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🇩🇪ロマンチック街道と🇦🇹オーストリア8日間の旅

 □ 海外旅行の思い出

 年末の大掃除をしていたら、2007年6月にお客様ご夫妻と🇩🇪🇦🇹を訪ねた際のレジュメが出て来たので、忘れない内に投稿します🤔

 お客様のご親戚が近畿日本ツーリストに勤務しておられるとのことで、近ツリの「ホリディ」の✈️パックツアーで2007年6月7〜6月14日 34名で出かました。

 6月7日 木曜日
 午前11:00に成田国際空港 第二ターミナルに集合でした。
 🛩出発は13:00 JAL日本航空407便

【成田国際空港より出発】
※所要時間12時間
時差マイナス7時間

 この頃は成田から🇷🇺上空を経て北欧諸国から🇩🇪フランクフルト国際空港に向かいました。
17:15分 到着。
 45分早くフランクフルトへ到着しバスに乗って、フランクフルト市内のホテルTRYP CITYへ到着し、ここに泊りました。

【ホテルTRYP CITY】
※🌟三ツ星や星が付いた宿泊先ではありませんが、快適に眠れたので、文句はありません。

 緊張していたのか?
 思いのほか早く目が覚めましたので、日課のウォーキングへ出かけた際に写した路面電車。
 LRT(Light Rail Transit)日本では、🚊低床式路面電車のことで、ここでも鉄道王国・日本での普及が遅れています。

【国土交通省が発表している
LRT(Light Rail)の普及状況】
※未だ未だ自動車に頼っている🥶お寒い状況です。
【フランクフルトのLRT】
※早朝から大活躍です。
フランクフルト市の人口は72万人。

 フランクフルトは、🇩🇪の首都ではありませんがそれでもLRTが元気に活躍しています。
 日本の国会議員の皆さん、地方議員の皆さん、海外視察に行っても未だ未だ勉強不足ではないでしょうか?

 早朝、日課のウォーキングをした後、朝食は🥞に☕️で済ませて07:45分集合し、🚌に乗り込み、フランクフルトからリューデスハイムに向かいます。 

【ドイツ本国の地図🗺】
※早朝のウォーキングの際にフランクフルトのコンビニで買い求めていたバイエルン州の地図です。

 🚌に乗って驚いたことは、自動車王国である🇩🇪でありながら、交差点に🚥信号が少ないことです。 交差点の多くは、ランアバウトになっており、左側から流入して来る🚙車両の流れに注意しながら、進むべき道に向かうのです。

【ランアバウト交差点の仕組み】
※環状交差点でも訳すべき交差点は、🚥が要らず電力消費を考えた節エネらしい🇩🇪では、至るところがランアバウト交差点です。
図は日本国内向けの説明ですが、🇩🇪は🇯🇵や🇬🇧と違い、右側通行なので、逆周りです。

 日本もただ反原発を唱えるだけでなく、電力を節約するインフラ整備にも議論を致すべきで、反原発論者の底の薄さを感じます。
 
□二日目 6月8日金曜日 世界遺産ローレライの砦

 居酒屋が立ち並ぶ〝つぐみ横丁〟を散策し、09:15発のライン川クルーズの乗船を待ちます。

【〝つぐみ横丁〟の賑わい】
※早朝にも関わらず、この賑わいです。
【リューデスハイム乗船口から対岸のビンゲンを望む】
※目の前を〝乳なる川・ライン川が流れています。

 リューデスハイムは、🇩🇪ヘッセン州に属し、ワイン造りの町です。この辺りのライン川ではなだらかな丘陵地にワイン畑が広がっています。

【ライン川下りクルーズ】
※対岸を航行するクルーズ船。
船内で昼食やワインも飲めます。

 09:15分乗船 ライン川下りの始まりです。ライン川渓谷はその古城群と共に世界遺産になっており、🛳船内で昼食フィッシュ&チップスとこの辺りで採れる貴重な貴腐ワイン、アイスワインもいただきました。 

【貴腐ワイン】
※アイスワインとも呼ばれて、甘い白ワインです。
デザート酒にも用いられます。懐かしくなると時々、
日本でも買い求めて飲んでいます。

 ライン川クルーズで驚いたことは、古城群が乱立していることの他に、ライン川航行も自動車同様に、右側通行が徹底していて安全運行に従事していることです。川だからと言って、浅瀬や岩もあるだろうし、クルーズ船の航行区域を川に浮かぶブイで示していました。

【ライン川航行区域を示すブイ】
※日本にはこんな川幅がないので、航行区域を示すブイは必要ないかもしれませんが、何処を航行できるかを示す必要はあります。
【ライン川古城群のエーレンファルス城】
【ライン川古城群のラインシュタイン城】
【ライン川古城群のライヒェンシュタイン城】
【ライン川古城群のフュルステンブルク城】
※この古城は個人所有だそうです😱

 古城群はホテルやレストランに改装されて、観光客を迎えていますが、中世ドイツではライン川航行の通行税を徴収するために築かれたとのこと。 ライン川の航行も日本の五街道同様に、通行するための運上(通行料=税)が多額になりまし💦

【ライン川プファルツ城跡】
※1326年の創建といいますから、日本では鎌倉時代の末期で、税関の役目を担っていました。
背後に聳え立つのがグーテンフェルス城です。
【ライン川古城群のシェーンブルン城】
ライン川沿いの古城ホテルでは最高級のホテルだそうです。
※背後に広がるなだらかな丘陵地はワイン畑です。
【ライン川古城群】
【ライン川沿いを走るDBドイツ鉄道】
※写真はIR(インターレギオ)
日本風に言えば地域間急行です。
🇩🇪は、日本や🇬🇧と違い、広軌と言って幅が日本の新幹線と同じ幅の1435mmあり、高速走行でも安定しているためICE並みのスピードで走ります。
【ライン川ボッパルド下船口から】
※クルーズ船はケルンやデュッセルドルフ
にも向かうようです。

 11:50分 名残惜しいですがボッパルドにて下船し、ドイツ最古の大学があるハイデルベルクへ。
 向かう途中、バス🚌車内からアナウンスがあり、ライン川下りの航行の難所ローレライの砦を撮影しました。
 流し撮りしましたので、ちょっとピンボケです。
ご容赦ください。

【ローレライの砦】
※砦の上部には🇪🇺の旗もひらめいていました。
岸壁の高さは132mあるそうです。

 ローレライはご存知の通り、🧝‍♀️水の妖精の美しき歌声に聞き寄せられた船頭たちが舟の操船を誤り、座礁させてしまったり、沈没してしまう水難事故があるとの伝説から、ここはライン川の操船の難所としても有名です。

【ローレライ ライン川の調べ】
※ヨハン・シュトラウスの代表作で、挿絵は水の🧝‍♀️妖精の美しき歌声に聞き寄せられる場面を描いています。


 毎年元日に🇦🇹ウィーンで催されるウィーン・ニューイヤー・コンサートでも時々、ウィーン交響楽団の演目に登場するヨハン・シュトラウス1世が作曲したワルツ『ローレライ ライン川の調べ』は、ヨハン・シュトラウスの代表作です。

【『ローレライ ライン川の調べ】
※ワルツ『ローレライ ライン川の調べ』の🎼楽譜の一部

 最近では、中々演奏の機会がありませんが、ご興味がお有りの方は、💿CD版ニューイヤー・コンサート1979年盤 ウィーリー・ボスコフスキー指揮 ウィーン交響楽団演奏では、第一曲目に収録されています。

【『ニューイヤー・コンサート1979年盤】
※最後の最後にアンコールで演奏される『ラデツキー行進曲』までしっかりと収録されています。
ヨハン・シュトラウス1世が
ラデツキー将軍のために作曲した行進曲が出来るまでは、
ワルツ『ローレライ ライン川の調べ』
が彼の一番の出世作でした。

 🔔 HEIDELBERG ハイデルベルグ
 ⚽️ブンデスリーガに所属しているカールスルーエ
 行政管区にあり、海抜114m。
 隣り町はマンハイムという大きな街があります。

【ハイデルベルク旧市街】
※ハイデルベルク城から旧市街、マルクト広場を望む。
ネッカー川沿いに広がる町であることが解ります。
【バーテン=ヴュルテンベルク州の紋章】


 バーテン=ヴュルテンベルク州に属しNATO軍司令部も置かれたことから、🇺🇸人が多く住んでいます。
 この町に入ったら、バイクのハレーやらキャンピングカーが多かったのも頷けます。

【ハイデルベルク城】

 ハイデルベルク城跡の城内を見学し、

【ハイデルベルク城】


 ハイデルベルク大学構内にある22万1726㍑あるワイン樽も拝見しました。

【ハイデルベルク大学構内のワイン樽】

 大学を出て、ハイデルベルク旧市街を散策します。ネッカー川に架かる古い橋・アルテ・ブリュッケを観て周ります。

【ネッカー川に架かるアルテ・ブリュッケ】

建造物で最も古い騎士の館ツムリッターを見学し、

【騎士の館ツムリッター】
※現在は、ホテル&レストランに改装されています。

旧市街の広場マルクト広場で休憩です。

【ハイデルベルクのマルクト広場】
※ドイツのあちこちにマルクト広場と命名された広場があります。マルクト広場とは市民広場の意味で、
憩いの場となっています。

 その後🚌に乗り込み、今日の宿泊先ローテンブルク(Rothenburg ob der Tauber)へ向かうために、古城街道を南下します。
 不覚にも🚌車内で寝入ってしまい、古城街道の雰囲気を写し出す写真が一枚もありません😥
 ローテンブルク旧市街の中にあるPRINZホテルへ到着です。
 このホテルは印象に残っています。

【PRINZホテル】
※ローテンブルク旧市街の雰囲気そのままに、木組みのホテルでした。私の部屋は二階真ん中、とても良い部屋でした。
【PRINZホテルから】
※窓には虫除けのゼラニウムのプランターがありました。

 夕食は🥗サラダ、ソーセージに🍺。デザートは🍨アイスクリームが出されました😋
 夕食後、日課のウォーキングを兼ねてローテンブルク旧市街を独りで散策しました。

【ローテンブルク旧市街】
【ローテンブルク旧市街】
※治安もよく、独りで歩いていても不安は感じません。

□ 3日目 6月9日土曜日 ローテンブルク旧市街

 まさに、中世ドイツにタイムスリップしたかのような街並みでした。ドイツの民族衣装を着こなす方々も大勢おり、09:00の集合前に独り散策してみました。

【マルクト広場にあるローテンブルク市庁舎】
【ローテンブルクのレーダー門】
【ローテンブルク旧市街】
【ローテンブルク旧市街】

 09:00集合で添乗員さんの後に付いてローテンブルク旧市街を🚶‍♀️散策で始まりました。
 添乗員さんのご案内で、ローテンブルク旧市街のマルクト広場へ行き、市庁舎並びにマイスタートゥルンクの仕掛け時計を観ました。

【ローテンブルク旧市街】
【マイスタートゥルンクの仕掛け時計】
※現在でも正確に時を刻み、毎00時になるとカラクリ人形が動き出します。

 ローテンブルク旧市街には、一年を通して🎅クリスマス商品しか扱っていないKäthe Wohlfahrt がありました。

【Käthe Wohlfahrt のパンフレット】
※大人も童心に還れるステキなお店です。
お土産にスノーボールを買って帰りました。
今でも、世話になった育成リーダーにあげましたが記念に持っていてくれているとのこと。

 日本語では、「ケイト・ウォルファルト」と読むと思います。創業は昭和39年ですから、今年で59年を迎えますが、クリスマス・ミュージアムも併設されていました。アーノルド・シュワルツネッガー主演の🎞映画『トゥーライズ』では、お土産のスノーボールはダサいと🗑ゴミ箱に捨てられていましたが、ちょっとしたメルヘンがあって、私は時々買って来ますが、スノーボールって高いですよね。

【ノイシュバンシュタイン城の
お土産店で買ったスノーボール】
※もう15年も飾ってあります。

 ローテンブルク旧市街の午前中は自由時間でしたので、市庁舎の塔には登らず、中世犯罪博物館やローテンブルクで有名なお菓子・シュバーネルのお店に行きました。

【シュバーネル】
※薄力粉と卵、バターに砂糖で練り、揚げた郷土料理です。
素朴な味です。

 シュバーネルとは、ドイツ語で雪玉のこと。ローテンブルクの名物お菓子です。食べた写真が見当たらないので、ググってみました。
 ローテンブルクを後にして、昼食会場でもあれロマンチック街道筋の町・ディンケルズビュール(Dinkelsbühl)に向かうため、再び🚌に乗り込みアウトバーン7号線を南下します。
 🚌のドライバーはアレキサンダーさん。気のいいオッチャンです。

【ドライバーのアレキサンダーさん】
※ツアー参加者に持参の📓ノートで何か書いてくれと、頼まれたのでカタコトの英語で、気さくで運転が上手だと褒めてあげたら、
記念に写真を撮ろうと肩に手を回してくれました。

 ここも木組みの美しい町並みで、ドイチェスハウス聖ゲオルグ教会を拝見した後、 

【昼食会場EISENKROG】
※このレストランの地下が会場でした。
【昼食の🐂ビーフの煮込み】
※付け出しに、🥔茹でたジャガイモボールに揚げたオニオンスライスのトッピングと赤キャベツの酢漬け。
とっても美味しゅうございました😋

EISENKROGで🥬野菜スープ、🐂ビーフの煮込みにデザートはバニラクリームでしたが、〝もちのろん介〟で🍺もいただきました。

【ディンケルスビュールの旧市街】
※石畳みが続きます。

 中世の町並み、鉄の鎧を着た騎士団が現れそうな、そんな趣きのある町です。
 ディンケルスビュール旧市街は町の景観を大切にするため、大型観光🚌や大型車は旧市街の堀の外にある駐車場に停めねばなりませんので、再び昼食会場から駐車場まで歩きます。

【ディンケルスビュール旧市街の堀】
※自然の景観を活かし町造りが中世の時代から息づいていました。

 🚌はロマンチック街道を南下、ローマ風の街道を走り、ノルトリンゲン(Nörtdlingen)アウグスブルクなどを通過します。
 アウグスブルク(Augsburg)は、旧ローマ帝国の皇帝・アウグストゥスから由来していると添乗員さんから教わりました😱
 そして、今日の宿泊先であるシュバンガウ地区のSCHWAN STEINホテルへ到着。

【SCHWAN STEINホテル】
※こじんまりとしたホテルで1階の食堂がレストランにもなっていて、私の部屋は2階でした。

 ☔️雨男参上❗️ ということもあり、🇩🇪ドイツ旅行のハイライトが☔️、雨も強くなりお手上げです😢仕方ないので、散歩もせずに夕食です。
 この日の夕食は、🥗サラダ、🐖ポークの照り焼きクリームソース添え、フルーツサラダにアイスクリームでした。
 山小屋風のホテルがこの地方ならではの感じです。🍺ビールも美味しくいただきました。
 が、夕食を食べ終わる頃には、雨も上がり、せっかくなので、ノイシュバンシュタイン城が見える辺りまで、長閑な牧歌風の農園を散歩してみました。

【シュバンガウ地区から白亜のお城】
※小学生の頃、年末恒例に放映されていた🎞『大脱走』、🇺🇸パイロットで調達屋のジェームズ・ガーナーが練習機で脱走を図るシーンで、このノイシュバンシュタイン城の遠影がワンカット入ります。
そんなイメージバッチリです👍🏻
【🎞『大脱走』のワンシーン】
※練習機が大空を滑空している際に、ほんの数秒、シュバンガウ地区からのノイシュバンシュタイン城が映ります。
『大脱走』実話だということも驚きですが、年末は楽しみにしていた娯楽映画でした🎬

 夕焼けに染まるノイシュバンシュタイン城。

【ノイシュバンシュタイン城】
※白亜のお城だけに夕焼けで紅く染まります。

□ 4日目 6月10日 日曜日 ☀️
 08:00出発ですが、朝早く目が覚めて朝から散策しました。

【早朝のノイシュバンシュタイン城】
※朝陽に照らさられる白亜のお城。いよいよ、今日向かいます。この高揚感で朝早く目が覚めてしまいました😅

 ミニバスで山に登り、お土産店→マリエン橋。
 マリエン橋から観るノイシュバンシュタイン城(Schl.Neuschhwanstein)日本語に訳すと🦢白鳥の城がこちら。

【ノイシュバンシュタイン城】
※数々の絵葉書やジグソーパズルでお馴染みの構図、まさに〝鉄板〟です。

 有名過ぎるマリエン橋ですが、橋を撮っていなかったようで、マリエン橋はググってます🙇🏻‍♂️

【マリエン橋】


マリエン橋からノイシュバンシュタイン城に徒歩で向かいます。

【ホーエンシュバンガウ城】
(Schl.Hohenschwangau) 
※マクシミリアン2世が築いた城ですが、同じ地区にありながら訪ねる方々はまばらです。 
【マリエン橋からとぼとぼと歩いていると‥‥】
※入城予約制で勝手気ままに入城は出来ません。

 入城ゲートに着くと、私たちは08:45分入城組です。入城ゲートはドイツ語圏、英国圏、フランス語圏、スペイン語圏の他に日本語コースもありました。すると、後ろで騒いでいるアジア人ツアーがいます。

【ノイシュバンシュタイン城 入城ゲート前】
※ゲートは幾つかに分かれていますが、日本人は大人しく慎ましいので入城の際も優遇されていました。

 そう、お隣の国です。 
 何で日本語があるのに、ハングル語がないのだと現地スタッフに絡んでいました。 
 現地スタッフの方が私たちのそばを通る時に、ウインクしていきました。

【ノイシュバンシュタイン城】
※フレスコ画を思わせる壁画が印象的です。

 ノイシュバンシュタイン城の入城の玄関です。

【ノイシュバンシュタイン城】


 中は、撮影禁止なので写真はございません。なので、再びググってみました。

【城内・寝室】
【城内・王座の間】
【城内】

 ちゃんと日本語解説の案内テープにより解り易い城内説明がありました。
 このお城を建てたバイエルン王であるルードヴィッヒ2世は、172日しか滞在出来ず、未完のまま工事が終了してしまったとのこと。
 財政難を招くとして時の宰相ビスマルクによって幽閉されてしまいます。

【鉄血宰相ビスマルク】
※プロイセンを中心に現在のドイツ領国を統一して初代ドイツ宰相となりました。


 ビスマルクと言えば、鉄血宰相の名で知られて、世界で初めて「年金制度」を導入した大臣です。
 当時の🇩🇪の前身プロイセンはあちこちで戦争をしていたため、戦費調達のため苦肉の策として思い付いたのが、年金でした。
 でもこれだけ有名なノイシュバンシュタイン城ですが、世界遺産に登録されていません。

【ノイシュバンシュタイン城】
※ルートヴィヒ2世が24歳だった1869年に着工されました。日本では、幕末から明治に変わった明治維新の直後のことです。

 玄関ホール→召使いの間→王座の間→寝室→冬の庭→歌人の間→台所が観覧コースです。
 後日、別のお客様ご夫妻がお嬢様と連れ立ってドイツ旅行に行かれるとのことで餞別を持参したところ、お土産に高価なノイシュバンシュタイン城の模型をいただきました。

【ノイシュバンシュタイン城の模型】
※城内の出口付近にここでしか販売していないお土産がありました。
退館して大変、後悔した中にこの模型がありました。
社長ご夫妻は、後悔した話しを覚えておられて、買って来て下さいました。
🥹感激の一品です‼️

 名残りは尽きませんがツアー旅行ですので、次の昼食会場が決まっていますので、アレキサンダー氏がドライブする🚌に乗り込みます。
 🚌は、西に向かいます。
 バイエルン州シュタインガーデン行政区にある世界遺産⛪️ヴィース巡礼教会へ向かう途上、ホッペン湖畔にあるALPEN BLICKに立ち寄り、ランチです。

【ホッペン湖畔】(Hopfen am See)
※遠浅の湖が広がっていました。
【ALPEN BLICK】

 ラビオリのスープ、湖畔で採れた白身魚のムニエルにデザートはババリアンクリーム。
 いづれのデザートも甘過ぎるくらい甘いデザートで甘党の私でも甘く感じたので、甘いのが苦手な方は食べ残していました。
 🗣添乗員さん曰く、
日本の料理とは違い、🇩🇪の料理にはミリンや砂糖を加えることがないので、デザートはより甘いものが供出されるのだとか。
 お国柄の違いもあるようです。

【シュタインガーデン行政区の紋章】

 ヴィース巡礼教会は世界遺産です。
1752年に創建とありましたので、日本では江戸時代中期、元禄の頃です。
 完成は1754年といいますから、着工から約2年の歳月を要したのですね。

【世界遺産ヴィース巡礼教会】
※美しい牧草地の中にある教会でした。

 ロココ様式の内装や涙を流したとされるキリスト像が有名です。

【ヴィース巡礼教会のロココ装飾】
※ベルクミュラーが描いた祭壇画と共に、キリスト像があります。
鞭に打たれるキリスト像から涙が流れたとされ、それが巡礼教会建設に繋がったとされています。
【ヴィース巡礼教会】
【ヴィース巡礼教会の位置】
※ドイツ南部バイエルン州です。

 🇩🇪ドイツ最大の行政区であるバイエルン州。⚽️サッカーでは、欧州リーグでも優勝回数を重ねるFCバイエルンが有名です。

【バイエルン州の紋章】

 ヴィース巡礼教会を出発し、次の宿泊先であるザルツブルクに向かいます。
 ドイツアルプスの山並みを観ながら、🚌はアウトバーンを疾走します。途中の山並みの中に、ドイツ有数の山岳リゾート地ガルミィシュ・パルテンキルヘェン(Garmisch-Partenkirchen)がありますが、今回は通過するだけです。南部ドイツアルプスを越えると、冬季五輪があったインスブルック(Innsbruck)です。

【バイエルン州地図の表表紙】
※ドイツの🏪コンビニでは各州の地図がたくさん陳列されていました。
一冊💶6.50€ユーロ。
2023年1月1日の為替レートは1ユーロ=140.31銭ですので、
日本円912円相当です。
 
【バイエルン州地図 1:300,000縮尺】
1cm=3kmの地図ですので広げると畳一畳分はあります。
休憩時間に地図を広げていると、ドライバーのアレキサンダーさんが覗き込み、お互い片言の英語で行き先を👉🏻
指差してくれました。


 🇦🇹オーストリアの国境付近では、荷物満載の🚚トラックが列を為していました。
 我々のバスは、観光ですのでシェンゲン協定により、国境通過もパスポートの検札なく通過できます。便利ですね。

【欧州内のシェンゲン協定加盟国】
※加盟国内間の移動は原則、パスポートの検札無しで国境を通過できます。

 織田信長が真似た楽市楽座、舅の斎藤道三が美濃で実施した楽市楽座が如何に商業の発展に尽くしたかが国境通過の際の事務手続きの簡略化で実感できます。
 
 この日は早めに🇦🇹ザルツブルク市内の
ホテルMERCUREに到着したのは、夕食後にホーエンザルツブルク城内でのコンサートに出かけるためです。

【ホテルMERCURE】
※ザルツブルク郊外にあるホテル。

 夕食はYUENにて、中華料理のコース。エビチリが美味しかったです。

【ザルツブルク市の憲章】


 音楽の都がウィーンなら、ザルツブルクは音楽祭やモーツァルト生誕の地です。標高は既に424mの地にあり、人口は15万人、旧市街と歴史的建造物は1996年ユネスコの世界遺産に登録されています。

【ザルツブルク旧市街にあるモーツァルト像】
※宮廷音楽家の地位の低さに絶望していたモーツァルト。
才能豊かなモーツァルトも悩んでいました😤

 夕食も早めに切り上げ、ザルツブルクのシンボル、ホーエンザルツブルク城へ。

【ホーエンザルツブルク城】
※岩塩で儲けた蓄財で財政は豊か町でした。
【ザルツブルク旧市街と音楽院】
※ロープウェイは15分間隔で行ったり来たり。

 間近で観ても城壁の堅牢さが判ります。

【ザルツブルク城の城壁】
※攻撃に備えて台座や大砲もありました。
🧂塩は貴重ですから、狙われ易い町だったのでしょうね。


 小高い丘にあるため、🚠ロープウェイに乗って城内に向かいます。

【城内・領主の間にて】
※コンサートは20:30〜22:00まで開催されました。

 演目は主にモーツァルト。
 やはり、ザルツブルクですね。
🎵 EINE KLEINE NACHTMUSIK K.525
邦題は、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』ケッヘル525。
 K.は、ケッヘル、モーツァルト研究のケッヘルさんが収集記録した順番の番号のことです。

【第一楽章アレグロ】
※5:26秒の短い旋律です。あとはどんな演目だったかは失念いたしました😅
【夕闇迫る旧市街】

 贅沢な夜を過ごして先ほどのホテルMERCUREへ戻って、お休みです😴

□ 5日目 6月11日 月曜日 🌤

 この日も予定がてんこ盛りですので、07:45出発で、ザルツブルクの市内観光へ。ガイドはアラキさんの案内で、🎞『サウンド・オブ・ミュージック』のロケ地にもなったミラベル庭園散策からスタートです。

【ミラベル庭園からホーエンザルツブルク城】
【ミラベル庭園】


 旧市街と新市街を隔てるザルツァッハ川を渡ると、何と指揮者として有名なヘルベルト・フォン・カラヤンの生家がありました。

【カラヤンの生家を示すレリーフ】
※カラヤンのお陰でベートーヴェンが世界的に有名になったと言っても過言では有りません。
旧東ドイツは一部の資産家と企業がベートーヴェンを悪用していると酷評していましたが、旧東ドイツはベートーヴェンを政治利用していて、その評は当てになりませんでした。
【ザルツァッハ川からホーエンザルツブルク城を望む】
【大聖堂】
【大聖堂の中】


 マカルト広場→マカルト橋→大学広場→祝祭劇場→大聖堂入場→ゲトライデカッセ。
 ゲトライデカッセとは、ザルツブルクの商店街のようなものです。
 露天もあり、オープンカフェもあります。

【露天の市】
※鮮やかな野菜や果実が充実していました。
撮影の許可を得るためここの店主に話しかけたところ、隣国🇨🇿チェコからの出稼ぎの方でした。
親日家の方で、いつかは🇨🇿チェコも訪ねてみるがいいと、愛想良く笑っていました。

 この商店街の中に、天才モーツァルトの生家があります。添乗員さんのご案内で生家に入場し、モーツァルトが英才教育でしごかれた時の🎹ピアノが保存されていました。

【モーツァルトの生家】
【生家前にあった🚗イタ車】
ザルツブルクの方々にとって、モーツァルトは特別な存在なのですね。
 
【モーツァルトチョコレート】
※ここでもモーツァルトチョコレートの元祖と本家が競っていました。

 ゲトライデカッセで自由時間となりましたので、せっかくなのでモーツァルトチョコレート🍫を買い、あとはのんびりとオープンカフェでエスプレッソコーヒー☕️を飲みました。

【オープンカフェ】
【オープンカフェにてコーヒー】

 11:00出発ですので、コーヒー一杯程度で失礼し🚌に乗り込みます。向かうは、ザルツカンマーグート地方。ザルツブルクの南東方向です。
 ここでも、🎞『サウンド・オブ・ミュージック』でもロケ地になっていました。

【レストラン白馬亭】

 ザンクトウォルフガング湖を散策し、昼食はWEISSES ROESSLー白馬亭ーで、コンソメスープの前菜と鱒の塩焼き、デザートはチョコケーキでした。鱒はハルシュタット湖で養殖されており、そこで採れた鱒とのこと。

【ハルシュタット湖】
※ここも🧂塩の産地だそうです。
ハルシュタット湖も世界遺産です。
【ハルシュタット湖周辺】
※借景にもなっているのは、ダッハシュタイン山塊
【モント湖】

 この付近には湖が点在し、アルタウッセー湖・グルントル湖・トプリッツ湖・モント湖・ザンクトウォルフガング湖などです。
 時間の関係で全部は回れませんでしたが、ここに点在する湖で少なくともトプリッツ湖には、第二次大戦終結直前、ドイツ第三帝国の親衛隊は偽ポンド💷紙幣や偽ドル💵紙幣を湖底に沈めました。
 ベルンハルト作戦と名づけられた偽札造りが世界に明るみになることを恐れ、沈めてしまったのです😱
 サスペンス映画顔負けの実話は、映画🎬や製本化され『ヒトラーの贋札』という邦題で上映もされました。ご興味がお有りの方はDVDなり📕をご高覧下さい。

【映画の原作『ヒトラーの贋札』】
※著者のアドルフ・ブルガーがユダヤ人でナチ強制収容所での実体験を綴ったものです。

 因みに、先ほど紹介したノイシュバンシュタイン城にもドイツ第三帝国は、ミケランジェロなどの著名な🖼絵画・美術品を占領下のフランスや欧州各地から押収し、隠して保管していました。
 米国🇺🇸軍はその実態に驚愕し、密かにアイゼンハワー司令官が7人の調査員を組織し、美術品奪還作戦を実行します。
 名づけて〝モニュメント・メン〟。彼らの地道な調査と探索によって多くの美術品が母国に里帰りしました。
 この実話も映画化され、🎬『ミケランジェロ・プロジェクト』として、監督・主演で話題になったジョージ・クルーニーの作品でしたが、放映前に政治的圧力が掛かり、上映中止になってしまいました。
 原作は、とても分厚い上下巻の本です。

【『ナチ略奪美術品を救え』が原作】
【🎞『ミケランジェロ・プロジェクト』】
監督・主演のジョージ・クルーニーがカッコいいです👍🏻


 この日の最後は、町の中心にある⛪️聖ミヒャエル教会まで散策しました。
 🎞『サウンド・オブ・ミュージック』でもトラップ大佐とマリアの結婚式のシーンで映ります。

【聖ミヒャエル教会】
※間近で観ると感動します🥹
【聖ミヒャエル教会の内装】
※添乗員さんが撮影許可を取っていただきました🙇🏻‍♂️
【聖ミヒャエル教会周辺】
※クリーム色の漆喰で統一されていて、見事な景観でした。
海外へ行って感じることは、景観や美観をとても大切にしているということ。
自由とか民主主義を履き違えてはいません。
比較的新しい国、🇺🇸や🇦🇺でもそれは一緒です。
統一感が保たれているからこそ、町の景観が美しく、観光映えするのだと、思います。

 宿泊先はモント湖が見渡せるホテルLANDZEITへ宿泊し、夕食はこのホテルの食堂で、🥬野菜のクリームスープ、チキンソテー&湯通し野菜、デザートは🍰ケーキでした。

□ 第6日目 6日12日 火曜日 🛳ドナウ川クルーズ

 朝07:45にホテルを出発し、🚌は高速道路に載ってメルク修道院へ向かいました。
 メルク修道院も世界遺産です。ベネディクト会派の修道院で、創建は1089年と言いますから、日本では寛治3年 己巳、平安時代です😱

【メルク修道院 入口】
※修道院入口の🪧には、本日の演目モーツァルトとベートーヴェン交響曲第7番であることを知らせています。

 中庭まで散策し、お客様の社長ご夫妻は司教と記念写真を撮って🤳おられました。

【メルク修道院】
※入口から中庭までのアプローチも中々のシチュエーションで、世界遺産であることも頷けます。
【メルク修道院の中庭】
※⛲️噴水の辺りで佇んでいる中学生は、遠足て来ていたらしく、スケッチしていました。
引率の女性教師と目が逢い、話しかけられて
地元の中学であることが判りました。

 ツアーにお一人で参加しておられた女性は🇦🇹オーストリアが気に入り、添乗員さんと話しあい、我々が帰国後もしばらく🇦🇹に残って旅を続けるとのこと。もの凄いバイタリティーですね。
 私も誘われましたが、仕事を休んで来ている身、帰国後は会社に戻って、残務する社畜です😢

 11:00に再び集合して、メルク修道院からバッハウ渓谷を行き交う🛳ドナウ河クルーズです。
 メルク修道院の脇をドナウ河に向けて降りて行くと、クルーズ乗船口があり、🛳船は待機していました。この乗船のために、🍎iPodを持参しました。

【ドナウ河クルーズのクルーズ船】
※ウィーンなーワルツの代表曲
🎵『美しき青きドナウ』が頭を過ります。
【🎵『美しき青きドナウ』の音符』】
※ヨハン・シュトラウスの名曲、🇦🇹オーストリアの第二国歌だと仰る方もいます。
私は🎞『2001年宇宙の旅』で流れていたシーンが印象的でした。
今は無き、パンナムの宇宙船が
宇宙に浮かぶ宇宙ステーションにドッキングするシーンは
何度観ても想像力を掻き立てます。
【🎞『2001年宇宙の旅』』】
※スタンリー・キューブリック監督の作品は難解です。

 メルク修道院乗船口から観たメルク修道院が
こちら。

【メルク修道院】

 ゆったりとした流れ、🛳クルーズ船の案内は🇩🇪語・🇫🇷語・英語に加えて日本語もありました。
 このバッハ渓谷も世界遺産に登録されています。

【ドナウ河から観たメルク修道院】
【バッハウ渓谷の古城】
【ドナウ河クルーズ バッハウ渓谷】
【ドナウ河クルーズ】
【ドナウ河クルーズ】
【ドナウ河クルーズ・デュルンシュタイン大聖堂】

 デュルンシュタインで下船し、昼食会場へ。

【クルーズ船が次の寄港地へ】

 昼食会場のPfeffel Weinhof

【昼食会場】
※ここでの昼食は、スープ、🥗サラダ、🐖ポークシュニッツェルにデザートは🍏アップルストゥーデル。

 🐖ポークシュニッツェルとは豚肉のカツレツ版で、美味しかったです😋

【🐖ポークシュニッツェル】
【🍏アップルストゥーデル】
※簡単に言えば、アップルパイのようなオーストリア伝統のお菓子で、グラニュー糖までまぶせてあり、甘〜いデザートです。
 
 庭には🍒サクランボや胡桃の木があり、ステキなレストランでのランチでした。

 昼食後は、アレキサンダーさんの抜群の運転さばきによる🚌で、首都ウィーンへ。
 そしてシェーンブルン宮殿に入館するために駐車場で🚌を停めると、アレキサンダーさんが指指す方向に🎡観覧車がありました。
 意味が解らず、首を捻っていると添乗員さんが
🗣「🎞『第三の男』で使われていた古い観覧車が現役で動いているんですよ」
と、教えてくださいました。
 オーソン・ウェルズとジョセフ・コットンがようやく出会う大切なシーンがありました。

【🎞『第三の男』】
主演ジョセフ・コットンがオーソン・ウェルズに出会うシーンで🎡のシーン。

 未だ未だ、修行が足りませんね。

【シェーンブルン宮殿入口】
※シンメトリックに撮ったせいかあの🎡は写ってはいませんが、方向は右方向です。

 途中、事故渋滞があったので、入館が16:25分、ギリギリ入館出来ましたが庭園の見学は一部カットになってしまいました。

【シェーンブルン宮殿 本館】
※マリア・テレジアが大好きだったクリーム色の宮殿です
【シェーンブルン宮殿】
※最上階の4階は市民の住居として公開入居させていて、空きが出ると抽選によって入居者を公募しているそうです。

 こんな広い場所に今では公募で選ばれた市民が入居していることを添乗員さんから教わりました。いろんなことを勉強しておられるので、感心しました。
 シェーンブルン庭園、ゴミ一つ落ちていません。

【シェーンブルン庭園】
※⛲️噴水や水の回廊は富の象徴でした。


【🇦🇹ウィーン国立歌劇場】
※驚いたのは、車寄せという乗り物専用入場口に馬車専用があったことです。
ウィーンやザルツブルクでは馬車を時折り見かけました。
文化とその深度の違いをまざまざと感じました。


 ベルベデーレ庭園を散策し、リンク通りを一周し、オペラ座→市庁舎→国会議事堂→市立公園を車窓より眺めて夕食会場へ行きました。

【🇦🇹国会議事堂】

PASSAUER HOFはウィーンの居酒屋風のオープンレストランでした。

【夕食会場PASSAUERHOF】
※🪧でも判る通り、創業1150年の歴史あるレストラン。
1150年と言えば日本では久安6年 庚午。
鎌倉幕府も開幕されていません。

 夕食は、🥗サラダ、🥓肉の盛り合わせとザワークラフト、デザートはフルーツサラダでした。

【PASSAUERHOFの夕食会場】
※チップを渡すと席の前で演奏して下さいます。

 夕食後は、宿泊先 ウィーンARTISホテルへ。

【ARTISホテル】

□ 7日目 6月13日 水曜日 🌤

【ウィーン市内を周回するトラム】
※ウィーン市は旧市街にあった城壁を撤去して、トラム🚈の運行に漕ぎ着けます。
低床式ですから、お年寄りの方からお子様まで、気軽に乗車できます。
【ウィーン市内のトラム路線】
※自動車との交通融合がちゃんと出来ています。


 最終日午前中は、自由行動。一日周遊券のチケットを購入してトラムでウィーン市内観光して来ました。先ずは、昨日見損ねた市立公園のヨハン・シュトラウス像などを観て周ります。
 この像を観るとウィーンだなぁと、実感します。

【ヨハン・シュトラウス像】
【ブルックナー像】
【シューベルト像】
※他にも数々の著名な指揮者の像がありました。

 ここまで来るとどうしても観ておきたかった像が二つ。トラムの時刻表や路線図を見ながら、行き着いた像がこちら⬇️

【ウィーンにあるベートーヴェン像】
【ゲーテ像】

 ベートーヴェン&ゲーテ像は外せない巨匠です。あとは、ウィーンと言えば、聖ステファン大聖堂ですが、あいにくと🚧改装工事中でした。

【聖ステファン大聖堂】
※ウィーン市内のシンボル、ステファン大聖堂の塔のたさかは137mあり、 
教会の塔としては世界で3番目の高さを誇ります。
屋根には双頭の鷲の紋章があり、双頭の鷲はハプスブルク家の紋章です。

 ザッハトルテの有名店に行きましたが大変な賑わいで入店を断念したのが悔やまれます🤣

【聖ステファン大聖堂の脇のオープンテラス】
※ここで🍝ナポリタンを食べてホテル集合時間14:15分ギリギリでした💦

17:35分発 オーストリア航空125便 フランクフルト行きに搭乗し🛫約90分のフライトでした。

【ウィーン国際空港搭乗口】
※旅もそろそろ終わりに近づいています。
【オーストリア航空の室内からドイツ上空】

 21:05分フランクフルト発 JAL408便にて帰国、成田国際空港には15:20分到着して、ドイツ・オーストリアの旅は終えました。

8日間、ご多忙の中、本当によく面倒をみて下さった近畿日本ツーリストの添乗員・新美さんには大変お世話になりました。
 どうもありがとうございました🙇🏻‍♂️
      
                (終わり)



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