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Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #181 「This Is Niecy」 Deniece Williams (1976)

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本来ならフジロック・ウィークエンドだったこの週末をフジロック2020YouTubeストリーミングでちょっとフェスな気分で過ごして明けた今日月曜日、相変わらずコロナの状況は変わりませんが、心なしか暑さも日々和らぎつつあるような感じが。皆さん引き続き感染拡大防止には充分に留意しながら過ごしましょう。

さて先週お盆でお休みした今週の「新旧お宝アルバム!」、その前に取り上げたスティーヴン・ビショップCareless』同様、1976年リリースのアルバムをご紹介。今回ご紹介するのは、熱心なブラック・ミュージック・ファンならとうの昔に愛聴盤にされているに違いない、4オクターブのソプラノボイスによる歌唱が素晴らしい、デニース・ウィリアムスのデビュー盤『This Is Niecy』(1976)です。

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あのジャクソン兄弟たちと同じ、インディアナ州ゲイリー出身のデニースがパフォーミング・アーツの世界に進み始めたのは、看護婦を志望してボルチモアの大学に進んだにも関わらず、僅か1年半で挫折して退学したのがきっかけとのこと。その後しばらくして最初の夫、ケンドリック・ウィリアムスと結婚したデニース、70年代初頭にLAに移住したのがきっかけで、運良くスティーヴィー・ワンダーに見出されて彼のバックアップ・ボーカル・グループ、ワンダーラヴの一員として、70年代前半を飾ったスティーヴィーの名作群『Talking Book』(1972)『Fulfillingness' First Finale(ファースト・フィナーレ)』(1974)『Songs In The Key Of Life(キー・オブ・ライフ)』(1976)に参加。その他にもミニー・リパートンのあの「Lovin' You」(1975年全米1位)を含む名盤『Perfect Angel』(1974)やロバータ・フラックの『Feel Like Makin' Love(愛のためいき)』(1975) といった数々の70年代を代表するR&B作品に参加して、セッション・ボーカリストとしてあっという間にシーンでその地位を確立したのです。

折しも70年代前半から中盤にかけてシーンで大きな存在へ成長していたアース・ウィンド&ファイアのリーダー、モーリス・ホワイトと彼のアース初期からの盟友、チャールス・ステップニーが新たに設立したカリンバ・プロダクションから誘いを受けたデニースは、スティーヴィーの元を離れてソロとしてのキャリアを築くべく、カリンバ、そしてコロンビア・レコードと契約。希望に胸を膨らませるデニースはソロ・デビュー作、今日ご紹介する『This Is Niecy』をモーリスチャールスのプロデュースで録音するのですが、何とその制作中にチャールスが急逝するという事件が。残るプロデューサーワークをモーリスが一手に担って完成されたこの『This Is Niecy』、ちょうどチャールスが亡くなってから僅か3ヶ月後にリリースされ、いろんな意味でデニースにとって忘れられないソロデビュー作になったわけです。

デニースの魅力は、評論家筋からは「ソングバード」と呼ばれた、正に鳥がさえずるような4オクターブにわたる美しいソプラノボイスを駆使して、情感たっぷりにセンシュアスなバラードを歌ったり、アースのメンバーがバックを固めるアップテンポなライト・ファンクなナンバーでも軽々と品のいいグルーヴを醸し出したりと、どんなスタイルの楽曲でもしなやかにこなせるそのヴァーサティリティ(才能が多岐に亘って様々な能力を持つこと)に尽きます。またサウンドメイキングでは、モーリスホワイト兄弟達アル・マッケイなどアースの達者なメンバーによるアースの作品を彷彿させる楽曲スタイルが多いのですが、デビューアルバムにしてこのアルバム収録の7曲、実は全曲デニースが共作してます。従って、単に「アースのオケをバックに女性シンガーが歌ってる」というスタイルではなく、どの曲にもしっかりデニース自体の存在感と世界観を感じさせる要素が織り込まれているんです。そしてそれがこのアルバムを凡百のソウル・アルバムとは一線を画するものにしているのです。

アルバムオープニングは「お、アースの『Shining Star』か?」と一瞬思わせる、モーリス節が炸裂のアップナンバー「It's Important To Me」ですが、デニースのボーカルが入って来た瞬間に曲の雰囲気がガラッとデニース色になって、あたかも早馬を乗りこなすようにデニースの歌が軽々と全体をコントロールしているのが判ります。続いてメロウなフェンダーローズの音色とアル・マッケイの切れ味あるギターリフで始まる、全英でのヒットナンバー「That's What Friends Are For」(全英最高位8位)はゆっくりと始まって中盤から後半にかけてデニースのハイトーンボーカルが時折炸裂する、とってもメロウなミディアム・ナンバー。そしてA面はそのままアースのメンバーを中心に演奏されるミディアムからミディアム・アップのトラックをバックにデニースの気持ちのいいボーカル・パフォーマンスが続きます。

全英といえば、デニースは結婚前、下積み時期にデニース・チャンドラー名義でリリースしたレコードが60年代後半のUKでのノーザン・ソウル・ブームの中なかなかの人気を呼んでいた、ということもあってか、デビュー当初からUS以上にUKでの人気の高いシンガーでした。そしてそんなことを如実に物語っているのが、このアルバムからの最大のヒットシングルでもあり、ある意味デニースを象徴する一曲といってもいい、70年代を代表するセンシュアスR&Bバラードの名作「Free」。ソウルファンなら知らない者のいないこの名曲、一貫して抑えめのリズム隊中心のバックトラックに、控えめにホーンやヴィブラホン、そしてフェンダーローズが時々登場する以外はデニースの美しくゆったりとしたグルーヴに満ちたボーカルが堪能できる、そんなナンバー。この曲、本国USのHot 100では最高位25位でしたが、R&Bシングルチャートでは2位、そしてUKでは堂々No.1ヒットとなり、USのみならずUKでの彼女の人気も確立されたわけです。

3曲しか収録されていないレコードB面の冒頭を飾る「Free」の後は、アース・サウンド炸裂のファンク・ナンバー「Watching Over」。この曲はこのアルバム中最もアース色の強いナンバーですが、こういう曲もちゃんと共作していて、自分の存在感を表現しているあたりやはりデニースの才能を感じます。そしてアルバム最後の7分半におよぶ大作「If You Don't Believe」は、トランペットで静かに始まる、ジャジーな雰囲気で抑えめながら表現力たっぷりなデニースのボーカルが、特に曲の後半において、ミュージカルか映画の中の一場面のようなドラマティックな世界観を描き出している楽曲です。

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ちょうどこの『This Is Niecy』のリリースの1ヶ月後には、アース自身の最盛期突入直後の名盤『Spirit(魂)』(全米最高位2位)がリリースされるというタイミングで、アース初の全米ナンバーワンアルバム『That's The Way Of The World(暗黒への挑戦)』(1975)からその『Spirit』、そして『All 'N All(太陽神)』(1977)『I Am(黙示録)』(1979)と正に黄金期へ駆け上がろうとしていたところだっただけに、デニースカリンバ・プロダクションと組んでソロデビューした、というのは正に絶妙のタイミングだったのでしょう。

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その後ジョニー・マティスとのデュオ「Too Much, Too Little, Too Late」(1978年全米1位)や映画『Footloose』からの「Let's Hear It For The Boy」(1984年全米1位)や往年の60年代ガールグループ・ソウルのカバー曲「It's Gonna Take A Miracle」(1982年全米10位)など数々のヒット曲を飛ばして順調なソロ・キャリアを築き上げたデニースですが、1980年代後半からはゴスペルの世界により近づくようになり、ゴスペルアルバムも数枚リリース。近年は作品リリースの頻度は落ちたものの、最新では2007年にもともとフォークやレゲエ専門から最近ではジャズやブルースも出しているインディレーベルのシャナシーから『Love, Niecy Style』というカバー・アルバムを出していて、ルーサー・ヴァンドロスの「Never Too Much」やダニー・ハサウェイの「Someday We'll All Be Free」といったR&B定番曲を、若い頃のような存在感にはやや欠けるもののまだまだ張りのある声で聴かせてくれています。

いずれにしてもこのデニースのアルバム、何か一息ついてほっとしてお酒でも傾けながらいいR&Bを聴きたいな、というシチュエーションには絶好の一枚。「Free」でのデニースの歌声は間違いなくゴールデンですし、個人的にもこれからもことあるごとにターンテーブルに乗っけるレコードであることは間違いないところ。これまで彼女のアルバムに触れる機会がなかった皆さんも、是非これを機会にこのアルバムや彼女の他のアルバムをお楽しみ下さい。

<チャートデータ>
ビルボード誌
全米アルバムチャート 最高位33位(1977.3.19-26付)(RIAA認定ゴールドレコード)
同全米R&Bアルバムチャート 最高位2位(1977.2.19付)
全英アルバムチャート 最高位26位(1977.9.17付)

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