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リモートワークに慣れたら、生きるのがうまくなった話 #会社には行かない

私が会社にいかなくなって、10月で4年目になりました。今では、リモートワークはただの「働き方」をこえて"人生で選択したいこと"のひとつです。

今回は、そんな私、bosyuさんにリモートワークという選択肢を教えてくれた、石倉さんの著書「会社には行かない」に寄せてnoteを書きたいと思います。

でも、彼の元で働く私が、共感する!というのもなんか当たり前なので、『リモートの働き方に慣れたら、ちょっと生きやすくなった』話を書こうと思います。

リモートワークに馴染めなかった

とはいえ、リモートワークをはじめた当初、なっかなか慣れなくて「私には向いてない…」と毎日遠くをみつめていました。これは、前職の影響もある気がしています。

今はTwitter中の人をしていますが、以前は、化粧品の商品開発やイベント運営をしていました。プロデューサーの感性を商品や空間に反映したり、「いい感じ」という曖昧なワードを「世界観」にマッチするように具現化するのが仕事です。

この「いい感じ」も「世界観」もテキストで説明するのは難しく、『どこがダサいかと言われたら…いや、説明できないけど…てか、これ見てダサいとわからない!?』といわれてしまうような、感覚の要素が多い場所に長らく身を置いていました。

そんな私が、テキストコミュニケーションが肝となるリモートワークをはじめたので、使う脳みその場所が全然違い、とまどった部分も大きいです。

察せないと安心できない

会社には行かない」に、こんな一説があります。

オフィスにいる時なら、自分が忙しくて大変な時、隣にいる人が状況を察して手を差し伸べてくれたかもしれない。しかし、離れた場所にいる相手には、何も発信しないまま、自分のことを察してもらうのは不可能です。

こう書くとずいぶん難しいことのように感じるかもしれませんが、やるべきことはシンプルです。困っている時は自分から「困っています」とチャットに書き込むだけ。 ( 会社には行かない 83ページより)

リモートワークでよく聞く「察してもらえない」現象ですが、私は、察して欲しい以上の不安がありました。それは、周りを『察っせない』こと。

以前の私は「空気が読めすぎてしまう」という気質もあり、息するように周りを気にして生きていました。

前職時代、打ち合わせでは相手の人柄や出席者の関係性を瞬時に察し、うまくたちまわるのが得意でした。さらに会社では、相手の表情、声色、その人のストレス状況(側でわかる範囲)などを踏まえ「OK」の先にある要望を読み取って先回りするのが通常運転。

だから、OKは『OK』以上でも以下でもなく「○」の意味しかもたないシンプルなテキストコミュニケーションでは、最初、自分は役に立てていないような錯覚に陥りました。

今思うと、プライベートもこんな調子だったので、何かする時の主語は常に相手や周り。親を困らせたくないから、叱られることはしない。パートナーや友人に嫌われたくないから…みたいなタイプでした。

ここまで読んで「bosyuさん、気を遣って無理してたのね」と思ってくださる方がいるかもですが、当時の私は「自分の意志を伝える」という選択肢がないに等しかったのです。

主語はいつも周り。相手の笑顔やプロジェクトの成功に自分の存在価値をみいだす、感じの毎日でした。

曖昧という心地よさ

リモートワークは「わからなかったら聞く」という、至極シンプルな世界です。場合によってZoomで話したり、絵文字スタンプで会話をやわらかくしたり工夫はありますが、最終的にはテキストでの意思疎通が必要です。

前職までは少し堅めの業界にいたこともあり「大事なことは対面が基本。電話は業務連絡、メール議は事録」という感覚がありました。

対面でも、大事なことはなかなか言葉にされず、何回も打ち合わせしているのに、お取引先さんに本音で話してもらえるようになって、やっとプロジェクトが始動する…みたいなことがよくありました。

当時の私は「曖昧にされている重要なことが、決定事項になるまで曖昧なまま引っ張り続ける」みたいな、今思うと謎スキルですが、そういうことが得意でした。

だから、最初から曖昧は邪魔で「これはOO?」とストレートに聞くなんて文化が私の中になかったのです。曖昧は答えがでるまで待ち長いけれど、モラトリアムな楽さもあるので、そういう意味では最初、リモートワークをシビアに感じた部分もありました。

リモート慣れしてきた🎉

そんな私も、持ち前の察する力と順応性をリモートワークでも発揮(?)し、少しづつテキストミュニケーションになじんでいきました。

この表現はわかりにくいのね、とか、前職ならこの言葉は強いけどチャットだと伝わりやすいのね、とか、ひとつひとつPDCAをまわすような気持ちで日々Slackに向き合いました。

また、自分はどんな状態?どう思ってる?何に困ってる?など、自分のことを遠慮なくことばにしたことがなかったので、はじめは苦行のようでしたが、どうにか慣れていきました。

こう書くと、前職時代「これがダサいとわからない?」と言われ、最初全くわからないけれど、働きながら判別する力を身に付けたのと同じ。私にとっては、テキストコミュニケーションも仕事をする中で身に付けたひとつのスキルなのかもしれません。

また、リモートワークと出社は、全く別と理解してからは、もっと気持ちが楽になりました。レストランで食べるのと同じ体験を、Uber Eatsに求めないしそれぞれメリットが違います。リモートワークと出社の関係もそんな感じだと思うのです。

人間関係がかわってきた

テキストコミュニケーションが身につくと、不思議とプライベートの人間関係がスムーズになってきました。

特に変化を感じたのはパートナーとの関係です。それまでは、嫌われたくなくて本音を曖昧にすることが多く、ある日気持ちが爆発することがありました。仕事だと、事実を伝えないと進まないので言えるのに、パートナーにはうまく言えない…みたいな。(書いててはずかしい)

でも、リモートワークで本音や事実をテキストで、ストレートに伝える力が鍛えられ、「曖昧というオブラートに包まなくても、意外と物事はうまくいくし、人間関係も変わらない」と腹の底から理解したことで、自然と日常の伝え方まで変化したようです。

リモートワークになり1年くらいすると、パートナーにもやもやすることが少なくなりました。すれ違いの火種をみつけたら(そこは察する力を発揮)伝えられるようになり、喧嘩もほぼなくなりました。

大事な相手だからこそ、察したい・察してほしいでなく、素直に本音を伝えた方がうまくいくのかもしれない。まさか、このことにリモートワークをきっかけに気づくなんて、何だかふしぎな話です。

おわりに

とはいえ、私の相手を繊細に察する気質は変わりません。でも、思いをきちんと伝え、わからないことを推察のままでなく、自然に聞く習慣が身についてから、全ての人間関係が前より楽になりました。

空気を読む術やお察し力は、今だに役にたつことも多いです。でも、これらが意味をなさない環境に身を置いたことで、いつの間にか絡まっていた自分のコミュニケーションを整理することができました。

過去の私には、もっと自分の気持ちを相手に伝えるとうまくいくし、失うものも恐れるほどないよと伝えたいです。

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会社へ行かない話からちょっと飛躍したnoteになりましたが(笑)、私の人生をかえたリモートワークという働き方のリアルを知りたい方は、ぜひ読んでほしい一冊です。きっと「リモートワーク」への思い込みがはずれて、新しい気付きがあると思います。


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