『華厳経』睡魔・雑念 格闘中39
注:画像は、国立文化財機構所蔵品統合検索システム
ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
"普賢菩薩像",奈良国立博物館 所蔵 の一部を切り取って利用
「離世間品」 ― 菩薩のあれこれ ― 前編
この、「離世間品」では、普慧菩薩が普賢菩薩に対して、菩薩に関しての様々な問いを投げかけ、それに対して普賢菩薩が答えるという場面になっており、言わば、『華厳経』における”菩薩”とはどのようなものなのかということが全て示されていると言っても過言ではない。
(どちらの菩薩のお名前にも、知ることに関する”慧”・”賢”が使われているのが、この品の内容を暗示しているようにも思える。)
そのため、文章量も多く、また重要なことが述べられており、 『国訳大蔵経』に於いては、「離世間品」は、第六巻から、第七巻の二つの巻に跨がっていることから、前編・後編の2つの記事にて確認して行きたい。
始めに、菩薩の十の”依果(えか)”が説かれているのであるが、この”依果”の意味がはっきりしない。辞書等でも出て来ず、『華厳経』の解説で知られる、華厳宗第三祖である賢首大師法蔵の手による『探玄記』に於いて説明されている箇所を当たってみたが、分かったような、分からないような、あまりはっきりとはしなかった。(賢首大師の解説を噛み砕くと、言わば、依って立つところと、その結果とでも言うべきものであろうか。)
― 菩薩の十種の依果 ―
1)菩提心 2)善知識 3)善根 4)諸々の波羅蜜 5)一切法
6)所願 7)諸行 8)菩薩 9)仏を供養 10)一切如来
※『国訳大蔵経』,経部第六巻,第一書房,1993,p.558を基にまとめた。
”菩提心”(悟りを求める心)が始まりとして示され、同じ道を歩む友、心根、行としての波羅蜜、法の獲得と続き、最終的に如来を目指すことが説かれている。
菩提心については、普賢菩薩の少し先の説法にその因縁について、次のように説かれている。
― 菩薩の十種の菩提心の因縁 ―
1)一切の衆生を教化(きょうけ)し、成就する
2)一切の衆生の苦を徐滅する
3)一切の衆生に種種の快楽(けらく)を与える
4)一切の衆生の愚闇を徐滅する
5)一切の衆生に仏智を与える
6)一切の諸仏を恭敬し供養する
7)如来の教えに従い、仏を歓喜せしむる
8)仏の色身の相好を見る
9)一切の仏智に入る
10)仏の力無畏(りきむい)を顕現する
※『国訳大蔵経』,経部第六巻,第一書房,1993,pp.568-569を基にまとめた。
ここでの、普賢菩薩の説法からして、菩提心(悟りを求める)は、自身の悟りを得る為というよりも、むしろ、他者(衆生)に様々な功徳を与えることが、強く意識されていることが判る。
では、菩薩の行としては、どのようなことが示されているであろうか。
― 菩薩の十種の行 ―
1)一切の衆生に正しい法を求めさせる
2)善根淳熟(善根ををますます伸ばすの意か?)
3)一切の戒を学ぶ
4)一切の善根を長養する
5)一心不乱に三昧を修する
6)一切を分別する諸々の智慧
7)一切の所修を修習する
8)一切の世界を荘厳する
9)善知識を恭敬し、供養する
10)諸々の如来を恭敬し、供養する
※『国訳大蔵経』,経部第六巻,第一書房,1993,p.559を基にまとめた。
原文に当たれないため、意味の差が確認できないのだが(特に善根)、行の内容の大きなところでは、先の十種の依果が目指すところと、違いはないであろう。
普賢菩薩の説法はさらに続き、いちばん着目した、”普賢の心”が説かれて
いく。
― 十種の普賢の心 ―
1)大慈心
(一切の衆生を救護(くご)する)
2)大悲心
(一切の衆生に代わって一切の苦毒を受ける)
3)一切の施を首と為す心
(一切の所有を捨てる)
4)一切智を正念するを首と為す心
(一切の仏法を楽(ねが)い求める)
5)功徳荘厳の心
(一切の菩薩の所行を学ぶ)
6)金剛の心
(一切の受生〔命を受けたこと〕を忘失(もうしつ)しない)
7)大海(だいかい)の心
(一切の白浄法をことごとく流入する)
8)須弥山王の心
(一切の誹謗と苦言とをことごとく堪忍する)
9)安穏の心
(一切衆生に無畏(むい)を施す)
10)般若波羅蜜を究竟(くぎょう)じて彼岸に到る心
(一切法の所有無きことを分別する)
※『国訳大蔵経』,経部第六巻,第一書房,1993,pp.566-567を基にまとめた。
このうちの、大悲(心)については、次のように説明されている。
― 十種の大悲 ―
1)衆生の帰依する所無きこと
2)衆生の邪道に随逐すること
3)衆生貧しくて善根無きこと
4)衆生の長く生死に寝(ね)むること
5)衆生の不善の法を行ずること
6)衆生の欲縛に縛せらるること
7)衆生の生死(しょうじ)の海に在ること
8)衆生の久遠に長く病めること
9)衆生の善法を欲すること無きこと
10)衆生の諸仏の法を失うこと
※『国訳大蔵経』,経部第六巻,第一書房,1993,p.568を基にまとめた。
もちろん、いわゆる十波羅蜜(この六十華厳の「離世間品」では、①壇〔布施〕 ②尸(し)〔持戒〕③羼提(せんだい)〔忍辱〕 ④精進 ⑤禅 ⑥般若 ⑦智 ⑧願 ⑨神力 ⑩法)についても、この「離世間品」で説かれているのであるが、ここまでの所で、同じ内容が言い尽くされている為なのか、ほぼ、挙げている程度にとどまり、細かく説法はされてはいない。(※なお、十波羅蜜としては、⑦方便 ⑧願 ⑨力 ⑩智としているものもある)
「離世間品」の前半部分までで、やはりに気になったのは、普賢の十種の心である。金剛・大海・須弥山など、象徴的にスケールの大きな言葉が使われており、四無量心(しむりょうしん:慈・悲・喜・捨)として知られるものと、内容はほぼ変わらないのであるが、『華厳経』の世界観に見合った、広大なイメージを持たせるものとなっていると言えよう。
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