短編小説『心が踊ればダンスだろ』
「心が踊ればダンスだろ」って誰の言葉だったっけ?
急に頭に過ぎったのだ。
心が踊ればダンスだろ。
えー、誰の言葉だったっけ。
私は目の前にいる、大学時代からの友人ほんちゃんにそれを聞こうとすると、ほんちゃんは「きみちゃんさー今度、フェス行かへん?」と言う。
「えー私ら、もうアラサーやから、そんなんフェスとかしんどいんちゃうの」って私は言う。
「でも、今が残りの人生で一番若いときなんだよー。だからフェス行けるのも今が最後かもしれないんだよー」ってほんちゃんは言う。
私は「今が残りの人生で一番若い時」とか言う、そういう感じの論は好きじゃないんだけども、ほんちゃんが言うのなら・・・・・・みたいな気持ちになってる。
だって、ほんちゃんがそういうんだから。
というわけで私たちは夏フェスに行っている。サマーソニックに行っている。
馬鹿みたいに暑い中、歩き疲れて、たどり着いたメインステージで、星野源が歌っている。
私はそんなに詳しくないから、適当に聞いている。
けども、爆音で流れるそのメロディとリズムに身体は揺れている。
星野源は「みんなさー、振りとかそんなんないからさー自由に踊ってねー!」と言う。
そう言われた途端に、あれ、どうやって踊ったらいいんだっけ。と思って、身体がぎくしゃくし始める。
私ってどうやって踊っていたっけ?
途端に『あみこ』って映画のことを思い出す。劇中突然ミュージカルシーンというか、登場人物達が踊り始めるんだけども、踊り終わった最後に「日本人にダンスのリズムはないんだよ」って言い放つやつ。正しい台詞は覚えてないけども。
私はそれを思い出す。私にダンスのリズムはなくて、踊れない気がする。
ふと、ほんちゃんを見る。
ほんちゃんは手を空に掲げて、くるくるってひねっている。
くるくる。くるくるって手をひねってて、私はその手の先をしばらく見ている。
「なーきみちゃん、なー、telephones聞くんー?」ってほんちゃんは私に言う。その目は座ってる。片手にはビールのジョッキ。慣れないお酒でほんちゃんはすっかり酔ってる。
サークルの新入生歓迎会で、隣に座った長い髪が綺麗な女の子「ほんちゃん」は私が「はい。日本のロックが好きで~」と先輩に話している段階から、ずいっと身を乗り出して「telephonesが好き」って言った途端、突然絡み始めてきた。
さっきまで「遠藤さん」と私のことを呼んでいたのに、突然下の名前を縮めたきみちゃん呼びをしてきた。唐突な距離の縮め方に戸惑ってるとほんちゃん(この時は本田さんと呼んでいた。)は「私はねーUrban Discoが好きなんだよ~あとね~Love&DISCOもいいよねえ~」とおしぼりを折って小さくしたり、また広げて大きくしながら、いかにtelephonesが好きか、そして派生して色んなバンドが好きかをほんちゃんは喋り続けた。
どんどん先輩や同級生を置いてけぼりにする中で、私だけが取り残された。
私はほんちゃんの話についていくことができた。
めんどくさいやつだなと思いながら、ほんちゃんの好きな音楽の話にはついついわかるなーと思ってしまっていた。
「え、きみちゃん、avengers in sci-fiも聞いてるの?NAYUTANIZEDええよね~~~」ってほんちゃんはおしぼりを折りたたみながらそう言う。
私はその手をふと見る。細く長い指先だった。
その日はほんちゃんの家に行った。
「きみちゃん泊まって!泊まって!」とほんちゃんはうるさかったのだ。
でも、家の前につくと「あ!家汚いから!ちょっと待ってて!」とドアの前で15分くらい待たされた。
ほんちゃんは紅茶を入れてくれて、それはお酒で冷えた身体にちょうど良くて、ぽわ~としてきた頃に「なあなあ、ミッシェル・ガン・エレファントの解散ライブとナンバーガールの解散ライブと、普通のストレイテナーのライブだったらどれが見たい?」とほんちゃんはDVDを三枚持って私に聞いてきた。
「じゃあ・・・・・・ミッシェル?」と言うと、ほんちゃんはDVDをプレイヤーに入れて、そしたら一曲目のドロップが爆音で流れ始める。
ほんちゃんは「かっこよすぎない!?ねー!」と私の肩を叩く。
それほどミッシェル・ガン・エレファントに詳しいわけじゃなかった。Mステでかっこいいパフォーマンスをした人らってくらい。
けどもほんちゃんはめっちゃミッシェル・ガン・エレファントが好きだから、私に語りまくる。
この曲のどこが好きか、アベフトシのギターのカッティングはまじで神、というか鬼だよね鬼とか。へーって聞き流している。
けども最後の曲『世界の終わり』でアベフトシのギターの弦が切れて、チバユウスケの声が出なくなった時、ほんちゃんは泣いていて「なんかさあ。これを見ると映画を見たみたいな気持ちになんねん」って言う。
なるほど・・・・・・?みたいな気持ちになってる私の隣でもう冷たくなった紅茶をずびずび飲んでる。ふと、その手が綺麗だと思った。
私とほんちゃんは仲良くなった・・・・・・というかほんちゃんがどんどん私を誘ってくれた。 あのライブへ行こう!この映画を見に行こう!この舞台を見よう!
MOVIX京都で『ミッション:インポッシブル』のドバイが出てくるやつを見たり、京都シネマでよくわかんない北欧の貧困層をテーマにした映画を見たり、ヨーロッパ企画の舞台を見に行ったり、男肉 de soleilの舞台を見たり、丸太町の駅に直結しているクラブmetroに行ったりした。
そのmetroで、アニソンを中心に流すイベントをやっていた。
ほんちゃんも私もそれほどアニソン詳しいわけじゃないのに、そのイベントに行った。
なんか楽しそうだからって、それが私たちの行動原理みたいになっていた。
アニソンは全然知らなかったけども、アニソン特有の脳に刺してくるみたいな音楽を浴び続けるのは気持ちよくて、結局朝方までそのクラブにいた。
朝の5時、身体もくたくたになったときマクロスの『星間飛行』が流れた。
ほんちゃんは「やったー!!!」って叫んで、すっごく飛び跳ねていた。
そしたら、突然うずくまり始めた。
慌てて駆け寄ってどうしたの?って聞くと「きみちゃーん、足、つっちゃったー」ってほんちゃんは言った。
その辛そうな笑顔に私は笑った。
爆音でランカちゃんの「きらっ!」って声が鳴り響いた。
そのクラブには大学の卒業間近にまた行った。
その時はDE DE MOUSEがメインアクトのイベントだった。
デデちゃん(私たちはDE DE MOUSEのことを敬意を持ってデデちゃんと呼んでいた)はお酒を片手に片腕を天井に向かって突き上げて、そして爆音でキックを鳴らすと、お客さん達は飛び跳ねていた。
私は相変わらず、どこか飛び跳ねるのが恥ずかしかったんだけども、ほんちゃんは楽しげに飛び跳ねていた。
天井に伸びた指には指輪がしてあった。
彼氏に貰ったって、ほんちゃんはそう言っていた。
「またねー!!」ってデデちゃんはライブが終わって、そう叫んだ。
ほんちゃんは卒業後、東京に行ってしまった。彼氏とは3年遠距離を続けて、結婚。
彼氏の実家がある長野にほんちゃんは行ってしまった。
ほんちゃんとはたまにLINEをしていたけども、まあそれほど盛り上がるわけもなく、それでもたまにこんな曲が良かったよとか、こんなことあったよって年に4回くらい送りあっていた。
それが年に3回になって、年に2回になって、年に1回になって、ついには何にもない年になって、私もすっかりアラサーになって、ライブも前よりは全然行かなくなって、音楽も気がついたら、昔好きだったやつばっかり聞いてて、全然アップデートってやつできてないわーって思ってたら、ほんちゃんから連絡が入る。
「やっほ。離婚したわ」
やっほじゃないだろ。
離婚したほんちゃんはまた関西に戻ってきた。
久しぶりにあったほんちゃんは前にも増して痩せてて、顔にはちょっと生活の疲れも滲み出ていた。
「元気?」なんてありきたりなことを聞くと「おうよー私は元気だよ-」とほんちゃんは言ってくれる。
まあ、そうなら・・・・・・と思うけども、内心はどうかわからない。
というか、結構ひどい目にあったとか、親権を取られたとかそういう話も聞いている。
だから、私はどう言ったらいいか分からないときにふいに頭の中に「心が踊ればダンスだろ」って言葉がよぎる。全然脈絡の無い言葉!
びっくりしていると、ほんちゃんは言うのだった。
「きみちゃんさー今度、フェス行かへん?」
「きみちゃん、泊まっていきなよー」と私はほんちゃんの家に招かれる。
どうも、ほんちゃんの亡くなった祖母が住んでいた家に今はほんちゃんが住んでいるようだった。
サマーソニックで疲れ果てた私は、そのお誘いに乗ることにする。
ほんちゃんは電車の中でずっとフェスの感想を言っている。
楽しそうに。ずっと言っている。
昔もこうだったなって私は思ってる。
シャワーを浴びて、紅茶を貰う。
あんなに一日中、音楽を浴びたのに、ほんちゃんはfire TV stickでyoutubeを開き、まだ音楽を聞かせてくる。
ほんちゃんは「world's end girlfriendのMVのモノマネできるようになったんだー」って言って、三角座りをして、指をめっちゃ動かす。元ネタ知らないから全然笑えなかったんだけども「えー!これ見てよー」ってworld's end girlfriendの「Les enfants du paradis」って曲のMVを見たら、思いの外ほんちゃんの動きが結構上手くて笑ってしまった。
それからほんちゃんは「あとねー、これも私好きなんだよー」ってトーキング・ヘッズの『This must be the place』って曲のライブ映像を見せてくる。
そのライブ映像の中で、ボーカルのデヴィッド・バーンって人が、ランプスタンドをまるで人に見立てて、踊る瞬間がある。
「私ね、これをなんか見ちゃうの。そんでね、なんかたまに泣いちゃう。疲れてるんかなー」ってほんちゃんは笑う。
いや、私もわかる。このランプスタンドとのダンスはなんていうか、とても美しい。
私はもう一回見ようってほんちゃんに提案して、ほんちゃんとまたそのライブ映像を見る。
デヴィッド・バーンはランプスタンドと優雅に踊る。
ふと、ほんちゃんの横顔を見ると、ほんちゃんはまっすぐそのダンスを見ている。
「ほんちゃんさー心が踊ればダンスだろ、ってなんかの台詞やったっけ」
「それはあれだよ。男肉 de soleilの団長が言ってたやつやんか」
「え、そうだっけ」
「そうそう。地球救ったあとの団長が押忍!番長の『DISTANCE』に乗せてみんなでダンスする中で言ってたやんか」
情報量の多い舞台!
でも思い出す。大きな身体の団長が「心が踊ればダンスだろ」って言っていたのを。
ほんちゃん。
私はね。ほんちゃんほど上手く踊ることができなかった。
ほんちゃんはどこのライブに行っても上手に踊っていた。
上手に飛び跳ねていた。
とても楽しげに踊っていた。
私はそこまで踊り狂うことができなかった。
だからほんちゃんを見てるとずっと羨ましかった。
ほんちゃんの踊りが。
ほんちゃんの踊り狂える姿が。
でも、でもね。
私はずっと踊ってた。
ほんちゃんと喋ったときから、あんなうざ絡みされた時からずっと心は踊ってた。
あちこちに一緒に行ったときもずっと踊ってた。
またこっちに帰ってきたときもずっと踊ってた。
ほんちゃんといる時、ずっと心は踊ってて、それは男肉 de soleilの団長が言うならそれもダンスなんだと思う。
ほんちゃん、私ずっと踊ってたんだよ。
「あ」とほんちゃんが言う。
「どうしたの?」
「デデちゃんが久しぶりにmetroでライブやるんだって!きみちゃん、どうする-?」
私ら、もうアラサーだよ。クラブイベントなんて耐えられる体力もないよって言おうとするけども、そのほんちゃんの笑顔が私は好きだから「じゃあ、チケット二枚取っておいてよ」って言う。
そんで、またほんちゃんは楽しく上手に踊るんだろう。
片手を天井に突き上げて、ほんちゃんは飛び跳ねるんだろう。
私はそれを見ている。
心だけ踊らせて、それを私は見ている。