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根行のチクサ(その1、あるいは完結)

 瞼を開ける前から今日も曇りであることが判った。頭葉(とうよう)に色艶が無く、しなびて顔に垂れ下がってきている。最後に陽の光を浴びながら起床したのはいつだろう。
 寝台の上で頭葉を整えていると、「おはよう」と木々の間を飛び交う挨拶が耳に入る。チクサに向けられたものはまだ無い。水差しで軽く濡らした頭葉がようやく自慢の桃色を取り戻し、そこそこ満足したので梯子を降りた。
 巨木の上部、葉が生い茂る枝に添え付けられた寝台から、幹の中頃にある母屋へ。見渡せば、他の樹で暮らす皆も同じように寝台で目を覚まし、それぞれの母屋に降りている。いつもの朝の光景である。

「とりあえず異常無しってワケ。空以外は」

 ぽつりと呟く。戦士であるチクサは村を俯瞰し異常に備えるため、他の者より高い樹に暮らすことが許されている。とりあえず今朝も鎖鎌の出番は無さそうだった。今朝は、まだ。

「おーい、チクサ! おはよう!」

 沈思しかけたところに根行(ねゆき)らしからぬ大声が届いた。見れば、巨漢のスギダカが長老ヤナを背負いながら梯子を降りている。

「スギダカ、もう少し抑えぬか。チクサ、おはよう」
「おはようございます、長老」

 ヤナの落ち着いた声と共に、彼女の頭花(とうか)から風雅な香りが漂ってくる。緑の頭葉に混じる黄の花弁は年経て色も薄くなっているが、その佇まいは村の長としての威厳を失っていない。

「おーい、チクサ! 俺は!?」

 一方でスギダカの頭花はあからさま過ぎる好意と情愛の香りを放つ。下品だとチクサは思ったが、少しだけ歓迎の香りを出して挨拶代わりとしておいた。まだ花が咲かない身ではどこまで届くか判らないが。


つづく? つづかない?

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