パロディ広告という物語—"It's A Tide Ad"

僕はパロディ広告が好きだ。もちろん面白いもの、ひとつも面白くないものと玉石混合ではあるが、どちらかというと「パロディ」という試み、あるいは仕組みが好きなのではないかと思う。

パロディ広告について考えるとき、どうしても外せないCMがある。2018年にアメリカでオンエアされた家庭用洗剤タイド(Tide)の「イッツ・ア・タイド・アド(It's A Tide Ad、以降「タイド・アド」)」である。

もともとこれは、同年のNFLスーパーボウル(Super Bowl)の中継番組用に制作されたもの。この「国民的」ともいえる番組ではCMへの注目も非常に高く、別名「アド・ボウル」とも呼ばれ、30秒のCM枠の値段は約5億円前後といわれている。こちらが、そのCMである。

主人公(Netflixの人気番組"Stranger Things"の主演俳優デヴィッド・ハーバー)は、自動車やビールなど典型的なCMを模したさまざまな映像に登場し、そのすべてがタイドの広告であると主張する。通常CMの登場人物の衣類は特に意図がない限り汚れやシミのない「クリーン」な状態であり、かたや製品の特長は「衣類をクリーンにする」ことである。つまりその衣類の清潔さは効果の現れであり、これらはすべてタイドの広告であるという、いわば「こじつけ」をユーモラスに具現化しているわけだ。

同CMは、放送時の反響にくわえて、カンヌライオンズやD&ADなど、さまざまなアワードでも高い評価を獲得している。一般的な商品CMとしては、2018年にもっとも注目を集めた1本であるといってもよいだろう。

では、なぜ外せないのか(少なくとも僕にとっては)。例えばオンライン版のForbesは、このCMが制作物として独創的なわけではないことを、1989年に話題になった乾電池ブランドのエナジャイザー を例にあげて指摘しているように(*1)、パロディという手法自体はまったく新しいものではない。

しかし僕は、いわゆる「パロディCM」とは違う印象を持った。それは従来のものが「何を語るか」に主軸が置かれているのに対して、タイド・アドには「どう語られるか」への意識を強く感じたからだ。

同CMについての掲載記事は約680に達し、オンライン上でのアクセスを含めると約36億回閲覧されている 。(*2)そして実際の放送時には、試合中における人びとの関心の高さを示す指標「ソーシャル・メンション」を最も多く獲得した広告ブランドとなった。その数は約164,000件に達し、2位のマウンテンデューとドリトスのコラボCMの約115,100件に約50,000件の差をつけている 。(*3)

僕は同CMについての英文記事を、かなりの数読んだ。そこで印象に残ったのは"hijack”や"self-referential”、そして“meta”というような言葉だ。最初の「ハイジャック」は、まさに「乗っ取る」という行為。カンヌライオンズに日本一詳しい、であろう石井うさぎさんは、同CMについて「まさにあらゆる他のCMへのHackをやってのけた」(*4)と書かれているが、その視点は同じだと思う。

そして"self-referential”——「自己参照」と“meta”——「高次元の」という語句。主観全開で語らせてもらうとならば(一応、個々の単語の適応事例なども調べましたが書いていくと長くなるので割愛。学術的に書く場合はきちんと記述します)、タイド・アドは「元ネタを面白く変える/イジる」のではなく、広告という行為自体のパロディをおこない、そのうえで広告として着地させることに成功している。それは人々が同CMを「語る」ことで離陸させ、物語として確立させたからだろう。その点では、ささやかながら革命だと思う。

*1: What Can Marketers Learn From Tide's Bid To Own The Super Bowl? https://www.forbes.com/sites/derekrucker/2018/04/19/what-can-marketers-learn-from-tides-bid-to-own-the-super-bowl/#39c1e5b23adb

*2: Tide - "Its a Tide Ad" Case Study https://youtu.be/M4VKspkvWlU 

*3: Super Bowl 2018 Data [Updated] https://www.marketingcharts.com/featured-82221

*4: 石井裕子【カンヌライオンズ2018 レポートVol.5】複雑化する世界で必要なクリエイティビティの「今」をとらえるキーワード(2018)
https://www.hakuhodo.co.jp/archives/report/48481

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