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87歳の旅人

 羽田へ向かう福岡空港のなかで、不意に声を掛けられた。振り向くと高齢の男性が1人僕に縋るような眼を向けている。
 どうやら同じ旅行者で、何処へ行ったらいいかよくわからないので、後をついて行っていいか、とのことであった。同じ旅行者とわかったのは、お互い旅行社のバッヂをつけていたからだ。
 聞けば独り者で下関からきた87歳の後期高齢者であった。うちの母親とたいして変わらない。母親は足腰がかなり弱くなって、旅行なんて行きたくもない、といった感じだが、このご老人、後でわかったが、結構旅慣れていて、山登りで海外にも何度かいったことがあるらしい。成程足腰がしっかりしている訳だ。おまけに健啖でビールも飲む。平常家ではワインを飲んでいるそうだ。
 ただ片目が緑内障にかかり手遅れで、見えなくなってしまったとのこと。それで山登りも断念したのだろう、パスポートは返納したといっていた。
 そんな旅慣れていて僕に縋るとはどういう心境なのかはわからないが、ひょっとしたら淋しかったのかもしれない。
 一緒に飛行機に乗り、乗り継いで、函館までやってきた。添乗員は函館で待っているので、そこまでは自力でいかなければならない。
 添乗員と行動してからは、ベッタリする訳でもなく、丁度いい距離感で旅を楽しんだ。
 帰りの飛行機で、メモ用紙に走り書きで、携帯の番号を教えてもらった。こちらから教える暇はなかった。どうしようか?電話することないし。一応無事着いたかどうかの電話をしてみた。見知らぬ電話番号だったのだろう、電話に出なかった。夜遅かったこともあるし。まあ気に入って頂いてよかったかな、と思っている。
 

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