Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #174 「Sneakin' Sally Through The Alley」 Robert Palmer (1974)
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東京アラートも解除、全面的に休業要請も解除、とすっかり危機体制を脱したかのような東京ですが、新規感染者数が微妙に減っていないのが気になります。引き続き感染予防、三密回避、ソーシャルディスタンスなどは欠かせない訳で、やはりコロナ前の状態に完全に戻ることはないのだな、と実感する最近。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、久々に70年代前半に針を戻して、アラフォーまでの洋楽ファンの皆様にお勧めの作品です。70年代初頭当時英米のミュージシャン達を中心に盛り上がりつつあったニューオーリンズ・ミュージックの要素をふんだんに取り込んだファンキーなアルバム、ロバート・パーマーのソロ1作目『Sneakin' Sally Through The Alley』(1974)をご紹介しましょう。
アラフィフくらいの洋楽ファンの間には80年代の「Addicted To Love」(1986年全米1位)などの大ヒットでお馴染みの故ロバート・パーマー、基本ブルー・アイド・ソウル・シンガー(それもかなりブラック寄りの)として知られていますが、彼のソロスタートは実はニューオーリンズ音楽だった、ということで、古くからのその辺のロックファンの先輩方の間でも評価の高い作品です。
70年代後半にカリビアンな香りのブルー・アイド・ソウル・バラード「Every Kinda People」(1978年全米16位)のヒットでメインストリームにブレイクして、80年代には前述の「Addicted Love」や「I Didn't Mean To Turn You On」(1986年全米2位)の大ヒットでメジャー・アーティストとなったロバートですが、その彼のソロ活動のスタートは彼のリトル・フィートおよびそのリーダーだった故ローウェル・ジョージへの傾倒に端を発した、ニューオーリンズ音楽への興味とそれを取り入れた本作のリリースでした。
60年代からイギリスのR&B・ファンクグループ、ヴィネガー・ジョーでリード・ボーカルのエルキー・ブルックスとボーカルを分けていたロバートですが、1974年のバンド解散で、アイランド・レーベルとソロ契約を結ぶやすぐにソロ・アルバムの制作に着手。その時彼が真っ先にコンタクトしたのは、当時彼のお気に入りだったというリトル・フィートのローウェル・ジョージだったといいます(このあたりの経緯は洋楽先輩の菅野さんのFBコラムを参考にさせて頂きました)。卓抜なスライド・ギターを駆使して、ニューオーリンズ独得のセカンド・ライン・リズム(*)に影響を受けた独得のレイドバックな作品をリリースしていたリトル・フィートの音楽に惚れ込んでいたというロバートは、ローウェルのみならず、正にニューオーリンズ本家のザ・ミーターズのメンバー、そしてこちらも先頃惜しくも他界したニューオーリンズ音楽の重要人物、アラン・トゥーサンをバックに迎えて、満を持して作ったのがこのソロ・デビュー作。
*セカンド・ライン:ニューオーリンズではアフリカ起源の葬列のしきたりで、ファースト・ライン(先頭の一団)には故人の親族関係が歩き、セカンド・ラインには楽しげな演奏をするブラス・バンドとそれに続いて踊りながらコミュニティの人々が歩くことから、そうしたバンドの演奏に特徴的なニューオーリンズ独得の音楽スタイルとリズムを「セカンド・ライン」と呼びます。
アルバム全8曲中、半分の4曲はロバート自作ですが、残りはアラン・トゥーサンの有名曲2曲のカバーと、ローウェル作そしてロバートとローウェルの共作が各1曲。アルバム全体も4曲はニューオーリーンズとバハマのナッソーにある、アイランド・レーベルのコンパス・ポイント・スタジオでローウェルとザ・ミーターズをバックに録音、残りはニューヨークでリチャード・ティー(p)、コーネル・デュプリー(g)、バーナード・パーディ(ds)、ゴードン・エドワーズ(b)といった名うてのセッション・ミュージシャン達をバックに録音されたこのアルバム、しかしアルバム全体を支配しているのは明らかにニューオーリンズの後ノリの独得のビートとグルーヴです。
それが最も強力に感じられるのが、冒頭のリトル・フィートの「Sailin' Shoes」のカバーからロバート自作の「Hey Julia」、そしてアラン作でリー・ドーシーの1970年の曲のカバーであるタイトル・ナンバーの3曲が、途中「Hey Julia」は前と後ろの2曲とは録音場所もバックのミュージシャンも全て違うはずなのに、まるでメドレーのように曲間なしで収録されているばかりか、この9分あまりのシーケンスを通じてリズムのタイミングとグルーヴ度合いがほとんどシームレスなんです。ひたすら下半身をゆさぶるようなセカンド・ラインのリズムとグルーヴに身を任せるように気持ち良さそうに歌うロバートのボーカル・パフォーマンスもなかなか。そしてタイトル曲のシーケンスではローウェルのスライドが、まるでリトル・フィートのレコードを聴いているかのような感じを醸し出してます。
続くロバート自作の「Get Outside」はバーボン・ストリートの喧噪から一歩奥まったバーラウンジに入り込んだかのように、ぐっとダウンテンポでやや静かな感じの曲で、バックはNYのミュージシャン達のはずなんですが、やはり底流を流れるニューオーリンズ・スタイルのリズムはそこにあります。それは時折控えめに入ってくるローウェルのスライドギターの音色のためだけではないでしょう。
そしてレコードA面を締めるロバートとローウェルの共作「Blackmail」では再びアップテンポに戻し、セカンド・ライン・リズムそのものではないものの、ベースラインが複雑なのに独得のグルーヴを作り出す上にホーンセクションとバックコーラスがファンキーに被さる華やかな曲展開で独得のクールさを産み出してます。
そしてB面冒頭は明らかにロバートがニューオーリンズ音楽作品のスタイルを意識して書いたと思われる「How Much Fun」。イントロから全編を引っ張るラグタイム調のピアノと、ザ・ミーターズのメンバーが叩き出す紛う方なきセカンド・ライン・ビートに乗って女性コーラスをバックにファンキーに歌うロバートの楽曲との一体感は半端ないですね。そして続くアラン・トゥーサン作の「From A Whisper To A Scream」もバックはザ・ミーターズとローウェル。こちらは「ビッグ・イージー」の異名を取るニュー・オーリーンズの象徴、ミシシッピ川の雄大な流れを思わせるような、ゆったりとしたナンバー。
そしてバンドメンバーはNYに戻って、アルバム最後を締めるのは、ロバート自作の12分超の長尺ナンバー「Through It All There's You」。シンプルなベースリフとギターのリフのフレーズが延々と繰り返されて、その上にワンコーラス目には友情出演のスティーヴ・ウィンウッドのハモンド・オルガンとエレピのフレーズが乗り、ツーコーラス目からはバーナード・パーディのドラムスが乗り、といった感じに楽曲がレイヤーのように積み重ねられて展開していくという、典型的なジャズのインプロヴィゼーションやファンクなどの楽曲の展開パターン。
ベースのゴードン・エドワーズは最初から最後まで全く同じリフを繰り返しながら、後半に手数を増やしてますが基本ベースのリズム刻みに徹してる一方、ギターやハモンド、そしてドラムスのアドリブ・プレーが後半、ジワジワと楽曲のテンションを上げていきます。特にパーディのドラムスは、知ってるものであればすぐ彼のプレーと判る、実にスリリングなもの。そしてフィニッシュに向けてロバートのボーカル、スティーヴのオルガン、パーディのドラムスがお互いに組んずほぐれつのカタルシスを作り出す様子は正にこれぞクール・ファンクの一言です。これはライブで聴きたかったなあ。
前述のようにこのアルバムをロバートの最高作に上げるファンも多く、正しくロバートのブルー・アイド・ソウルスタイルとニューオーリンズ音楽が見事に結合した作品として、完成度の高い作品だと思います。
この後ロバートはこの作品の出来に満足したと見えて、続く『Pressure Drop』(1975)、『Some People Can Do What They Like』(1976)とローウェルとの密接な関係を続け、彼と共に、リトル・フィートのメンバーをバックに、ニューオーリンズ音楽への傾倒が明らかなアルバムを作り続けました。しかしかの「Every Kinda People」(こちらは元フリーのアンディ・フレイザーの曲のカバーですが)を含む4枚目『Double Fun』(1978)の頃には、ローウェルがリトル・フィートの解散を発表し、自分のソロアルバム『Thanks I'll Eat It Here(特別料理)』(1979)の制作中だったためか、参加していません。その直後ツアー中にコカインのODが原因と思われる心臓麻痺でローウェルが早逝してしまったため、この二人が作り出すニューオーリンズ路線の発展型が作り出されることはなくなってしまったのです。
そのロバートも上記のような80年代の商業的大成功の後、実績と実力を備えたブルー・アイド・ソウル・シンガーとして堅実な活動を続けていましたが、2003年にTV出演のために訪れていたパリのホテルで心臓麻痺で急逝。享年54歳という若さでした。
ロバートはその活動を通じて、初期のニューオーリンズ音楽への傾倒から、他のブルーアイド・ソウル・シンガーのように70年代ソウルへのリスペクトだけでなく、ジミー・ジャム&テリー・ルイス作によるシュレールの曲「I Didn't Mean To Turn You On」やギャップ・バンドの「Early In The Morning」(1988年全米19位)をヒットさせたり、クール&ザ・ギャングの「Take My Heart」やシステムの「You Are In My System」(いずれも1983年のアルバム『Pride』収録)をカバーしたりと、ユニークなアプローチでの活動を続けていただけに、彼の早すぎた他界も実に残念です。
ロバート・パーマー。最近はあまり音楽メディアでも語られることがなく、若手の洋楽ファンの皆さんにはあまり聞きなじみのない名前かもしれません。その彼の前に全ての可能性が横たわっていた時に意欲的に作られたこの作品を聴きながら、早逝した彼とローウェルという偉大なミュージシャン二人の足跡に触れてみてはいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位107位(1975.8.23付)
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