見出し画像

第二話 残酷庭師とぼうぼうの草

 

前回のあらすじ


 病気のために引っ越した叔母。かつての住まいへは、庭を見に時々訪れていた。夫亡き後、老齢の叔母は手に余る庭木の剪定を植木職人に頼んだのだが。

第二話 『残酷庭師とぼうぼうの庭』

 その庭は万人の眼を引く美しさに溢れたというわけではなかったものの、花好きの夫婦が二十年近く暮らしたのだった。植えたり鉢を並べたり放置したりして草木が増えた。それぞれの季節に花や実をつけた植物たちは、依然として個々の魅力には溢れていた。綺麗好きの叔父が亡くなってからは片付けられない性癖の叔母が物を乱雑に増やした。それでも薔薇は未だ魅力的に咲き誇っていたし、叔父が食べ終えて種を植えた二本のアボカドの木は、少し温暖な土地柄が手伝い三メートルにまで育っていた。とはいえ手をかけなくなってからは雑草の勢いも増したので叔母は植木屋さんに頼んで剪定することにした。

近くの岸壁に自生する黄色い花

 知人を介してお願いした植木屋さんは当日、叔母が到着する前に作業をほぼ終えていたという。叔母は翌日、我が家へ電話をかけてきた。その声はさっぱりした庭が気持ち良いというものではなかった。疲れていて、他愛のない会話の中に、どこかしょんぼりとした声色をひそめていた。叔母がいうにはあまり良い植木屋さんではなかった。作業後の片付けもいい加減。その続きを一人でやったものだから熱が出て、少し寝込んだというのだ。大病をしたものの、普段は威勢よく溌剌とした叔母だけに少し違和感を感じた。叔母の旧家の近くには気持ちの良い見晴らしの海岸もあるので、久しぶりに庭を見にいってみようと思った。夏の力で生い茂っていた草木がどんな様子になったか興味がないわけではなかった。

愛情のないことについて


うっすらと色づく柚子


 翌日。夏の蒸し暑い湿気が街全体に滞留しているような気候の中、アクセルを踏み込んだ。到着して車を駐車場へ停め、門扉から続く庭へ入った。愕然とした。実際には門をくぐる前からとんでもないことが目に見えていた。以前は外からでも庭木の様子が望めたのだが、今はそれがない。正面を過ぎて角を曲がると庭の全体が見渡せる。ほとんど衝撃といっても良いくらいの動揺が起きた。

 何もないのだ。

 ほぼ全ての木と花と草が刈り取られ、地肌は露呈し、丸裸のがらんどうになっている。怒りとともに悲しみが込み上げてくる。これは植木屋さんや庭師の仕事ではない。片付けだ。全部を切り捨てて更地にする片付けの仕事だ。呆然としながら庭を行きつ戻りつしてみる。叔父が種を植えて育てた十五年もののアボカドは根元で二本とも切り倒されていた。二階のベランダまで伸びようとしていた薔薇も根元から切られ、至る所に置かれていた鉢の花々も乱雑に積み重ねられるか、倒されるかしていた。僅かに柚子の木と、もう一種の柑橘系の植木が一本だけ残され、紫陽花と小屋の脇に生えている葉蘭以外はほとんど刈り取られているようだった。土と岩肌が丸見えになり痩せた荒地の姿をしていた。
 叔母は片付けをして熱が出たのではなかった。丁寧とは言えないが、夫と二人で茂らせた庭が丸裸にされてショックを受けたのだ。寝込むのも当然の成り行きだった。なんとかしなければいけない。その時うっすらと庭への気持ちが芽生えていることに気がついた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?