って、現在奈半利まで伸びている土佐くろしお鉄道ごめんなはり線と接続する計画でしたが、結局国鉄が建設・開業したのは海部までで、そこから先はほとんど工事が完了していた甲浦までの間を第三セクター阿佐海岸鉄道を設立して運営をはじめました。阿佐海岸鉄道はわずか2駅、ちょっとだけ高知県に入ったところで線路はぷっつりと途切れています。

私は、牟岐線と阿佐海岸鉄道を2018年の夏に旅をしたことがあります。田井ノ浜の海岸線は美しかったですし、日和佐の薬王寺から望む街並みもきれいでした。阿佐海岸鉄道も随所で海を望むことができました。ただ、そうはいっても、海沿いを走る区間はわずかですし、著名な観光地もありません。夏休みシーズンというのに列車や駅にひと気はまったくありませんでした。特急むろとが走っていますが、観光列車のようなものはなく、JR四国もそれほど力を入れていない路線のように見えました。

牟岐線は、2019年3月のダイヤ改正で、乗客が多い徳島-阿南間に日中30分毎のパターンダイヤを導入する代わりに特急列車が削減されました。特急むろとは運転区間を徳島-牟岐間に短縮し、牟岐から徳島へと向かう上り2号が朝方、徳島から牟岐への下り1号が夜に走る、いわば通勤ライナーのような列車に成り下がってしまいました。阿南以南の末端区間においては普通列車の本数も削減されました。もはや、JR四国は牟岐線末端区間の活性化を放棄したようにさえ思います。

その代わりとして打ち出されたのが、阿南での高速バスとの接続改善です。阿南まではわかりやすいダイヤで30分ごとの高頻度運転を行って乗客を運び、そこからは少ない列車本数の代わりに、同じく末端区間で空席が多かった高速バスにつなげる。鉄道もバスも双方、乗客の食い合いをせずにwin-winな関係を築けそうです。競合路線から協調路線へ、総合的な交通体系の維持を考えるならば、これは画期的な取組みであると思います。この新しい取組みがこれから広がっていくと今後の公共交通体系の維持に向けて面白い事例となるかも知れません。

ただし、心配されるのはそこからの将来です。今回、JR四国が打ち出したのは、裏を返せば「牟岐線末端区間については列車で移動してもらわなくても構わない。自社線に乗ってもらう必要はない」ということです。この施策がうまくいけばいくほど、牟岐線末端区間の存在意義はなくなります。すぐに廃止にはならなくとも、何らかの災害等が起これば、復旧の優先順位は下がるでしょう。JR四国としては、今後も特段の活性化策を講じることなく、自然体で対応するということになるのではないでしょうか。

そんな中、さらに末端の阿佐海岸鉄道は思い切った施策に打って出ます。数年にわたり試験を行ってたDMVをついに導入します。線路の関係から、海部ではなく、ひとつ手前の阿波海南からDMVで走行し、甲浦で線路を降りて室戸岬方面へと向かいます。阿佐海岸鉄道としては、鉄道車両の更新費用を捻出することが難しく、かつ自社の路盤を有効活用するには、このようにするしかなかったのでしょう。ただ、DMVには、これまでの開発段階でも、鉄道車両に求められる車体強度上の問題や、大量輸送に適さない車体構造、車両耐久性の低さ、路線バスとの優位性の低さ、鉄道車両免許とバス車両運転免許双方を持つまたは運転者の交代の必要性など、さまざまな問題が指摘されてきました。これらの問題をどうクリアしていくのかが課題となります。しかも途中で県境を越えるため、通学需要もあまりないことから、何年走り続けることができるか不透明な気がします。

沿線人口が少ない中、それでもローカル線を維持・活性化するには、いかに観光需要を喚起するかですが、乏しい観光資源、海沿いや清流などの絶景区間の少なさからすると、牟岐線ではそれもまた難しいと思います。

今回の国土交通省の指導を受けて、これからJR四国が、どう具体的に「あるべき交通体系の検討」を地元自治体と協議していくのか不明ですが、最初に俎上に上るのは牟岐線阿南以南かも知れないと思っています。

(トップ写真は筆者撮影。2018年8月、牟岐線・田井ノ浜付近にて)

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