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第十一話 『風の強い日に』

前回までのあらすじ

十二月の終わりに海岸で拾った真っ黒な流木を庭へ植える。隅に生えている葉蘭を一部掘り起こして株分けし、鉢で増やせるか実験した。


まもなく飛びまーす。


第十一話 『風の強い日に』

 素早く過ぎていった一月の後を隠れて並走していたように二月がやってきた。その初日に庭を訪れた。日のあたる午後は暖かく、南風が吹いていた。水やりなどをしながら庭を回っていると蕗の薹が生えていることに気がついた。しゃがみ込んで草を分けてみるといくつもある。ポコポコと膨らんだ蕾が様々な大きさで春を告げている。物置小屋から刃物を持ち出して籠へ収穫する。
 いくつかは採りたてを油炒めにして食べ、残りのいくつかは袋へ入れて親戚の叔母へ届けようと思う。



倒木とカゴ

背の高いもの

 一月に庭へ大きな木を植えた。木といっても、倒木だ。以前Mさんの家で台風の後に枯れてしまったユーカリの木があり、しばらく前に虫食いで腐り始めたものを切った。その木をもらってきた。
 あらゆるものが刈り取られる以前の庭には背の高い植物もあったのだが、今は皆背が低い。この植えた倒木で目線を少し上へ向ける。


ユーカリの倒木を植えた


 ユーカリはゆうに二メーター以上あるが、放置して乾燥していたことと、虫に食われたこともあって思いの外軽かった。スコップで三十分以上かけて穴を掘り、運良く転がっていた御影石を支えとして埋めそこへさした。地中へ入る分は物置に眠っていた「船舶用にも使えます」と表示のある古いペンキを塗った。かなりしっかりと立ち上がったが、念のために漬物石のような角の取れた重い石を運んできて二つ置いた。


近所に生えていた葉

 
 三浦半島の逗子という海辺の町に一本の立派なユーカリの伸びる家があった。白く静かで素敵な雰囲気のお家の二階屋根をはるかに超え、その高さは、うねうねと曲がりながら10メートルほどあっただろうか。幹は円周が1メートル近くに思えた。こんなに大きく育つのかと感心する一方で恐ろしいほどの成長を感じながら横目で眺め海へ歩いた。
 そのユーカリは白く静かなお家にとても似合っていたが、強い台風の後に低いところで切られていた。もしかしたら折れたのかも知れないが、脇から新しい芽が萌えており生きていた。白く静かな家は相変わらず美しかった。


君は誰か

 

冬の寒さ


 冬の低温で枯れゆくものが多い中、ぼうぼうの庭には薄紫色の新芽のようなものが生え出ている植木があった。12月の頭までは枯れ枝だけになった細くひ弱そうな鉢だったが、もしかしたら何か内に蓄えているのではないかと思い、水だけは与え続けていた。つんつんと尖った薄紫がこの先どうなるのか。そして君は誰なんだ。


カマキリの卵をつけたままの枯れ枝のような植木

 以前植えた長ネギは思ったより順調に育っているが、メラレウカは寒さで一つが枯れそうだ。鉢に入れ替え、より日当たりの良い場所に置いたりしてみるがどうも元気がない。株分けした葉蘭も一月の終わりにほんの少し降った雪の日の寒さでやや元気がなくなってしまった。ただ土の中では一足早く春が訪れているのだろう、蕗の薹や花韮、枯れ始めた水仙の放つ香りが既に冬に見切りをつけた信号のように漂っている。まだ寒さの厳しい日が幾日もあるだろが、もう春なのだ。身体がそれを嗅ぎ分ける。
 帰りに叔母の家へ寄ったが留守だった。蕗の薹の入った袋を呼び鈴にぶら下げた。

第十一話 fine

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