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あの日、あの街で、彼女は。~平和島駅~

自分の目と足で確かめたからこその景色。

「平和島」という名前だけは、新卒時代から幾度となく耳にしたことも口にしたこともある。立地の悪さゆえに、ロープレ時の集客難エリアの代名詞として使われていたからだ。

東京都大田区、京急線沿い、倉庫街、それはそれはロープレ通り、いやロープレ以上に苦戦したときもあった。小学校で習った「京浜工業地帯」という言葉が頭をよぎる。

平和島の倉庫街エリアに案件を抱えるお客さんはいても、本社や支店を構えるお客さんはそう多くはない。担当していた企業の移転先がたまたま平和島で、初上陸を余儀なくされた。なんで平和島を選んだのだろう?と本気で思った。「タワレコの本社も平和島にあるらしいよ」と担当者に言われたが、だからなんやねんとしか思えなかった。思わず関西弁のツッコミが浮かんでしまうほど。

真夏も真夏、お盆前の夏の太陽がギラギラ照りつけてる日。訪問前から歩いたらバテてしまうと、平和島駅に向かう京急線に揺られながら、絶対にタクシーに乗ると決めていた。運良く駅前には一台のタクシーが停まっていて、すぐに乗れた。

訪問は無事に終わって、問題は帰りの"足"だ。ちょうどお昼どき、タクシーどころか車も通らない、人も歩いていない殺風景の倉庫街。タクシーを拾うにも大通りまで出ないと無理そう、来た道を戻ろうともくもく歩き続ける。あれ?大通りまでこんなに遠かったっけ?Googleマップで確かめると真逆方面に歩いていた。これだから方向音痴は…。

タクシーは諦めて歩いて戻ることにした。街中に突如公園が現れた。日影のありがたみを感じながら公園の中を突っ切る。出口の方面が不安だったが、無事に駅に近づいている。こんな日に限って、お気に入りの9cmヒールを新しく替えたばかりで、駅に着く前から靴擦れしていて足を引きずりそうになる。

絵の具で描いたような青空、ギラギラ降り注ぐ太陽の光、モノトーンの倉庫街、緑が生い茂る公園、でっかい環七通り、行き交う車の騒音、ヒールを引きずる足音、お腹の鳴る音。

配車アプリでタクシーを捕まえればよかった、と今なら思う。でも行き帰りともタクシーに乗っていたら、この街の記憶はタバコが混じったエアコンの匂いだけだった。

集客難の地を身をもって味わい、真夏の倉庫街に取り残された彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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