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風呂屋の幽霊(ショートショート)

 江戸時代は銭湯は混浴が当たり前でして、明治になってからやっと男女別々の風呂になりました。それまで何度も風紀が乱れるとのことで、混浴禁止令がでてはいたんですが、なくならなかったんですね、これが。
「なんだな、文明開化のせいで、すっかり風呂屋も男女別々になってしまってよ。面白くもないわな」
 いつもの熊さんが風呂屋に行く途中に、相棒の八つあんに愚痴をもらしています。
「かみさんでもいればいいけど、お互いやもめだもんなあ」
 この頃、江戸改め東京は圧倒的に男女比が男子の方が圧倒的に多くて、なかなか出会おうにも出会いがありません。
「ちょいと熊さん八つあん」
 2人を呼び止める声が聞こえたかと思えば、今丁度行くところだった風呂屋の旦那です。
「あんたたちにおりいって相談があるんだけどな」
「なんでい、こちとら江戸っ子だい。頼まれごとなら2つ返事で引き受けてやるよ」
「そりゃあ助かる。実はさ、数日前から、ウチの風呂の女湯から幽霊がでるっていう噂が流れて、さっぱり女の客がこなくなっちまったんだ」
「ほう女湯に幽霊?婆さんじゃないだろうな」
「なんでも20歳くらいの細面の美人らしいよ」
「そりゃあいいな。でも俺たちに何ができるっていうんだい」
「誰かの嫌がらせかもしれないだろう。確かめてほしいんだ。もし本当に出たら、成仏するようにいってくれないか」
「そりゃあ坊主の仕事だ。俺たちには出来ねえ」
「じゃあ本当に出るかだけ確認しておくれよ」
「20歳くらいの細面の美人だって、誰がそんなこといってんだ。旦那がまず確認すればいいじゃねえか」
「勘弁しておくれよ。あたしゃそんなの無理だよ」
「しようがねえな。20歳くらいの細面の美人か。悪くはないな」
 2人はスケベ心満載でこの頼みを聞き入れました。
 女湯にさて入る番になると、お互い譲りあいます。
「八つあん、先にお入りよ。俺は次でいいからよ」
「何言ってんだい。熊さん、怖いんだろう。第一銭湯だ。独りづつ入らんでも十分広いじゃねえか」
「それもそうだな。では仕方ねえ。はいるとするか」
 というわけで、2人は湯船の湯を体に何度かぶっかけて、湯船に入りました。
 しばらくすると、ただでさえ暗い浴室が余計暗くなってきました。そのうえ熱い風呂の温度、当時は47度くらいあったそうですけど、とても入れませんよね。それを入って我慢するのが江戸っ子だったとか。その湯の温度も何やら冷たい。
 やがて風呂の底からブクブクブクと泡が出てきて、年の頃なら20歳、細面の美人だったであろう幽霊がでてきました。
 驚く2人。それもそうでしょう。出てきたのは髪は結い上げてはいるが、確かに細面ではあるが、細面すぎる。骸骨の幽霊でありました。これでは髪型以外に男か女かなんてわかりゃあしない。
「騙したな、風呂屋の旦那」
 でも必ずしも嘘ではない。これに肉をつけていけば、おそらくは20歳頃の細面の美人になりそうではあります。
「何があったか知らないけれど、成仏してくれえ」
 震えながら2人は南無阿弥陀仏を手を合わせて唱える。そのお経を聞きながら、幽霊は湯の中に再び沈んでいったのであります。
「どうだったかい」
 風呂から出てきた2人に旦那が聞きました。
「どうもこうもないぜ。骸骨の幽霊じゃ色気も何もあったもんじゃねえよ」
「20歳頃の細面の美人じゃなかったのかい」
「どこからそんな話を聞いてきたんだい。骸骨になる前はそうだったかもしれねえけどな。後は坊さんに頼みな」
「おかしいな。幽霊を見たお客は皆揃って20歳くらいの細面の美人っていってたんだけどねえ」
 旦那は首を傾げながらそういうと、それに答えて熊さんがいいました。
「風呂屋だろ。皆揃って、湯ばっかし(ゆうばっかし)だったんだろうよ」
 
 


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