女子高生とクレープとコックさん
クレープを初めて食べたのは、いつでしたか?
今はそれほど珍しくないクレープ屋さん。ショッピングモールには大抵あるし、縁日でも人気のお店。
クレープが日常に溶け込んでいるのは、ちょっと不思議な感じ。わたしが育った田舎町には、クレープ屋さんは1つもなかったから。
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電車通学に憧れて、ほんのちょっぴり都会にある高校に通った。ちょっぴり都会といっても、栄えているのは駅周辺600m。それくらいの控えめな街だ。
ミスタードーナツさえもなかったその街には、1つだけクレープ屋さんがあった。80年代なかばのこと。
そのクレープ屋さんは専門店ではなく、本業は洋食レストラン。
大人をターゲットにしたレストランはシックな雰囲気が漂っていて、店内の照明は控えめだった。煮込みハンバーグ、クリームコロッケ、オムライスなどが人気メニュー。
店の入口のガラスケースには、テイクアウト専用の洋食がずらり。その横のほんの小さなスペースで、クレープを売っていた。
今のクレープ屋さんみたいにポップな店構えでもないし、可愛い売り子さんがいるわけでもない。
クレープを作るのは、白くて長いコック帽をかぶったコックさんだった。
ここのクレープは絶品だと聞いていたので、人生初めてのクレープはここで食べたい。ずっとそう思っていた。
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クレープデビューが15才。これが早いのか遅いのかはよく分からない。
だいたい人は、初めてクレープを食べた日のことを覚えているものなのか。それもよく分からない。
“クレープ”は、田舎育ちのわたしには魅惑の響きだった。クルクル巻かれて可愛いクレープは、女子の心をがっちりとつかんだ。
高校生になって仲良くなった友達のひとり。彼女も、今までの人生でクレープを食べたことがないという。
「ねぇねぇ、人生初のクレープ、一緒に食べに行かない?」
“人生初”を少しだけ強調して、そう誘った。初めてのクレープ作戦だ。
賛同してくれた彼女と、作戦を練る。まずは下見だよね。人生初のクレープ、失敗したくないもん。
ある日の放課後、2人でメニューの偵察に行った。
デザートクレープ: チョコレート、チョコアーモンド、チョコアーモンドホイップ、チョコバナナ、チョコバナナホイップ、ストロベリーホイップ、メイプルバター・・・・・
惣菜クレープ: コロッケサラダ、ハムカツ、チーズオムレツ、照り焼きチキン、ポテサラチーズ、ツナサラダ・・・・・
選択肢が多すぎる。
「ねぇー、この中から1つだけ選べる?」
「えー、ムズカシイ。だって全部おいしそうだよ。このなかから1こだけなんて無理だよね。」
うーん・・・・
デザート系も食べたいし、惣菜系だって食べてみたい。でも、そんなお金持ってないし。
そのとき彼女がこう言った。
「そうだ!10人くらいで来ない?で、みんなで違うものを買うの。少しずつ味見すればさー、色んな味が食べれるよ」
「おーー!それイイ。そうしようそうしよう」
「そうと決まったらさ、他の子誘う前に、メニューと値段をメモしとこう。そのほうが誘いやすいよね。」
今みたいにスマホのない時代。カメラなんて持っているわけもなく、わたしは数学のノートを1枚ビリビリと破いた。
レストランの入口で、友達がクレープのメニューと値段を読み上げる。それをわたしが立ったままメモする。超アナログ作戦だ。
クレープは全部で40種類くらいあった。
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次の日、友達を誘い、クレープ作戦のことを説明する。あまりよく覚えていないけど、行きたいと言ってくれた子が10人くらいはいたと思う。
うちわ替わりの下敷きをパタパタさせて、教室の窓側の席に集まる。みんなでいつにするかの話し合い。
メモしたメニューを見ながら、これにしよう、とか、こっちも美味しそう、とか、迷いすぎて選べない、とか。行ってもないのに盛り上がる。
想像だけで盛り上がれる。女子高生ってそういうもんだ。いつの時代も。
結局、全員の予定が合うのが次週の放課後、ということが分かった。
人生初のクレープまでの道のりは、思っていたよりも遠い。
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クレープ作戦決行の日。
放課後、10人以上でぞろぞろとお店に向かう。どれにする、あれもいいな、これもいいよねと言いながら、歩道いっぱいに広がる。制服のスカートをひらひらさせて、ワイワイしゃべりながら歩く。
作戦のルールはただ1つ。
できるだけ他の人とカブらないものを買って、みんなで味見すること。
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いつもはコックさん1人のクレープ売り場。わたしたち女子高生集団を見てなにごとかと思ったのか、奥から助っ人のお兄さんがやってきた。
10個以上のクレープの注文、それも全部バラバラのメニューなのに、コックさんの手さばきの美しいこと。
みんなでジッと見入ってしまう。
鉄板のうえに生地をスッと落としたかと思ったら、トンボとよばれるT字型の道具で、ササッと薄く広げる。
きれいな円状に焼きあがった生地を、パレットナイフで鉄板からはがす。素早く裏返して数秒待つ。
両面焼かれた生地は鉄板からはがされ、ふわりと宙を舞い、横の台に着地した。
コックさんの手さばきにうっとりする。
「すごーーーい!」
鈴なりになった女子高生たちが、目の前で賞賛の声をあげる。
白くて長いコック帽をかぶったコックさんは、いたってクール。大人だ。痺れる。
少しだけ冷ました生地に、トッピングがポンポンとのせられる。ほんのり焦げ目のついたクリーム色の生地が、トッピングで彩られていく。
華麗に動くコックさんの細長い指。大人だ。また痺れる。
最後にクルクルと手早く巻いて、見た目も可愛いクレープの完成。
こうして一気に10枚以上のクレープを作り終えたコックさん。わたしたちの最後の言葉
「ありがとうございました!」
に、少しだけ口元を緩めて
「美味しいですよ」
と言い、奥のレストランに消えていった。
去りぎわの控えめな笑顔。大人だ。また痺れる。
人生初のクレープは、チョコバナナホイップ。ふわっと盛られた生クリーム、これが決め手だった。
スライスされたバナナにトロリと絡むチョコレート。唇にふんわりくっつく生クリーム。アクセントになるトッピングのアーモンド。
みんなでベンチに座り、味見をする。
ベルトコンベヤに載せられたように、クレープが女子高生の手のひらを次々と移動する。
ベンチで足をぶらぶらさせながら、コックさんがどれだけカッコよかったか、みんなでキャーキャー言う。
ちょっとしたことでキャーキャー言える。女子高生ってそういうもんだ。いつの時代も。
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クレープ屋さんを見かけると、つい食べてしまいます。クレープの“クルクル”のなかに、なにかイイことが詰まってるような気がしちゃうんですよね。
波羅玖躬琉さんの、こちらの企画 #青春と人生の交差点 に参加させていただきました。
玖躬琉さんの企画のおかげで、女子高生のあのころの初々しい気持ちを思い出すことができました。ありがとうございました。
波羅玖躬琉さんの企画、明日、6月30日(火)が締切だそうですよ。初めての〇〇について書いてみませんか。
大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。