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アドベンチャー

 小学校5年生秋の出来事だった。バスで最近できた土師ダムまで遠足にいくことになった。8クラス総勢400人近い人数がダムの近くに出来た広場でお弁当を食べることになった。僕とケンジとカズトとタケシは一緒に弁当を食べた。遠くには行かないように先生から注意されていたが、戻れるギリギリラインまで探検にいくことにした。
 山を登ったところに数人のかたまりが弁当を食べている。人数が多いので結構遠くまで散らばっている。結構なところまでいっても先生が他の子たちと弁当を食べていたので、まだ大丈夫だと思った。
 4人は山の奥へ奥へといく。目印に木の形を覚えておこうと考えながら山を駆け上り、下りていった。
 そのうち、カズトとタケシが不安になったのか「帰ろう」といいだした。僕とケンジはまだまだ大丈夫だと思った。「行くよ」というと2人はリタイヤして戻るといったので、ケンジとふたりで先に進むことにした。
 しばらくたって、そろそろ戻らないと集合時間に間に合わないと思ったので、引き返すことにした。確かこの杉を右に曲がって来たので、左だ、とか思い出しながら歩いていくと、杉ってやつはどいつもこいつも似たような顔をしやがって、いつの間にか見たこともない場所にいることに気づいた。
 やばいと感じながら、2人は顔を見合わせた。だがどちらも真剣度が足りないのか、度胸があるのか、単にバカなのか、この事態になってもあわてることはなかった。
「どうする」ケンジがいった。もはやあっちこっち歩き回っても元の場所に戻れる可能性は低い。
「山を下りよう」僕が言った。山がいくつも重なって峰になっていたら、変なところに降り立ってますます深みにはまっていくこともありえたが、幸い遠くに道路がみえる。バスで登った道であろう。その道路が見える限り、下りても迷い込むことはなかろうと考えたのだ。とにかく下りてしまえば、たとえ見たこともない場所でも、道路にいきつけば、必ずバスが登った道に繋がっているはずだ。集合時間には間に合わないかもしれないが、確実に集合場所まで戻れる、と思った。
 仮に行き着けなくても、人里にさえ出れば、誰かがいて、交番にでもいけば何とかなるではないか。
 とはいえ小学生、不安がないわけではない。心中どっちもドキドキだったろう。
 そんな時、僕は急に便意をもよおした。人生初の野糞である。テッシュはもっていなかった。だが神様、紙様、すぐ近くにスポーツ新聞紙が落ちていた。それを拾いクシャクシャにして使った。新聞がこんなところに捨ててあるなんて、誰かがきたからではあろうが、日ごろの行いがよかったのであろうか。ただケンジがひやかしで覗いてくるのがうっとおしかった。ニヤニヤしてやがる。しかしこのおかげで、2人は気分も新たに先に進むことができた。・・・多分。
 山の麓におりた。古い神社がある。段々畑がある。人はいなかったが、道には出たので、2人はほっとした。
 バスが通った道路を見つけるのは難しくなかった。2人は意気揚々とその道路を登って行った。辿り着けばどんな目に合うのか想像さえできずに。やはりバカだったのだろう。
「いました、みつけました」
 先生たちが僕を見つけた。集合時間をどれくらい過ぎていたのかは時計を持っていないのでわからなかったが、もうみんなバスに乗り込んでいて、僕らの帰りを待っている状況だった。
 いきなり担任の先生に、さんざん怒られた。学校に帰り着くと、同行した全ての先生に、謝りにいかされた。
 家に帰り着くと母親からもこっぴどく叱られた。担任から連絡がきていたのだろう。
 だがこれで意気消沈する2人ではない。
 英雄までとはいかないが、2人の冒険がなんと充実した時間だったか、そこは気心知れた仲である。それはケンジの表情を見てもわかる。スリル満点ないい気分だった。
 もちろん最悪、谷がいくつもあって、そのなかのどこかに、入り込んで迷って泣いていた可能性もないではないが、結果よければすべてよし、である。

 それから45年、妻と土師ダムへドライブに出かけた。今は開発が進み、桜の名所となって、あの頃の面影はなく、きれいに整備されていた。
 そんな思い出話を妻に話している自分がいた。

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