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未亡人日記57●エクサンプロヴァンスにて

 悲しみはもう私の肌の中に潜り込んでなかなか出てこないようになったのに、不意に温泉のように噴き出すことがあって、それは体育館でやってきた。息子の試合を見ながら、あああ、夫はこの息子のジャパンをつけた試合をどんなに見たかったろうな、と思うと、私の目からじんわりと涙が出てきた。

 息子のおかげで来れるはずもないところに、一人でやってきた。私はどこまで自分が行けるかやってみたかったのだろうか。そもそも5年半前に夫が亡くなってから「ここまで」きたんだよ。なんと遠くまで来たんだろう。あの時まだ10歳だった息子は今は高校生になっている。もう遠征に連れて行く必要もないのに、私はフランスまで試合を見に来たんだ。

 息子と同級生で今は欧州に住む子にも再会し、そのパパと体育館で普通に喋ったり試合を一緒に応援したりしていると、時間の感覚もなくなり、世界は広いんだか狭いんだかよくわからなくて、また、体育館に入ると、東京でやっていることと全く同じことが同じ喜怒哀楽のテンションで行われていて、どこにいても居場所がある不思議さを感じてもいた。

 一歩体育館から出ると、厩舎の匂いが風に乗ってやってくる。大人数のアメリカンチームの、いかにもアメリカアクセントの英語を喋っているアジア系の選手たち。お金をかけてコーチを引きつれてヨーロッパのあちこちに試合に来てるよ、いい大学への進学をかけてるから、と、さっきパパ友から聞いた話などが頭を横切って、疎外感の中でウーバーを待っていた。

 すうーっと近づいてきた車の窓が開いて「MIHO?」と黒い顔が私に笑いかけた。え? でもこれツードアだし、どこに乗るの? まさか助手席? とビビる私。ライドシェアのシステム上は問題ない。でも後ろの席ならともかく知らない人の隣に普通乗らないでしょう、と思うが、覚悟を決めてボンジュールと言いながらシートベルを締める。車は走り出す。

 フランスの交通システムはラウンドを基本にしていて、流れが合理的であるなあと走る車の中で思っている。高速道路への乗り入れがとてもスムーズで、ジャンクションも合理的なんだろう。ぐるぐる回ってすーっと走る。ドライバーはチュニジアから来ているといった。エクサンプロヴァンスの前はパリにいたという。そういう人が多い。パリは混んでるし、エクスの方がいいよ、とウーバーの人はみんな言う。前はトラックを運転していたという。明るい人だった。私はフランス語の勉強中なので、彼の雰囲気とアフリカンなフランス語に気を許して気楽に喋った。

「サントビクトワール山だ!」と、

私は遠くに見える山を指した。

「そうだよ」と彼。

セザンヌが何度も繰り返し描いた山。まだセザンヌのアトリエには行っていない。結局行かずに終わりそうだ。

 ラジオから「ワム!」の「ラストクリスマス」が流れてくる。全世界中でこの12月に流れているだろう「名曲」、うちの息子のI phonからも流れてくるオールタイムベストクリスマスソング。

「らーすとくりすます あぎぶゅまはーと ばざべりねくすでー ゆぎびだうえー」と私は声に出して歌った。ドライバーが

「歌好きなの?」と笑う。

愉快な気持ち。この曲がリアルで流行っていた頃私は高校生。そして今50代。まさか南仏を走る車の中で、サントビクトワール山を見ながらこれを歌うとは思わなかったな。遠くまで来たね。

「日本語でボンジュールは何と言うの?」と彼が聞くので

(おはようかな、こんにちはかな?)と一瞬迷って「「こんにちは、だよ」と答える。

「じゃあオボワーは?」

「さよなら」だよ。アビヤントは、「またね」だよ、と答える私。

 車はエクサンプロヴァンスの街の噴水のそばまでもう来ていた。どこで降りたい? 俺はこっちに曲がるけど、と彼が言うので、停められるところどこでもいいよ、と私。

ドアを開けた私に、彼が日本語で言った。

「サヨナラ、またね」


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