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毛深くなった話(ショートショート)

 朝起きて、顔を洗おうと思って鏡をみて驚いた。ひげがのびていた。それも半端なく。髭も鬚も髯も伸びていた。異常に。毛生え薬でも知らないうちに飲まされたのであろうか。そういえば、髪の毛も異様に伸びていた。ヒゲに驚いてはじめ気が付かなかった。
 とにかく今日は幸い休みなので、理髪店に行くことにしよう。ヒゲはともかく髪はきれいに切れない。
 着替えようとしてまた驚いた。すね毛が異常に伸びていたのである。裸になってみた。胸毛も生えてる。腋毛もボウボウ。尻毛もまるで昔の絵の亀みたいに伸びている。陰毛もパンツから大幅にはみ出すほどに映えていた。
 これは理髪店どころじゃないぞ。病院にいかなくてはならないのではないか。そもそも俺は毛深いほうではなかったはず。絶対誰かの陰謀で毛生え薬の実験材料かなんかにされたに違いない。
 昨日の夜、飲みに行った時に、知らず知らずに飲まされたのかもしれない。
 脱毛サロンにいこうか。病院よりもまずこの状況をなんとかしないといけない。
 悩んでいる途中、また変化が起こった。見ていてわかるほど毛が伸びているのだ。やばい。これはとりあえず何とかしないと。
 俺はハサミを持ってきて、長く伸びた毛を切り始めた。脛から尻から陰毛から腕毛腋毛、チョキチョキ切り始めた。が同時に切った分だけ伸びてくるではないか。最悪である。このまま病院にいくしかない。
 俺はズボンとシャツを着て外に出ようと思った。それぞれの裾から毛がはみ出していた。さあいざ病院へ。まずは内科だろう。そう思った時、前が見えなくなった。まつ毛と眉毛が長く伸びて目をふさぎ、先に勧めなくなった。
 こうなれば救急車しかない。119番に電話しようとしたら、スマホを持つ手が毛むくじゃらで、まともに番号を押せない。
 それでもなんとか119を押して、救急車を待った。
「どうしました」と聞かれて返事に困ったので、急病です、といっておいた。説明すると信じてもらえないかもしれないから。
 やがてすぐ救急車はきた。救急隊員が部屋に入るなり、俺の姿を見て驚いた。当然であろう。
「警察に、警察に連絡を」
といって俺を病院には運んでくれそうにない。一生懸命説明しようとするが、こっちもしどろもどろ、相手もパニックでどうしようもなかった。
 やがて警察が来たので、俺は訳を話そうとして、眉毛をかきわけ、まつ毛の隙間から見える警察官にむかって突進した。警官はビビっていた。「とまれ、とまらないと撃つぞ」そういって拳銃を俺に向けた。
 やがて発砲した音が響き、俺の胸に命中した。




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