私にできることは何か、を考えることがビジネスの突破口になる。日本のプロダンサーからアメリカで着付け師になった女性。アメリカで戦う挑戦者 Vol.10
自己紹介をお願いします
北川聖子です。現在アメリカのボストンに住んでおり、こちらに来て12年ほどになります。今は和服の着付けビジネスをしています。元々は東京でプロダンサーとして活動しておりました。ダンスの仕事の一つとして、北島三郎さんのバックダンサーを4年半ぐらいしていました。北島さんのショーは、ドレス姿でジャズダンス等の洋舞を踊っていたところから一瞬で和装に着替えて日本舞踊を踊るという特徴がありました。着物はプロの衣装さんが大体着付けてくれるのですが、腰紐を結んだり、襟を合わせたりといった自分が見える限りのことは自分でやらないといけなくて、簡単にですが着物の着付けの手順をその時に覚えました。
その後私が別のダンスショーに出演していた時に、パフォーマンスの仕事でアメリカから日本に長期出張していた夫と出会いました。彼は六本木でブルーマンのショーに出ていました。私の出演するショーを彼が見に来たきっかけでお付き合いが始まり1年後には結婚。ダンサーを引退しました。そして息子が生後半年の時にブルーマンのショーも東京で千秋楽を迎え、夫の本拠地であるアメリカに行くことになりました。最初はラスベガスに1年住み、そこでの仕事がひと区切りついた後にボストンに移り住みました。
どうして着付けビジネスを始められたのですか?
こちらに来てから私は仕事復帰など全く考えておりませんでした。英語が話せない状態で来たので仕事をするなんて考えてもみませんでした。ただ子どもが3歳になった時に、夫から「聖子は本当に素晴らしい奥さんだし、素晴らしいお母さんだし、この3年間本当によく頑張ってくれた。ただそろそろ本当の聖子に戻っていいんだよ」と言われました。もう一度自分のやりたいことを見つめ直してみたらどうか。ダンサーになりたいならもう1回ダンサーの仕事をすればいいし、他にやりたいことがあるのなら他の選択肢を見出してもいいんじゃないかという風に背中を押されたのでした。ただ、本当は専業主婦が楽しいと感じていたので、ちょっと焦りました。ダンサーをしていた時に本当に食べていくのに必死で、ダンスだけでは食べていけず、アルバイトを掛け持ちしての生活で親からも支援してもらっていました。そのためそうしたことから離れて家族との時間を大事にできる専業主婦という役割を私はすごく好きだったのです。しかし夫に言われたことがきっかけで、どうするかを考え始めました。もう一度ダンサーにとも思ったのですが、やはり身長や体型のハンデがあると思いました。こちらには本当にすごいスタイルの人たちがすごい踊りのスキルを持って踊っている。別に私がここで踊らなくてもいいんじゃないか。それだったら私にしかできないこと、自分だからこそできることを考えようと思いました。またダンサーの時は自分のために踊っていました。これだけ私は自分の踊りを磨いたんだぞ、どうだ!といった感じで、自分のために仕事をしていました。しかし次のキャリアを築く上で、次は人の役に立てる仕事、人に喜んでもらう仕事をやってみたいと思った時に、着物の着付けを思いついたのです。たまたまその頃ボランティアで着付けを教えてくださる方がいらして、その方に何回かレッスンをお願いしてやってみたところ、もしかしたら自分はこの仕事が向いているのではないかと思ったのでした。水を得た魚のように、呼吸するように技術を自然と覚えられ、楽しいなと思っていました。人の着付けをしっかりとできる自信があったので、1年後にはビジネスとして始めました。
着付けにピンと来たのは、自分の日本人としてのアイデンティティだったり、夫の仕事の都合でパーティーに出席することが多いのですが、着物を着て行くと喜んでいただけたりすることも理由としてあったのかもしれません。着物を着て街を歩けば有名人みたいな気分です。「あなたに会えて嬉しい。今日1日すごく良いことがありそう」と言われたり、「どこの女優さんですか?」と聞かれたりと、本当に皆さんの反応がすごく新鮮で、この経験の素晴らしさ、楽しさを、他の方にもシェアしたいと思いました。
ボストンはハーバード大学を始め本当に超一流の大学があり、日本からの研究者や学生がいらっしゃいます。そういう方たちに着物を着ていただく機会を作れると考えました。また教養のある方が多く住んでいて、着物に対する認知度も高く、日本文化への興味関心もあるエリアなので、きっとアメリカ人の方にも着物を着たい人はいるだろうなと思いました。
どのようにスタートされましたか?
まずウェブサイトを作りました。そしてアメリカ人のモデルさんを集めて着物を着てもらい、写真を撮ってウェブサイトとSNSに掲載しました。着物は自分のコレクションの中から、これなら人に貸せそうだと思えるものを何パターンか用意しました。そのため最初は大人の女性向けの着物が5パターンぐらいしかありませんでした。その後お客さまから、七五三の着物はないか、男性用の着物はないか、卒業式の袴がないかといったご要望を聞くようになりました。やはり一度スタートしてみたら、揃えなくてはいけないもの、お客さまが求めているものの幅の広さに気づかされ、徐々に着物を買い集め始めました。
ただ最初の1年は全くお客さまの反応はありませんでした。1年目は数えるほどでした。ただ2年目から徐々にお客さまが増えていきました。こちらに駐在されている奥さまたちです。七五三の着付けをしたところ、芋づる式に口コミで広がっていきました。
お客さまが増えた4〜5年目の頃に、2年ほど仕事をクローズして、ワールドツアーに出る夫に同行して着物を来て世界を周りました。その様子はコラムとして日本のメディアにも取り上げていただきました。そのため2年間は一旦途切れましたが、帰ってきてからはかなり安定して仕事を進めることができています。
ビジネスを軌道に乗せるために工夫されたことはありますか?
SNSを通して着付けをたくさんの方に知っていただこうとしていますが、着物のコーディネートだけでなく、どういう着物を自分の手元に置くかにはこだわって日本で自ら買い付けています。着物はすごく趣味が出るものですので、私の好みをいいな、好きだなと思ってくださる方がいて初めて集客に繋がります。
またSNSでは、アメリカで着物を着て生活するとはどういうことかを発信しています。発信する上で一番気をつけたことはコンテンツです。私は元々ダンサーですので、ただ着物を着てもらうだけではなく、着物を着た時にどうポージングすれば美しく写真に写るのかということを発信しています。着物を着たら指先はこういう風にしましょうとか、頭蓋骨の位置はちゃんと背骨の上に乗せましょうとか、お腹は出さずに尾てい骨は真下に向けるとか、なんとなくではなく、アカデミックに正しいポジションを紹介し始めてから、フォロワーさんが伸びました。
こうしたコンテンツは友人がアドバイスをしてくれました。着物系インスタグラマーはたくさんいるし、皆さんそれぞれ色々な技術を発信されている中、私に発信できることはなんだろうと友達に相談したら、「やっぱり聖子ちゃんの強みは、ポージング指導力だよ。素人のお客さんをプロのモデルさんの様に表現させてあげる力があるよ」と助言してくれました。
またSNSは最初の1秒でコンテンツを見るか見ないかが決まる世界なので、どういう情報を与えてくれるコンテンツなのかということを明確に伝えるように注意しています。スクロールをしていて何か面白いものが引っかかったら手を止めるわけですので、最初の1秒がすごく重要で、1秒で一体何の動画なのかが分かる様にすることです。音楽の選び方やシンプルなアカウント名の設定についても、友達がアドバイスしてくれました。5、6年はずっと試行錯誤して口コミ頼りでしたが、こうしてあの手この手でアドバイス通りに動いていったら、本当にフォロワーが増えていきました。
その他にお客さまが広がっている理由にチャリティ活動があるかもしれません。施設を1棟貸し切って、着物ショーをしたり、着付け体験をしたりしています。参加チケット代をいただくのですが、着物の販売も含めた売上は全て小児うつ病センターと小児がんの日米両方の研究施設などに寄付しています。コロナ禍の2021年はイベントができなかったので、代わりにチャリティー用カレンダーを作成しました。ボストンの各分野で活躍する女性12人をフィーチャーして、メイクアップした12人の女性の着物姿をそれぞれボストンの名所で写真を撮って1冊のカレンダーにして販売しました。ハーバード大学医学部准教授の内田舞さんや平昌オリンピックのフィギュアスケート団体銅メダリストの長洲未来さんらがモデルになってくれました。
こうした活動を続けてきた結果、一流のお客さまの着付けを担当させていただく機会が増えてきました。日本の大手ゲーム会社の創業者夫妻がハーバード大学で講演されるためにボストンにいらした時に、奥さまの着付けを任せていただくことがありました。また最近では東京大学理事・副学長の林香里先生が、ハーバード大学の学長就任式に参列された際にも着付けを担当させていただきました。こうした機会は、北川さんなら大丈夫だという風に安心して任せてもらっているという手応えを感じ、これが私のビジネスなんだ、プロとして認めていただけたのだと胸を張れるようになりました。
最後に、ボストンで着付け師をして良かったことはありますか?
私はボストンで着付け師の仕事をしていますが、実は日本での着物やパフォーマーに関する仕事が広がっています。アメリカで着付け師をやっているということに価値を感じてくださる日本在住の方がたくさんいて、日本でのビジネスチャンスがすごく増えました。たとえばパフォーマーとしての仕事では、日本のお祭りのプロデュースをしてほしいといった話をいただきました。他にもショーに出てほしいといったお話もいただいています。海外で活動をしている私というこの商品に、興味と価値を感じてくださる方がいて、有り難いと思います。私のインスタグラムのフォロワーも8割は日本在住の方々です。こうしたことはアメリカあるある、海外で頑張るあるあるじゃないかと思います。こちらでの頑張りに対する評価が日本から返ってくるみたいで面白いです。
如何だったでしょうか。本サイトでは、「私も一歩踏み出してみよう」と思える。挑戦者の行動を後押しする記事をご紹介しています。
次回の記事もお楽しみに!
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