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『世界を敵に回しても、命のために闘う ダイヤモンド・プリンセス号の真実』よかったよー

帯の煽り文句がすげーと一部界隈で話題の『世界を敵に回しても、命のために闘う ダイヤモンド・プリンセス号の真実』読んだ。

なんせ「告発動画にはなかった感動の物語」である。

著者の瀧野隆浩氏は毎日新聞の記者で自衛隊関連のルポをたくさん書いておられるようだ。

いつかこういうのも読んでみたいね。

ダイアモンドプリンセス号(DP号)においても自衛隊や自衛隊中央病院が多大なる貢献をしたので瀧野氏の出番ということだろうか。

しかし本書の主役はDMATである。DMATは災害時に出動する医療チームである。感染症の専門家ではないDMATがDP号に出張ってくるのかというのはわりと謎であった。

本書でそれが明らかになるのだが、「首相の鶴の一声」とか「前代未聞の事態なんだから災害みたいなもん」とかいうわりと大雑把な理屈だったようだ。国難にあってはこうした大雑把な感覚はとても大事である。偉大なる経済学者ジョン・メイナード・ケインズは言った、緻密に間違うより大雑把に正しいほうがいいと。

とはいえやらされるほうはたまったものではない。藤沢市民病院の阿南医師最初の要請の時点でもう自分らがやるしかないと腹をくくっていたそうである。なんで自分がこんなことという想いはあったのだろうが、そこをぐっと飲み込んで引き受けるのが大人ということだし、実存というものだ。それはこれまで何度も言及してきたとおりである。

そしてDP号はどういう現場であったかについて詳述されている。まずDP号は図体こそでかいけど、船内はとても狭い。感染対策のため可能な限り動線が考慮されている病院とは全く違う場所なのである。そこに4000人近い乗員、乗客がいるんである。マジモンの修羅場である。しかも当時は新型コロナウイルスは雑魚ウイルスとは誰もわからなかったのである。

そうした事情も知らずに、自分では指一本も動かさずに文句言うだけの人が山程いたのは今でも覚えている。彼らや日本政府は日本に寄港させずに追い返すことだってできたのに火中の栗を拾ったのである。著者自身は言及しないが、現場の人間の苦労も心情も知らずに批判したもののうちで、マスコミがその最先鋒だったのではないか。まあ私はテレビも新聞も見ないので知らんけど。

次鋒くらいだったのが「告発動画」の主、岩田健太郎氏である。わりとクソミソに批判されている。厚労省の型破りの官僚堀岡伸彦氏は現場に乗り込んで主に兵站を担当していたが、このように振り返っている。

「彼が言ったような基本的なことをわれわれが知らないわけないだろう、ってことですよ。こうするしかないから優先順位をつけてやっていたんです。100%完璧な感染対策ができていないことなんか分かっていますよ。だから、何なの?ってことです」

(太字は引用者)

まあ外部の人間が思いつくような、いわゆる僕のかんがえた最強の的なやつは、現場の人間、専門家ならすでに検討しているものである。その結果、法律的に無理だったり、リソースがなかったり、人権的にアウトだったりして採用されないのである。だから素人はすっこんでろという話になるんだけどね。

この2時間の間の体験を岩田氏は英語の動画で世界に発表してくれたわけだが、これには伏線があった。岩田氏の乗船に先立って、日本環境感染症学会から派遣された感染症の専門家が撤退していたのである。これは現場の士気にかなりの悪影響があったようだ。東日本大震災の福島第一原発事故のさいには放射線医学総合研究所の専門家たちが現場に踏みとどまったのと対照的である。

私の体感であるが、感染症内科の人たちはなんというか、我々はコンサルトされる立場であるという傲慢さがときに感じられる。なんでおまえら偉そうに御託だけ垂れて5時に帰っとんねんと言いたくなったことは何度もあった。まあ感染症内科医のような高貴な方々に私たちと同じように泥水をすすれとはいえないんだけどね。なお感染症の専門家はそんな人ばかりではないです、というかそうじゃない人のほうが多いんだけども、私の体感的な割合として他科と比べて、、、という話である。

そして感染症の専門家のチームが撤退したところに「感染症の専門家を騙る闖入者」岩田氏の一件があっておいおいなにしてくれんねんとなったというわけである。そういう流れだったのね。知らなかった。

それ以外のところで気になったのは、やたらと厚労省が悪者になっていることである。前代未聞の事態にお役所的対応ばかりしていたことについてであるけど、厚労省は霞が関随一のブラック官庁で国民生活に直結することに関わっているだけに怒られることも多い。そういう彼らがお役所的対応に終始したからといって私はなにか言う気になれない。スタンドプレーして結果が悪かったらそれはそれで怒られるからね。そういう空気を作ったのはマスコミじゃないのか?著者はそういうことには全く触れていない。

こんな感じで、本書を闇な感情なしに読むのは極めて困難なのであるが、男気あふれる物語でもあるから是非多くの人に読んでほしいなあと思ったのである。

なおそうした精神を女性が発揮することが多々あるのは重々承知の上で男気という言葉を使わせてもらった。男気を発揮する女性もみたいという向きには麻生幾氏のノンフィクションをおすすめする。


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