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16の思いも天にのぼる④恵美(4)

 告別式の日、恵美はどんな顔で広と対面していいか分からなかった。
 手紙に今の気持ちや広への思いを書いたが、今だ、頭の中は様々な気持ちが渦巻いていた。
 友だちを迎えに行った。
 友だちは、広の悲報のあった日より、ここ数日、幾分か落ち着いてはいたが、やはり告別式ともなると、泣かずにはいられないようだった。
 家から出てきた友だちは、すでに涙目になっており、恵美を見たとたん泣き出した。
 ハンカチを渡しながら、
「今から、泣いて、告別式が始まったらどうなることやら」
と優しく頭を撫でた。
 恵美は告別式まで、広や彼女の話に触れないようにしていた。
 友だちにとって、それが最善かもしれないと思ったからだ。
 式場に着くと、級友たちがまばらに来ていた。
 何気なく見渡したが、彼女の姿は見当たらなかった。
 恵美はどうしても彼女の様子が気になってしまい、この数日間彼女のことばかり見ていた。
 しかし、いつも同じ表情で黙々と授業をこなしていた。そんな彼女の様子から、彼女の感情を読み取ることができなかった。
 苦しんでいるなら助けてあげたい、とも思っていたが、苦しんでいる様子も見られなかった。
だから今日こそ、本当の気持ちが分かるのではないと思い、彼女を探した。
 彼女は、クラスの出席者の中で最後にやってきた。とは言うものの、来なかったのは男子が一人だけだったのだが。
 彼女は、凛としたたたずまいをし、ピンク色の唇をしていた。
 その姿に恵美は見とれてしまった。
  もとから綺麗な顔立ちをしていたが、今日は一段と綺麗で、死者に別れをつげるようには見えなかった。
 彼女は、焼香を終えると足早に式場を後にした。
 すると横にいた、友だちが今まで見たこともない怖い顔をして、彼女の後を追いかけ始めた。
 突然のことに恵美は慌てて、友だちの後を追った。
 いつもおっとりしている友だちだが、今日は横眼も振らず、一心不乱に彼女の後を追いかけている。
彼女は、家に入って行った。
すると普段ならやらないであろう行動を、友だちがとった。
友だちは血相を変え、インターホンを押そうとした。
 その瞬間、彼女が手に何かを持って飛び出してきた。
 彼女は驚きながら、二人を交互に見た。だがすぐに、どこかへ向かい走り出した。
 友だちはまた、彼女の後を追いかけて行った。いつもの友だちからは、考えられないスタミナだ。必死の思いで恵美は友だちを追いかけた。
 全力で走っていると、先を走っていた友だちが急に足を止めた。止めた先には、小さな公園があった。
 そして、その公園の中心で何かを読んでいる彼女の姿があった。
 それからしばらくして、恵美はその公園の中心で、彼女が泣いているのを見た。
 恵美と友だちは額からこぼれてくる汗を拭いながら、その美しい泣き声に心を奪われていた。
 友だちが、
「式に帰ろう。」
と静かに言ったので、式に戻ることにした。
 恵美は、お別れの会が終わるまで友だちの横顔を見つめていた。
 友だちは何か吹っ切れた顔をしていた。その顔を見て、恵美は安心した。
 それから恵美は、広の写真を見て、
(泣くだけがとむらいじゃないんだね。普段を懸命に生きることもとむらいなんだね。泣かないでいるのも辛かったはずだよね)
と心の中で呟き、自分の思い込みでの行動が恥ずかしくなった。
 翌日彼女は、学校を休んでいた。
 友だちの方を見ると、すっきりとした顔をしていた。
 友だちが恵美を見つけると、少し恥ずかしそうに、でも恵美の目をちゃんと見つめながら。お礼を言ってきた。
 ずっと抱えていた罪悪感からやっと解放された。
 友だちに自分の心が伝わっていたのも嬉しかったし、安心した。
 恵美は安心したのと同時に、自分では解決できる問題と、出来ない心の問題があることがあると知って、少し複雑な気分になった。
(私、周りの相談にのっていたことで、おごっていた部分があったな。恥ずかしいな)
 窓の外を見ると、雲一つない快晴で、まるで広の心を映しているかの様だった。
 恵美は、次の日彼女にどんな言葉をかけようか、澄み渡った空を見上げながら考えていた。

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