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あの日、あの街で、彼女は。〜渋谷駅〜

変化と未完の街、渋谷。

就職活動以来、約1年ぶりの再訪だった。兵庫県の女子大に通っていた彼女は、就職こそは絶対に東京!と意気込んでいた。毎週のように夜行バスに揺られ、渋谷や新宿を起点に都会の喧騒に溶け込んでいく。叶わなかった東京での大学生活に思いを馳せながら。

新卒時代の6月初旬、リクルートスーツから夏用のネイビージャケットに衣替えを済ませる。反射でキラッと光る、淡い水色のストライプ柄がお気に入りだ。自分で初めて買ったスーツを身に纏うだけで、かつて憧れていた「何者か」になったつもりでいた。

久しぶりに降りた渋谷駅は、相変わらず再開発の工事中で騒音が鳴り響く。ずっとやってるよね?サグラダファミリアじゃんと心の声が聞こえる。駅構内も変わったの?記憶の中にある目的の改札口に辿り着けない。

同期が新規で受注した企業の引継ぎが目的だった。GW明けの現場配属から、6月末の時点ですでに3社も受注していた。受注どころかアポさえ取れずに苦労していた彼女とは真反対の優秀な新人で、先輩や上司も「シゴデキ」だと信じて疑わなかった。

その日は、前触れもなく訪れる。

「頑張って起き上がろうと思うのに、身体が動かない」「仕事のことを考えるとプレッシャーで辛くなって寝れない」「適応障害で休職することになった、迷惑かけてごめんね」

同期から長文で届いたLINEは、文字がポツポツとスローモーションで浮かんでくるようだった。「てきおうしょうがい…?」初めて目にした字面にショックを受け、くぐもった鈍い音が脳内に充満する。心臓のバクバク音もうるさい。どんな言葉を選んで返信したのか覚えていないが、彼女のことだから「ごめんね」と送ったのは確かだろう。

引継ぎ訪問が無事に終わり、汗ばむ身体を冷やしたくてコンビニに立ち寄る。「夏季限定」のカラフルなポップに、同期と一緒に夏を越せない現実を突きつけられる。二度と叶わなかった「またね」がたくさん浮かんだ。

騒めきに飲み込まれ、変わりゆく現実から目を背けたくなる彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


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※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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