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大須赤門通だいありー

ただ僕はおやつを買いに来ただけなのに。

大須赤門に入ってすぐの店、マニアなゲーム屋兼駄菓子屋さんのスーパーポテトの前には、ものすごく怖い人がいた。
彼女は背が高いうえ、10歩くらいの距離からでもわかるくらい、ものすごい臭いがするし、髪の毛はぼっさぼさで、着てる服は吸血鬼の仲間みたいに黒一色かつなんか服にいっぱい羽根が付いてたりする。ファーっていうの、ああいうの。
そういう奴だった。
やばいやつだ。
こうはなりたくないと思った。

ただ、気になったのは、その女の人が触ってるのは小豆バーみたいな色したコントローラーで、彼女が熱心に見てるのは、ごま豆腐みたいに黒くて四角くて、ボンヤリと平面な画面が映った、小さいうえにこれまた古いテレビだ。
ゲームをやってた。

「おう少年ッ……気になるか」

最悪だ。目をつけられた。

「えっ……」
「大丈夫大丈夫、取って食うよな真似しねーから……」

不審なお姉ちゃんは僕に目線を合わせてきた。分厚いメガネ女なのが余計怖かった。

「……こうしたらいいって同僚は言ってんだけどねえ……どうも私はガキに好かれないらしいねえ……」

よし、逃げよう。
ただ……テレビの画面が凄く気になる。

「RAID ON BUNGELING BAY」

青い画面に、不気味なほど力強い太い文字が映っていた。
きっと、ゲームのタイトル画面だろう。証拠に「GAME A GAME B 2 PLAY」だなんて書いてある。

お姉ちゃんは僕がテレビの画面を見ているのに気がついた。
「やっぱ少年も気になるね……気になるのは良い事さ」
「ひいっ」
顔が近い。
「やったらいいと思うよ……」

そのお姉さんの目力には、酷い迫力があった。そのお姉さんの笑顔には、惨い恐ろしさがあった。つまりにらみを利かせられて、ここから足を引かせることが出来なかったのだ。

僕は言われるがまま、コントローラーを手に取る。

ゲームが始まった。始まったは良いんだけど、とてつもなくシュールだった。
画面の中心に、なんだか見づらいヘリと空母、あとは周りぜんぶ海。

「このゲームこわれてるんじゃないの?」
「うーん……Aボタン、ずううううっと押してみ」

ヘリのローターが回り始める。

「おっ飛んだ。通常の人間はここで投げるんじゃないかな」
「投げる……?」
「ゲームをやめちまうって事さ……ふふ。ま、好きに操作しな……」

べっべべべ、べっべべべ、べっべべべ。ピアノで適当に弾いたみたいな曲とともに、ぶおおおん、とヘリコプターは発進する。空を飛んで戦うゲームのようだった。

いろいろガチャガチャ弄ってると、なんだかヘリは海の上をぐるぐる回る。爆弾らしきものを落とすと画面は光り、マシンガンは1発しか撃てない。

「これ……ゲームなの?」
「ゲームさ」
「チュートリアルとかは無いの?」
「そんなに世界は親切じゃないんだよ」

しばらくヘリを飛ばすと、陸地が見えてくる。なんとなくレーダーにマシンガンを撃ってみると爆発するから遊び方は間違ってないんだろう。陸地の建物を壊していくゲームなんだろうか。

「スコア増えたねえ」
「うーん?」

陸地でウロウロしていると、どこからともなく戦闘機が突撃してくる。
ミサイルがガンガンとんでくるんだけど、ヘリはふらふら動いて全然避けられない。海が真っ赤に染まったかと思えば、墜落して終わってしまった。

「……死んだんだけど」
「ほら、まだ残機はあるよ」
「ザンキ」
「……伝わらない概念だったかなあ」

ちゃっちゃと切り上げて帰りたい。この人は怖すぎる。
「ちょっと私に貸してみ?」
「お姉さんできるの?」
「やったことないけど余裕でしょ……」

僕はお姉さんにコントローラーを渡した。

お姉さんはヘリを飛ばす。

さっきまでの自信はどこへやら、30秒足らずで沈んでた。

「難しいねこれ」
「ね」

彼女は僕にコントローラーを押し付ける。
僕はもう一度、とりあえずステージクリアを目指してスタートする。
そうでもしないとこのお姉さんは帰ら無さそうだったし、なんとなくヤケになってた。

ヘリを飛ばす。うまくいかない。
モタモタしていると、お姉さんは、僕の後ろから、包むように、両手で僕の手とコントローラーを握る。
近いし、やっぱり、酒臭い。あと、あつい。
それと、知らない大人にこんなことされるのは初めてで、僕は頭をどこに押し付けたらいいかわからなかった。

「……え、ええ?」
「いや、指は覚えてるから」

でも結局、指が20本になったところで、激ムズゲームの前では無力だった。

「クソゲーだねえ」
「……そうかな」

しばらく気まずい沈黙があった。僕はここに駄菓子を買いに来たことを伝えると、お姉ちゃんは僕に30円を寄越してくれた。

「えっ、なんですかこれ」
「クリスマスプレゼント」
「はあ」
「親に良いもの買ってあげなよ~? 親不孝だと私みたいになるからさ」
「いや、30円……」
「あたしの体温乗ってんだ」
「いらないです」
「素直に貰っとけ。小銭がだぶついてんの……で、バンゲリングベイってやっぱクソゲーだよね?」

ただ、まあ、僕はこのゲームについて、つまらなかった、とは言えなかっ
た。理由はいろいろあるけれど、その大半はお前のせいだぞ、とは口が裂けても言えない。
僕は何だか怖かったし、適当に理由をつけて、スーパーポテトに駆け込んだ。早く助けてカービィとヨッシー。

「ヨォ、いらっしゃいせー」
この人とっても僕ニガテ。ゲームを買えって圧が凄いし、そもそもここに在るのは大人の駄菓子だぞ、って感じも出してるし。
そんな事知った事か。

「あのさ、店員さん」
「なんしょう」
「外に不審者居たんだけど。頭ぼさぼさで、吸血鬼の、親戚? みたいなの」
「あー、あの人か」
「知ってんの」
「昔は有名な人だったってさ。モデルさんじゃなかったかな」
「妖怪じゃあ、ないんですね」
「いまはまあ、そうだろうねえ」

それを聞いて僕はビビる。例の30円で駄菓子を買う。
とっとと、オサラバしたかった。不気味だし、30円ですら呪われていそうだし。
でも、あの人のことは頭から離れなくて、なんだかんだで、お姉さんはよっちゃんイカが好きそうだから、それにした。持って帰らせる。

店の外に出る。

乾いた空気が喉に入って、冷たくて、心地よかった。
すこし遠く、古着屋さんの前で、あのお姉さんは、警察に両腕を差し出して、手錠をかけられてた。

その後のことは知らない。

僕は買ったイカをすぐ開けて食べて、歯ごたえが気に入らなかったからコンビニで捨てた。

【終わり】

↑参加した企画によるものです↑

コインいっこいれる