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クレーム

 以前にも書いたかもしれないけれど、ホームセンターに勤めていた頃の話だ。クレームの電話がかかってきた。
「お前のところで買った塗料の中から砂が沢山出てきたぞ。どういうことだ」
「?」
 塗料の中に砂?セメントでもあるまいし。それともセメントと塗料を間違えて喋っているのだろうか。
 お客様は歳の頃は60代後半くらいの男性。家の1階の瓦屋根を2階から降りて、瓦用の水性ペイントで塗装したところ、翌日確認すると、乾いた塗料の中から砂が出てきたということのようだ。
 早速自家用車で現場を確認に行った。2階に上がらせてもらい、そこから瓦屋根に降りて状態を見た。
 何と下手くそな塗装の仕方であろうか。ところどころダマリができている。つまりフラットに仕上げていなくて、塗料の塊が、特に瓦と瓦の隙間にたくさんできているのだ。
 その中から砂が出てきたという。僕は心の中で半分溜息をつき、残り半分でどうやって相手を納得させようかと考えた。ここは謎を解明するシャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロのようにはいかない。相手を言い負かしても何の意味もない。納得していただけないといけないのである。
 でもこれって、言い負かす以外に何て言えばいいの?
「お客様、これは黄砂のようです。昨晩のうちにまだ乾いていない塗料のダマリの中にはいってきたのでしょう」
 ダマリは乾きにくいので、その間に黄砂が入ってきて、元から入っていたものと勘違いしてしまったのだろう。
「いや絶対中に入っていた」
 譲らないので、僕は行った。
「僕の乗ってきた車を見て下さい。黄色くなっているでしょう。黄砂が付いたのです。この塗料の中の砂と比べてみましょうか。一緒のものですよ」
 そのひとことで、相手は理解したようだった。ダマリができたため、このようになったこと、ダマリをつくらないように、塗料は薄く塗って作業を進めて行くこと、そのためには十分に塗料を含ませた刷毛をしごいてから塗るようにした方がいいですよ、などとやんわりと説明して最後は感謝され帰社することとなった。
 黄砂のシーズンになると、いつもこの事件を思い出してしまう。ほとんど笑えない笑い話だが。

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