どこかで起きてる,起きていたような話

 牡丹です.ふと,こんな話を思い出したので書こうと思いました.本当にあった話かどうかは,各自の判断に委ねます.実際の個人と一致しないようにするため,フィクションのような表現を用います.

 その小学生の名前はユズといいます.ユズは色にこだわりがあって,いつも縹色の服を着ていました.雰囲気は悪い意味で中性的で,男性的な女性的な魅力といった,双方のポテンシャルを持たないという意味での中性的という印象です.割れたビードロみたいな嫌な光り方をする瞳は,常に誰かの嫌な思いを沸き立たせていたに違いないです.見た目だけならクラスメイトも何とか接しようと思うわけですが,ユズという子はその醜悪な見た目を凌駕する劣悪な人格であったため,クラスメイトも教師も距離を置いていたというのは,当時の学校では有名な話だったと思います.ユズは小学校低学年でありながら脳科学の難しい単語はよく知っていました.漢字も中学生が書くようなものをスラスラと読み書きできていたのです.ここまで聞くと優等生みたいに聞こえますが,国語の授業においてはユズは極めて劣等生であったのは事実です.ユズは言葉をたくさん知っていましたが,それを話すことができないのです.たとえて言うなら,言葉を覚え始めた幼児が,興味を持った物の名前を連呼するように,ユズは単語だけを口にするのです.これがクラスメイトの全員がユズを気味悪いと感じた要因であり,同時にユズの同級生に友達ができなかった理由として考察されています.後から聞いた話ですが,ユズは表出性言語障がいを抱えていたそうです.言語を使ったコミュニケーション,という点でユズはクラスメイトよりも大幅に遅れており,誰とも話せなかったのです.
 ユズに友達ができなかったのは,ひどい癇癪持ちであったことも考えられます.ユズは時々,クラスメイトに話しかけて何かを伝えようとします.しかし,クラスメイトはそれを理解できませんし,教師はその様子を見てユズがふざけているのだと認識します.こうなると,教師はユズにちゃんと話すようきつく叱りますが,ユズは癇癪をおこして大声で泣き叫び,教室から逃げるように去っていきます.このような事件が授業中も休憩時間中も頻繁に起こるため,教師はユズがクラスメイトと共に授業を受けることに向いていないと認識し始めます.以降,テストなど必要な時以外ユズは教室で授業を受けることが許されず,代わりに保健室で教科書を読むように指示されたわけです.
 ユズが支援教室で授業を受けずに,保健室で自習を強要されたのは教師の配慮があってのことでした.ユズは病弱で,いつも癇癪をおこすと苦しそうに胸を抑えます.これも後から聞いた話ですが,ユズは徐脈性不整脈を持っており,興奮すると脈数が変動し低血圧を起こすなどで気を失ってしまうこともありました.教師にとって,自分のクラスの生徒が突然金切り声をあげて教室を飛び出し,廊下で倒れていることなんて迷惑極まりなかったに違いありません.そういった背景もあって教師は最大の配慮をユズに向けたのです.

小学校中学年になったユズは,他の教師から厳しい指摘を受けるようになります.その教師は,そもそもコミュニケーションが十分にできないのは障がいによるものでなく癇癪によるものではないか,発達以前に精神面で問題があるのではないかと主張したのです.驚くことにこの指摘は的を得ていたのですが,それが判るのは数年先のことでした.ユズの家庭環境は最悪で,日常的に親から暴行を受けていたと噂されていました.子どもは親とのコミュニケーションを通して,社会的なコミュニケーションを習得するものだとしたら,ユズには残念なことに勉強の資料は多く用意されていなかったのでしょう.
 学年が上がってから,ユズは少しだけクラスに顔を見せるようになりました.しかし,朝から授業に出ることはあっても最後のホームルームまでユズが教室にいることはありませんでした.ユズはいつも昼過ぎに親の迎えが来てどこかに連れて行かれてしまうのです.クラスメイトたちは病気を心配したり,あるいはずる休みだと批判したりしましたが,後から聞いた話によるとユズは躁うつ病と診断されていたらしく,学校もそっちのけで治療に専念していたそうです.治療は順調に進み,ユズはよくクラスに顔を出すようになります.しかし,それが最悪の出来事を起こすキッカケになるとは,誰も予想していませんでした.

 小学校高学年のユズは皆が覚えているくらいクラスに顔を出すようになりました.同時に,皆が忘れもしない出来事もありました.クラスメイトはユズと接していくのに少しずつ抵抗を覚えなくなっていたのですが,一部のクラスメイト,それから当時ユズの担任であった教師はこれを快く思わなかったのです.やはり周りと明らかに違う,話すのが下手なくせに勉強は周囲よりもいい成績だなんて,彼らからすれば宇宙人でも見ているような気分だったのでしょう.最初は,ユズを囲んで罵倒ゲームが執り行われました.教師やクラスメイトの誰かが主体になって,ユズに向かって誰が一番屈辱的なことを伝えられるかというゲームが流行しました.ユズはクラスメイトに囲まれて汚い言葉を投げつけられますが,これに対し返事しようとしません.クラス中で大ブームを起こしたのですが,肝心の手ごたえが感じられないという理由で流行もすぐに過ぎていきました.
 次にクラスを騒がせたのが,バケツチャレンジです.遊び方はシンプルで,水がいっぱい入ったバケツをユズの頭上でひっくり返す,たったそれだけのルールです.びしょ濡れになったユズは自分が受けた仕打ちを教師に訴えようとしますが,教師は聞く耳を持たないのです.そして,クラスメイトはユズがバケツをひっくり返した,と主張し教師の矛先をユズへ向けます.不思議なことに,これだけの仕打ちをされてもユズは癇癪をおこしませんでした.きっと,癇癪をおこせばクラスメイトみたいに普通に授業を受けられない,そう思って我慢していたのでしょう.しかし,歯止めの効かないクラスメイトはバケツチャレンジの次に恐ろしいゲームを考案します.これが,最悪の出来事が起こるキッカケとなりました.

 季節は初秋の頃だったと思います.アイスバケツチャレンジはユズだけでなくクラス全体も冷えてしまうことから流行が過ぎ,クラスメイトは退屈していました.ここで,クラスメイトの一人があるゲームを思いつきます.それは,教室にあるものでユズを殴りつけ,誰が一番傷を負わせることができるかという競技です.教師はそれを聞いて面白半分に,教室内にあるものだけ,という制約を加えてクラスメイトの暴力的なゲームを許可します.まずトップバッターにステンレス製の筆箱が採用されます.ある程度の強度があり,さほど重くもないので使い勝手が良いのです.結果は,滑稽な音を響かせステンレスの筆箱がへしゃげて終わりました.ユズは頭を抱えていましたが,ステンレスではクラスメイトが思うほど傷を与えられなかったようです.しかしステンレスの筆箱はこの史上最悪のゲームの先駆者となり,クラスメイトを大いに活気づけます.
 その後は石やものさし,それから箒などがエントリーし,教室外からも様々な刺客が登場しました.ユズの顔は,日に日に顔中が痣だらけになって,毒でも含んでいるような,モンスターみたいな顔立ちになっていました.それでもユズは,癇癪をおこさず毎日クラスに来てクラスメイトという名の暴徒たちに挨拶をしていました.当時,この様子を見ていた者のうち数名は,いつかユズが殴り殺されてしまうのではないかと少し不安に思っていたでしょう.ある日,いつも殴られて反応のないユズに変化が見られました.その日も誰かに頭を殴られるのを待つように,俯くように座っていたのですが,何か様子が違うと思いました.クラスメイトも違和感に気付くのですが,鈍感な一人が持参した石を投げてユズにぶつけたのです.カツン,と音がしてそれからクラスは笑いに包まれるのですが,途端,ユズは立ち上がり石を投げたクラスメイトに向かって突進します.すぐに他のクラスメイトがユズを押し飛ばそうとしますが,ユズの突進を受けたクラスメイトはその場にうずくまります.なんと,彼の脇腹にはペンが刺さっており,ポタポタと血を流していたのです.歓喜に包まれていたクラスは一瞬で冷気に満たされ,クラスメイトの悲鳴が響き渡ります.しかし,ユズは今まで貯めてきた癇癪を一気に爆発させるように金切り声をあげ,教室の椅子や机を乱雑に投げてクラスメイトを次々と攻撃します.教師は怒鳴り声をあげてユズを止めようとしましたが,ユズは聞く耳も持たずにひたすら暴れ続けます.
 騒ぎを聞きつけて他のクラスからユズを止める者も現れましたが,彼らが駆け付けた頃,教室は傷ついたクラスメイトと,不整脈の発作を起こして床でじたばたするユズとそれを見るだけの教師という,何とも不可解な構図が完成していたそうです.ユズは警察の人に連れて行かれ,パトカーに乗って学校を去るのを見たという人もいますが,それ以降ユズはクラスに姿を見せることはなかったと聞きます.後から聞いた話によると,ユズは多くのストレス関連障がい,パーソナリティ障がいを抱えてしまったそうです.

 いかがでしたか?周りと違うと苦労するという話はよく耳にしますよね.しかし苦労するか否かは本人次第というよりは,その人を取り巻く環境次第であると私は考えています.最近,過去のいじめによる自殺の裁判の結果が出たらしいですが,どうすればその子は救われたのでしょうか.誰か一人でも助ける姿勢となっていれば,最悪の事態は回避できたかも知れません.哀れだ,可哀想,自業自得と,感想は人それぞれだと思います.しかし,救えるはずの命を救わないこと,これに対して私は疑問に思うわけです.
 ユズという子はほんの一例に過ぎないのですが,世間には浮き彫りになっていない,ユズみたいな仕打ちを受けている人が小学校にも,会社にもいるかも知れませんね.皆さんの周りも,よく見てみると良いかも知れませんよ,と凹んだ頭をさすりながら私は今日もnoteを更新します.

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