初恋

 雷也くんは小学校5年生。成績は下から数えたほうが早いくらいで、運動も決して得意なほうではありません。そんな自信のなさげな雷也くんですが、絵だけは得意でした。小学校の1年生から習っていたので、今ではちょっとした似顔絵なんかもサッと描いてしまいます。
 そんな雷也くんですが、最近気になって仕方ない娘ができました。クラス替えして、同じクラスメイトになった女の子です。しかも隣の席に座ることになったのです。
 名前を架純ちゃんといいました。架純ちゃんは何かと世話好きで、雷也くんを子ども扱いして優しく世話をしてくれます。
 雷也くんが教科書を忘れた時には、教科書を真ん中に置き、やや雷也くんのほうに近づきながら、2人で仲良く勉強しました。架純ちゃんはとてもいい匂いがしました。長い髪が動くたびにクラクラッとするほどいい香りが雷也くんの鼻孔を突いてくるのです。天国のような気分です。
 ある日、友達が2人をからかいました。「アツアツ」とか「夫婦」とか「カップル」とか。これには2人とも恥ずかしくて顔を赤くしました。雷也くんはそれを隠すためにわざと架純ちゃんをいじめはじめました。
 髪をひっぱって、「全然ちがうよ」「仲良くなんてないよ」といいました。架純ちゃんは髪をひっぱられるのが嫌で逃げ出してしまいました。
 それをみた先生はきゅうきょ席替えを始めました。せっかく隣で幸せに過ごせていたのに、自分のせいでぶち壊してしまった。雷也くんは泣きたくなりました。
 架純ちゃんとは遠い席になりました。代わりに隣に座ったのは順太郎くんです。男同士になりました。
 これを身から出た錆というのです。
 翌日、架純ちゃんが登校したのをみて雷也くんはビックリしました。長い髪を短くボブにしてきたのです。ボブカットの架純ちゃんも可愛いのは可愛いのですが、自分に責任があったのではないかと気が気ではありません。かといって昨日の手前、聞きに行く勇気は彼にはありませんでした。
 それから一週間経ちました。先生が突然いいました。架純ちゃんがヨソの学校に転校することを。これを青天の霹靂といいます。寝耳に水ともいいます。
 これは黙って見過ごす訳にはいきません。かといっていつも自信なさげな雷也くんには何もできません。
 家に帰って生まれて初めてラブレターを書いてみました。けれども朝起きて読み返してみると、とても恥ずかしくて渡せるようなものではありません。破って捨ててしまいました。
 翌日も雷也くんは考えました。どうかしてこの前のことを謝りたい。できればこの心の内を打ち明けたい。考えて考えて、雷也くんは気づきました。
そうだ。僕には絵がある。雷也くんはそう閃いた瞬間、画用紙と鉛筆を手に持ちました。そして一心不乱に架純ちゃんの顔を思い出しながら絵を描き始めました。
 雷也くんのイメージの架純ちゃんは髪の長い架純ちゃんです。目をつむっては、その顔を思い出し思い出し、筆を進めていきます。
 絵具を取り出し色もつけました。そして最後にプロの画家気取りで”Raiya”とサインをしました。
 転校する最後の日、雷也くんは勇気を振り絞って架純ちゃんに絵を渡しました。
「この前は髪を引っ張ったりしてごめんね」
 そういうのが精一杯でした。架純ちゃんは絵を見て大きな瞳をより大きくして
「ありがとう。上手に描けているね。絵のほうが美人ね。髪が長いときのね。髪のことは前から切ろうかどうしようか迷ってたから。気にしないで」
 と優しくいいました。そして右手をだして握手を求めてきたので、雷也くんもオズオズと右手を差し出しました。2人とも何だか汗ばんだ手でした。
 架純ちゃんは1日の授業が終わると、皆に挨拶をしてそしてお別れしていきました。
 こうして雷也くんの初恋は、ほろ苦い思い出として、いつまでも心に残っていくことでしょう。

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