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戦闘機が生まれるまでに

たまには飛行機の話をします。
飛行機がどのように開発されるのかというのは、意外と理解されていないようで、特にミリオタ界隈とかでは平気でトンデモなことを言う人が多いです。兵器をまるでゲームのキャラクターのように見てしまう、商品消費者としての「オタク」的観点では、仕方がないのかもしれません。
そこで今回は、僕が若い頃に関わったF-2戦闘機の開発を頭に描きながら、戦闘機が生まれるまでに必要なプロセスを、すごく簡単にまとめてみました。

開発の前にやること

任務ありき

どんな道具でもそうですが、使用する目的や場面が明確でないと、設計も始まりません。戦闘機でも、どこから、どう飛んでいって、どこで、どういう戦い方をするのか、という具体的な運用構想がなければ、必要な性能がわからないので、技術的には手が付けられません。
航続力や上昇性能/速度性能、運動性能、目標探知性能、武器搭載能力、離着陸性能など、戦闘機に求められる性能はたくさんあるのですが、それらは複雑な関係を持っていて、多くは相反します。そして、利用できる技術や条件にも制約があり、どれもこれも高性能を要求したら、設計は成立しないのです。

F-20戦闘機の制空任務プロファイル

上のイラストは、シンプルな制空任務プロファイルの例です。
開発を構想する前提として、実際の環境に基づく作戦や運用を考え、それを任務プロファイルに落とし込んでいきます。もちろん、一つの機種にもいろいろな任務があるので、それぞれのプロファイルが作られます。
これは「使う人」である運用者がやらないといけません。具体的な運用プロファイルを提示することで、実現可能性の検討も含め、技術的なスタートが可能になるのです。

要求性能と実現性

運用の構想が決まると、その運用を可能にする要求性能を導き出して、これを満たす実用機を作ることが開発の仕事になります。
もちろん性能だけではなく、量産単価や維持コスト、取得可能時期など、制約条件も課されます。
そうした要求が実現できる見通しが立たない場合、問題を要求元にフィードバックして、計画を見直さなければいけません。

運用の構想が曖昧だと、運用者は「こういう使い方をするかもしれないし、ああいう使い方もするかもしれない」という具合で、なにもかも要求に入れようとしちゃいますが、そうなると実現不可能な要求しか出てこなくなってしまいます。
どんな飛行機も物理法則の制約を超えることはできず、どのように制約の中でバランスを取り、運用者のやりたいことができるようにするか、というのが設計の課題です。

『主任設計者が明かすF-2戦闘機開発』(神田國一)より

上の図は、F-2戦闘機を開発したときに、推力重量比や翼面荷重がどのような値なら航空自衛隊の要求を満たせるかを検討した図です。設計情報なのでグラフの値は伏せてありますが、実際の検討で使ったもので、設計チームリーダだった故神田國一さんの著書『主任設計者が明かすF-2戦闘機開発』から引用しました。

この図で言うと、グラフの右下へ行くほど重量が重くて良いので、設計は楽(=実現容易)になりますが、離陸性能の要求が厳しいので、最大速度を達成できる範囲で主翼を大きくするか、機体重量を軽くしなくてはいけません。従って、最大速度と離陸滑走距離の制限線の交点あたりを設計値とします。そうすれば定常旋回率の要求も満足できることが分かります。
もし、存在領域が実現困難な値しか取れないようであれば、その要求性能は非現実的なので、妥協点を求めて見直さなければいけません。
これがF-2設計時の指標(パラメータ)検討の一例です。

こうした検討は、既存機種のデータも含めた技術ノウハウを活用します。そして、過去の機種以上の性能を実現する設計値を達成するには、たいてい新しい技術が必要です。

要素技術

将来新しい戦闘機を開発するには、過去に経験のない技術を、実用機に採用できるレベルに育てておく必要があります。
技術がどの程度にあるかというのを、NASAが提唱した「技術成熟度レベル」(Technology readiness levels ,TRL)で表現することがあります。

  • Level 1 – 基礎理論の着想段階

  • Level 2 – 技術要素の適応、応用範囲の明確化

  • Level 3 – 技術実証デモンストレーション

  • Level 4 – 実験室レベルでの実証

  • Level 5 – シミュレーションおよび実空間での実証

  • Level 6 – 地上でのシステムとしての技術成立性の確認

  • Level 7 – 実空間でのシステムとしての技術成立性の確認

  • Level 8 – システムの運用テスト、認証試験

  • Level 9 – 最終段階、実運用

成熟度のことをMaturityと呼ぶこともあり、必ずしもNASAのTRLで表現するとは限りません。また、実際の技術開発は単純にTRLに対応するとは限りませんが、理論研究の段階から、部分的な試験、そして試作品の製造と試験というプロセスを踏んでいきます。
要素技術の研究試作と実証ではTRLのLevel 6とか7あたりまで、Level 8と9は完全に実用開発です。要素技術の開発には時間もかかるため、実用機の開発よりも数年単位、10年単位で先行させないと、とても間に合いません。お金もかかります。

要素技術の開発

F-2戦闘機に投入された要素技術

というわけで、戦闘機に限らず、新しい製品を生み出す力を維持するには、要素技術を養っておく必要があります。

F-2の開発までには、T-2CCV研究機によってコンピュータ飛行制御技術を獲得したほか、複合材一体成型主翼、戦闘機用コンピュータ(ミッション・コンピュータ)などの研究試作など、要素技術の確立が、長い時間をかけて行われました。

T-2CCV研究機

これらの技術開発は、もちろん防衛予算を費やして行われました。しかし、民間企業の側も、そうした研究開発の契約を取得できるよう、技術のシード(種)を撒いていかないといけません。企業努力です。
民間企業と政府が、将来は戦闘機を完全国産化しよう、という大きな方針を共有していたからこそ、企業も技術の開発を続けることができたのです。

完全国内開発で計画されたFS-Xは、アメリカの政治干渉でF-16の改造開発になってしまいました。それでも、複合材一体成型による主翼構造や、飛行制御システム、ミッションコンピュータ、火器管制レーダー、電子戦システムなど、養ってきた要素技術が盛り込まれました。それによって、日本の技術者によって、F-16にはできないことができる新しい戦闘機、F-2を作ることができたのです。

国内技術開発の必要性

技術開発というと、外国よりも優れているかどうか、という観点で見られることが多いように思います。一般の民生品であれば、市場競争力の面で、それは重要です。外国に優れた商品があれば、それを買えばいいわけなので、外国よりも優れた技術を開発して競争力を高めることは当然です。

しかし、戦闘機のような兵器の場合、外国製では自国の要求を満たせなかったり、外国からの輸入が容易でなかったり、あるいは外交カードに使われてしまったりします。ですから、外国に遅れを取らないために自国の技術を持つことは、市場競争力とは別の観点で考えなければいけません。

F-2を開発するときも、アメリカは日本の独自開発を政治力で断念させた挙げ句、F-16の技術資料さえ開示に制限を設けました。アメリカが、日本にF-16の飛行制御プログラムの中身(ソースコード)を開示しない決定を下したことは、有名な話です。

実はこのとき、実はアメリカ空軍の将官が、内緒でソースコードを渡してもいい、と航空自衛隊の高官にレターを送っていたそうです。しかしそれは「アメリカが公式に渡さない以上、プログラムはアメリカ企業が開発することになるだろう」という前提だったようです。
既にT-2CCVで技術に自信を持っていた航空自衛隊は、この申し出を断り、日本で独自開発することを決定しました。結果的にそれは正しく、もしアメリカから非公式にソースコードを受け取っていれば、F-2戦闘機は事実上アメリカで開発される戦闘機になっていたかもしれません。
この話は、最近になって当事者が著書の中で明かしたものですが、実は僕たちも知りませんでした。


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