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積極的安楽死を行うスイス人医師Erika Preisig著『Dad, You Are Allowed to Die』読んだ

少し前に触れた安楽死についての本を読んだ。

著者の本職は家庭医であり、それとは別に自殺幇助も医師として行っている。自殺幇助という訳し方があっているかどうかはわからない。本書の副題では、Voluntary Assisted Suicideという表現が使われているし、またphysician assisted suicide(PAS)という言葉が彼女の行為にたいして一番使われている。他にはself-determined death/dying、(acitive) mercy killing、accomapnied farewellなどである。
これらに対する訳語として個人的には積極的安楽死がいちばんしっくり来る。ちなみに安楽死(euthanasia)と尊厳死(death with dignity)の違いには本稿ではふれない、よくわからんので。

まず始めに著者と父親との関わりから描かれる。父親はずっと死にたがっていて、無理心中を試みたこともあるという。やがて2度の脳卒中で体の自由が効かなくなるに至って希死念慮は最高潮に達する。このときすでに医師になっていた著者は、初めてのPASを自分の父親に対して行うのであった。

以降は、自身の関わった患者についての記述とそれぞれにまつわる想いや意見がつづられる。
父親を看取ってから紆余曲折あって、スイスの自殺幇助団体ディグニタスでPASに深く関わるようになる。

PASの要件は主に2点で、余命が短いこと(within days or weeksとあるが、実際には多発性硬化症のような年単位の予後がありそうなものも多いようだ)、自発的な意思によるものであることだ。

前者については2度以上の医師の診察が必要である。診察の結果、PASの適応でないと診断されることもある。適応と診断されても結局はPASを希望しない人もけっこういるという。死を意識すること、あるいは合法的に死ねる手段があると知ることで、もう少し生きてみようという気持ちなることもあるのだろう。

後者の自発的な意思について問題になるのは、まず医師から勧めてはいけないということだ。だから著者は家庭医をしているときにはPASを話題にすることはない。あるいはボケてしまっていると許可されない。また夫婦でPASを希望する場合は慎重な判断が必要になる、相手の意思に影響を及ぼしてしまっている可能性があるからだ。

PASはホテル、自宅などで行われる。ホテルや近隣住民には良い顔をされないことも多い。患者は致死量のペントバルビタールを内服して永遠の眠りにつく、愛する人々に囲まれて。事後には警察の捜査がある、他殺の可能性を否定するためだ。

著者が強調するのは愛する人々に囲まれてという部分である。死にたがっている人はしばしばviolentだったりbrutalな自殺をする。自殺は家族や関わってしまった人にトラウマを残す。それならば致死量の鎮静薬で速やかに確実に穏やかに、尊厳あるやり方で、家族や友人に見送られるほうがはるかによい。

終末期は鎮痛剤などが処方されるがそれは姑息的な治療にすぎず、よい死に方をするのは半分よりはだいぶ少ないというのが著者の見立てだ。姑息的とは根本的な治療ではないという意味だが、私は姑息的という言葉は手術のような病気を治癒せしめる手段の反対という意味でしか使ったことがなかった。しかし本書では、死が根本的な治療である。

患者にカトリックの司祭が登場する。彼の聖書の解釈は面白くて、神の恩寵は人々が苦しむままにしておくようなものではない、生命がgiftなら、苦痛から解放されるための知性や能力もまたgiftであろうと。
著者自身は、人生が生きるに値するか終わらせるべきかを決められるのは本人だけという考え方のようで、私もそれに同意する。

またある患者は、人間であるとは自分で決断するということで、それが人間と動物の違いだと言った。たしかに自分の決断が他者に委ねられている状態が普通になったら、私も自分が人間であるとは感じられないだろう。
そもそも中絶がOKなら、自分で決断して医師の助けを借りつつ死ぬことがいけない理由もないよねって思ってたら著者も同じようなことを書いていた。

The goal is that voluntary accompanied death should become as liberalized and accepted as abortion in cases of unwanted pregnancy.

カトリックがどちらも禁じているのは筋が通っている。まあそれも上述の司祭のように解釈次第なんだろうけど。

本書はほぼ著者の主観で書かれている。より客観的な視点ということなら宮下洋一氏の著書が良いだろう。著者のDr. PreisigのPAS執行の現場にも同行されている(ここでは鎮静薬は内服ではなく点滴静注されている)ので、興味を持たれた方はぜひ読んでみて欲しい。


まとめとしては読んでよかった。英語もそんなに難しくなくてわりと早く読めた。KingUlimitedなので英語わかるかたは読んでみて欲しいと思う。また読む価値のある書籍だと思うので、誰か翻訳してくれないかなあ。

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