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無内容・無価値な「報道」:モザンビーク共和国におけるプロサバンナ事業について、現地農民から反対の声が上がっている事案

「理由」をまともに述べない報道のあり方

 TBS Newsで、JICAがアフリカ・モザンビーク共和国で実施しているプロサバンナ事業に、現地から反対の声があがっているという報道があった。以下、抜粋する。(なお、強調は引用者による)

 「プロサバンナ事業に賛成している農民など一人もいません。私は日本の皆さんに訴えたいのです。モザンビークでのプロサバンナ事業を中止してほしいのです」(コスタ・エステバンさん 2019年9月7日放送)

 コスタ・エステバンさん。アフリカ南部、モザンビーク共和国で農業を営んでいます。中止を求めているのは、日本のODA事業「プロサバンナ事業」です。2009年からおよそ34億円を投入。日本の耕地面積の3倍にも及ぶ地域を大豆などを生産する一大穀倉地帯に変えようというプロジェクトです。
 農民組織の代表であるエステバンさんは、「農民の意見を聞かずに事業が進められている」などの理由で反対。4回にわたり来日し、計画の事業主体であるJICAに中止を訴え続けてきました。
 しかし、JICAは、エステバンさんの「事業に賛成している農民は一人もいない」という発言を「事実に反する」と名指しで批判したのです。プロサバンナ事業に批判的な市民団体は、過去、事業に反対の署名をした人物が暗殺されたことを挙げ、モザンビークでは言論の自由が守られていないと指摘。JICAがエステバンさんを批判するのは危険な行為だと指摘しました。
(https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3869634.htm?1578018481399)

  この報道は情報が致命的に不足している。まず何よりも、コスタ・エステバン氏がプロサバンナ事業に反対している『理由』が紹介されていない。意味がわからん。これより重要な情報がほかにあるか?

 エステバン氏は「現地農民の意見を聞いてほしい」という旨の発言をしている。にも関わらず、報道では肝心の「農民の意見」の内容が提示されていない。
 
まさかエステバン氏は、来日を受け開催された会議で、「プロサバンナ事業に反対している」とは言ったが、その理由は述べなかったのか。そして「聞いてほしい」という現地農民からの意見の内容も伝えなかったのか。現実的でなく、にわかには信じがたい話だ。そもそも会議の場で「私はAに反対だ」と言われれば、言われた側からも「なぜですか?」くらいは問う。こうした基本的なやり取りのない会議だったのか。

 加えてJICA側の反論にしても、『エステバンさんの「事業に賛成している農民は一人もいない」という発言を「事実に反する」』とした部分だけが紹介されている。ならば、JICAはエステバン氏の発言の言葉尻をとらえ、揚げ足取りをやっただけということになる。仮に「事業に賛成している農民は一人もいない」を、「ほんの少ししかいない」「それなりにはいるが一部だ」に訂正させたとする。だとしても、それに何の意味・意義があるのか。「プロサバンナ事業の推進は正しいか」を検討する上ではどうでもよいことである。枝葉末節である。

 TBS Newsによる報道は、極めて浅薄、皮相である。TBSに限らない。この手のマスメディアの報道問題は、前にも毎日新聞の『優生社会を問う:障害者施設反対』を批判したnote記事に書いた。「理由」を書かないのはマスメディアの基本姿勢になっている。


実際の『プロサバンナ事業』問題はどうなのか?

 まず、コスタ・エステバン氏について述べる。TBS Newsの報道では『農民組織の代表』としか紹介されていない。これも情報不足の一種だ。せめて約3万人の構成員を抱えるナンプーラ州農民連合(UPC-N)の代表であり、また、UPC-Nがモザンビーク全国農民連合(UNAC)の正式な支部であることも伝えるべきだろう。下に引用する。

コスタ・エステバン(Costa Estevao)
モザンビーク出身。ナンプーラ州農民連合(UPC-N)代表。小農として、コメ、トウモロコシ、ピーナッツ、豆類、カシューナッツ、さまざまな野菜の有機栽培に取り組む。カトリック教会のメンバーとして活躍する中で、小農運動(UNAC/モザンビーク全国農民連合)と出会い、小農の権利を小農自身が連帯しながら守っていく運動に感銘を受ける。UNACの支部がなかった2010年、ナンプーラ州での組織づくりに着手し、2014年についに「州連合」を結成。同年、同州でのUNACの全国総会開催を実現する。土地収奪が激しい同州の小農運動の代表として仲間達のため奮闘してきた。設立から5年後の現在、UPC-Nのメンバーは3万人に届く勢い。
https://www.ngo-jvc.net/jp/event/event2019/08/20190831-africa-kyoto.htmlの登壇者プロフィールより引用)

 なお、UNACは"No! to ProSavana Campaign"(「プロサバンナにNo!キャンペーン」)という委員会を立て、2016年および2018年に公式声明を出してプロサバンナ事業を批判している。2016年の声明『「プロサバンナにノー!キャンペーン」は、プロサバンナの対話における不正を糾弾する』では、「反対派」が対話の場から締め出されていることが特に批判されている。
 2018年の公式声明の和訳は『「プロサバンナ事業に関する河野太郎大臣「指示」と反する現状について」報告資料』の11ページ目で読むことができる。こちらでも大筋は変わらないが、グローバル資本主義に基づく搾取構造の形成が懸念されていることが窺える。

 日本国際ボランティアセンター(JVC)も、『プロサバンナ事業に関する取組み』として、第三者の立場からその調査・分析結果を報告している。特に以下の2つは詳細で分析も深い。

1.『ProSAVANA市民社会報告2013:現地調査に基づく提言』
2.『プロサバンナ『コミュニケーション戦略』とその影響:JICA開示・リーク文書の分析, 2016』


 また同JVCは2016年に『3ヵ国市民社会によるプロサバンナ事業に関する共同抗議声明・公開質問』を提出している。

 一方、当然ながらJICA側からの反論も見ておかなければならない。JICAは2019年9月に公式サイト上で『モザンビーク国プロサバンナ事業に関する一部報道等について』と題した記事を公開し、下記7点に分けて反論している。(公式声明のみに対応したものではなく、広く報道で見られる批判について答えたもののようである)

①「プロサバンナ事業に賛成している農民は1人もいない」との発言について
②「プロサバンナ事業を直ちに中止すべき」という発言について
③「土地の収奪を招いているのではないか」との指摘について
④「事業の詳細は地域住民に知らされず、話し合いへの参画もできない」との指摘について
⑤「プロサバンナ事業はブラジルのセラード開発をモザンビークで再現するもので、モザンビークの実態に即していないために様々な問題を引き起こしている」との指摘について
⑥「輸出用大豆の栽培を目的とした事業であり、現地の小規模農家に裨益するものではない」との指摘について
⑦「JICAは環境社会配慮ガイドラインに違反した」との指摘について

 JICAは①~⑦はいずれも事実ではないとしている。根拠となる資料もつけている。むろん、UNACおよびUPC-N、そしてJVCの見解とは両立しない話である。どちらが正しいのだろうか? 

 報道機関は、どちらの陣営にもこれを問うべきである。UNAC側には「JICA側はAと言っているが、あなたたちはBと言っている。どちらなのか?」と問い、JICA側には「UNAC側はBと言っているが、あなたたちはAと言っている。どちらなのか?」と問うのである。当然、重要な事項を優先して問うべきである。「賛成者は一人もいない」か「賛成者も一人以上はいる」かなど、どうでも良い。また、JICA職員の「アフリカに35年ほどつきあっています。非常にアフリカを愛しています。」という発言も、別に言うなというわけではないが、報道で取り上げる価値はない。35年だろうが10年だろうが、はたまた1ヵ月だろうが、やはりどうでも良いことである。
 双方の見解が衝突している中心的な問題は、次の3点である。

① プロサバンナ事業は、現地で本当に「土地の収奪」を起こしているのか?
② JICAが行うプロサバンナ事業に関する説明会・シンポジウムにおいて、UNACを主とした「反対派」は本当に不公平な扱いを受けているのか?
③ プロサバンナ事業は、大資本家の利益集中化に堕さず、小作農家に適切な利益配分がなされると期待できるものか?

 これを明らかにするか、せめて明らかにする方向で質問を出せ―――と、書いてはみたが、およそ日本のマスメディアに期待できることではなさそうだ。せいぜい、こちらで警戒しておくしかない。

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