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嘘日記001:坂の下の手招き

小説を書くための筋力(概念)をつけるために、
毎日架空の日記を書くことにしています。基本的に架空です。

今日も今日とて、折り畳み自転車にまたがってネタ探し。
真っ青な空には雲一つなく、風もカラっと乾いている。洗濯物がよく乾きそうな秋晴れの日だ。
久々のいい天気に気をよくして、今日のサイクリングはいつもと違う方面にまで足を延ばしてみようと決める。目的地は特になく、何か面白いものがあれば立ち寄るのがいいだろう。財布と家の鍵とネタ帳とスマートフォンだけカバンに放り込んで、意気揚々とペダルを踏んだ。

いつもと違う方面ということで、自宅の裏側の方面を当てもなく走ってみることにした。いつも用事があるとしたら表通りのほうなので、このあたりの道は初めてだ。
走ってみると全体的に住宅が多くて緑も多いが、これといって目印になるような建物もない。
さらに道路の舗装もよろしくないので気を取られるし、家の配置も迷路のように入り組んでいるので、30分ほど走った頃にはもう自分がどの方面に向かって走っているのかがよくわからなくなった。
まあ今時、迷ってしまったとしてもスマートフォンで現在地をいくらでも特定できるので深刻な事態にはならない。
ケセラセラ~と歌いながら、皆どこかに出払っているからか人通りの少ない道を気ままに進むことにした。

しばらく走ると三斜路にぶつかった。
向かって右手が坂。斜度があるのと街路樹の葉が邪魔をしているので、坂の上の様子がわからないが、おそらくそんなに距離はない。
それにしても、坂の斜度と日差しがさえぎられている故の暗さに加え、曲がり角ぎりぎりまで木が植えてあるので視認性が悪い。これは注意して通らないといけない道だ。
自転車で登り切るのに抵抗がある斜度にひるんで左手の様子を伺うと、何やら角の住宅の門扉から伸びた動くものが見える。
興味をそそられて近づいてみると、それは金属製のロボットアームのようなものだった。
近くで見ると、人間の身体であれば肩から先の部分だというのがすぐさまわかる。金属製ではあるが、小学校の理科室に置いてあるような骨格標本を思い出すような造形だ。
肩から先は、門扉の脇深くにつきたてられた支柱へ接続されている。観察している間も、指先が、ひじの関節が、肩の関節がウネリウネリと滑らかに動く。まるで、門扉の向こうから手招きをしているように見える。
なんでこんなものが?と疑問が浮かんだその時、塀の陰にしゃがんでいる男性の存在に気が付いた。
汚れた長袖のTシャツにジーンズ、頭には使い古したタオルを巻いている。背中越しにドライバーやペンチ、あと詳しくはわからないがたぶん溶接などに使うんだろう工具を広げ居ているのが伺えた。近くに蓋のあいた工具箱も見受けられたので、どうやら道具の整理をしているらしい。
「こんにちは」
ぶしつけなわたしの視線に気が付いたのか、男性は顔だけで振り向いた。
「こ、こんにちは。通りかかったときに、そこの機械みたいのが見えて」
ドキドキしながらそう伝えると、男性はああと腑に落ちたように今度は庭先のほうに目を向けた。
「人の動きを真似て作ってるんですよ。こういうのが趣味でね。構造も人体に限りなく近いように作ってるんです」
「へえ、どうりで動きがなめらかというか、なんというか」
「そういっていただけると嬉しいですね。リアルな動きになるように、こだわって作りこんでるんで」
手元の作業を再開しながら、男性は声を弾ませる。
無口そうに見えたけど案外しゃべり好きの人かもしれない。わたしはというと、中途半端に自転車にまたいだままで居心地の悪さを感じ始めていた。
けれどかまわず、男性は続ける。
「いずれは全身作る予定なんです。最初から腕だと難しいかなと思ったんですが、やっぱり動きのあるもののほうが目を引きますよね」
「はあ、まあ」
「おかげさまでいけそうな自信が付きました、ありがとうございます」
妙なことを言うとは思ったものの、会話が途切れたのをいいことに、じゃあとかなんとかいってそのまま曲がった先に向かって去るべく地面をけった。

相変わらず人気の少ない道を走りながら、先ほどの出来事について思いをはせる。
いったい、あの男性は何のためにあんな所に腕をはやしたんだろう。考えれば考えるほど奇妙な光景だった。
考え込んでいるうちに十字路の手前に差し掛かり、慌ててブレーキをかけて減速する。こういった住宅街にはカーブミラーが設置されていないことがあるので、曲がり角には注意が必要だ。
自分以外の通行者がいないのを確認してホッとしたところに、また新たな疑問が浮かんだ。
あの道だって見通しが悪いのに、あんなに奇妙なものを設置するなんて不思議だな。あれじゃあ気を取られてしまってあ危ないと思うけれど。
薄暗い三斜路と、機械の腕を思い出す。
ユラリユラリと、誘うように坂に向かって波打つ腕。
まるで手招きをするような……。
「事故でも起こしたいんだろうか」
頭に浮かんだ考えを口に出して、すぐにかぶりを振った。
いやいやそんなまさか。
まあどうせ、あの場所がどこだかはわからないし、もう二度と通らない場所だ。真実はわからないが、別にわたしが困ることでもない。
そう結論付けたわたしは、ケセラセラ~と歌いながらおそらく自宅に向かうだろう方面に向けてペダルを踏み続けた。

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