恋の猿島
拝啓、カムラさんへ。
久しぶりの連絡が手紙なのは、どうしてでしょうね——
当たり障りのない文面。星川睦美は笑った。知り合って3日の男が、それより昔、自分が知らない女からもらった手紙。カムラはフられたようだった。
睦美は、それをぐしゃぐしゃに丸めて、黒い海へと投げ返す。
ぜんぜん飛ばなかった。
「あははは」
どんな感情を見せても、カムラは立ち上がらなかった。
だが、睦美もそうだった。どんなに動いても、顔面に自分の血を塗りたくるだけで終わる。足は無い。腕も片方飛んでいる。
水気のない砂地は、血と涙を貪欲に吸う。蠅が来て、男の目玉を吸う。
猿はにいい、と、白い歯を見せた。
太い腕で睦美の足を拾って齧る。まだ温いようだった。
「ウマイナア……久シブリ狗肉デ……」
睦美は戦利品になった。
籠に入れられる。首輪には、「クラリス」の名札付き。
「あはは」
籠の中はガタガタと揺れた。猿が背負ったようだった。
「デンモ、マダ子供ダカラ、食エネエナア」「こども……」
睦美は自分の声が高くなっていることに気がついた。髪も浅黄色に変わっている。
猿の声は聞こえなくなった。
耳鳴りがする。顔にべっとりとついた液体が、心地よい温かさに変わる。クラリスは理解した。自分は今、生まれたのだ。
目が覚めると、隣で中年の男が泣いていた。クラリスは土壁に繋がれていた。中年の男は泣きながら、クラリスの欠けた両手足の部分に、焼きごてを押し付けた。
クラリスは叫んだ。なおも、男は泣いていた。
「泣いてるの?」
「この島は今年で沈むんじゃて」
「ど、どうして?」
男は頷く。
「神様は顔がない。年に1回な、気に入った面を探しに行くのは知っているやろ。どの顔も気に入らんかったんと」
クラリスは記憶に心当たりがあった。
「神様の顔は——」
頭に浮かんだのは、眼鏡をかけた女の顔だった。
彼女は自己紹介した。
「こんにちは、星川睦美ですっ。手紙の住所を頼りに、ここへ来たんですけど…」
【続く】
コインいっこいれる