見出し画像

嘘日記003:便利で奇妙な隣町

小説を書くための筋力(概念)をつけるために、
毎日架空の日記を書くことにしています。基本的に架空です。

今日はちょっとした用事があって、二駅隣の病院に行った。
かれこれ二年ほどお世話になっている病院で、当日でも事前に電話をしておけばほぼ待ち時間なく薬を受け取れるので重宝している。
今回もいつものように昼過ぎに電話をして、夕方仕事を終わらせてから向かったのだが、到着してみると何やら院内が騒がしい。
雑居ビルの一室に入っている小規模の病院で、スタッフもそんなにいないはずなのだが、今日はやけに人が多い。よく見ると、いつもは診察室にこもり切りな院長まで待合室に出てきている。
不穏な空気を感じながらも受付に診察券と保険証をさしだすと、ベテラン風の女性はすぐに受け取り名前を確認してくれたが、心ここにあらずというような様子だ。おかしな雰囲気というのは、わたしの勘違いではなさそうだ。
その証拠に、いつもならここで「すぐ準備するのでお待ちください」と言われるところなのだが、その声がなかなかかからない。
出直したほうがいいですか?思わずそう尋ねると、受付の女性はハッとした様子で卓上の時計に目を移し、
「準備ができたらお電話するので、外で待っていていただけますか?」
そう言った。

そんなこんなで、状況はよくわからないがとりあえず時間をつぶすべく駅前まで戻ると、ちょうどコーヒーショップのテラス席が空いてるのを発見した。
これ幸いとすぐさまホットコーヒーを購入して、テラス席に腰掛ける。
病院からの連絡がどれくらいで来るかわからないが、ぼんやり日記のネタだしでもしようと周りを見渡すと、何やら奇妙な光景が目に入った。
交番の前で、お巡りさんとサラリーマン風の背広姿の男が、東京都知事も真っ青な密着度で横に並んで立っている。
交番前に制服姿の警察官が立っていることは珍しくないが、サラリーマン風の男が並んでいるのは見たことがない。
最初は道でも尋ねているのかと思ったのだけれど、会話をしている様子でもない。ただ横に並んでいるだけなのだ。
しかもお巡りさんのほうはもともと柔道部か相撲部かというくらい体格で、今にも制服がはち切れそうな様相なのに対して、サラリーマン風の男のほうはほっそりした体にひと回りサイズを間違ったようなジャケットを着ているのがアンバランスで、奇妙さに拍車をかけている。
コーヒーをすすりながら観察を続けるが、特に目立った動きはない。アンバランスな二人組が相も変わらず立ち続けているだけである。
仕事仲間にも見えない。かといって知り合いのようにも見えない。
一体あの男は何者なのだろう。
段々と、あの男は自分にしか見えていないのでは、という疑いすら浮かび始めてきたところで、
「いい加減にしてください!」
そんな声があたり一帯に響いた。
マスクで口元が隠れているせいで確かではないが、どうやら件のお巡りさんが発した声のようだ。先ほどとは立ち位置が変わり、背広姿の男性に向き合う位置に移動している。
やっと進展が!思わず前のめりになったところで、上着のポケットに入れていたスマートフォンが震えた。お巡りさんと男性は、何やら言い合いを始めている。
電話の発信先はおそらく病院だ。一瞬躊躇したが、迷惑になってはいけないので観念して応答ボタンをタップした。
案の定、準備ができましたので、と告げられる。
今もなお向かい合って言い争いを続けているらしいお巡りさんとサラリーマンの行く末に後ろ髪をひかれながら病院へと向かった。

「お待たせして申し訳ありませんでした」
息を弾ませながら病院に到着したわたしに、先ほどのスタッフの女性は晴れやかな顔でそう言った。院内から不穏な空気は消えており、待合室にいた他のスタッフの姿も見えなくなっている。
女性は不可解なほどの笑顔を浮かべていて、ここでもまたいったい何が起きたのだろうと気になってしょうがない。あっちとこっちの不思議さに困惑しながらも、薬を受け取り支払いを済ます。
いったい何があったんですか?そう聞きたいのはやまやまなのだが、場所が場所なので聞きづらい。
モヤモヤした気持ちのやり場を見つけるためもう一つの不思議を解消すべく、足早へ駅前に戻ることにした。
いったいその後どうなっているのだろうとドキドキしながら駅前に到着したのだが、なんとサラリーマン風の男が消えている。
交番の前にあのお巡りさんは仁王立ちしているが、彼だけだ。
ここを立ち去ってから5分ちょっとしか経っていなかったはずなのだが、一体その間に何が起きたのだろう。
「病院の話も交番の話も、面白いネタになりそうだったのになあ。
今日の日記のネタはどうしようか……」
会社帰りの人波の中、わたしはがっくりと肩を落としたのだった。

同人誌を出す資金にします!