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通勤ラッシュの駅で

「ママ、ハーッてすると息が白くなるね」

気温がグンと下がった朝、保育園に向かう途中。自転車の後ろの席で、子供が“ハーッ”“ハーッ”と息を吐き、早朝の寒さを楽しんでいる。

「ほんとだね。寒くなったね」

私の言葉も空中で白い息に変わる。

保育園に着いた。子供と一緒に着替えやタオルの準備をしながら、時計を確認する。うん、上手にバイバイできたら、いつもの電車に間に合いそう。

園庭に出ると、早朝グループの子供たちが先生と遊んでいた。子供がみんなと遊び始めるのを見届けて、

「ママ、お仕事行ってくるね。今日も楽しく遊んでね」と屈んで子供にギューッとする。

保育園の門まで小走りしようとすると、

「あ、ママに渡したいものがある。お仕事がんばれる魔法かけてるから、お仕事に持っていって」と、子供がロッカーをめがけて走り出した。

お仕事がんばれる魔法、欲しい!

「これ、きのう作った折り紙、あげる。魔法かけてるから」

両手に山盛りいっぱいの、カラフルで平べったい形に作った折り紙を10個くらいくれた。

「ありがとう。お仕事の机の上に飾るね。魔法ききそうだね」

そう言って、コートの右ポケットに入れる。

「先生お願いします。行ってきまーす」と言い、子供にバイバイをして急いで駅に向かった。

改札で定期入れをタッチして、右ポケットにつっこむ。月曜日のせいか、いつもより人が多い。

満員電車にゆられ、先日買ったビジネス新書を読む。駅につくたびに人が増える。あと3駅だ。

着いた。電車から大量に人が吐き出される。

改札をめざす人の波に乗りながら、今日の業務の流れを頭の中で組み立てる。午前中はこれをして、その次にあれをして、午後は打ち合わせ。

駅の階段を降りて30mほどで改札だ。階段を歩く人の流れを見て、“異様な光景だな”と、毎日思うことを今日もまた思う。

あと10段ほどになったところで、右ポケットから定期入れを出した。

そのとき。

パサパサパサ。子供が作ってくれた色とりどりの折り紙が、いくつもいくつも落ちてしまった。

不意な出来事に思わず大きな声で

「あっ、私の手裏剣が・・・」

と言った。

それを聞いたまわりの人たちが、

“え?手裏剣?!”

と訝しげな表情でこちらを振り返る。あれだけ混んでいた人の波が引き、私のまわりだけ半径2mくらいの空白ができた。

折り紙の手裏剣は、コロコロコロと階段下に落ちていく。

子供が魔法をかけてくれた手裏剣の折り紙。だれも踏まないでと願いながら、

「すみませーん。私の手裏剣が落ちちゃって」

と空白になった階段を駆け下りる。

30代と50代くらいのサラリーマンが拾うのを手伝ってくれた。

「はい、手裏剣どうぞ」

優しく笑って渡してくれた。

殺伐とした通勤時間にちょっとしたおどろきと笑いがおきたのは、子供の魔法のおかげかもしれない。

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