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赤らんたんに灯を入れて第四夜 後編     

「山花様、説明は以上です。後の現象は
お客様のもので、お電話でもご説明させて
頂きました通り、私共には関知する事は
出来ません。ではごゆっくりとお過ごし
下さいませ。但し、例の時刻だけはお守り
下さい。そしてその時間は1時間だけです」
そう言って結衣は帰って行った。

「本当にこゆきに逢えるのかしら?
でもここへ来た人達のSNSを見ると
嘘をついてるとも思えないし…
とにかく夜の8時25分になれば分かる
事だわ!ねぇ、まつり」
もしもこゆきと逢えるならまつりだって
逢いたいはず、と思い連れてきた。
事実、今年のお正月に神奈川にいる弟が
帰省する際、分骨していたこゆきの骨壷が
" 私も帰りたい " と言っているかのように
動いた動画を見せられた。

色々な想い出が蘇ってくる。
嬉しい事があった日曜日。
仕事でミスして落ち込んだ水曜日。
中弛みの木曜日。
あと一踏ん張りの土曜日。
そんな毎日を繰り返していくなか、
いつも愚痴を聞いてくれたり、気分転換を
してくれたりした、こゆきとまつり。
いつも傍に居てくれた、こゆきとまつり。

そろそろ予定の時刻が近付いてくる。
伸子は緊張と期待、二つに揺れ動く手で
赤いランタンをそっと撫でた。
「お願い、こゆきに逢わせて!」

8時25分。

伸子がランタンに灯を入れると辺りは
驚くほど明るくなり目も開けていられない
ほどになった。
すると、滅多な事では吠えたりしない所は
母親のこゆき譲りなまつりが一点に向かい
吠え始めた。
ようやく伸子も目が慣れてくるにつれ、
その白いシルエットに気が付いた。

「こゆき!こゆきィ!」

そこには立つ事すら出来なかったこゆきでは
なく、元気に走り回っていた頃の姿の
こゆきでした。
こゆきは伸子とまつりの元を目指し一目散に
駆けて来ました。
「こゆき、こゆき。ゴメン、ゴメンね。
貴方の最後に間に合わなくて…
貴方の最後を看取ってやれなくて…
私、それだけが悔しくて、ずっと心に
引っ掛かってたの。心残りだったわ。
でも、こうしてまた逢えたから嬉しい。

そんなに遠くない将来、まつりもそっちの
世界に行くでしょう。
その時は親子仲良く暮らしてね!
そしていずれは私も……
そしたら今みたいに3人で過ごしたいから
仲間に入れてくれる?
探しに来てくれる?
こゆき……」

こゆきは伸子の目をじっと見つめ、
「クウ〜ン」
と、一声だけ鳴き、伸子の顔をペロペロと
舐め始めました。
まるで " わかってますよ " と言っている
かのようです。
まつりも久しぶりに逢えた母親にまとわり
つき、甘えているようです。

お別れの時間がやって来ました。
「こゆき、ありがとうね。
貴方が一人で逝ったのは私に対する優しさ
だったんだよね、悲しませない為に。
今日、思いを話せて良かった。
また逢いに来るからね!」

明るい光が辺り一面を照らし出した時、
こゆきが振り向き、また
「クウ〜ン」
と鳴きました。まるでサヨナラを言う様に。

たった1時間だけの不思議な体験。

今、貴方には逢いたい人がいますか?

仏壇上のこゆきの写真が少し微笑んでいる。


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