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ガンになるということ、ガンを抱えて生きるということ、そしてガンで死ぬということ

ガンで逝ってしまった三人の大切な人を思い出す。

医学生時代、小児科実習で受け持った小学生男子Kくん。カップ麺のごんぶとさんが大好きだった彼。休日に外出して遊びに行くほど仲良くなったが、卒業間近の夜、ご家族に呼ばれ最期を一緒に見送った。翌日がすごく晴れていたことを覚えている。

母の古くからの友人である男性Fさん。小さいころから、あれこれと面倒を見てもらった。膵がんが発見され、逝かれるまで一年くらいだったろうか。病院にお見舞いに行き、屋上であれこれ話し、写真を撮らせてもらった。あれが最後の会話になった。

研修医時代の恩師M先生。突然の訃報に衝撃を受けた。肝臓がんで、闘病期間はそう長くなかったようだ。恬淡としたかたで、自らの病気やちらつく死すら、飄々と受け止められたのではないかと思った。その想像は、とても寂しいものだった。後に、実はあちらこちらの病院をまわり、治ること生きることに執着されたと聞いた。その話を知ったとき、とても深く安堵した。指導を受けていたころ、院内の納得できないこと、理不尽なことには、歯に衣着せず立ち向かう姿が印象的だったM先生。やはり、闘う人だったのだ。

本書の内容が彼らの姿と重なり、何度となく涙ぐみながら読んだ。


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