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閲覧録 202201-02

20220114
『内村鑑三全集 2 1893‐1894』(岩波書店、1980)。不敬事件の発生が1891年1月、内村の流感がうつった妻が同年4月に病死。その厳しい時期を乗り越え回復・再生しつつある流浪・窮乏時期の著述。「文学博士井上哲次郎君に呈する公開状」、内村が正面から「事件」に言及した唯一の文章らしい。
20220115
『中谷宇吉郎集 第三巻 低温室だより』(岩波書店、2000)。「雪後記」(1940)p187の「白銀荘」ググったら命名者は第21代北海道庁長官佐上信一だと。利尻山登山道の長官山の名は佐上がそこまで登った記念だと。1931年10月就任。前知事は池田秀雄で合同漁業設立(1931年12月)推進者。いずれも官選。→「Sの話」(1939)・「満洲通信」(1940)、戦前中国理解の一助になるかも。住宅論も面白い。「S」は中谷の高校同窓の中国人留学生、国民政府に参加し蒋介石の参議に、とあるのでそれなりの有力者だったのでは。誰なんだろう。文中で紹介される、島木健作『満洲紀行』(創元社、1940)も読まねば。
20220116
『岩波講座 世界歴史 5 中華世界の盛衰~4世紀』(2021)途中。最新版『岩波講座 世界歴史』が昨秋から刊行されて、なら発行順に読んでいってみようかと思って。『1 世界史とは何か』は史学史的アプローチが面白かったが、2冊目にして力不足を痛感。戸籍賦税兵役殖民、紀元前からあることはわかった。
20220118
『漱石全集 第二巻』(岩波書店 1994)読了。小説家漱石の活動期は1905‐1916と短い。日露開戦中に始まり、WW1戦中に終わる。今日読んだ「趣味の遺伝」は日露戦争無しには書かれなかった内容。「坊ちゃん」はどうだろ。時代の影響をどれほど受け、作品が規定されるものなのか。人にもよるだろうが。→朝、たまたま、牧野富太郎「利尻島と其植物」『山岳第一年第二号』(1906)を目にしてて、まさしく「坊ちゃん」と同年の発表だと気付いた。牧野の利尻山登山は1903年。まだ登山道未整備。漱石は1867年生・1916年没。牧野は1862年生・1957年没。東京帝国大学ですれ違ったりした可能性とかないのかな。
20220118
『柳田國男全集 第二巻』(筑摩書房、1997)。所収の「遠野物語」「時代ト農政」と読み進んできて、今日から「山島民譚集」(1914)。冒頭は「河童駒引」。とくれば、石田英一郎『河童駒引考』が(読んでないけど)思い浮かぶ。どうやら石田の方がいわゆる「インスパイア」されて書くに至ったらしい。
20220119
マルグリット・デュラス/フランソワーズ・サガン『太平洋の防波堤/愛人 ラマン/悲しみよ こんにちは 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-04』(河出書房新社、2008)。フローラ・トリスタンの存在を、リチャード・J・エヴァンズ『力の追求 ヨーロッパ史1815‐1914』(白水社、2018)で初めて知り→当該文学全集 Ⅰ-02、バルガス=リョサ『楽園への道』を読み、そのままⅠ-03 クンデラ『存在の耐えられない軽さ』に進み、Ⅰ-01 ケルアック『オン・ザ・ロード』を過ぎ、Ⅰ-04を読み始めた。どれも日本語で読めて素晴らしいが、それはそれで悲しい。で、「悲しみよ こんにちは」。なわけあるかい!
20110120
『寺田寅彦全集 第四巻 生活・紀行』(岩波書店 1997)。高校時代に岩波文庫『寺田寅彦随筆集』を、大学初年に伊丹十三の文春文庫のエッセイ群を、大学ゼミで『徒然草』を読んで出来上がった人間なので、60歳(寅彦ならとうに死んでる)を過ぎて、寅彦文をまたかつまだ読めているのは幸せなことだ。→「破片」(1934)の週一新宿駅で買う切符がある日著しく薄くなって、「その突然の変化の起こったのは浜口内閣の緊縮政策」と「なんらかの聯関がありはしないかと考えてみた」という記述に、「やりかねん」と思ってしまった。修論には同内閣期の立憲民政党大幅フィーチャーの予定なので参考になった。
20220121
永井荷風『荷風全集 第二巻』(岩波書店 1993)了。40年ほど前『断腸亭日常』を読んで面白かった記憶あり。それを今度は歴史の傍証史料として読もうと思い、理解を深めるためにまずは文芸作品からと全集を手にとったが、最初の巻々は実質「初期習作集」なのでつらい。『断腸亭日常』に辿り着けるのか?
20220122
高松宮宣仁親王『高松宮日記 第二巻』(中央公論社 1995)の昭和9・10年分。1934年は満洲国帝政実施・ヒットラー総統誕生の年。前年1933年12月23日当時の皇太子(現・明仁上皇、宮にとっては甥っ子)が生まれ、当年12月31日寺田寅彦が満57歳で死去している。宮は海軍軍務励行中。基本、カーマニア。→
20220123
→2/22 新聞切抜「溥儀執政 お買上の光栄 三四年型リンコン」。3/1「とうとう満洲国が帝国になった」。5/30「今朝、東郷元帥なくなり、大した反響なり」。7/4「岡田大将の総理大臣は意外だった」。11/28「高橋老また蔵相に懇請され、御苦労の極みなり」。12/2「ラグビーを見にゆく。明治と早稲田」→12/12「永井大使夫妻をよぶ。ヒットラーも六月頃、何百人と殺してからはズート穏当ニナツタサウナ」。1935/1/19「三時、平泉博士(田原注:澄)面会」。1/21「関東軍に板垣参謀がきて、また圧制的となる」。「最近問題ノ支那新聞「新生」ノ不敬記事」中には「偽満洲国」「溥儀ハ傀儡ノ傀儡ナリ」→昭和十年の日記は、1月22日から12月9日分までと12月11日以降分は、残っていないらしい。なぜだ。1935年12月10日「筧博士と語る。/(一)帝大、それも東京帝大は教学の中心である。ここに皇学神ながらの教を講座として(学部となれば猶よし)おくことが最もよし」。次回は昭和11(1936)年分から。
あ、寺田寅彦が亡くなったのは、昭和10(1935)年12月31日でした。訂正します。
20220123
『志賀直哉全集 第十二巻 日記(二)』(岩波書店 1999)了。今日は、明治43(1910)年後半から大正2(1913)分まで読んだ。柳宗悦との関係性を知りたく読んでいるが、本当に頻繁にあっている。1910年12月31日「白樺を起して世間にデビューした年である」。一方で花柳病罹患年でもあるのが志賀直哉。一時内村鑑三に師事した志賀、明治45(1912)年1/14「内村先生の所へおルツさんのおくやみに行く。/先生は自分の行つたのを喜むでゐられた。オルツさんの死なれる時の事を精しく話して神様のありがたさをいはれた。相不変の先生であつた」。一方で大正2(1913)年9/29「前晩内村先生の夢を見た」→「白樺派」志賀の母校学習院、院長乃木希典の「殉死」には、1912年9/14「乃木さんが自殺したといふのを英子からきいた時、「馬鹿な奴」だといふ気が丁度下女かなにかが無考へに何かした時感じる心持と同じやうな感じ方で感じられた」9/14「乃木さんの死は一つのテンプテーションに負けたのである」。
20220125
『旧約聖書 Ⅱ 出エジプト記 レビ記』木幡藤子・山我哲雄訳(岩波書店 2000)了。神と契約を結びその結果律法を与えられ、というのは多くの日本人には理解し難いのでは(含む自分)。わからないなり、次巻に進みます。何かわかるかも。レビ記の「レビ」はレビラト婚の「レビ」なのかそうじゃないのか。
20220126
『考現学 今和次郎集 第1巻』(ドメス出版 1971)。和次郎の凄さを語る梅棹忠夫の巻末解説が凄い。「考現学は風俗の科学的研究である」「民俗学というのは村落風俗学である」「考現学は主として都会を問題にする。その意味でそれは都会風俗学である」「民族文化史における現代史の研究にほかならない」
20220129
『柳宗悦全集 第十七巻 茶の改革・随筆(Ⅰ)』(筑摩書房 1982)。大部中の戦後の茶道論を読む。30年近く柳の文章に触れ、民藝館と民藝関連の展覧会にもよく通うが、今回は柳の茶道論はちょっと教条主義的過ぎないかという印象を持った。ひとり継続審議します。「チャーしばかへん」ではいかんのか?
20220130
『チェーホフ全集 12 シベリアの旅 サハリン紀行』松下裕訳(ちくま文庫 1994)再読開始。前回は普通に文芸作品として、今回は研究対象のコンテクスト理解のため。1890年7月5日沿海州二コラエーフスク着。同月1日日本では第1回衆議院議員総選挙、同27日ゴッホが自殺を図る、そんな時代。極東の流刑地。
20220131
子母澤寛『新選組遺聞 新選組三部作』(中公文庫 1997年改版)。『新選組始末記』に続く三部作の第二作。原本は1929年。文化資本に乏しい土地=厚田村に生まれ育った子母澤には、かつて「賊軍」側の武士だった祖父の存在が、貴重な文化資本だったんだろう。利尻島生まれの自分の文化資本はなんだろう。
20220202
筒井清忠編『昭和史講義2 専門研究者が見る戦争への道』(ちくま新書 2016)。1948年生の編者による「○○史講義」シリーズは、発行順に『昭和史講義 最新研究で見る戦争への道』『昭和史講義2』『昭和史講義3 リーダーを通して見る戦争への道』『明治史講義 人物篇』『昭和史講義 軍人篇』→『昭和史講義 戦前文化人篇』『昭和史講義 戦後篇上』『昭和史講義 戦後篇下』『大正史講義』『大正史講義 文化篇』と続く。こちらは明治・大正と昭和の一冊目は読み終えた。その間にも課題図書は増殖する。「日暮れ塗遠し。吾がすでに蹉跎たり」そのものだけど、目標一日一冊で進むしかなかろう。
20220202
『高倉新一郎著作集 第1巻 北海道史[一]』解説永井秀夫(北海道出版企画センター 1995)。北海道にまつわる研究をしようものなら、始めた途端から登場するラスボス(語義矛盾)的存在。帯広出身の高倉先生40代後半と思われる「北海道史について」(1949)中では「私は農村出身で、尋常四年のとき→網走線が開通して初めて海を見たので、漁業のことは全くわかりません。」とあけっぴろげ。その後鰊場についての的確なテクストも残されてますので、ご謙遜でしょうが。こちらは農業・農村のことは(も)全くわかりません(真実)。ラスボスと闘いつつ根拠地を見つけなくては。海辺になるんだろうね。
20220204
『宮本常一著作集 3 風土と文化』(未來社 1967)。ニキ。こちらは足元にも及ばない存在だが、共通点が一つだけあって、それは「島の人」だということ。周防大島と利尻島。同じ日本の島とはいえ、大きな違いがあるので、その辺を意識しながら、ずっと宮本本を読んでいる。周防大島、今年は行かねば。
20220205
「世界の歴史」編集委員会=編『新 もういちど読む 山川世界史』(山川出版社 2017)。教科書『世界の歴史(改訂版)』をベースに一般読者を対象に記述を手直しした本。基礎知識に触れるには教科書が一番(多分)。何もわかっていないことがよくわかる。次は「政治経済」か。さらによくわかってない。
20220206
『吉田健一著作集 第二巻 東西文学論 三文紳士』(集英社 1978)。吉田健一(1912‐1977)。1979年大学入学、前年から刊行が始まった著作集を図書館で発見、通読を誓うもあえなく挫折、今また図書館本で通読中。今日は「東西文学論」。読むことを止めない大人になれて良かった。全32巻いけるかなあ。→1979年と言えば、村上春樹のデビュー年。吉田健一の村上作品評を読んでみたかった。高く評価したのではないだろうか。村上作品は、デビュー鼠三部作から、「東西文学論」に表れる「文学」の要素を持ち合わせていたと思う。だからこそ日本文学史上稀有な「世界文学としての日本文学」足り得たわけで。
20220207
『梅棹忠夫著作集 第3巻 生態学研究』(中央公論社 1991)。p428「進化は、歴史である。それぞれの歴史的事実が個々の場合について、なにゆえにそうなったかを、具体的にあきらかにしなければならない。大進化と小進化の、立体的な同時展開が、生物の生活をとおして、あやまりなく把握されなければ→ならない。それは、一律の進化要因論で解きつくせる問題ではないようである。」。「生物」を「人間」に置き換えれば、そのまま歴史学に応用できそうな考え方。→あと、稀にみる名文家だと思う。明晰・簡潔・的確。お手本にしたい。→去年12月、民博に十数年ぶりに行って、梅棹著作集通読誓いました。
松沢裕作『明治地方自治体制の起源 近世社会の危機と制度変容』(東京大学出版会 2009)。やっと文学院・日本史学研究室所属の人が読む、みたいな本が出てきたのだが、多分、ほとんどよく理解できていない(泣)。なぜこの本に辿り着いたかを書いておこう(内容については書けないよう、みたいな)。→宮本常一「利尻島見聞」(1964)中に、「小前の者」というワードがあって、ずっと気になっているわけです。鰊漁業で栄えた島の、家族経営零細漁民を指していう(対するのは「鰊場親方」でそちらはほぼ企業経営者)言葉で、自分はまさしくその「小前の者」の家の出なのです。本来的には小百姓の意味→なんだけど、漁民類型にそのワードを持ってくる宮本常一、なんかやっぱりすごいと思っていたところ、2021年1学期の購読授業のテキスト、三村昌司『日本近代社会形成史 議場・政党・名望家』(東京大学出版会 2021)に「小前」が出てきてびっくりしたよ。しかも「小前的対抗」とはなんのこっちゃ。→p9「松沢によれば、明治地方自治体制が政治社会と市民社会の分離によって、近世的な「小前的対抗」の論理は抑圧され、地方利益が政治統合の手段として機能したとする。」。うーむ、よくわからん。読まねばなるまい。というわけで『明治地方自治体制の起源』、手に取ったのでした。動機はどうあれ。→「小前」について、本の内容とは別に、考えるところはあった。他の本で、宮本の用語が完全なるオリジナルでない可能性も出てきた。新たな疑問は、農民の形容語を漁村に持ってきたのは誰だということと、宮本の利尻島訪問は1964年なので北海道日本海沿岸は20世紀半ばまで近世だったのかいということ。
20220209
『鶴見俊輔集 3 記号論集』(筑摩書房 1992)。「コミュニケーションの理想型としての宗教」(1973)から、鶴見さん独自の説なのか世間一般の定説なのか、判断がつかなかった箇所、「ソヴィエト・ロシアにおけるプロレタリア独裁の成立以後、政治は科学となったという理論はひろく一九二〇年代以来、→行なわれたが、そのような理論はまさに、この理論のもつ神話的性格を明らかにするものであった。」(p170)、p172「明治以後の日本の天皇制は、明治初期に大型視察団を欧米に送った政府指導者が苦心してつくったキリスト教文明の等価物であった。」。そういう見方もできるのか、と思いましたです。
20220209
『網野善彦著作集 第二巻 中世東寺と東寺領荘園』(岩波書店 2007)開始。「異形の歴史家」網野さんの一般書は昭和の頃から何冊か読んでいる。いろいろ評判になり人気もあったので。今冊は完全な学術書。先行論文批判の序章から始まる。史学史の勉強にはなるが、一般書の巻まで辿り着けるのか不安。
→ここ何日かで、twitterから流れて来た、網野さんにまつわるWEBふたつ。
king-biscuit 先生の「あたしの「網野史学」」:https://king-biscuit.hatenablog.com/entry/2004/08/19/000000_2…
與那覇 潤さん@「webちくま」の書評「網野善彦と山本七平 網野善彦著 『日本の歴史をよみなおす(全)』ちくま学芸文庫:webchikuma.jp網野善彦と山本七平|ちくま学芸文庫|與那覇 潤|webちくま「大きな物語」がいつ終わったのか、と問うとき、国際的には五月革命やプラハの春の1968年、わが国では連合赤軍事件の72年を目処とする見方が強いようだ。教条的なマルクス主義が失墜し、一方でそれへの対抗を軸に正統性を獲得してきた反共自由主義の意義も不明瞭になって、世界の全体を意味づけてくれるストーリーが見出せなくなる時代…
20220211
ノーマ・フィールド『小林多喜二 21世紀にどう読むか』(岩波新書 2009)開始、「第一部 世界と向き合う作家へ 助走の日々」まで。複雑な個性のヤング多喜二。「プロレタリア文学」は期間限定のものだったのに、「プロレタリア作家」多喜二作品が命脈を保っているのはなぜか。小樽に足を運ばねば。
20220212
『開高健全集 第3巻』(新潮社 1992)。父(1931‐1999)・母(1930‐ )と同世代(1930‐1989)。山口昌男(1931‐2013)、谷川俊太郎(1931‐ )、ハナ肇(1930‐1993)、いかりや長介(1931‐2004)。石原慎太郎(1932‐2022)。そんな時代感。芥川賞受賞年1958年は、当方の誕生年。その前後の作品所収。→没年はあの1989年。昭和天皇(1901‐1989)。松下幸之助(1894‐1989)。殿山泰司(1915‐1989)、手塚治虫(1928‐1989)、美空ひばり(1937‐1989)。1989年、当方は京都に住んでいて、あまりの一年の激動ぶりにぽかんと口を開けて生きていた。開高さんは、同年12月9日死去。時代は変わる時に変わる。
20220212
橋本治『熱血シュークリーム 橋本治マンガ読本』(毎日新聞出版 2019)了。橋本さんは令和の世を見ずに亡くなった(1948‐2019)。昨日読んだ開高の死(平成の世を見ている)から30年後。死後数年で全集が出始めた開高に対し、今だ「橋本治全集」が出(せ)ないあたりに、日本の衰退を感じたりする。→昭和の末年、「読書のすすめ」的文庫判無料小冊子に橋本さんが寄稿していて、おススメは中央公論社の26巻本「日本の歴史」シリーズだった(ならばというので読みました1988~89年にかけて全冊)。橋本さんのテキストのベースに「日本の歴史」があることを念頭に置くと橋本本の読み方も変わるかも。→『熱血シュークリーム』、大友克洋論読み応えあり。p158「大友克洋にとっての”絵”とは、物事の構造的理解であるということに他ならない」p168「大友克洋は感動と距離を置くことによってのみ、作品を成立させている作家なのだ」。ちなみに『熱血』原本は1982年刊で、まだ『AKIRA』本は出ていない。→全集が出ていない以上、全体読もうとしたら、書誌を確認しつつ自分で一冊ずつ入手していくしかない。『熱血』で、評論・エッセイの四冊目。一冊目は『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』で1979年刊。小説の第一作は『桃尻娘』で1978年刊(ご本人にお会いする機会があって、サイン本持ってる)。→『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』は、2019年の大学院入試の際、面談前に同じ控室で待機していた中国人留学生の女性たちが手にしているのを見てびっくりした記憶がある(その時はまだ未読)。日本の現代文化を大学院で学ぼうという人たちの標準テキストになっていたのか。読まねばと思いました。→本書は旧版『熱血シュークリーム』(北宋社 1982 上巻のみ刊行)と内容が若干異なる再編集版。北宋社版はなかなか入手困難っぽい。古書価も安くはない。他作品も絶版が多く、定本となる文庫本も市場には高値で流通。需要はあるんだと思う。供給者側が全集・著作集を出してくれることを願っています。
20220213
ファインマン, レイトン, サンズ・宮島龍興訳『ファインマン物理学 Ⅲ 電磁気学』(岩波書店 1969)。文学院人文学専攻大学院生なので、到底数式は理解不能。通読できるものかと思うが、ときどきハッとする記述が現れる。数式への絶望と自然現象(のエレガントさ)への感動、両方味わえるシリーズ。→今回のエレガント文、雷雨と稲妻に触れる、p111「雷は地面へ負電荷を運ぶ.雷が落ちると,十中八九負電気を地面に大量に運ぶ.平均1800Aで地球を充電しているのは世界中で起こる雷であって,それが晴れた地域で放電されていることになる.」。やっぱ昔一回読んだよね俺、とこの箇所に来て気付く。→先月、中谷宇吉郎『雷』(1939)を読んで(それはそれでまたエレガントな本)、確かファインマン物理学でも雷の話出てきて面白かったよなあ、どこだろう、というモヤモヤ感がおかげ様で解消されました。それはいいんだけど、中谷『雷』の細部がすでに記憶にないというこのね、頭ね。ああ再読人生。→『ファインマン物理学』全5巻なので、5年くらいかけてと思っていたが、読めても一生かかりそう。苦闘の始まりをテクスト化してありますので、よろしければどうぞ。「5年かけて『ファインマン物理学』を読む:1年目「Ⅰ力学」」:https://note.com/booxbox/n/n0bce1b941400
物理学も生物学も、「人文学」でいいのでは?
20220215
『村上春樹全作品 1990~2000 4 ねじまき鳥クロニクル1』(講談社 2003)。「第1部 泥棒かささぎ編」でとめとく。原本(でいいのかな)は1994・1995年刊。多分、読むのは十回目くらい。段々重要な作品なのではと思えてきた。スタイルが確立されてこれ以降の長め長編は二番煎じ的になったように思える。
追記:20220127 東京 鈴木博之『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』(ちくま学芸文庫 2009)の引率で、道産子お上りさん散策。「1.港区六本木 民活第一号の土地にまつわる薄幸 -時代に翻弄された皇女の影を引きずる林野庁宿舎跡地」。写真:六本木一丁目(旧麻布市兵衛町)辺から東京タワー方面を望む https://twitter.com/booxbox/status/1494925160419246083/photo/1
追記2:20220127 東京 道産子お上りさん散策。結局、地下鉄御成門駅から六本木一丁目→大倉集古館→赤坂見附辺経由で紀尾井町→大妻通り→靖国通り→神田神保町すずらん通りの定宿、と歩いたんですね。写真:途中寄った大倉集古館の二階ベランダからTheOkuraTokyoを望む https://twitter.com/booxbox/status/1494927573788151809/photo/1
追記3:20220127 東京 鈴木博之『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』(ちくま学芸文庫 2009)の引率で、道産子お上りさん散策。「2.千代田区紀尾井町 「暗殺の土地」が辿った百年の道のり 怨霊鎮魂のため袋池となった司法研修所跡地の変遷」。写真:清水谷公園・贈右大臣大久保公哀悼碑 大久保利通ニキ https://twitter.com/booxbox/status/1494929077215498241/photo/1
追記4:20220128 東京 鈴木博之『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』(ちくま学芸文庫 2009)「3.文京区 護国寺 明治の覇者達が求めた新しい地霊 その「茶道化」の立役者・高橋箒庵」。写真:1.護国寺 https://twitter.com/booxbox/status/1494930557070839816/photo/1
2.ジョサイア・コンドル墓碑 https://twitter.com/booxbox/status/1494930557070839816/photo/2
3.三条実美墓所 https://twitter.com/booxbox/status/1494930557070839816/photo/3

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