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母だって一人旅 〜ハノイ到着後、早速トラブルが〜

「え?ホントにいいの?わたし1人で行っても」

「うん、いいよ。行ってきたら?そのあいだ俺も何日か有休とるし。子供と家のことやっとくし。1週間くらいなんとかなるよ。行っておいで」

【うちのオットはなんてデキる人!】と思うことは何度もあったが、このときは【最高すぎるオットだな、マジで】と思った。

1週間あるなら海外だな。

海外1人旅は、結婚してから1度も行ってないし(あたりまえ)。もともと旅が好きだし、自分でアレンジする旅は最高に好きだ。

どこへ行こう?それほど時間がかからなくて、時差があまりなくて、今まで行ったことのない国で、熱気のある場所がいい。

よし、決めた。ここだ。関空から直行便で4時間半あれば行ける。時差は2時間だし、初めて行く場所、熱気はまちがいなくある。


ベトナム、ハノイ。


行き先が決まれば、あとはフライト予約、宿泊アレンジ、地球の歩き方を買うのみだ。

2008年5月末。旅行出発の日。

当時まだ2歳だった末っ子を抱いたオットが玄関で見送ってくれた。上の2人の子供たちは、

「お手伝いいっぱいしとくから、おみやげいっぱい買ってきてね。」

と、ブンブン手をふっている。

「うん、わかった。じゃあ行ってくるね。1週間いい子にしといてね。よろしくお願いしま~す」

結婚してから初めての1人旅。計画を立て始めたときから、ずっとワクワクが止まらない。キャリーバックを引いているのにスキップをして、危うく転びそうになる。

2008年当時、スマホはほとんど普及していなかった。ラップトップ、地球の歩き方、携帯電話。この3つが頼りになる旅のお供だ。

関西空港第1ターミナル。

ベトナム航空のターコイズカラーの機体を探す。しっとり落ち着いたマットな色。機体にある蓮のマークもかわいい。

アオザイを着たCAさんが、笑顔でおしぼりを渡してくれた。おしぼりから、ふわわんと濃厚で甘い香り。蓮の花のイメージなのかな。その匂いが旅行気分をさらに盛り上げる。南国の雰囲気を早くも味わい、胸の高鳴りではち切れそうだった。

関空を出発し約4時間半後、ハノイ・ノイバイ国際空港に到着。現地は午後2時すぎだ。空港で、タクシー代に足りるくらいのお金をベトナムドンに両替する。

外に出た瞬間、モワッとした蒸し暑さが体にまとわりついた。5月末のハノイの気温は30度超え、湿気は80~90%。排気ガスが鼻を刺激するが、嫌いな匂いではない。視覚だけでなく肌や嗅覚で“異国に来たな”と感じる。

キョロキョロしながら10歩くらい歩くと、白タクの客引き5,6人に囲まれた。 異国にいることをますます強く感じる。

まぁ、女性1人だし声かけられるよねと思いながら彼らを交わし、地球の歩き方に“信頼できるタクシー”と書かれていたノイバイタクシーの乗り場へ。

運転手さんにハノイ旧市街にあるホテルの名前を告げ、乗り込む。クーラーがギンギンの車内は、Tシャツ1枚では寒い。これぞ東南アジアだ。

しばらく走ると、周りはバイクだらけになった。

窓からのぞくと、みんなカラフルなサンダルを履いてバイクに2人乗りをしている。排気ガス防止用のマスクも可愛らしい。

なかには3人乗りのツワモノも。お父さんがバイクを運転し、子供をはさむようにお母さんがしがみついてまたがっている。

真ん中にはさまれた女の子が、わたしのことをジーっと見ている。外国人が珍しいんだろう。手を振ると、恥ずかしそうにお父さんの背中に顔をうずめた。

40分ほど走ると、前方に『ロンビエン橋』が見えてきた。橋の下はホン河だよ、と運転手さんが教えてくれる。

タクシーはハノイ市街へ。窓越しに活気が伝わる。次々と来るバイクや車をひょいひょいとかわしながら、道をスススッと横切る地元の人たち。その慣れたようすは、華麗な雰囲気さえある。

道をカーブすると、ハノイのシンボル『ホアンキエム湖』と『亀の塔』が見えてきた。多くの人が湖のまわりを散歩しているということは、憩いの場なんだろう。

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タクシーは旧市街へ。道はとたんに狭くなり、まるで迷路のよう。道端には屋台がならび、平日の午後だというのに大人の男たちがプラスチックの低い椅子に腰かけ、飲んだり食べたりしている。

窓に顔を近づけて、旧市街に並ぶ店を見る。働いているのはたいてい女性。頭に大きなフルーツのかごをのせ、サンダル履きで道を往来しているのも女性ばかりだ。

女性からあふれ出すエネルギー、めちゃめちゃいいじゃない。この街、好きだな。

ホテルのすぐ近くで降ろしてもらうと、タクシーは去って行った。

ホテル正面まで行くが、どうも様子がおかしい。どう見ても、宿泊予定のホテルは工事中なのだ。

ホテルの壁半分は取り壊され、床のタイルは粉々だ。ホテルスタッフらしき姿もない。職人さんが鉄骨のようなものを背負い、出入りしている。

このホテルに予約してるんだけどな。

入口で立ちつくしていると、客引きのお兄ちゃんたちが10人くらい群がってきた。口々に、”Good hotel, this way.”とか”I know a nice and cheap hotel.”とか言っている。

どういうこと?予約確認メール、ちゃんと来てたよね?

お兄ちゃんたちから少し離れたところで書類を開き、印刷したホテルからのメールを確認する。やっぱり工事のことなんてどこにも書いていない。

もう1度看板を見る。間違いない。確かにわたしが予約したホテルだ。

工事の職人さんたちに、ここのホテルスタッフはどこにいるのか聞いてみたが、首をかしげるばかり。

困ったな。予約のときにカードで支払いも済ませたのに。

いまから別のホテルを探すにも、スマホのないころだから、なんとも頼りない。たったいま着いたばかりで、周辺の詳しい地図さえも手に入れていないし、あるのは地球の歩き方だけ。

客引きのお兄ちゃんたちは相変わらずニコニコしながらわたしを取り囲んでいるけど、彼らについていくわけにはいかない。

ホテル入り口の【KEEP OUT】(立入禁止)の看板のところから、奥で休憩している職人さんを大きな声で呼び出す。交渉して、とりあえず中に入れてもらった。

工事をしていないエリアにホテルスタッフがいるかもしれない、という一縷の望みを抱き、キャリーバックをガタガタいわせながら奥にずんずん進む。

「すみませーーーーーん。ホテルの方、いませんかーーーーー?」

大声を張り上げながら入り口のほうを振り返ると、客引きのお兄ちゃんが半分に減っていた。まだ半分残っているということは、わたしがついていくと思っているのか。これまでも同じようなケースがあったのかもしれない。

「すみませーーーん。」

大声で10回近く叫んだころだろうか。奥から、工事現場に似つかわしくないパリッとしたスーツを着た中年男性が、満面の笑顔で出てきた。

彼は手に持った書類を見て、わたしの名前を確認した。そして、「良かった良かった」と笑顔で言う。

--- 良かった?

「いや、ね、カミーノ様が当ホテルにお泊りになる時期、うちのホテルは工事中なんです、と案内するのを忘れていましてね。」

--- は?はぁ・・・

「案内し忘れたことに、今朝気づいたんです。きっともう日本を出発されたあとだろうと思いまして。カミーノ様の到着を待っていたんですよ。」

--- あ、そうですか。それはどうも。

「申し訳ないのですが、ご覧のとおり工事中ですから、お泊りいただけません。」

--- はぁ、そのようですね・・・でも、カードで宿泊代払ってますけど。

「はい、承知しております。ですから、当ホテルが信頼する別のホテルに今からご案内いたします。もちろんそのホテルでのお支払いは不要です。ご迷惑をおかけしたおわびに、朝食もおつけいたします。すぐそこですので、歩いて案内しますね。」

--- あ、そうなんですね。ありがとうございます(ラッキー!)。

「あともう1つ。いま、喉が渇いていませんか?」

そう言われ、ハタと気づく。ついさっきまでは、ホテルの工事で焦って気がつかなかったけれど、めちゃくちゃ蒸し暑い。湿度90%のおそろしさよ。文字通り滝のように汗をかき、Tシャツはぐしょ濡れだ。

--- そうですね、こんなに蒸し暑いと喉渇きますね。

「そうですか、良かったです。では、一緒にチェーを食べましょう。そのホテルに行く途中に、わたしが大好きな“チェー”の屋台があるんですよ」

--- “チェー”って、地球の歩き方に載っていた、あのベトナム版あんみつ?

チェーは、ハノイで絶対に食べたいと思っていたベトナムスイーツの1つ。着いた早々食べられるなんてラッキー。それも、地元の人が大好きという屋台だから、間違いなく美味しいはずだ。

案内された屋台では、プラスチックの低い椅子に座った男たちがワイワイとおしゃべりに興じている。

「わたしのおすすめはコレです。“チェー・セン”という蓮の実のチェーですよ。よかったら、お詫びにどうぞ」

舗装もされていないガタガタの道端で、ホテルマンからチェーを受け取る。彼の後ろではバイクが次々と行き交い、シクロがのんびりと走っている。

--- ありがとうございます。うん、さっぱりして美味しい。蓮の実がごろごろ入っている。日本で蓮を見たら、間違いなくベトナムを思い出すな。

「このたびは当ホテルが工事中で、大変申し訳ありませんでした。次回ハノイに来られる際は、リニューアルした当ホテルにぜひお越しくださいね」

スーツのベトナム男性と、ぐしょ濡れのTシャツの日本女性が、ほこりっぽい道端で笑いながらチェーをすする姿は、まわりの人にどう映っただろう。

わたしの人生初体験の“チェー”。それは、ベトナムのホテルマンとハノイの屋台で食べた本場の“チェー・セン”。これって最高すぎるじゃないか。

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