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『ニック・ランドと新反動主義』感想

 先日発売された木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』さっそく読んだ。いま流行りの新反動主義や加速主義、そしてそこで常に参照されるニック・ランドについての紹介だ。これらは今までほとんど日本には紹介されておらず貴重な一冊といえるだろう。

 4章にわかれておりまず第1章はピーター・ティールの紹介である。いわずと知れたペイパルの創業者であり、著書の『ゼロ・トゥ・ワン』は日本でもベストセラーとなった。なんでいまさらピーター・ティールなの?ってなるかもしれないが、意外な一面があるのだ。鼻持ちならないシリコンバレー野郎かとおもいきや、けっこう長いことアンチポリコレやってたようだ。また一部で知られるようにドナルド・トランプ支持者でもある。「自由と民主主義は両立しない」という発言からもわかるとおりゴリゴリのリバタリアンであり、国家からの脱出あるいは変容を夢見る。理想形は洋上に都市国家が林立し、市民は投資家が株式を売り買いするように自由に移住する感じだろうか。脱出絡みで宇宙への脱出を試みているイーロン・マスクにも言及される。

 第2章は先のティールによりもたらされた新しいリバタリアニズムがいかに新反動主義につながっていくか、カーティス・ヤーヴィンというこれまたシリコンバレーの起業家を中心にニック・ランドの論文「暗黒啓蒙」とともに概説される。ヤーヴィンの「新官房学」では全能の主体による独裁が想定されており大変に危険な感があるが、先に述べたように市民は自由に出ていけるので独裁者あるいは独裁AIは良い統治をするインセンティブがある。たんなる王政復古ではないから「新」反動主義なんだろう。

 第3章はニック・ランドの経歴と彼の影響について。哲学者として出発し、ドゥルーズ=ガタリの脱領土化を徹底してすすめるべきという加速主義まで、そしてその影響は思弁的実在論、マーク・フィッシャー、ゼノフェミニズムなどにおよぶ。これらの多様な事象を過不足なくまとめる筆者の文章力にはいつものことながら舌を巻くほかない。

 第4章は加速主義の概説で、個人的にはここがいちばん面白かった。加速主義は左派加速主義、右派加速主義、無条件的加速主義に大別されるが、左派加速主義と後二者はかなり異質な印象を受けた。左派加速主義は旧来の左翼をコケにしているものの、十分に左翼的でわりと労働者寄りと個人的には思っている。そこででてくるのが名著『資本主義リアリズム』を著したマーク・フィッシャーだ。左派加速主義はフィッシャーの影響のもとでプレゼンスを拡大するも彼の死により勢いを失ったと唱えられるようになったとの記述があるがこれは知らなかった。あとは加速主義はロシア宇宙主義、サイボーグ・フェミニズムなどとも親和性が高いとかおおいに頷けることが書いてあって満足して読了。ニック・スルニチェック&アレックス・ウィリアムズの『Inventing the Future』にもロシア宇宙についての言及があったし、男女平等になるまで加速するには草薙素子や人工子宮やセクサロイドが必要になると思わされた。なお同書はMMTにも言及している。

 一部には硬い内容もあるが平易に書かれており、新反動主義、加速主義の入門書としてかなり満足した。さあ今から現代思想6月号読みます。


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